世界戦略レポート『混迷するギリシャは、どこに向かうのか?』
混迷するギリシャは、どこに向かうのか?
◆文責:海野世界戦略研究所
[海野世界戦略研究所の視点]
- ギリシャ問題は、一応の猶予は与えられたものの、予断を許さない状況は続いている。
- ギリシャ問題は、経済及び政治問題だけでなく、安全保障上の問題もはらんでいる。
- ギリシャ問題の処理に失敗すれば、EU全体の行方にも影響を与えるだけでなく、地政学上のリスクが大きく高まることになるだろう。
- ギリシャに求められている構造改革に対して、日本が貢献出来る余地は大きい。
ギリシャ問題の現状
ギリシャ問題は、7月の山場を過ぎた後、すっかり報道されなくなってしまったが、危機は引き続き継続している。
7月に、EUの支援とその支援の条件である財政改革法案が可決し、一応、当面の財政破綻の危機は乗り切れた状況である。だが、ギリシャが財政問題を解決するには、苦しくなる度にEUからの借金を工面することではなく、自身の財政構造を健全化させる必要がある。
そのためには、年金改革と公務員削減による支出の削減並びに、増税と経済成長による増収を実現しなければならない。
しかし、公務員削減と増収だけでも実施は困難なのに、増税まで約束通りに実施できるのだろうか?
更には、緊縮財政下での経済成長を実現させるとなると、その経済・政策運営については並大抵の難易度ではない。
経済問題だけではないギリシャ問題
最初、ギリシャ問題は、経済問題・財政問題の筈だった。しかし、財政再建のための緊縮財政の実施を厭う国民に阿る形で、急進左派連合は緊縮財政に反対することを党の政策として掲げて、2012年と2015年の2回の総選挙を通して急速に議席を獲得し、その後、党首のツィプラスが首相に就任し、党の公約に則ってIMFの緊縮財政プログラムの実施が義務となる金融支援を拒否すると、財政問題が政治問題化した。
ギリシャ問題に関するEUの結束の乱れを受けて、ロシアはギリシャに急速に接近した。元々、ギリシャは地勢的に地中海圏に対する影響力を保持するために非常に重要な位置を占めている。特に、ユーラシア大陸の北側と東側から地中海に接点を持とうとすると、必然的にギリシャ周辺のアクセスが必須となる。
そのため、近代以降、南下政策を重要な国策の一つとするロシアは、この機会を利用して黒海からエーゲ海を経由して地中海へアクセスするルートを一気に構築しようと試みている。
また、中国は、ギリシャ最大のピレウス港を買収することで、現代中国版の海のシルクロード構想のルートを実現させたいと考えている。
こうした動きに対して、ギリシャが加盟するアメリカを含むNATO諸国は、神経を尖らせている。こうして、元々、経済問題・財政問題だった筈のギリシャ問題は、安全保障上の問題にも発展している。
ギリシャがユーロを離脱することになると、EUの理念が傷つくことになるばかりではなく、NATO加盟国としてのギリシャに大きく付け入る穴ができてしまい、安全保障上のリスクもはらむことになってしまう。そのため、ドイツを中心とするインナー・シックスと呼ばれる原加盟国を中心とする国々が、「つなぎ資金」までを付けて3度に渡る金融支援を実施し、ギリシャをEUに繋ぎ止めようとしているのである。
簡単に言うと、金に困っているために付け込まれる隙ができてしまい、それに対して借金を穴埋めするために繋ぎ止めている、という状況なのである。
そもそもの原因は、リーダーシップの失敗
なぜ、ここまで問題がこじれたのか? ギリシャは、自国の安全保障を犠牲にしてまで、なぜ緊縮財政を拒否してきたのか? その原因は、ギリシャの現政権の政策立案の失敗、更には、国民を導くリーダーシップの失敗にある。
ギリシャは、1981年のEUの第二次拡大に伴ってEUに加盟した。この時点で、経済基盤の脆弱さが指摘されていたが、EU加盟を機にユーロを導入した。
元々ギリシャは、人口が1116万人で、国民一人あたりのGDPが2.5万ドル程度の、言ってみれば小国である。これは、キプロスやポーランドと、同程度の経済規模である。そうした国が、経済的な規模を無視して国民に甘い経済運営を享受させてきた。
ギリシャは、当初、経済が停滞する、ということを理由に緊縮財政の実施に反対していたが、そもそも放漫な経済運営を元にした偽りの経済であったため、緊縮財政により経済が停滞する、というよりも、本来の自国経済の実力に見合った経済運営に戻る、というだけのことだった筈である。
国民が目を背けたくなるような状況に対して、正しい方向に導くのが本来のリーダシップである。それを、身に余る贅沢と放漫に国民を浸しておいて、それらを手放したくない国民に阿る形で経済改革を先送りし続け、しまいには、EU全体、そして世界経済全体を危機に晒すまでに至った、というのが経緯である。ギリシャ危機の発端は、民主主義発祥の国でデマゴーグに陥ったことが原因である、と言っても過言ではない。
ギリシャは何をすべきなのか?
いまギリシャがすべきことは、他でも散々指摘されているように、緊縮財政を行い、自国の財政基盤を正常化させることである。そのためには、行き過ぎた年金と社会保障制度の改革を実行し、膨れすぎた公務員の全体数を削減し、更には国有企業の売却や民営化を進め政府機能をスリム化し、増税を実施することが、まずは必要である。
これまで、イギリスをはじめ多くの国で政府のスリム化は実施されてきた。そのため、政府機能の見直しと国有資産の売却などを含む政府機能全般のリストラクチャリングと、それに伴う公務員の削減は充分に可能である。
また、増税については、いまの経済状況は国民の理解は進んでいるため、実施についての難易度はそれほど高くないと言える。
しかし、年金改革は、特に増税とセットで実施しようとした場合、直接、国民の痛みを伴うため、これまで甘い汁にすっかり慣らされてきた状況を鑑みると、一筋縄ではいかないことが予想される。
財政改革法案を可決し、一旦は財政再建に目処を付けたように見えるギリシャだが、そもそも現実的ではないものだったとはいえ、掲げていた公約を反故にする形で経済改革を実施することになり、ツィプラス政権の基盤が脆弱化することは間違いない。
当面の状況に目処が付き、一旦は問題が解決されたかのように扱われているギリシャ問題であるが、早ければ秋にでも実施される総選挙の行方によっては、再びギリシャ問題が大きく再燃する状況そのものは未だ予断を許さないものである、と言える。
日本は何ができるのか?
これまで見たように、ギリシャ問題は単にギリシャやユーロだけでなく、安全保障上の問題でもあり、引いては日本にも大きく関わってくる。そのため、日本がどのような関わり方ができるか、を考えることは重要な視点である。
日本はこれまで、国鉄や郵政をはじめとした多くの巨大な国有企業を民営化し、政府機能をスリム化してきた実績がある。これらの成功事例に裏付けされた様々なノウハウは、世界的に見ても貴重なものである。
特に、郵政民営化に際しては、トヨタ式の作業管理のノウハウが移植され、業務の効率化に大きく貢献した。そうした日本発のノウハウを、ギリシャの国有企業にも移植し、ギリシャ全体の構造改革を支援することは、下手なODAなどよりも、よっぽど効果が大きく、また日本の存在感を示す良い機会でもある。
実際、ギリシャは、財政再建にモルガン・スタンレーの助言を受け入れているとも言われており、日本のコンサルタントがギリシャの政府改革を後押しすることは、充分に条件としては整っている。むしろ、こうしたことを、日本として、きちんとギリシャやEUに提案をできるか、ということの方が課題であろう。
但し、ギリシャが必要としている年金改革については、日本も、未だに実現できていない。そればかりか、その方向性すら定めることができていない。年金問題が、自国や地域の経済だけでなく、世界経済や安全保障問題にも関わる問題であることを認識し、ギリシャの年金改革の行方を事例として把握し分析することで、日本の年金改革に関する他山の石とすることも必要である。
【文責】佐々木 宏(海野世界戦略研究所 代表取締役副社長)
◉海野世界戦略研究所について
海野世界戦略研究所(Unno Institute for Global Strategic Studies)は独立系のシンクタンクで、日本企業のグローバル化と日本社会の国際関係構築を目指した戦略的なオピニオン・アクションリーダーとなることをミッションとしている。
主な業務は、
①情報提供事業:世界情勢に関するインテリジェンス、そのインテリジェンスに基づく戦略の国内外の個人または組織への提供
②組織間のコミュニケーション促進及び利害調整代行業
を展開する会社である。
http://www.unnoinstitute.com
株式会社海野世界戦略研究所(Unno Institute for Global Strategic Studies)
代表取締役会長 筒井潔(つつい・きよし)…慶應義塾大学理工学部電気工学科博士課程修了。合同会社創光技術事務所所長。
代表取締役社長 海野恵一(うんの・けいいち)…東京大学経済学部卒業。アクセンチュア株式会社元代表取締役。スウィングバイ株式会社、代表取締役社長。
代表取締役副社長 佐々木 宏(ささき・ひろし) …早稲田大学大学院生産情報システム研究科博士課程後期中退。株式会社テリーズ代表取締役。
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