明治大学研究・知財戦略機構 萩原一郎特任教授に聞く「日本の伝統技術オリガミを最先端工学に変えよ!」
未来の沃野を拓け!ビジネスニューフロンティア
日本の伝統技術オリガミを最先端工学に変えよ!
◆ 取材・文:佐藤さとる
日本の伝統工芸、折り紙。いまや英語の辞書にも「ORIGAMI」として項目が立つほど、世界的認知度は高い。匠として知られる世界的作家も多数いる。しかしその優れた技術が、モノづくり産業に活かされているとは言いがたい。
こうしたなか日本の折り紙技術を産業化に活かす動きが加速している。その核となるのが「折り紙工学」と言われる新たなエンジニアリングだ。3Dプリンターが生まれ、モノづくりに新たな革命が起こりつつあるいま、折り紙の技術がモノづくりの新たな地平を拓こうとしている。
一点技術の「ミウラ折り」
アニメに和食、お茶におもてなし……近年日本の文化が海外で評価されている。そのなかには名称がそのまま英語の単語になったものもある。「折り紙」もその一つだ。
「『カワイイ』をはじめ日本語の単語がそのまま英語になっている例は増えているが、『折り紙』のように学術用語として英語になる例は珍しい」と感慨深げに語るのは明治大学工学部の萩原一郎特任教授だ。一方で萩原教授は「それほどの技術を持ちながら日本の折り紙技術は産業応用されていない」と悔しがる。
どういうことなのか─。我々は20年近く前に打ち上げられた人工衛星「フリーフライヤ」の太陽電池パネルに、折り紙研究から生まれた「ミウラ折り」が採用された話を聞いている。これを機に各方面で折り紙技術が産業に活用されていったのではなかったのか。
「確かに折り紙技術を使ったアンテナはできた。ただそれは1品モノ。打ち上げる人が自前でつくっているのです。私が定義する産業応用とはクルマや冷蔵庫のように大量生産できること。いま折り紙技術で大量生産できているのは、ハニカムコアだけなんです」
ハニカムコアとは蜂の巣状の中空構造を持った構造体のこと。萩原教授によれば、ハニカムコアが軽くて丈夫だということはギリシャ時代から知られていたという。「それが大量生産素材として開発されたのは第二次大戦後。英国の技術者が日本の七夕飾りをヒントに大量生産を実現。ハニカムコアはいまや数兆円という産業に成長した」という。
萩原教授は「これは日本の技術者として恥ずべきこと」と嘆く。
そこで萩原教授が折り紙技術大国の名誉をかけ、所属する応用数理学会の研究部会として仲間とともに2002年に立ち上げたのが「折紙工学研究会」である。研究会では折り紙が持つ特性を活かし、新しい折り紙の形状を創成、モノづくりをはじめさまざまな産業への応用を目指している。
閉じれば三角、拡げれば四角
折り紙の特性とは何か─。1つは軽量で立体化できること。2つめは展開性、収縮性があることだ。ミウラ折りを使った太陽電池パネルはその好例だ。
巨額の開発費がかかる人工衛星にはさまざまなプロジェクトが相乗りする。よって限られたスペースにより多くの機材や資材を入れ込むことが求められる。
「折り紙技術を使えば伸縮するだけでなく、その形を変えて展開できます。残された形が三角形なら、三角形に合わせて閉じるようにする。スペースに合わせて展開設計ができるのです」
まさに人工衛星にうってつけの技術だったのだ。
折り紙工学はファッション界からも注目を集める。世界的ファッションデザイナーの三宅一生氏は、明治大学客員研究員の野島武敏氏と組んで新たな衣装デザインの方向性を見出している。その名も「折り畳めるドレス」。研究会の提唱者の一人である野島氏は、植物が蕾から花へと開花するメカニズムをヒントに「巻取りモデル」や「円錐折り畳みモデル」などを生み出した。
「折り畳めるドレス」はコンパクトなだけでなく、複雑なデザインが裁断や縫い合わせすることなく実現できるようになるため、コストや資源の無駄を省けるエコドレスでもある。
こうした複雑な造形が折り紙技術によって簡便に実現できるようになれば、ほかにもさまざまな分野での応用が期待できる。たとえばイベント業界などでは、伸縮性と展開性を利用したテンポラリーな展示施設や休憩施設などが実現できるだろう。さらに軽さと堅牢さを考慮すれば、災害時の避難設備や道具へも応用できそうだ。
平板の7〜8倍の剛性のトラスコア
折り紙というとまず立体の造形物が思い浮ぶが、産業応用という視点では折り方のパターンが重要となってくる。先に紹介したハニカムコアはその典型だ。ハニカムコアは少ない材料で高い剛性が得られるため、いろいろな構造物への応用が期待されているが、いかんせん価格が高く、一部の高速鉄道や高層建築物でしか使われていない。
そこで萩原教授らが取り組んだのがトラスコア(ダイアモンドコア)パネルと呼ばれる中空構造のパネル開発だ。これは平面の片面に三角錐などの凸部パターンを入れたものだが、同じ形状のパネルを凸部同士で貼り合わせるサンドイッチ方式を取ると、平板の約7倍から8倍の剛性が得られることが分かった。
すでに屋根に載せるソーラーパネルなどで利用されているという。大型ソーラーパネルともなるとかなりの重量となり、場合によっては軒の補強などをすることがあるが、トラスコアパネル使用なら、その必要もない。
モノづくりに革命を生む3D折り紙プリンタ
このほか、床材や壁に折り紙技術を使うことで、遮音や遮熱効果も期待できる。最近では折り紙技術による防振機構も開発された。
「折り畳み構造の持つバネ特性を利用し、振動を減少させることができるようになりました。クルマのサスペンションや建物の免震などへ活用できれば、コスト軽減が期待できます」
さまざまなテーマに取り組む萩原教授が注力を傾けているのが「3D折り紙プリンタ」である。通常の3Dプリンタは、三次元のリアルな物のサンプルを成形するが、3D折り紙プリンタは紙に折り紙の展開図を印刷する。なぜわざわざそのようなものを開発したのか?
理由は時間とコストだ。
通常の3Dプリンタは、樹脂などの材料をミクロン単位で積み上げていく。そのため非常に時間がかかる。プリンタの速度や精度、サイズにもよるが、だいたい数時間から1日。しかし3D折り紙プリンタなら、ものの数分。ただ3Dのモノに貼り合わせるのはコツと時間が要る。
実はこの折り紙プリンタで作られる折り紙は、モノづくりに欠かせないCADデータの元となるSTLデータから作られている。
STLデータは、実物写真にメッシュを重ねて不要な情報を取り除き、モノの形状が重ならないよう切り分けながら、いくつかの二次、もしくは三次方程式で表現したものだ。
萩原教授によれば、この折り紙プリンタのデータを使えば、「高価な金型を使わずにモノづくりができるようになるので、小ロット製品の開発時間の短縮やコストダウンが図れる」という。短納期、コストカットに立ち向かう中小企業にとっては、期待の持てる革新技術だ。
折り紙工学はまだ始まったばかり。折り紙600年の歴史に埋もれたお宝技術が世界のモノづくりを変えようとしている。
◆2014年9月号の記事より◆
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