フォーバル 大久保会長
株式会社フォーバル 大久保秀夫会長

株式会社フォーバルの会長を務める大久保秀夫さんは、一般社団法人公益資本主義推進協議会(PICC)の会長(代表理事)として公益資本主義経営を実践し続け、公益財団法人CIESF理事長、東京商工会議所副会頭・中小企業委員会の委員長など、多くの役職に就き、日本の中小企業経営者に多大な影響を与えています。

今回は、そんな公益資本主義経営の師 大久保秀夫さんに、公益資本主義とは何か、PICCを立ち上げた経緯、ステークホルダーへの感謝、未来に向けて企業経営者に伝えたいメッセージを伺いました。

公益資本主義の3つの原則

──一般社団法人公益資本主義推進協議会PICC)の活動の根幹となる、公益資本主義とは何か、をお聞かせください。

公益資本主義とは、株主の利益のみを優先するのではなく、ステークホルダー全体への貢献を重視するという、日本発祥の新しい資本主義です。公益資本主義には、3つの原則があります。

第1の原則は、社中分配です。これまで会社は株主のものと考えられてきましたが、それは違います。一番大事な存在は社員です。社員がいるから、経営者の夢が実現できるわけであって、社員とその家族が満足できない会社が伸びるはずがないのです。ですから、まず経営者は社員とその家族を幸せにしよう。社員と家族はお客さまがいるから幸せにできるのだから、お客さまを幸せにしよう。その結果、株主にも取引先にも適切にお返しすることができる。これを実現するために、会社が得た利益は社中、つまりステークホルダーに公平に分配するというのが、「社中分配」です。

第2の原則は、継続性です。社員の幸せのためには会社を継続しなければなりません。もうけるために企業があるのではなく、継続するために企業はもうける必要があるのです。もうけるために企業があるのだったら社員はそのための手段となってしまいます。社員と家族の幸せのために企業活動を継続させる必要があるのです。これが企業の持続可能性、継続性という第2の原則です。

第3の原則は、改善改良性です。時代の変化に対応しながら企業活動を継続するためにはイノベーションが必要です。イノベーションというものは日々改良改善をしていく中から生まれてくるものです。イノベーションまで起こさなければ、企業を社会に価値を生み出し貢献し続けることができないのです。

このように、ステークホルダーを大事にし、会社を継続して、イノベーションを起こすという3つのポリシーが、公益資本主義の大原則です。

この考えを『21世紀の国富論』の著者である原丈人さんが設立した一般財団法人アライアンス・フォーラム財団でも提唱しています。私たちはこの企業の「在り方」を、具体的に実践するため、2014年にPICCを設立したのです。

大久保会長と原丈二氏
一般財団法人アライアンス・フォーラム財団 代表理事 原丈人さんとは36年来の友人でありパートナー

30年以上前から実践している公益資本主義経営

──PICCを立ち上げるに至った経緯をお伺いできますか。一般財団法人アライアンス・フォーラム財団の原丈人さんとはどのように出会われたのでしょうか。

実は、公益資本主義を提唱する原さんとは、36年前からの友人でした。10年ほど前に、たまたまお会いしたときに、彼は私に、株主資本主義の限界と、先ほどお話ししたような、全てのステークホルダーを大切にする公益資本主義の概念を熱く語ったのです。そのとき、私は彼にこう言いました。

「私は30年以上も前から実践しているよ。『フォーバルグループは社員・家族・顧客・株主・取引先と共に歩み、社会価値創出を通して、それぞれに幸せを分配することを目指す』という社是を掲げているくらいだ。今さらそんなこと当たり前じゃないか」。

彼はうなりました。確かにそうだ、と。

当時から私が実践していた経営は、まさしく社中分配、継続、改良改善でした。また、フォーバルグループのポリシーは「新しいあたりまえ」の創造、つまり改良改善です。イノベーションまで実践できていなかったら駄目だと考えていました。

そこで私は、「原君は社会に向かってほえろ。私は実践者を増やす」と応え、PICCを立ち上げたのです。

2021年4月現在、PICCの会員は約320名です。正会員である経営者が約250名、経営者ではありませんが公益資本主義を支持する25歳以下の若手が約70名です。

PICC第5回社員総会
PICC第5回社員総会では公益資本主義経営を実践する仲間が集う

先見性のある経営者は、当たり前のように企業の社会性を重視している

──2019年にアメリカのビジネスラウンドテーブルがステークホルダー資本主義を提唱しました。コロナ禍も相まって世界中が持続可能な社会づくりにシフトしています。2014年からPICCの活動を推進してきた立場で、この流れをどのように捉えていますか。

私は、企業の「在り方」には、社会性、独自性、経済性という、3つの順番があると思っています。まず、どのような業種であっても、企業は社会に貢献しなければなりません。それから独自性を持ち、経済性という利益が生まれるのです。

ところが多くの会社は、1番に経済性を持ってきます。まず、もうかるのかと考えます。その次に独自性、最後に社会性と、逆なのです。

今頃になって世界中でSDGsやESGなどと言い始めました。アメリカのビジネスラウンドテーブルも、今さらステークホルダーを大切にすべきだと言っていますが、本来企業はそうあるべきであって、彼らが間違っていただけなのです。何が正しいかに気付いただけでも良いのですが、当たり前のことを言っているに過ぎません。

私は『王道経営~これからの経営の在り方とは~』という雑誌を発行していますが、第15号で東レ株式会社代表取締役社長 日覺昭廣さんと対談しました。日覺さんも、「SDGsなんて、東レは何十年前から当たり前にやっていることだ」と言っていました。この5月に発行した第16号でも、ロート製薬株式会社代表取締役会長 山田邦雄さんが同じような発言をされていました。

まっとうな経営者に会うと、「今頃、真顔でSDGsだと言うことが恥ずかしい」と言います。今までやっていなかった、と言っているようなものだからです。全くそうだと思います。ただし、やっと世の中が間違いに気付き始めてくれたことは嬉しい、とは思っていますよ。

機関誌「王道経営~これからの経営の在り方とは~」15号では東レ株式会社代表取締役社長 日覺昭廣さんと対談

ルールを超越して生きる力を

──日本経済大学大学院特任教授 後藤俊夫さんが代表を務める一般社団法人100年経営研究機構では、日本は全てのステークホルダーを大切にする価値観を持っているから長寿企業大国になったと分析しています。世界がステークホルダーを大切にする経営を志向すれば、日本企業が再評価されると期待されています。一方、欧米がステークホルダー資本主義の国際基準を策定して覇権を握ると、日本企業は不利になるとの指摘もあります。この点を大久保さんはどう考えますか。

まず、企業を評価する人間が誰かということです。一部のアングロサクソンは、金もうけのためにゲームのルールを変えようとしますが、そのようなことは日本の長寿企業にとっては気にする必要はありません。日本の経営者は、そんなルールは意識せず、社是と理念を大切にし、受けたバトンを次の経営者に渡すために、きちんと後継者を育成していくことが仕事です。変えてはいけないものは社是や理念、変えなければならないものは商品やサービスの内容。これを徹底していくことこそ長寿企業の秘訣です。

長寿企業とは、必ずしも上場会社ではありません。小さい会社でも、長寿企業になります。そういう会社は、世間がどうだ、株価がどうだ、ということなど意識しないのです。それを意識するということは、ルールに負けたことを意味します。

そのような意味では日本の証券取引所の考え方もはかりかねます。四半期決算などをさせるから、経営者は短期で利益を出そうとしてしまうのです。中長期的に良い経営をしようとすると、株価が下がってしまうからできないのです。つまり会社を短期的な存在にするルールをつくっているのです。また、2022年に東京証券取引所の再編があります。現在の東証一部市場に相当するプライム市場の新基準には時価総額が組み込まれます。それだったら人気があればいいということになってしまいます。これでは、一部の人間がつくったルールに踊らされるだけの企業、経営者が増えてしまいます。

本物の長寿企業は、そういう世間の基準などに踊らされないものです。ほとんどの企業は、どのように経営するかというやり方を考えますが、違うのです。How to doでは駄目なのです。How to beです。本物の企業は、常にどうあるべきかという「在り方」を追求しているのです。

仮に今回、日本企業が優位に立ったとしても、またルールは変わります。オリンピックでも、しょっちゅうルールが変わるではないですか。このようにルールに踊らされている者は、本物ではありません。ルールを超越して生きる力が必要なのです。

伊那食品工業株式会社の最高顧問 塚越寛さんなど、見習うべき本物の経営者は日本にたくさんいるのです。

東レもそうです。大企業の場合、社員にアンケートを取ろうとしてもなかなか回収ができませんが、東レでは99%返ってくるのだそうです。しかも、何万人の社員が皆「うちの会社が好きだ」と言っています。それは会社が社員を大事にしているからです。東レはそういったことを愚直にやってきているのです。ですから日覺さんも「SDGsなんて、わが社はずっとやってきたことだ」と言っています。そのような信念を持っている経営者でなければこれからの時代は乗り越えられないのではないかと思います。

フォーバル大久保会長

株主が正しく企業を判断できる材料を与えたい

──これからの時代は企業の社会性がより重要視されます。企業の社会性を測るために、非財務的な価値を定量化・可視化しようと、いろいろなアカデミアの方たちが研究しています。大久保さんは、このような企業の非財務的な価値を数値として定量化することで、社会性を志向する企業が増えるとお考えでしょうか。

私は、そのような定量化をすることで、社会性を志向する企業は増えると思います。

例えば、『会社四季報』のような媒体では、企業がいくらもうけたかという情報しか分かりません。例えば、幾つかの会社が同じ100億円の利益を出したとします。A社は社会性の高い経営をして100億円、B社は1,000人解雇して100億円、C社はクレームだらけで稼いだ100億円、D社はブラック企業で100億円と、こういうことが全部明らかになったならば、投資家はどの会社の株を買うでしょうか。当然A社です。

財務指標は、その数字の背景が大切です。例えば、社員がきちんと有給休暇を取得しているか、社員の定着率はどうか、女性や障がい者が生き生き仕事をしているか、お客さま満足度はどうかということなどを指標化すれば、投資家は正しい判断ができます。今は利益という数字しか分からないから、どうしてもその数字だけで判断してしまうのです。

そのためには、原さんの一般財団法人アライアンス・フォーラム財団が提唱するROC(Return On Company:共同体に対する会社の付加価値を測る指標)のような、企業の見えない部分を評価する手法が必要になります。

また、あの会社にはいい人材がそろっている、というような人間的価値も重要です。人間的価値を重視しない会社は間違っています。多くの経営者は「社員が命です。社員は財産です」と言いますが、いざ経営難になると解雇を始めます。価値を切って利益を出すということはおかしい。つまり、社員は経費だと考えているのです。

人間的価値をきちんと評価していくと、その会社は継続していくと思います。そのような会社はイノベーションが起きます。社員が頑張るからです。そういう側面を可視化することが大事ですが、なかなか難しい面もあります。原さんも試行錯誤していますが、諦めてはいません。そこへ向かって、新しい『会社四季報』のようなものつくっていくことができれば、必ず世の中は変わると思います。株主に正しい判断ができる材料を与えたいのです。

経営者が変われば、社員とその家族が変わり、やがて日本全体が変わる

──原さんが代表理事を務める一般財団法人アライアンス・フォーラム財団も、社会システムを変革するために、政府にも公益資本主義を積極的に訴えています。誰もが良い考え方だと賛同できるものであるはずなのに、国の制度として定着するようには見えません。課題はどのあたりにあるとお考えですか。

一言で言えば、日本の政治家の勉強不足ではないでしょうか。政治が本当に正しい判断をすれば、日本は変わります。世界の政治を見ていても分かるように、日本の政治家にはリーダーシップがありません。与野党の政治家も高いレベルで切磋琢磨する関係が薄れています。これでは日本をより良い方向へ導こうとする力は生まれてきません。ですから、原さんがいくら訴えても、日本に公益資本主義を根付かせることに時間がかかっているのではないでしょうか。

こういう現状を変えていくためには、教育にメスを入れなければならないと考えます。

──教育には時間がかかります。今からメスを入れて間に合うものでしょうか。

間に合うと思います。だからこそPICCを設立したのです。今の40代の若い経営者たちには、あと20年、30年、40年もあるのです。彼らが変われば社員が変わります。社員が変われば家族も変わります。それと同時に、幼少期から自分で考え、問題解決をできるように、子どもたちへの教育を並行して行うことで、日本は大きく変わっていくと思います。

私は、あえてPICCの会員を増やそうとしていません。普通の団体であれば会員を増やすことが良いと考えるかも知れませんが、そうはしないのです。今の会員が公益資本主義経営を体現して良い企業になっていくことが先決だからです。彼らの会社が変わり、業績も伸びていけば、彼らに関係している会社も「あのようになりたい」「私も入会したい」と思い、自然にPICCへ入会してくるのです。そのためにここ5年間は会員の数を増やすのではなく、会員の実践活動を支援して、活動の質を高めることに注力してきました。

──PICCに入会すると、経営者は何を学ぶことができるのでしょうか。

まずは、企業とはどうあるべきか、企業の「在り方」、How to beです。「在り方」をしっかりと学ばずに、やり方ばかり学ぶと、「こうすればもうかる」という主張にどんどん流されてしまいます。木は、幹が育たずに枝ばかり大きくなっていけば、最終的には幹が折れてしまい、木という存在自体が終焉を迎えます。「在り方」という幹を太くした上で、やり方という枝を学ばなければいけないのです。

企業の「在り方」とは、突き詰めれば「人間はどうあるべきか、経営者はどうあるべきか」ということです。PICCに入会した経営者は、このようなことをきちんと答えられる人間を育て、その人に経営のやり方を伝授しています。

PICC社員総会
PICC社員総会と同時開催された第5回PICC優秀事例発表会では、全国の優れた公益資本主義経営の実践事例が紹介された

未来世代へのメッセージ

現在の世界に生きる私たちは、未来世代を預かっているという立場です。預かっている以上は、きちんと教育をしてバトンを渡さなければなりません。

教育には2つあると思っています。まず学校教育です。覚えることを教えるという現在のスタイルを根本から変えていかないと、未来世代は駄目になってしまいます。生徒が中心となって問題解決していくようにするために、先生はモデレーターとしてアドバイスすることが主な役割となるべきです。生徒が自分のペースで勉強し、分からないところを先生がアドバイスするべきです。主役が違うのです。

ただし、こういった教育の成果が社会に現れてくるまでには20年、30年かかります。

そこでもう一つ重要なことが、経営者に対する教育です。経営者がいい加減であれば、社員の不平不満がたまり、家に帰って会社を悪く言うようになります。これでは社員の家族、特に未来世代を担う子どもたちにも悪影響になります。逆に、社員が喜んで仕事をしている姿を見せていれば、自分の子どもに対してもきちんと教育することができます。

つまり会社のトップである社長が、役員を含めた社員たちに対して、社会人として真にあるべき姿を自らの言動で教えることが重要です。そのためにも、まず経営者たちを教育しなければなりません。経営者たちの教育を通して、社員たちの家族まで変えるのです。そういう意味でも、私は教育を根本から変えていかなければならないと考えています。

経営者は未来に対する責任を感じ、自らが範を示さなければなりません。私は4年前に脳梗塞を患い、体の自由が利かなくなってからも、フォーバルで精力的に会長職をこなしています。闘病以前には「そもそも会長は元気だからな」と思われていましたが、これだけ体が不自由になっても頑張っている姿を社員が見て、私の発言の意味するところの浸透度が格段に高くなっています。

脳梗塞になっても、悪いことばかりではありません。教育という面から見たら良いことのほうが多いかも知れません。会社だけではなく、家庭の中でも息子や娘と互いに感謝を伝え合う機会が増えました。人は感謝すること、感謝されること、どちらも嬉しいものです。トップがどういう態度を示すかということは、本当に大事であると実感しています。

今回、感謝を伝えた方々はごく一部です。PICCの活動を通して、多くの経営者がステークホルダーへの貢献を実践するようになってきています。そしてその活動を継続していることが本当に素晴らしいことだと思います。こういった経営者を増やし、日本・世界をより良くしていくことができればと思っています。

〈プロフィール〉
大久保秀夫(おおくぼ・ひでお)
一般社団法人公益資本主義推進協議会(PICC)会長(代表理事)。1954年、東京都生まれ。國學院大學法学部卒業。アパレル関係企業、外資系英会話教材販売会社に勤務した後、1980年、25歳で新日本工販株式会社(現在の株式会社フォーバル 東京証券取引所市場第一部)を設立、代表取締役に就任。1988年、創業後8年2カ月という日本最短記録で、史上最年少の若さで店頭登録銘柄(現JASDAQ)として株式を公開。2010年、社長職を退き、代表取締役会長に就任。現在はPICC会長の他、公益財団法人CIESF理事長、東京商工会議所副会頭・中小企業委員会委員長なども務めている。

一般社団法人公益資本主義推進協議会(PICC)
設立:平成26年01月27日
所在地:東京都渋谷区神宮前5丁目-52-2号
目的等:諸外国から真に尊敬される日本づくりの実現に向けての活動。

※本記事はcokiに掲載しているこちらの記事を一部編集し転載しています。