出版界の救世主になるか!? 聴く本 オーディオブックで新世界を開拓せよ!
出版界の救世主になるか!?聴く本 オーディオブック で新世界を開拓せよ!
◆取材・文:佐藤さとる(本誌 副編集長)
これから気に入った本や名作は「読む」時代から「聴く」時代になるかもしれない―。電子書籍の次の目玉として注目を集めるオーディオブックがそれだ。すでにビジネス書などではオーディオブック化されているものも多い。
2015年は出版業の大手が参加する「日本オーディオブック協議会」も設立され、オーディオブック元年とも言われる。果たして出版社は電子書籍に続く金鉱を見出したのか。そして読者は聴者にシフトしていくのだろうか。
アマゾン、アップル、オーディオブック参入
電子書籍が伸びている。「インプレスビジネスメディア」が発表した「電子書籍ビジネス調査報告書2015」によると2014年の国内電子書籍市場は約1266億円で、対前年比で35%の伸びを示した。過去4度にわたる市場開拓の挑戦を経て、日本の電子書籍市場はようやく定着し、順調に伸びていることがわかる。
一方出版市場は、2013年時点で1兆6823億円と、対前年比で33%減少。9年連続で前年を下回った。萎む市場のパイを電子書籍が奪っている構図だ。こうしたなか次世代の鉱脈として注目を集めているのが、オーディオブックである。
オーディオブックはその名の通り、書籍となった文章を声優やナレーターが朗読し、「聞く本」としてパッケージ化したもの。すでに大手ネット販売の「アマゾン」は、ネット上で「オーディブル」というブランドでオーディオブックのコンテンツを揃え、販売している。アップルも音楽コンテンツ販売サイト「iTunes store」でオーディオブックのダウンロード販売を行っている。
国内勢も動いている。株式会社オトバンクは2007年、オーディオブック配信サービス「FeBe(フィービー)」を開始。すでにビジネス書籍を中心に文芸書、古典など1万3000タイトルのオーディオブックをリリースしている。
また出版社のパンローリング株式会社も2006年からオーディオブックを制作、「でじじ」という専用サイトからダウンロード配信をしている。こうした動きを受け、今年の4月6日に講談社や小学館、新潮社などの大手出版社、オトバンクなど専門社16社が、「日本オーディオブック協議会」をいよいよ立ち上げた。
“いよいよ”と記するのには、ワケがある。実はオーディオブック普及への取り組みは業界として5年ほど前から始まっていた。ただ同時期に電子書籍にも取り組む必要があり、両方整備するのはきついということから、棚上げされていたのだ。
この度改正著作権法で電子書籍の規定が定められたのを機に、オーディオブックの本格的な取り組みが再開した。
同協議会の常任理事でオトバンク代表取締役会長の上田渉さんによれば、現状50億円ほどの市場が今後900億円くらいまでは伸びる可能性があるという。
アメリカでは1600億円市場に
オーディオブックはもともと欧米で立ち上がった市場で、アメリカではすでに1600億円まで拡大している。そのルーツは1970年代に生まれた「カセットブック」。いち早くモータリゼーションが進んだアメリカは、多くの人が車で通勤、移動するため、運転しながら耳だけで聴けるカセットブックのニーズが生まれた。
日本でも1980年代にカセットブックが誕生している。ソニーがウォークマンを世に送り出してから、好きな音楽を街中でヘッドホンで聴くというカルチャーが生まれたが、それに伴いカセットブック市場も立ち上がった。一時期「100社前後が参入した」(上田さん)という。
だが市場は伸びなかった。理由はコンテンツ数が少なかったことと、カセットブック自体の価格が高く、「300円の文庫本の時代に3000円もしていた」(上田さん)ため、手を伸ばす人が少なかったのだ。「アメリカはもともと本の価格が高く、ハードカバーで3000円くらいしていたから、カセットブックの価格に違和感はなかったのだと思う」(上田さん)。
それがいまオーディオブックに注目が集まっているのは、1つには「携帯、スマホの普及が大きい」と上田さん。まず2003年くらいに携帯で「着うた」が聴けるようになり、携帯電話で音楽を聴く文化が根付いた。さらにいまスマホが普及し、誰もが手軽に聴けるようになったことが大きい。
「カセットブックの時はカセット自体が大きく嵩張った。また当時のウォークマンなどでは電池の持ちなども限界があった。それがいまスマホという皆が持っているデバイスがあるので、デバイス、価格の問題がクリアされた。あとはコンテンツを増やすかにかかっている」(上田さん)
オトバンクはFeBeを通じてコンテンツを提供しているが、スマホ向けにiOSのKiku Player, AndroidのFeBeといったアプリも提供している。あとは好きなコンテンツをダウンロードすればいい。
法律の施行、批准も弾みに
デバイスやソフトの進化に加え、大きいのが法律の動きだ。来年からは障害者差別解消法が施行されるほか、視覚障害者や印刷物を読むことが困難な人に向け、書物へのアクセシビリティ(点字や音などで伝える)の確保を謳ったマラケシュ条約へ日本が批准した。「これらにどう出版界として対応していくのか」という問題が上がったのだ。
ハンズフリー、バリアフリー、受動読書の体験
オーディオブックの可能性は大きい。これまで書物にアクセスできなかった視覚障害者へ道を開き、さらに弱視者や高齢者の福音となろう。電車で音楽を聴くような若者の潜在ニーズもある。
オトバンクでは購入者の8割がリピーターという。「オーディオブックの良さは3つある。1つは目を閉じてもわかるバリアフリー書籍であること。2つ目は手を使わずに読めるハンズフリー。もう1つが読もうという意識をしなくても入ってくる受動的読書ができること」(上田さん)だ。
想定していないような読書体験も生まれている。
「子育て中の女性だと、家事をしながら聴いたり、お子さんを寝かしつける時などに聴いているようです。最近では朝活や夕活で、オーディオブックを題材にして議論することも増えている。あと男性に受けているのが、速度調節機能。最速で2倍まで調整できるので、話題のビジネス書や新書が2倍速で聴ける。通常新書1冊で5時間くらいの長さですが、これが半分となると実際に書籍を読む場合でもかなり速い」(上田さん)
専門家の話では、人間はしゃべる速度が速いと集中力を高めて聴くようになるという。認知症の予防や改善などにも期待がかかりそうだ。介護老人施設や、教育現場などのニーズも出て来るだろう。
朗読投稿サイトが市場を盛り上げる!?
今のところ市場でよく売れているのがビジネス書。特に名著と呼ばれるビジネス書は、本を読んでから音声でも聴きたいと買っていく人が多いという。
たとえばスティーブン・R・コヴィーの『7つの習慣』。オトバンクでは、「本とオーディオブックと別々に2200円ずつで売っていたが、新たにセットで3800円として売り出しました。書籍についているQRコードを読み込み、シリアルコードを打ち込むと、スマホやPCにダウンロードできる。問い合わせも多い」(上田さん)。
同社ではセットで初版1万2000部を用意した。この価格帯では強気の設定だ。今のところオーディオブックの販売はネットやアプリからのダウンロードが中心だが、書店でのセット販売が当たり前になる可能性は高い。書店にとっては新たな商材となる。
このほか期待がかかるのが、アニメや漫画だ。オトバンクでは劇場アニメで話題を呼んだ「Wake Up Girls」のスピンオフ企画として、登場する女性7人分のオーディオブックを制作したところ「かなりの反応があった」(上田さん)という。
コミックマーケット(コミケ)などでは、一般人が話題のアニメの登場人物などを使って物語をつくり販売する例があるが、オーディオブックでもこうした人気アニメのキャラクターを使ったオリジナルの企画も出てきそうだ。
人気小説の朗読を高校生などが投稿比較するサイトなどが出てくれば、オーディオブックの裾野は広がるだろう。オーディオブック化を前提とした朗読コンテストなどもアリだ。ほかにも電車やバスを丸ごと貸し切ったオーディオブック車両も面白そうだ。
ただ問題は著作権、版権をどう扱うかだ。コミケは人気キャラクターの著作権を限定的に開放してきたからこそ、60万人も集めるイベントに成長した。「個人の楽しみ」と「商売」の境をどう設定するかは今後の大きな課題となる。
「まずは市場全体で1万5000あるタイトルを文芸書や児童書などビジネス以外の作品を増やして6万タイトルまで増すことが目標」と上田さん。
暫くさまざまな化学反応が生まれていきそうだ。