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未来の沃野を拓け!ビジネスニューフロンティア5

脱・中国産! 6次産業化でジャパン・ブランドの高品質漢方薬をつくれ!

◆取材・文:佐藤さとる

プリント

漢方 高齢化をひた走る日本。膨れ上がる医療・介護費の抑制の切り札の1つとして注目を集めているのが漢方だ。人間本来が持つ自然治癒力を引き出しながら、マイルドに病気を治していく漢方は、西洋医学との融合による新たな治療開発や創薬への期待もかかる。

だがその漢方が危機に瀕している。世界的な漢方薬ニーズの高まりや中国との関係悪化などにより、原料の薬草や薬樹の入手が難しくなっているのだ。

こうした状況に鑑み、良質な薬草確保のために業界や省庁の枠を超えた薬草国産化の取り組みが静かに始まっている。目指したのは、高品質なジャパン・ブランドの漢方薬と世界最先端の漢方医学だ。

 

 

漢方が医療・介護負担軽減の切り札に

医師の枠を超えて、漢方の産業化に尽力する慶応義塾大学漢方医療研究センターの渡辺賢治教授。「漢方は農業と地方の再生の鍵を握っている。国の将来にかかわる問題ですから、オールジャパンで取り組んでもらいたいと思っています」自ら「一般社団法人漢方産業化推進研究会」も立ち上げた。

2001年に医学部のカリキュラムに漢方医学が加わって以降、医療の現場で漢方薬を使用する機会が増えている。すでに医師の約8割が漢方薬を処方している。保険が適用される漢方薬も約150種類にものぼり、がんなどの難治性の疾患にも積極的に使われるようになっている。

 

「漢方は(今後求められる)統合診療の究極であり、究極の全人医療」と語るのは、慶応大学付属病院漢方医学センター・センター長の渡辺賢治教授だ。渡辺教授によれば、漢方が医療現場にさらに広まることで、医療や介護の負担抑制に繋がるという。

 

「西洋医学は病気を特定して治すのに対し、漢方医学は人間全体を診て治療する。人は高齢になるとあちこちに病気が出るし、加齢による変化も起こる。今後高齢者が増えると“病気を治す”ということだけでは、医療費がいくらあっても足らなくなります。そうではなく、病気を抱える“人間を治す”という漢方の考えで、体全体を改善し維持させるほうが体にも財政にもいいはず」

 

 

中国産依存率8割以上・価格は5年で倍に

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奈良県での薬草栽培の様子。当帰(トウキ)の掘り起こし。(写真:奈良県提供)当帰(トウキ)の苗(写真:奈良県提供)

その漢方が深刻な危機に直面していると言ってもピンと来る人は少ないだろう。

現在日本で使用される漢方薬の原料となる薬草、薬樹は88%が中国産だ。なかには100%輸入に頼っているものもある。

ところが近年世界中での漢方ニーズの高まりや、経済成長に伴う中国国内の漢方薬の需要増で、輸出に制限がかけられるようになった。さらには市場拡大を見込んだ投機マネーが流入、ここ5年で約2倍に上がった。「レアアースならぬレアプラントと呼ばれている」(渡辺教授)という。

仮に仕入れ単価が上がっても販売価格に転化できればいい。しかし保険適用薬には薬価基準があり、勝手に値上げはできない。

結果、質にも影響が出るようになった。利益が出せない製薬会社のなかには保険適用漢方薬の製造を止めるケースも出てきた。とくに深刻なのは生薬。作り置きできないので時価となるからだ。

 

「漢方薬は刻み生薬の形が本来の姿。品質のいい生薬が出回らないとなると、漢方医師としての腕が発揮できなくなる。結局誰が不利益を被るのかと言えば、患者さんであり、国民の皆さん。このままでは日本の医療の質が保てない──」と、渡辺教授は危機感を募らせる。

 

 

休耕地・耕作放棄地を使って高品質の生薬をつくる国家プロジェクト

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収穫前の芍薬畑(シャクヤク)。休耕地の活用に期待がかかる。(写真:奈良県提供)


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収穫後の芍薬。(写真:奈良県提供)

危機感は当然製薬会社も抱いている。窮状を打破すべく製薬会社が訪ねた先は、農林水産省だった。

「原料を中国産のみに依存するのはリスキー。コスト差は2、3倍あるが、それでもいいから国産栽培してほしいということだった」(農水省地域作物課 白井正人氏)

 

農水省は要望を受け、早速予算化。薬価を決める厚生労働省、製薬団体とともに全国で説明会を開き、栽培者を募った。どんなスペックのどんな薬草が欲しいかは、製薬会社がリスト化して提示。栽培者と製薬会社のマッチングが成立すると、事業に補助金がつく。対象となる栽培者は個人、団体は問わない。農家にも限定しない。

この春より全国約30カ所で試験栽培が実施されている。こうした取り組みはすでに県や市町村が独自に行っているところもある。

いずれも中山間地などの休耕地・耕作放棄地を抱える地域だ。薬草は付加価値が高い。また新薬と違い、原料が既存の漢方薬に使われているため、スペックさえ合えばすぐ使え、現金化が速い。

ただ現状製薬会社と栽培者という「点と点」の取引であるため、マーケットが広がらない。医療向け漢方薬のマーケットは、現状1300億円ほど。医薬品全体の7兆円からするとかなり小さい。

 

 

漢方の6次産業化で10兆円を創出

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「漢方薬シンポジウム」の光景。行政の積極的な参加も増えている。その1つ奈良県は県や県立医大などが中心となり、生薬立県を目指す。一方、先端医療開発特区に指定された神奈川県は、漢方と西洋医学を融合し、神奈川の世界的な衣料ブランドの構築を図る。

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渡辺教授は、質の良い漢方薬を安定供給させるためにも「漢方が農業のみならず、工業、サービス業を統合した6次産業化が必要」と訴える。そこで自らが発起人となり立ち上げたのが「一般社団法人漢方産業化推進研究会」だ。

農水省の白井氏は、「(6次化により市場が広がれば)専用機械や新たな促成栽培方法などが開発される可能性はある。一部水耕栽培などの取り組みも始まっている」という。

 

細やかな日本の農業とモノづくり技術が組み合わされば、より高効率で質の高い漢方薬が生まれるはずだ。

現在、同研究会には医療機関、製薬会社、農業関係者などのほか、県や市町村、製造業、建設、IT、物流、サービス業などが個人、企業を問わず参画している。

研究会事務局を務める三菱総合研究所福田健氏によれば、「食品や化粧品、サプリメントなど関連する市場を取り込むことで、将来的には10兆円の市場創出が可能」という。

 

 

漢方薬の国際標準化を狙う中国と韓国

その突破口として掲げる絵が「漢方国家戦略特区」だ。

特区では、例えば質のいい国産薬草であれば薬価を変えたり、食品や化粧品に使う場合は薬効表示ができるようにする。あるいは薬草が無駄なく使えるように、薬の原料としては基準に達しなくても食品やサプリメントなどに使えるようにするなど、規制を外したり、変えることで、漢方の活躍の場を広げる。

福田氏と同じ三菱総研の陳莉玲氏は、「日本は江戸時代には180種類のもの生薬をつくっていた。その地域特性に合う生薬を探っていけば、肉で言えば松阪牛のような特産ブランド生薬もできるはず」と期待を込める。

 

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青森県では、建設業の振興策として、休耕地を利用し薬草を育て製薬業者と結びつける「薬箱プロジェクト」を実施、小林製薬の「命の母」などに採用されている。

もちろん国家戦略を謳う以上、目線の先には世界がある。

渡辺教授は「日本の医薬品に対する信頼は厚い。目薬など、セルフメディケーション分野の薬は中国富裕層に非常に売れている。高品質で安全なジャパンブランドの漢方薬は、世界市場でも支持されるはず」と自信をのぞかせる。 ただ急ぐ必要がある。というのも中国、韓国が自国品質での国際標準化を目論んでいるからだ。

 

そもそも漢方は日本独自のもので、中国の「中医」、韓国の「韓医」とは別の発展をしてきた。気にする必要はないかもしれない。だが仮に中韓が国際標準を取れば、世界における日本漢方のプレゼンスは下がるだろう。打てる手は早く打ったほうがいい。

 

もっとも渡辺教授は産業化の最大の目的を「医療を含めた社会インフラの維持」に置いている。「都市の暮らしは、地方に住む人が山や森、水を守っているから成り立つ。だから地方に住む人がちゃんと生活できる環境・産業をつくる必要があるのです」。

漢方を守ること。それは日本のインフラを守ることでもある。

 

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2014年8月号の記事より
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