ダイエー創業家中内豊氏に聞く2 ‐ ダイエーの歴史に学ぶ経営術「経営者はバカになりきれ」
ダイエー創業家中内豊氏に聞く
ダイエーの歴史に学ぶ経営術「経営者はバカになりきれ」2
◆取材:加藤俊
株式会社ダイテック代表取締役 中内豊(なかうち・ゆたか)氏…慶應義塾大学商学部卒。総合商社勤務後、宿泊観光産業に従事。小泉政権でのダイエーグループの整理後、ダイテックを設立、代表取締役に就任。中国政府関係者との関係を深め対中国情報提供、中国進出ビジネスコンサルティング及び中国企業からのビジネスコンサルティングを行う。
ダイエー創業者中内㓛氏の甥にあたる中内豊氏は、日本企業の中国やミャンマーへの進出をサポートする、株式会社ダイテックの代表取締役である。ダイエーという巨大企業を内側から見てきた同氏ならではの秘話から、経営者の心構え、そして話題は中国と日本のビジネスを巡る関係へ。難しい時代を渡るヒントにして欲しい。連載第二回。
連載第一回:ダイエー創業家中内豊氏に聞く ‐ ダイエーの歴史に学ぶ経営術「経営者はバカになりきれ」
~ダイエー物語~ 第二のロケットエンジン「食肉」
中内:当時、牛肉は贅沢品でした。伯父をはじめ、うちの家族はこの世でいちばんおいしいものはすき焼きだと思っていますから、一族が集まるとすき焼きか中華と決まっていました。それで、ダイエーでも「日本人にお肉をお腹いっぱい食べさせたい」と。ところが、当時は、規制があって輸入肉は販売できなかった。そこで、アメリカから子牛を買ってきた。子牛は家畜で、家畜には規制がなかったのです。そこから沖縄にダイエーサカエミートという牧場の会社を作って、牧場を買って、ビールを飲ませて育てて、その肉を日本の牛として売り出したのです。
で、牛一頭を屠殺すると、スーパーで当時売れるのは100g800円のロースなんかで、すき焼きに使われます。ところが、他の部位、ステーキに使うヘレなんかが出るじゃないですか。ヘレは当時は高くてスーパーでは売れない。じゃあというので、「フォルクス」というステーキハウスを始めることにしました。
それから、骨に肉が付いている。中落ち肉です。これを捨てるのはもったいないので、骨から肉を削りとってミンチにして、ハンバーグにしようというのでハンバーグレストランの「ビッグボーイ」を始めました。
さらに今度は骨を煮詰めるとスープが取れる。これを缶詰や、今でいうお惣菜のような商品にする。あるいは給食センターをやろうといって給食センターをやっていたこともある。
こうして、牛一頭まるごと使おうとすると、色んな業態がでてくる。また、今はやりのPB(プライベートブランド)なんてものが出てくる。薬局からスーパーになっていったのと同じように、動きながら大きくなっていったのです。
バカになれ! -経営者の心構え
筒井(写真左):日本NCRからマニュアルを入手したダイエー以外にも、渥美俊一さんのペガサスクラブがあり、同じようなものを目指す動きが相まって日本にスーパーマーケットができていったというお話がありました。
このように、ビジネスの最先端では、みんなが同じようなところを狙っている状況があると思います。そんな中で、そのみんなが見ているメインストリームで競争していくのか、それともニッチなところを目指すのかという舵取りが非常に重要になってきますよね。
塩入(写真右):それは、つまり経営戦略ですよね。しかし、中小企業は戦略以前に「思い」が先行した結果のプロダクトアウト型が多く、客観的に観るとこれが経営難の原因となっているケースも少なくありません。一方で、「中小企業はプロダクトアウトでいい、好きじゃなかったら苦労できないし続かない。」と信じている経営者も多いように思います。
中内:それは企業の規模や、メインストリームかニッチかに限らずあると思います。伯父中内㓛も思いがあったから、忙しくても苦にしていませんでしたし、伯父が苦にしていないから社員も苦にならない。いまのように法律もないですから、土日は休むとかそういう話もなかったですし、毎晩0時1時まで伯父の家に“わさわさ”集まって、ワイワイ話をしていましたよ。
塩入:経営者に思いがあるのは当たり前として、社員もそれぞれに思いを持ち、皆の労働意欲を高めていくにはどうしたら良いのでしょうか。
中内:社員ひとりひとりに志というか、何のためにやっているのかを少しでもいいから植えつけていくこと、それは「経営者が発信し続けること」に尽きるのではないでしょうか。まわりが聞こうが聞くまいが、「社会をこう変えたいと、自分の思いを熱く訴えることだと思います。それを嫌がるとそこで終わってしまう。でも、これが意外と難しい。なぜかというと、「人はバカになりきれない」から。
そうした意味では、伯父中内㓛はバカになりきれたのだと思います。私の父博の方が勉学はできた。でもですね、伯父は強かった。絶頂期の頃に伯父と会うと、中内㓛という人間の腹の底がスカーッと見える気がしました。私にドーンと見せてくる。ふつう人間には、いいかっこしたいとか、ここは隠したいとか、そういう気持ちがあるじゃないですか。それがなかった。
塩入:ビジネスの世界では、強い者や賢い者ではなく、変化に適応できる人が勝つと言われていますよね。ダイエー初期の中内㓛さんにもそれが当てはまるのでしょうね。
中内:それはそうだと思います。とにかく目の前に流れてきたものをどう捉え、加工するのか、あるいはそのまま流すのか。流れて来るのは水かも知れないし、岩かも知れない。でも、身を隠したり避けたりはしない。大きくなる経営者は、「自分は受けると決めたらそこは真っ直ぐ受ける」。どうなろうが受ける。それで逞しくなっていく。経営者の器が企業の器だと言われるのはこういうことを経て会社は大きくなっていくからだと思います。
塩入:そのような器は教育で身につくのでしょうか、それとも先天的なものなのでしょうか。
中内:教育でも先天的なものでもなく、自分がどう捉えるか。来るものを怖がらずに受けて、つまり「覚悟」です。志があるから覚悟が決まって、流れて来るものを受けられるようになるのです。
筒井:それはすごくそう思います。なんというか、普段考えていないことは受けられないと思うのですよ。それが志というものなのかなと。
中内:そう思いますね。伯父は戦争に行って、ずっと逃げまわっていたらしい。兵隊としては最低です。中内は逃げるって有名だったそうですから。戦うのが怖い、死ぬのが怖い。で、食べ物がなくてジャングルの中を彷徨っていた。蛭を食べてみたり、軍靴の裏を川に浸して噛(しが)んでみたり。
ある朝起きると、隣の戦友がこっちを見ている。ああ、お前も俺を食べなかったんだなと思ったと。そういう状況の中で、アメリカ軍の倉庫に忍び込んだことがあったそうです。すると、クラッカーやチョコレートが山のようにある。それを見たときに、こんな国と戦争して勝てるわけがないと愕然としたそうです。同時に、「自分の手で日本人を腹いっぱい食べさせなきゃあかんと思った」と言っていました。
一同:(ダイエーの食肉に対する思いは)そこから来ているのですね…。
中内:そこが志なのですよ。それは亡くなるまで続いた。伯父と食事をすると、「腹いっぱい食ったか、腹いっぱい食え」と言われる。「肉を腹いっぱい食わせたい」、これは常々言っていました。
お腹いっぱい食べさせたいという気持ちがあるから、岩が来ても何が来ても受け止めるのですよ。戦争での体験があって、自分もお腹いっぱい食べたい、みんなにもお腹いっぱい食べさせたいと思うから、覚悟ができるのです。だからバカになれる。自分をさらけ出せる。自分をさらけ出さなければ人は付いてこない。これがなかなかできないですよ。どうしてもかっこうつけたいと思ってしまう。でも、そういうことではない。
塩入:心からこれだと思えるものを見つけないと、そこまでの覚悟は決まらないのかもしれませんよね。
中内:私の父と伯父では、スーパーを始めたのは父の方が早かった。しかし、伯父のスーパーダイエーに抜かれて、結果的にはものすごい差がついた。なぜなのか。この差は戦争体験の有無に基づいているのかも知れないし、父には伯父ほどの使命感とか、昇華した思いはなかった結果なのかもしれない。
しかし、その使命感や信念を見出す機会というのは“経営者”であれば、一定の蓋然性をもって見つかると思います。寧ろ、経営はそこなのだと思いますよ。それを見つけることができれば、どんな規制にも立ち向かえる。ダイエーの牛肉もそうです。規制をぶち破って、常識を覆していく。そこにビジネスチャンスがあり、ビジネスの面白さがあるのかもしれない。結果的に、ドン・キホーテのように風車に飛ばされてしまったとしても、人生としてはそういう生き方をした人の方が満足を得るものではないでしょうか。大企業の社長さんたちも、お上から何か言われてハイハイと従っているだけではだめだと思います。(次号に続く)
(次号)日本と中国、両国の国民性の違いをきちんと認識すること。中国人の強かさを知ることです。ビジネスに於いて、中国人が日本人をどう扱おうとしているか知っていますか?日本人は……
中内豊(なかうち・ゆたか)…慶應義塾大学商学部卒。総合商社勤務後、宿泊観光産業に従事。小泉政権でのダイエーグループの整理後、ダイテックを設立、代表取締役に就任。中国政府関係者との関係を深め対中国情報提供、中国進出ビジネスコンサルティング及び中国企業からのビジネスコンサルティングを行う。
株式会社ダイテック(Daitec co.,Ltd.)
〒650-0027 神戸市中央区中町通3丁目1-16-502
Tel:078-361-7895
〒108-0074 東京都港区高輪2丁目19-17-509
http://daitec.ne.jp/
創光技術事務所インタビュアー
筒井潔(つつい・きよし)…経営&公共政策コンサルタント。慶應義塾大学理工学部電気工学科博士課程修了後、外資系テスターメーカー、ベンチャー企業、知財関連会社、財団法人等勤務を経て、合同会社創光技術事務所所長。
塩入千春(しおいり・ちはる)…合同会社創光技術事務所シニア・アナリスト。理学博士。京都大学理学部卒。総合研究大学院大学博士課程修了。理化学研究所研究員等を歴任。2013年9月より現職。