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ニッポンの料理人紳士録  その参

近藤 文夫さん(てんぷら近藤)

◆撮影:田中振一/文:坂東治朗

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天ぷらこそ料理の最高峰と信じて

人生はままならないものだ。だが、だからこそ面白い。

いまや天ぷら職人の最高峰と言われる近藤文夫さんは、自分が天ぷら職人になろうとは想像さえしていなかった。

 

「食いっぱぐれることはないだろう」という程度の考えで、高校卒業後、料理人として山の上ホテルに入社。

近藤さん本人の希望は特になかったが、「お前は和食の顔だ」という当時の吉田俊男社長の面接時の一言で、「てんぷらと和食 山の上」に配属。

 

子供のころから母を手伝って料理に馴染みはあったものの、料理人として本格的に学んだことはなかった。

それが入社半年ほどで、先輩職人が辞めたため、近藤さんは天ぷら担当となった。

 

「人前で天ぷらを揚げたことなんてなかったし、教えてくれる人もいなかった。私の天ぷらは全くの独学。料理の本を参考に、営業時間外にひたすら練習しましたよ」

 

教えてくれる人はいなかったものの、自由に試すことができる環境ではあった。いろいろと試行錯誤を繰り返し、お客さまの反応から学んだ。

 

近藤さんは元来、口数が少ないほうだったが、そこは客商売、強いて会話ができるように努力した。

そうすると、お客さまから天ぷらについて教えてもらえるようにもなった。

 

23歳という若さで、「てんぷらと和食 山の上」の料理長に抜擢された。

このころから野菜を天種として積極的に使うようになった。野菜の天ぷらは、天ぷら専門店でお金の取れる主流とは考えられていなかった。

野菜の風味を損なわないために衣を薄くしたが、お客様には「これは天ぷらじゃない」と叱られることも少なくなかった。

だが、創意工夫をこらし、素材の良さを生かした天ぷらは徐々に評判を集め、「うまい天ぷらを食べたいなら、山の上ホテルに行け」と言われるほどになった。

 

「料理長就任時、『てんぷらと和食 山の上』は月商100万円程度でしたけど、最終的には年商3億円の店にしました。売り上げのノルマを毎月達成したのは、我ながらすごいと思います」

 

43歳の時、銀座にカウンター12席・9坪の店「てんぷら近藤」を開いた。山の上ホテルで名声を高めたが、雇われの身としては自分の思いどおりにすべてができるわけではない。

「天ぷらのおいしさをもっと多くの人たちに知ってもらいたい」という思いから、自らが信じることを実現するため、近藤さんは行動を起こした。

ホテルのお客様に独立することは告げなかった。

「ホテルの名声ではなく、自分の実力でお客様に来てもらうんだ」という近藤さんなりの矜持が、そうさせた。

 

開店資金は総額1億2000万円。近藤さん自身の自己資金だけでは賄えず、実兄の資産などを担保に銀行から融資を受けた。

だが、宣伝もしていなかったため、開店間もないころは閑古鳥が鳴くありさま。それでも返済はしなければならず、精神的にかなり追い込まれていた。

 

開業してから数カ月後、とある雑誌に店の紹介が掲載された。それを見た人が来店するようになり、経営は徐々に軌道に乗り、開業時の借金は7年で返済することができた。

予約客が増え、手狭になったため、開業3年目に同じビルの広い9階に移転。そして今、予約が取りづらい店として知られるほどになった。

 

「新しいメニューは、ほとんどイメージしたとおりに作ることができるんですよ」

 

独学からスタートしたにもかかわらず、近藤さんは他の職人とは全く違った次元に進んでいる。持って生まれたセンスもあるが、努力の賜物が、そうさせているのだろう。

自らが体得した天ぷらの技術は、『天ぷらの全仕事』(柴田書店)という本で開陳している。

 

天ぷらを巡る環境は厳しい。だが、近藤さんは「天ぷらこそ料理の最高峰」と信じている。

天ぷらの本当のおいしさを知らしめるため、近藤さんは今日も真摯に天ぷら鍋と対峙している。
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☆近藤さんの料理が食べられる店

〈てんぷら近藤〉

所在地:東京都中央区銀座5-5-13 坂口ビル9F

電 話:03-5568-0923

 

 

 

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☆撮影:田中振一

オランダ・アムステルダムの5ツ星ホテルに勤務の後、25歳で帰国。広告フォトグラファーのアシスタント、広告撮影スタジオを経て30歳で独立。得意分野は、人物・ホテル・レストラン。 第38回 日経MJ広告賞 優秀賞。公益社団法人日本広告写真家協会正会員。神奈川県横須賀市出身。

 

☆文:坂東治朗

ホテル・レストラン専門誌の編集長、書籍や年鑑の編集者を経て独立。ホテルやレストラン、食、旅行などをテーマに、一般誌や業界誌、会報誌、書籍などを編集・執筆。北海道札幌市出身。

 

 

 

◆2017年1月号の記事より◆

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