クレディセゾン社長 林野宏氏が挑むイノベーション 女性の活躍と異分野との連携(後編)
林野宏 氏 株式会社クレディセゾン 代表取締役社長
前編より 株式会社クレディセゾンの企業物語。緑屋時代からの軌跡には単なる企業再生を超えて、劇的に企業が生まれ変わる物語があった。
従来の慣習を破るイノベーション、カードのサインレス化と、永久不滅ポイントの仕掛け
さて、カード獲得は伸びたが、現場の声を聴くと、サインをするという昔のルールではカードを発行しても、使われない。
「なぜかというと、レジに並ぶでしょ。大体夕方に、子どもが帰ってくるまでに買い物をして、帰ってきた時に、家で料理作って夕食にする。そうすると、皆急いでいる、ところがクレジットカードで決済すると時間がかかる。とくにあの時間混むから、なかなか回転しない。
しかも当時のposは遅く、ガチャガチャガチャとやって、伝票が出てきたあげくにサインする、そうすると後ろの人が睨む。だったらサインレスにしてしまえば、スムーズで速いなと」。
しかし、業界では反対の意見が多かったようだ。
「米系のカード会社の日本代表とか銀行系カード会社に呼び出されたよ。サインレスとは何事か、国際基準に違反している。お客様が使った覚えがないといったらどうするんだと。そんなこと言われても、カードが使われないんだ、レジのところに行って見ればわかるでしょと言った」。
「けれども、しばらく経ってもクレームは何も起きなかったね。お客様が時々間違えて使っていないといっても、後で確かめると、ああやはり使いましたと。支払い拒否が生じたとしても、小額決済ゆえに、それほどの損失にならないことも試算をしてわかっていた。つまり、なんの支障もなかった。結局、他社も真似してね、当社よりも徹底してやっているね(笑)」。
次のイノベーションは、永久不滅ポイントだ。
「その当時、1人あたりの年間平均カード利用額が、27万円程度。若い女性が1年間カードを使って、せいぜい270ポイントしか集まらない、ポイントの期限は1年で来てしまう。
そうするとささやかなものにしか交換ができない。これはお客様からすると、ポイントが消えてしまうのは悔しいし、もっといいものに交換したいと思う」。
それだけではない、現場のオペレーションも大変になる。
「どんな事が起こるかっていうと、ポイント有効期限の直前にはお客様からコールセンターへの問い合わせが殺到し、コールセンターはパニック。しかも短期間に大量の商品を全部包装して郵送するわけだよ。手間やコストが集中するし、そのアルバイトの人件費やら何やらすごく大変だった」。
圧倒的なサービスの差別化でお客様資産の価値を上げる
「クレジットカードは、やがて機能が同じになってしまう。しかもこの先カード業界の競争は厳しく、日本一のカード会社として立場を確立していく上で、お客様の支持を得られる圧倒的なサービスの差別化が必要だった。
その一つとして、『女性や若年層に資産形成の機会を提供し、長期投資を日本に根付かせたい』という想いで、2006年に「セゾン投信」を設立した。
当時はまだ投資信託のネット取引、積立投信という購入方法も広く一般に浸透しているとはいえなかったが、正しいお金の流れを作るビジネスであり、5年、10年かかったとしても必ず変わると考えていた。
ところが、2008年にリーマンショック、それでお金が集まらなくてね。だからあと2年くらい早く認可されていれば、2年間で軌道に乗ったのにね。ほんとに10年かかったけど、ようやく日本の投資信託の在り方が抜本的に変わり始め、長期資産形成を求める社会的ニーズが広がり始めた。」
その他にもクレジットカードから派生していく、クレディセゾンのサービスには際限がない。
「カード会員が各種チケットを取りやすくする仕組みとしてイープラスを設立、女性のカード会員にダービー馬主の一口馬主になれますというサラブレッドクラブセゾンなど。競合するカード会社が考え付かないような差別化の武器を作っていった。」。
また、2016年には、永久不滅ポイントで長期投資を体験できる「ポイント運用サービス」を開始した。
これは2015年に設立した投資一任運用(ロボ・アドバイザー)サービスを提供する「マネックス・セゾン・バンガード投資顧問」が運用する投資信託の運用状況に連動してポイントが増減するサービス。
今まで貯めるだけだったポイントを、「運用して、貯めながらもっと増やす」という考えだ。
こうして斬新な発想で、セゾンカードの価値を高めてきた林野氏だが、自前のカード事業だけに留まっていたいわけではない。
西武のライバル高島屋との提携カード、スペインに行きロナウジーニョとCM出演交渉・・・チャレンジに次ぐ、チャレンジ
実に、クレディセゾングループのカード発行枚数は3,700万枚に上る。膨大な枚数はもちろん単独では達成できない。これは林野氏が次々にカード合弁会社を作っていった成果だ。
「石油業界の出光興産さん、百貨店では高島屋さんも。セゾングループは崩壊していたけど、社員が1番びっくりしたのでは?」。
「これ以外にもヤマダ電機さんとか、大和ハウスさん等、業種業態関係なく合弁会社を作って、一緒にカードを作っていく。そうすると、いろんなサービスが接続するし、蜘蛛の巣のように広げていく事ができる。
そして、請求書の発行や事務処理業務など、合弁会社の業務を受託する業界初の総合プロセシングサービス専門会社も設立した」。
こうして林野氏は提携先の拡大と様々な商品開発に挑んできた。一方、金融ビジネスは金融商品自体だけでなく、他と差別化できるブランド作りも重要だと認識していた。
「サッカーがやがて世界一のスポーツになると、サッカー日本代表のサポートを始めたのが、2001年。そして、CMにはロナウジーニョも使った」。
「ロナウジーニョとの交渉も、間に大手代理店を入れなかった。直接バルセロナに行って交渉し、最後の日にやっと契約が成立。けど、肝心のロナウジーニョがなかなか来ない。
やっと来たら、背広を着て来たんだよ。だから、そのまま撮影した。通常のCMではボールを蹴ったり、ヘディングしたりするような絵ばっかりだから、え、ユニフォームに着替えなくていいの? とロナウジーニョ当人はびっくりしていたね」。
また、冒頭で触れた社員アイドルグループ、東池袋52は若者向けのブランディングの仕掛けとして、位置付けているようだ。
カードのお客様の年齢層も徐々に高くなってきており、若者からももっと認知される仕掛けが必要なのだ。こういったさまざまな仕掛けが、ベンチャー企業とのアライアンスを組むときも、面白いことをやる会社として良い印象を持ってもらえるという。
今後のフィンテックとリテール金融の動き
今、世の中のフィンテックの動きは、まさに金融サービス維新とでもいえる熱狂を生み出している。
ビットコインや、ブロックチェーン、決済、送金、ビッグデータ、家計簿ソフトといったものが、マスコミを賑わさない日はない。
一方、林野氏はこの状況を冷静に見ている。今後業界はどうなるのだろうか?
「簡単に言うと、キャッシュレス、カードレスという方向に行く。中国を見ると分かるでしょ?ウィーチャットペイ、アリペイといったものがキャッシュレス社会を作り出し、グローバル規模で存在感を発揮している。当然、こういったサービスと戦うようなことになるね」。
「もう一つはブロックチェーンといった先端技術。でも、この先どうなるか分からない。仮に、ある程度のところまで行ったとしてもネットの世界は、ウィナー・テイク・オールなので、ひっくり返されるだろう。
だから2016年には、デジタルガレージとカカクコムと当社の3社が組んで、オープンイノベーション型の研究組織「DG Lab」を設立し、ブロックチェーンや人工知能などの分野で次世代の社会基盤となる技術開発に取り組んでいる。どうなるかわからないけど市場を観るには参加していることが大事だ」。
「また、こういった繋がりを作っておくと、たくさん若い起業家が来てくれる。だれが成功するか分からないが、来てくれるのがありがたい。我々には3,700万人という顧客基盤があるからね、どんなビジネスだってお客様に売れなきゃだめ。頭が良くてビジネスモデルを作るのが上手い人は、往々にして商いが下手だからね。」
膨大なカード顧客資産と、これらのビジネスモデルと組み合わせれば、さらに価値のある商品を生み出せる可能性は高い。この掛け算の効果を熟知している林野氏は、業界の先頭に立ってオープンイノベーションに力を注いでいる。これからどんな画期的な商品や、サービスが出てくるか楽しみだ。
~「夢中力」で幸せをつかむ
アインシュタインが一般相対性理論を完成して100年の節目、2016年に米国の研究チームが重力波の観測に成功した(2017年ノーベル賞受賞)。
林野氏はアインシュタインにインスパイアされ、「夢中力」の公式を思い立つ。
「E=MC²という公式がある。アインシュタインの人類史上で最も美しい公式といわれるものにあやかり、私も、A=CS²というものを考えた。
Aはアビリティ(能力)、Cはコンセントレーション(集中力)、Sはセコンド(秒)で、能力というのは、集中して努力した時間の2乗とイコール。
科学的ではないが、みんながそれに気付いて、いろんな事に夢中になってくれれば、人類が幸せになると思う。そうするとアインシュタインよりすごい?なんでノーベル賞が来ないんだ?(笑)」。
「幸せになりたいというのはみんなが考えているんだよね。でも幸せは自分で取りにいかないと、向こうからはやってこない。ドアを開いて待っていても、幸せはやってこない。
やっぱり、前向きに努力するということ。だから夢中になって何かをやることは、絶えず自分なりに何かをやってきたという実感となって幸福につながる」。
「ただ、自分だけが幸福になりたいと思っていてもだめ。反対に周りの人を幸福にしようと思えば、いつの間にか自分が幸福になる。この世の中、うまくできているんだよね。三大幸福論者のアランをはじめ、みんなそう言っているよ」。
「自己を実現したいという欲求が多分これからどんどん増えてくるよね。一方、企業の寿命が縮まって、人間の働く寿命が長くなるから、当然割り算すると、1つの企業で一生を送ろうという考えは成り立たなくなる。
従って、3つくらいの会社を経験する。そういうアビリティをつけなきゃだめだし、移った時に、その会社で、素早く能力を身につけるノウハウを知っておく必要がある」。
「今までは、その会社でしか使われない言語、人脈、あるいは取引先、みんな固定していて、その取引先を廻って、その人とゴルフをやったり、酒を飲んだりでよかった。でも、これからは違う。例えば、クレディセゾンに来たとすると、カードのことを覚えるには、人間の能力からすれば、集中して3か月あればよい。人間の能力って凄いんだよ。
だから自分を過小評価しないことが大事。自分を過小評価するという枠を作るから、その枠におさまる人間になってしまう。自分は無限大だぞって言っていれば、そうなる」。
「また、幸せはお金で買う事もできない。お金持ちが幸せかというと、見れば分かるでしょ。業突く張って、ますますお金に縛られていくだけ。やっぱり友達だよね。そういう人たちがいっぱいいて、飲み友達とか仕事の友達とか、そういう人たちが将来何人にできるかということ。学生時代の友達作りは特に重要だね」。
【プロフィール】
林野宏(りんの・ひろし)
1942年京都府出身。
1961年 埼玉県立浦和西高等学校卒業
1965年 埼玉大学文理学部卒業、西武百貨店入社。以後、人事部、企画室、マーケティング部長兼営業開発部長、宇都宮店次長などを経る。
1982年 西武クレジット(現・クレディセゾン)にクレジット本部 営業企画部長として転籍。
2000年 クレディセゾン代表取締役社長に就任。
2003年 りそなホールディングス社外取締役に就任。
2005年 経済同友会副代表幹事に就任。
2010年 埼玉大学からフェロー称号を授与
株式会社クレディセゾン
〒170-6073 東京都豊島区東池袋3-1-1 サンシャイン60・52F
TEL:03-3988-2111(大代表)
URL:http://corporate.saisoncard.co.jp/
営業収益 278,944百万円(2017年3月期)
従業員数 2,289名