健康長寿国家戦略の切り札となるか「機能性食物」を開発せよ! ‐ 農水省農林水産技術会議事務局
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健康長寿国家戦略の切り札となるか 「機能性食物」を開発せよ!
◆取材・文:佐藤 さとる
少子高齢社会先進国日本。国民一人あたりの医療・福祉の負担は増すばかりだ。国はさまざまな施策を打ち出すものの、充分な効果には結びついていない。結果消費税は8%に上がり、さらに10%に引き上げられようとしている。
医療福祉の税負担をこれ以上増やさないためには、国民一人ひとりが、長生きしても健康な肉体を持つことが求められる。
こうしたなか注目を集めるのが特定の栄養素などを高めた「機能性食物」だ。継続して摂取することで生活習慣病の予防などの効果が期待できる。
「日本の医療費抑制のためにもより多くの機能性農産物が製品化し市場化してほしい。今後は海産物や魚介類などの機能性成分も明かしていきたい」と語る農水省農林水産技術会議事務局・前田秀氏(右)と柊拓志氏(左)。
昨年7月。農林水産省であるプロジェクトが立ち上がった。
「機能性を持つ農林水産物・食品プロジェクト」
2015年度までの3年間に、機能性を持つ農産物や加工食品を開発し、消費者に安定供給できるシステムを構築するのが目的だ。
「機能性を持つ農産物」とは何か。農水省の定義では「必須栄養素には含まれていない化学成分で、適度に摂取することで健康増進が期待できる成分」のこと。つまり特定の栄養成分を高めることで生活習慣病などの予防効果が期待できる農産物のことである。
すでにスーパーの店頭には、リコピン成分を高めたミニトマトやビタミンCの含有量が高いピーマンなど、特定の栄養成分を高めた機能性野菜が並び始めている。
調査会社の矢野経済研究所によれば、機能性野菜の市場は2015年の予測で11億円ほどだが、2025年にはその10倍以上の140億円ほどに膨らむとしている。
温州みかんが骨粗しょう症予防に効果
生活習慣病予防に効果があるβクリプトキサンチンに注目したえひめ飲料の「アシタノカラダ」。みかん農家が減り原料の温州みかんの確保が難しくなっているという。
実は農水省もこうした機能性野菜や農産物の研究開発はすでに10年の歴史があり、商品化も進んでいる。
その1つが「えひめ飲料」が販売する温州みかん3個分を濃縮したジュース「アシタノカラダ」だ。温州みかんには、「βクリプトキサンチン」が多く含まれており、農水省の研究機関である独立行政法人農研機構果樹研究所が行なった研究の結果、継続的に摂取すると骨粗しょう症の予防効果があることが判明した。
「温州みかん産地である静岡県浜松市の三ヶ日町で、日頃からみかんを一定数食べる人と、そうでない女性を比べたら、みかんを一定数食べている人の骨密度のほうが高いということが分かりました」(農水省農林水産技術会議事務局・前田秀氏)
調査は閉経した女性を対象にして行われた。女性は閉経すると骨が脆くなり骨粗しょう症になりやすくなるためだ。
ほかにも温州みかんを継続して食べると、糖尿病や高血圧、痛風、心臓病、動脈硬化などの発生リスクを下げることが実証されている。1日3個は、そのなかで良好な結果が得られる最小公倍数として導かれた。
紅茶向けに開発された茶葉が抗アレルギー 緑茶として大ヒット
鹿児島県経済連が発売する「べにふうき茶」。べにふうき茶が鹿児島県に与えた経済効果は大きい。
お茶も種類によってさまざまな機能性を持つことが分ってきた。
例えば「べにふうき」という茶はもともと紅茶のためにつくられたが、緑茶のような飲み方をするとメチル化されたカテキンが抽出されて抗アレルギー作用が生まれることが分かった。
現在べにふうきはさまざまな食品、飲料メーカーから緑茶として販売されており、市販薬などとは違った“やわらかな”効能でアレルギー性鼻炎に悩む多くの人の支持を集めている。
栽培地の鹿児島県ではべにふうきの栽培農家も増え、一つの産業化しつつある。
前田氏は「これらは機能性を狙ったわけではなく、調べたら分かった例。いままで食べてきたのに分かっていない機能がまだまだある」と語る。
お茶の成分ではカテキンが知られるところだが、「同じカテキンでもお茶の種類によって成分が変わってくる」のだと言う。さらにその機能性成分もお茶の種類に合ったお湯の温度や撹拌時間でなければ、抽出できないことも分かってきた。つまり農産物には調理温度や調理法によってまだまだ引き出せる機能成分がたくさんあるということだ。
機能性成分の抽出条件を最適化した給茶機
「べにふうき」「ゆたかみどり」「さえみどり」の3種類のお茶の機能性成分を、それぞれ抽出条件を最適化して提供するホシザキ電気の給茶機「リッチプラス」。機能性食物市場は機械メーカーにとってもチャンスがある。 べにふうきの抗アレルギー作用はさまざまな商品を生んだ。バスクリンは、べにふうきの機能成分を配合した入浴剤「べにふうき茶エキス入りソフレ」を2008年に販売。同年253万本の大ヒットとなった。
こうした機能性成分の抽出条件の違いに注目したのが業務用厨房機器メーカーのホシザキ電機だ。同社では農研機構と共同で茶葉の種類ごとにその温度や撹拌時間を最適化することで、その機能性成分を効率よく抽出する給茶機「リッチプラス」を開発した。利用者は茶葉の種類を選択するだけで、最も機能性成分の高いお茶を飲むことができる。
機能性農産物に関心を寄せる企業には食品や飲料メーカーが多いが、「ホシザキさんのような機械メーカーが関わって事業化するのは意外だし、市場の広がりが期待できる」と前田氏。
高齢社会の医療費削減に「食べ物で貢献」
いまのところ商品として具体化している機能性農産物はまだ少ないが、「実験室レベルで効果が認められているものはかなりある」(前田氏)という。
同事務局柊拓志氏によれば、「大豆や大麦、リンゴ、紫イモ、玉ねぎ、椎茸、米など国産の主だった農産物はひと通りやってきた」ほか、昆布などの海産物も手がけているという。
非アルコール性脂肪肝に効果があるとされる「ケルセチン」を多く含む玉ねぎの開発や、主食の米では糖尿病患者でも食べられる「高アミロース米」の安定した栽培法なども生み出している。
そもそも農水省がこうした機能性農産物の研究開発に力を入れる背景には、監督官庁としての農産物市場の拡大があるが、「高齢社会のなかで増え続ける医療費問題を食べ物でなんとかしたい」という思いがあるからだ。
「とくに注目しているのは脳機能と身体ロコモーション機能の2つ。これを活性化することで認知症を予防し、筋肉や関節機能の低下を防げないかと取り組んでいます」(前田氏)
機能性農産物の認定制度確立で広がる市場
だが機能性成分の摂取という点ではサプリメントのほうが手っ取り早い気もする。また機能性食品では厚労省の「トクホ(特定保健用食品)」がある。
「サプリメントの場合、過剰摂取をすると身体に悪影響が出る場合がありますが、みかんなど食べ慣れている機能性食物なら、悪影響を及ぼすことは少ない。それに料理として食経験ができることは大きいと思う。またトクホは加工品までが対象で農産物という生鮮品は認可されません。また認可にはお金と時間がかかるので、なかなか中小の事業者が取ることは難しいのも問題」(前田氏)。
そこで農水省ではエビデンスを担保しながら、より多くの事業者が機能性認定を受けられる認定制度の導入を消費者庁と一緒に進めている。農産物は工業製品と違い、成分の品質管理が難しいが、「地域や栽培法などを管理することで、個々のばらつきもクリアできるメドもつきました。来年度までは制度化したい」(柊氏)。
実現すれば、機能性を担保した地域ブランド商品としても売り出せる。
日本は世界トップの高齢社会である。若い新興国もいずれ同じ課題に突き当たる。日本の機能性食物はそういった国々に向けての戦略商品に十分なり得る。