大倉正之助 祈りを込めて──。世界に誇る舞台芸術の最高峰

◆取材・文:大高正以知

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優美と言うべきか、典雅と言うべきか。

はたまた荘厳と言うべきか、深遠と言うべきか。

いや、それらすべてのエッセンスを取り出し、練り込んだ神なる像を、丹念に丹念に彫り込み、磨きに磨き抜いて創り上げられた、それはまさに〝宇宙〟と呼ぶに相応しい。

 

我が国が世界に誇る、舞台芸術の最高峰、「能」である。言うまでもないが能は、〝仕舞〟と〝謡曲〟、そして〝囃子〟からなる、禅の思想や武士道の精神をも併せ持った、格式の極めて高い独特の伝統芸能だ。現に源氏物語や平家物語など、貴族社会や武家社会から題材を得てつくられた演目は少なくない。そのためか、庶民にはあまり縁がなかったもののように思われがちだが、ルーツを辿れば、実はそうではないことが分かる。

 

世界平和の響きあり

「能の本質は何かというと、それは人間が人間として生きていくための、プリミティブ(原始的)で根源的な願いや祈りを込めた、言わば〝人間讃歌〟に他なりません」

そう言うのは、重要無形文化財総合認定保持者であり、能楽囃子方の名門、大倉流大鼓を今に引き継ぎ、大鼓ソリストでもある大倉正之助氏である。

もう少し噛み砕いて言うとこうだ。

能の根底には、天下泰平、国土安穏、五穀豊穣、無病息災、寿福増強といった言葉に表される、安心して豊かな暮らしができますようにと願った古代の人々の祈りを、神に届けるための橋渡しとして生まれた、原始宗教にも通じる信仰心が脈々と流れているということである。要するにミュージカルや演劇といった他の舞台芸能が、ある意味で純粋なエンターテイメントであるのに対し、能は紛れもなく神事、祭事の要素を内に秘めた、極めてストイックでクラシカルな舞台アートと言える。

 

とまれ能が現在の形と様式を確立したのは、今から約600年前の、室町時代だという。

大倉一族はその室町時代から連綿と続く能楽師の家系で、正之助氏は能楽囃子大倉流の宗家に、長男として生まれている。いきおいヨチヨチ歩きの頃から父(長十郎氏)や祖父(長右衛門氏)の厳しい稽古を受けるようになり、僅か9歳で初舞台に立ったという。

その正之助氏が一躍、各界の注目を集めたのは、翁附五流五番能の企画制作を自ら行い、かつ大鼓を1日すべて、ひとりで打ち納めるという能楽史上、囃子方としては初めての偉業を成し遂げたときである。これを契機に氏は、各国の首脳やVIPを招いた首相官邸の晩餐会に呼ばれて演奏を披露するほか、ローマ法王の招聘を受けて、バチカン宮殿内においても演奏するなど、今や我が国の国際文化交流には欠かせない大きな存在として、不動の地位にあると言っていい。

 

ちなみに正之助氏は、筆者との別れ際にこうつぶやいた。

「日本は世界平和のための範とならなければいけないと思っていましてね。私はその祈りを込めて、毎日、毎日、この大鼓を打っているんですよ」

大倉流の鼓の声、世界平和の響きあり──。

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◆2013年11月号の記事より◆

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