本記事は、HIS創業者の澤田秀雄が設立した『澤田経営道場』の座学研修の1つである新規事業の立ち上げ方講座を再編したものです。澤田経営道場では、世界で活躍する次世代リーダーを育成するためのプログラムを展開しています。このシリーズでは半年間に渡って行われる澤田経営道場の座学の講義内容を一部切り出してご紹介していきます。シリーズ第6弾の今回のテーマは「HR/組織論」、そのなかでも難解な法律用語が頻出する「労務」に焦点を当てます。講師はリクルートやファーストリテイリング(ユニクロ)の人事経験を持つ、株式会社メディケアジャパン代表取締役の大楠友也氏です。

大楠 友也
株式会社メディケアジャパン代表取締役。大学卒業後リクルートに新卒入社。27歳でゼネラルマネジャーに昇進してマーケや人事をはじめ、官公庁への出向等を経験。エムスリーグループに転職後、コロナ対策担当として保健所の運営支援やワクチン接種支援に従事。2021年メディケアジャパン創業。NPOの副理事長や国立大学の非常勤講師も兼務。

労務を学ばない経営者は一発アウトの危険あり

「HR/組織論」をテーマに複数回に亘って講義をさせていただく大楠友也と申します。突然ですが、ある超有名企業の格言について問題です。「原価管理の失敗は“競争力”を失う。品質管理の失敗は“信用”を失う。生産管理の失敗は“機械”を失う」。この格言には、「労務管理の失敗は○︎○を失う」と続くのですが、空欄に入る言葉は何でしょうか?

正解は、“すべて”です。「労務管理の失敗はすべてを失う」のです。労務は勤務時間の管理や、給与計算や社会保険の手続き、健康診断の実施など、事務処理や管理業務が中心であるため、苦手意識を持つ方も多いかもしれません。私が担当する「HR/組織論」の花形といえば、最高のチームを作る組織開発や組織内の行動分析などでしょう。しかし、あなたが今後経営者としてどれだけ素晴らしい組織開発を実現しても、理由なく1日9時間従業員を働かせてしまった時点でアウトです。格言通り、すべてを失います。

労務を学ばずして、組織開発の実践はできません。経営者を目指すのであれば、労働基準法、労働契約法、最低賃金法、男女雇用機会均等法、雇用保険法、労働安全衛生法、育児介護休業法は最低限抑えてほしいところです。1回の講義ですべてを網羅するのは不可能なので、まず今回は「求人・採用・労働契約」に絞ってご説明していきます。

採用活動を始める前に準備すべき8項目

まず確認すべきなのが、現時点であなたの会社は従業員を雇用する資格を有しているかどうかです。以下に挙げるチェック項目のうち、どれか1つでも欠けた状態であるならば、採用活動はいったんストップ。しっかり準備を整えてから臨みましょう。

<採用活動を始める前に準備すべき8項目>
✅労働条件通知書の作成、交付の準備をしている
✅就業規則(従業員が10名以上は必須)を交付、もしくは周知できている状態にある
✅労使協定を周知できる状態にある
✅入社時ただちに社会保険と雇用保険の加入手続きができるよう、本人から情報を受領できる
✅マイナンバーの確認と本人確認を行う準備をしておく
✅給料振込み申請書を受領している
✅入社時の健康診断の準備をしている
✅入社後の定期健康診断の結果を直接受領する場合は本人の同意を得ている、また変更情報を取り扱う目的等を本人に通知し同意を得ている

求人票や募集要項を作るときは「固定残業代」に注意!

準備が整ったら、いよいよ求人に入っていきます。経営者であるあなたは、記念すべき社員第1号を採用するため、ハローワークへ求人申し込みを行う/自社ホームページで募集をかける/求人広告の掲載などを行います。「どんな人が応募してくれるかな?」とドキドキしながら待っていても、応募数は0のまま。それだけならまだしも、知らないうちに「あの会社、やばいよ」と噂を立てられているかもしれません。そんな経営者として恥ずかしい思いをしないために、求人に関して特に気をつけたいポイントは以下の2つです。

①絶対に明示すべき情報に抜け漏れはないか?
②固定残業代と試用期間に間違いはないか?

まず、①絶対に明示すべき情報に抜け漏れはないか?についてですが、「労働基準法」という法律によって、労働者の募集を行う際は、求人票や募集要項等に「労働条件」を必ず明示することが定められています。

労働条件に記載すべき項目は以下の通りです。
・業務内容 例)一般事務
・契約期間 例)期間の定めなし
・試用期間  例)試用期間あり(3か月)
・就業場所  例)本社(●県●市●-●)
・就業時間 例)9:00~18:00
・休憩時間 例)12:00~13:00
・休日 例)土日、祝日
・時間外労働 例)あり(月平均20時間)
・賃金 例)月給20万円(ただし、試用期間中は月給19万円)
・加入保険 例)雇用保険、労災保険、厚生年金、健康保険

・退職に関する事項 例)定年制の有無、継続雇用制度の有無
・募集者の氏名又は名称 例)○○株式会社

これらすべての労働条件を抜け漏れなく記した書面を交付する、もしくは、求職者が希望する場合には電子メールで送信することが必要です。様々な求人を見ていると、たまに抜け漏れのある募集要項を目にすることがあります。皆さんはどれか1つでも欠けていないか必ず確認するようにしてください。

次に、②「固定残業代」に間違いはないか?についてご説明します。

固定残業とは、企業が従業員に支給する給与について、あらかじめ一定時間分の時間外労働代を給与に含めることをいいます。例えば、基本給は20万円ですが、毎月20時間の残業が発生することが予想されるので、その分4万円を固定残業代として支払いますよ、というお約束のことです。残業の有無・実労働時間にかかわらず、あらかじめ対象社員に残業があったものとみなすので、「みなし残業」とも言われています。ちなみに、固定残業代制度を採用していても、みなし残業時間を超過した残業には、残業手当を支払う義務が当然発生します。

残業代を後から計算するのは面倒であるため、採用されることの多い固定残業代制度ですが、以下の記載が必須となることを覚えておきましょう。

ア)固定残業代を除いた基本給の額
例)基本給:250,000 円(固定残業手当を除く額)
イ)固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法
例)固定残業手当:40,000 円(時間外労働の有無にかかわらず、20 時間分の時間外手当として
ウ)固定残業時間を超える時間外労働、休日労働および深夜労働に対して割増賃金を追加で支払う旨
例)20 時間を超える時間外労働分についての割増賃金は追加で支給

採用面接でのNG質問「尊敬する人物は誰ですか?」

「日本の面接は世界でも類を見ないほど厳しい」と言われています。その理由は、採用面接におけるNG質問、つまり聞いてはいけないことが非常に多いためです。

採用選考の基本的な考え方は2つ。「応募者の基本的人権を尊重すること」と「応募者の適性・能力に基づいて行うこと」です。つまり、応募者のもつ適性や能力が求人職種の職務を遂行できるかどうかを基準として採用選考を行うことが求められるため、適性と能力に関係がない事項を面接で尋ねたり、応募用紙に記載させたりすることは「社会的差別」となってしまう恐れがあるのです。

質問NG項目には、つい聞きたくなってしまいそうなものも含まれているため、意識して気をつけるようにしておきましょう。質問NG項目は以下の通りです。

<a.本人に責任のない事項の把握>
・本籍・出生地に関すること (※「戸籍謄(抄)本」や本籍が記載された「住民票(写し)」を提出させることも該当する)
・家族に関すること(職業、続柄、健康、病歴、地位、学歴、収入、資産など)(※家族の仕事の有無・職種・勤務先などや家族構成も該当する)
・住宅状況に関すること(間取り、部屋数、住宅の種類、近郊の施設など)
・生活環境・家庭環境などに関すること

<b.本来自由であるべき事項(思想信条にかかわること)の把握>
・宗教に関すること
・支持政党に関すること
・人生観、生活信条に関すること
・尊敬する人物に関すること
・思想に関すること
・労働組合に関する情報(加入状況や活動歴など)、学生運動など社会運動に関すること
・購読新聞・雑誌・愛読書などに関すること

上記には含まれていませんが、容姿に関する質問もマナーとして控えるべきでしょう。

意外と知られていない事実「内定は口頭でも成立する」

一般的に、「労働条件通知書/内定通知書/雇用契約書」などを通知し、相手が承諾したことにより「内定者」とされます。そのため誤解されやすいのですが、内定という雇用契約を約束する様な発言は民法上、口頭でも成立します。ですから、まだ入社していない段階であっても、一方的な内定取り消しは基本的にはできません。

例外は、「客観的に合理的で、社会通念上相当と認められる理由がある場合」です。つまり、第三者から見ても論理的に筋が通っており、過去にも類似のケースが存在する場合であれば、内定取り消しの可能性はあるということです。2008年のリーマンショックをきっかけに、新卒採用の内定取り消しが全国的に行われたことを覚えている方も多いはず。近年では、新型コロナウイルスを理由とする内定取り消しは違法かどうかという問題が大きな注目を集めました。内定を軽んじると、冒頭にお話した格言の通り“すべて”を失う可能性があるので、皆様には細心の注意を払っていただきたいと思います。

労務の重要頻出単語「労使協定」とは何か?

採用活動の準備から、求人票の作成、採用面接、内定についてご説明してきましたが、最後に「HR/組織論」において非常に重要な「労使協定」についてお話しします。

労使協定とは、労働者と雇用主との間で結ぶ特定の合意内容のことです。雇用主は労働基準法をもとに就業規則や社内ルールを決めるのが原則ですが、ときにはそれらが限界を迎える事情が発生する場合が起こります。例えば、労働基準法では、原則として1日8時間、1週間40時間までしか働くことができません。しかし、「それでは仕事がまわらない!」といったケースもありえますよね。そんなときに、雇用主が残業を適法に行えるようにするため、労働者と結ぶのが労使協定です。例外的な規則であっても、労働者と使用者の間で合意があり、労使協定の締結と就業規則の規定を併せて行えば、法的義務の免除や免罰効果を発生させることが可能です。

労使協定を結ぶためには、社員全員の合意をとる必要はありません。労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合と、労働組合がないときは労働者の過半数を代表するものとの書面による協定が必要となります。

長々と説明してきましたが、平たく言えば、「労働基準法で原則NGとなるものを定めるときには、労働者と雇用主で事前に合意をとってください」というのが労使協定のキモです。様々な種類がありますが、代表的なのは先ほど例に挙げた時間外・休日労働に関する協定届、通称「36(さぶろく)協定」です。皆様が経営者となったときには必ず考えるべきテーマですから、復習を忘れないでいただければと思います。

採用/人事/労務/組織論の実際を学ぶ

いかがでしたでしょうか?今回ご説明した「求人・採用・労働契約」の内容は、まだまだ「基本のキ」に過ぎません。数か月間にわたる講義では、起業を控える方々が絶対に知っておきたい「採用/人事/労務/組織論」について、実践で活きる内容を余すことなくお伝えしていきます。私の失敗経験をお話ししたり、実際の求人票を書いてみるなどの実践的なワークもご用意しているので、楽しみながら受講していただけると嬉しく思います。皆さんとともに学べることを心待ちにしています。本日はありがとうございました。

※今回の「採用/人事/労務/組織論」講座や、澤田経営道場について詳細を知りたいという方は以下のサイトからご覧いただけます。

澤田経営道場公式サイト
https://sawadadojo.com/