ニッポンの料理人紳士録 その弐 – 曽村 譲司さん(ア タ ゴール オリエント エクスプレス)
ニッポンの料理人紳士録 その弐
曽村 譲司さん(ア タ ゴール オリエント エクスプレス)
◆撮影:田中振一/文:坂東治朗
愚直さで次々と夢を実現し続ける
高校球児だった曽村譲司さんは、高校の進路指導室で、ホテルオークラが料理人を募集していることを知った。
包丁を握ったことはなかったが、好奇心に駆られた。
「どうせ料理人になるなら、慣れ親しんだ和食よりも、あまり知らないフランス料理にしよう」と応募したところ、運良く採用された。
曽村さんはホテルオークラ入社後、野球で培った体力とガッツで仕事に励んだ。料理人の世界は縦社会で厳しい。
しかし、知らないことを知る面白さが、辛さを上回った。
24歳のときに転機が訪れた。ホテルオークラが派遣している在ベルギー日本大使館の公邸料理人の募集に名乗りを上げ、曽村さんは選ばれたのだ。
公邸料理人とは外交の最前線である大使館の専属シェフ。その役割は、漫画でドラマにもなった『大使閣下の料理人』を読むとわかる。
和と洋の2人の料理人がいる大使館もあるが、曽村さんが赴任したベルギーの公邸料理人の定員は1人。
ホテルのように料理人がたくさんいるわけでもなく、しかも日本大使館ゆえにゲストを和食でもてなす機会も少なくない。
気を使わなければいけないことは山ほどあったが、ベルギーでの日々は曽村さんに多くの刺激を与えてくれた。
ホテルオークラに復帰してしばらくしたころ、豪華列車のオリエントエクスプレスのプロモーションイベントがホテルオークラで開催された。
「地方の郷土食材を使い、車窓から見える風景にマッチした料理を、フランス料理をベースにして作る。そういった独創的な料理を提供していることに衝撃を受けました」
しばらくして曽村さんは、オリエントエクスプレスの料理人の仕事を手に入れ、ホテルオークラを旅立った。
一般的にオリエントエクスプレスとして知られているのは、ヨーロッパを横断するものと、シンガポールを拠点にアジア諸国を横断するものがあるが、曽村さんはいずれでも料理人としての経験を持つ。
アジア諸国を巡るイースタン&オリエンタル・エクスプレスでは、日本人で唯一、シェフを務めた。
食事の禁忌があるため、ゲストへの料理の提供はもちろん、料理人の働き方にも配慮しなければならない。
さらに、限られたスペースでの調理、食材調達コントロールの難しさなど、普通のレストランとはまったく異なった環境。だが、得たものは大きい。
「フランス料理に欠かせないハーブやスパイスの多くは、アジア諸国からもたらされたものです。原産地でさまざまなハーブやスパイスに触れ、その国出身の料理人に使い方を教わる。これは私にとって貴重な経験となり、いまに生かされています」
オリエントエクスプレスでの勤務後は、シンガポールのラッフルズホテル、東京のレストランでの勤務を経て、2005年、「ア タ ゴール」を東京・恵比寿に出した。
開店した当初から、「いつかは列車の車両を使ったレストランを持ちたい」という希望を持ち続けていた。
「『お金もかかるし、個人がそんなことをできるわけがない』と、いろいろな人たちに言われました。でも、『絶対に実現する』と決めました」
自分の思いを実現するためには、他人に口出しされたくない。そういう考えから、資金提供によるレストラン出店の誘いには応じなかった。
店に寝泊まりするなどして、地道に資金を貯め続けながら、理想の車両探しにも力を注いだ。
ある日、〝日本版オリエントエクスプレス〟と呼ばれた豪華寝台特急「夢空間」の運行が終了するという情報を入手、車両を譲ってもらえるように、あらゆるつてをたどった。
JR東日本から「夢空間」の特別車両1両を譲り受け、東京・木場の地主の許可も得て、「夢空間」の車両を使ったラウンジと、駅舎を摸したダイニングからなる「ア タ ゴール オリエント エクスプレス」を12年に開店した。
思い込んだら、まっしぐら。「愚直」の言葉が曽村さんには似合う。
さて、彼の次なるターゲットは何なのか。大いに期待したい。
☆曽村さんの料理が食べられる店
〈ア タ ゴール オリエント エクスプレス〉
所在地:東京都江東区木場3-19-8
電 話:03-5809-9799
☆撮影:田中振一
オランダ・アムステルダムの5ツ星ホテルに勤務の後、25歳で帰国。広告フォトグラファーのアシスタント、広告撮影スタジオを経て30歳で独立。得意分野は、人物・ホテル・レストラン。 第38回 日経MJ広告賞 優秀賞。公益社団法人日本広告写真家協会正会員。神奈川県横須賀市出身。
☆文:坂東治朗
ホテル・レストラン専門誌の編集長、書籍や年鑑の編集者を経て独立。ホテルやレストラン、食、旅行などをテーマに、一般誌や業界誌、会報誌、書籍などを編集・執筆。北海道札幌市出身。
◆2016年10月号の記事より◆
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