指示待ち人間ではなく、柔軟な発想力を持つ子どもを育てる
「ヒグチ式」メソッドとは
新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響で,世の中は猛スピードで変化している。教育現場では,オンライン授業の普及などDXが加速し学習スタイルが様変わりした。
子どもたちが将来社会にでるまでに身につけておくべきスキルは,親の時代とは全く異なるものになる可能性が高い。
先行き不透明な予測困難な時代において,「子どもに何を学ばせればいいのだろうか?」と思う人は多いだろう。
画一的な大量生産の時代から、個性重視の時代への変革を牽引する人間を、日本社会はどのようにして育成していくのか。
その問いに一つの答えを提示しているのが,35年の教育経験をもとにオリジナル学習メソッド「ヒグチ式」を考案した樋口泰久先生である。
「既存の受け身な学習は,これからの日本を背負って立つ子どもたちにはふさわしくない」と話す樋口先生に,本質を求める柔軟な発想力を養う「ヒグチ式」の仕組みや,今後子どもたちに求められる能力,教育のあるべき姿について伺った。
本質を求める柔軟な発想力を育む「ヒグチ式」メソッドとは
ー樋口先生の自己紹介をお願いします。
樋口泰久と申します。今年74歳になります。60歳までは北海道の公立高校で物理の教員をしていました。
現在は35年の教職経験から生まれたオリジナル学習メソッドである「ヒグチ式」を伝える小学生・中学生向けの学習塾を運営しています。
ー「ヒグチ式」とはどのようなメソッドなのでしょう?
「ヒグチ式」の特徴は、「たしかめ算」と「数字入れ替え練習」の2つです。
「たしかめ算」とは,与えられた問題とは異なった別の計算で自分の答えを確かめる方法です。
例えば,485−148=337 という計算式の場合,337+148=485を計算すれば、自身の解答の正誤に自分で気づくことができ、間違いをしなくなります。485−148を何度も繰り返すのではなく、違うやり方を導入して同じ結論を導くことは、視野を広げるために基礎的な訓練として役立ちます。
上のフローチャートで ①,③の計算は ②,④の確かめ算で確認します。ヒグチ式は必ず正解で完結するように構成しています。生徒が今取り組んでいる学習の全体像に気づくキッカケになると幸いです。
もう一つの「数字入れ替え練習」とは,生徒自身が問題の数字を入れ替えて自主的に答えを求める方法です。例えば生徒が集まって勉強会をするとき、リーダーの生徒が先生の代わり(小先生)になって類似問題を出します。
また,百ます計算も同じ計算パターンで数字を変えて計算練習するので、入替練習と同じ発想です。異なる点は、ヒグチ式の場合は自分で問題を出して、自分で答えることです。
百ます計算は、計算の速さと正確さを求めますが、数字入替練習では数字を変えることによる、答えの数字の性質の違い(正の数,負の数,偶数,奇数 など)つまり「計算の意味」も考えることになります。
先生が,485 –[?]といった問題を作り,生徒に[?]にどんな数字を入れ替えれば、答えの数字が「どのような性質の数字」になるかを試してみる練習が「数字入替練習」です。
[?]に入れる数字によって解答が変わる。いわば数字の化学変化です。
問2は正の数(+16)の代わりに負の数(−13)を入れ替えると、答えはどのようになるのか調べています。また、(+12)より大きい数や、小さい数を入れ替える入替練習も可能です。このとき、答えの符号が変わります。
このように、生徒は「なぜだろう?」「こうしたらどうなるかな?」と考え自分の意思で数字を探します。自分の意思で数字を探すとき、勉強の面白さを感じます。
普通は計算式の「=」の左の世界は計算で,「=」の右の世界は結論ですが,「ヒグチ式」では左の世界の式の形を使って右の世界を導きます。
ですから,「ヒグチ式」の学習スタイルを繰り返すことで,勉強に積極的に取り組む姿勢や様々な視点で物事を見る思考法が自然と身につきます。
一般的な塾では正解を求める面白さを味わえます。この面白さは一種の目的達成感ですが「受け身の意味」での目的です。
「ヒグチ式」では,答えの変化を自分で予測して、答えがどう変わっていくかを調べる面白さも体験できます。向き不向きは当然ありますが,数字が好きな生徒は「ヒグチ式」を学ぶとどんどん伸びていきますよ。
ー自問自答型の学習スタイルなのですね。「たしかめ算」と「数字入れ替え練習」では、“自主的”や“自分の意志”という言葉がキーワードになるのでしょうか?
その通りです。ヒグチ式の特徴を端的に表現して下さいましてありがとうございます。ヒグチ式は「自問自答による意味重視学習」です。意味を理解する作業を省略して「形式だけ暗記して答えを求める学習」と対局です。
ヒグチ式学習塾の当座の目的は「たしかめ算」と「数字入れ替え練習」によって,楽しく意欲的に問題を解けるようになることです。
しかし「ヒグチ式」の真の狙いは,主体的に自分の思考力を動かし,別の場合を考えてアウトプットする力を養うことです。
「たしかめ算」は,人の意見や社会の流説を鵜呑みにせず,自分で考えることで確認する姿勢につながり,「数字入れ替え練習」は,学びに自分の個性やオリジナリティを加えて新たな視点を持つ能力も育てます。
「ヒグチ式」のトレーニングを積めば,本質を求める柔軟な発想力を持つことができるでしょう。その基本能力を算数の足し算・引き算の段階から身につけることができるのは、嬉しいことです。
練習1,練習2はヒグチ式の予告編です。中学生の数学も同じ発想で教材を作りました。方程式は検算だけでなく、入れ替え練習も作りました。
内容は教材本体をご覧ください。同様に,文章問題(応用問題)も入れ替え問題を作りました。「=」を含む式は基本的に検算可能です。
「ヒグチ式」で生きる喜びを感じてほしい
ーそもそも樋口先生は「ヒグチ式」というユニークな学習メソッドをなぜ考案されたのでしょう?
昔から,子どもたちが原理や仕組みをよく理解しないまま,解き方だけを覚えることに違和感がありました。
保護者からも,「正解はできるけど,スッキリしない」という意見を聞くこともしばしば,このやり方では生徒が指示待ち人間になってしまう危惧を感じていました。
何よりも,自分が教員を定年退職して学習塾を始めたとき,計算式の丸つけ作業の繰り返しだけではつまらないなと思ったんです。
私はいつも、習ったことをそのまま再現して正解する生徒よりも、間違いがあっても「何故か」と考え,正解を求めて悪戦苦闘する生徒に伸びる可能性を感じます。
生徒が様々な角度から自分で問題を検討して正解に到達していくプロセスを見る方がずっと面白いと思ったので,それが自然とできる方法を模索していった結果,現在の「ヒグチ式」に辿り着きました。
学習は結局「先生と生徒の間の相互作用。出題された問題と考える生徒間の相互作用」だと思います。
確かめ算の指導方法を,私が2014年に塾を開いて(64歳)まもなく,実施した体験塾で着想していました。「このように逆算すると面白いよ」(前述)。数字入替練習も開塾から半年後に原型ができていました。
この発想は私の現職時代の経験に基づきます。試験を作るとき教科書や問題集問題の数字を一部直して試験問題にすることがあります。これが実に面白いのです。数字の直し方によって答えが変化します。
同じ方法の計算なので式の使い方が間違うことはありません。この面白さを生徒にも経験させたくなりました(小先生)。これが数字入替練習の始まりです。
ー根底には指示待ち人間を作りたくないという思いがあるのですね。
教えられたことだけをやっていれば偏差値は上がるかもしれませんが,教えられたことしかできないのは寂しいです。特にチャットGPTの時代に突入してきたので、コンピュータにできない、人間らしい創造価値が求められます。
個性で自走することに生きる喜びがあると思うので,「ヒグチ式」を通して,学びに学習者のオリジナリティの一味を加える術を身につけ,生きる喜びを感じてほしいと思います。
ー個性で自走というのは、今後の教育において非常に重要なあり方だと思います。
みんな言われればその通りと思うかもしれませんが,「たしかめ算」が教科書で大きく取り上げられていない現実を見るに,文科省を含め教育関係者からあまり重要視されていないのでしょうね。
私は研究のためにYou Tubeを見るのですが,正解に到達するやり方は懇切丁寧に教えていても,発想法を伝えるに至っている動画がほとんど見当たりません。
今後の日本を背負う未来の子どもたちにそうした受け身の教育はふさわしくないと思います。
ヒグチ式教材作成は小学校算数から中学の数学まで全範囲を網羅しています。作成期間は2016年3月から始まり2回全範囲を修正して2020年5月に3回目を完成しました。
データベースは2020年2月に完成しました。データベースのコンテンツは教科書準拠さんすう(学年別342頁),数学(学年別837頁)。
これに加えてヒグチ式の特化したコンテンツ(さんすう227頁,数学335頁)で構成しています。このほかに教育に関する参考資料22編も収録しています。
ヒグチ式の運用実績は奈良県五條市(五條しんまち塾),北海道札幌市(樋口塾),徳島県美馬市(美馬うだつ塾)で検証してきました。
改善のための運用段階なので多人数での実績には至っていません。ヒグチ式を体験した延べ人数は,五條しんまち塾(200名),樋口塾(40名),美馬うだつ塾(20名)程度です。
ーその通りですね。それでは最後に、樋口先生の今後の展望をお聞かせください。
ヒグチ式の構造は従来通りに学力をつける「一階部分」と,「確かめ算,数字入替練習」による応用力をつける「二階建て部分」の二層構造になっています。
また,「学ぶ力と日常生活」は密接につながっています。勉強を「単なる頭の作用と見なすのではなく,人格活動の一部である」という発想を皆様にお伝えしたいと念願しています。
人格活動が活性化されると,その一部である学力は当然向上します。勉強が先でなくて,生きる力が先です。
子どもは可能性に溢れています。一石を投じればそれに応じて波紋するように,自分で考えるきっかけを上手に与えることができれば,生徒の本来の力で勝手に成長していきます。
「ヒグチ式」がより多くの子どもたちの一石になるように,今後も改良を重ねていきたいと思います。私たちの教育理念に共感し,教材を共に改善してくれる方を現在求めています。
お心当たりがあるかたはぜひご一報をお待ちしています。
◎プロフィール
樋口 泰久(ひぐちやすひさ)
昭和24年北海道出身。立命館大学大学院修士課程修了。北海道にて物理・数学の教員として35年勤務。進路指導部長や文科省研究指定校(観点別評価)を担当し、北大・一橋大・東大・京大・医科大などに多数生徒を輩出する。教職時代に開発した学習法を『樋口式』として体系化し、塾にて指導を行なう。