〝利益〟よりも〝価値〟を重視する銀行の対話イベント – GABV×第一勧業信用組合ほか
さまざまな立場から日本のこれからの金融のあり方を問い直す
量から質、物から人、均一性から多様性へと、社会全体の価値観が変化して行く中で、金融機関のあり方もまた問い直されている。
そんな中、利益よりも持続可能な社会や環境の維持という「価値」を重視する銀行のネットワーク組織GABV(The Global Alliance for Banking on Values)の議長でありオランダ・トリオドス銀行CEOでもあるピーター・ボーム氏とGABV事務局長のマルコス・エギグレン氏を招いての対話イベントが、6月18日、東京都港区のデジタルビジネス・イノベーションセンターで開催された。
会場には50人を超える金融関係者が詰め掛け、パネリストとして、日本の「人とコミュニティの金融」の第一人者・第一勧業信用組合の新田信行理事長、熊本で「温かいお金」の循環による人と人、人と自然の関係性再創造に取り組む一般社団法人ゆずり葉代表理事の清水菜保子氏、地域共創ネットワーク株式会社代表取締役の坂本忠弘氏らも参加。それぞれの取り組みを紹介すると共に、会場からの質問に答えた。
これからの金融のあり方についてのヒントがいっぱい詰まった、その内容についてお伝えする。
GABVはグローバルな金融機関の同盟
GABVとはどんな組織か? 知らない人がほとんどだろう。そこでイベント冒頭に行われたマルコス氏の説明に基づいてまず少し紹介しておきたい。
GABVとは、一言で言えば、社会をよくする銀行が加盟するネットワーク組織。リーマンショック直後の2009年、「銀行をもう一度正しい形に戻すため、今こそ手を繋いで声を上げねば!」との有志の思いから結成され、持続可能な世界を創造するために、既存の銀行サービスのありようを変えようとするグローバルな金融機関の同盟だ。
スタート時のメンバー9行は、そのほとんどが北米・欧州の銀行だったが、今や全世界で55行が加盟し、約5000万人の顧客に金融サービスを提供。
「持続的な社会の創造に貢献する金融機関のロールモデルとなること」
「加盟する・加盟しようとする銀行のシステム、文化を活動に適したものに変えていくこと」
の2つを目的として運営されており、加入には、持続可能性、透明性、多様性などに多項目に渡る厳しい基準をクリアし、価値に重きを置く銀行(Values-based Banking) として持続的な活動が可能であると認められることが必要となっている。
GABVが考える〝価値に重きを置く銀行〟とは
GABVが考える Values-based Bankingの原則は次の通りだ。
1)持続可能な社会の創造に焦点を当てるアプローチを行うこと
2)地域社会に根ざし、実体経済に対した融資を行うこと。金融機関間の取引きなどには融資せず、具体的なコミュニティの中で人の生活が豊かになったり、環境が改善されたりといって実体経済に対して融資を行う
3)顧客との長期的な関係を結び、経済活動・リスクを直接開示すること。預金者に対し、彼らの預けたお金をどのような社会的な意義あるものに融資しているのかを開示し、出資者と透明性を有するパートナーシップを築きながら、よりよい金融を創造していく
4)長期的な視野に立ち、外部の混乱に対しても弾力性を保つこと。銀行としての財務の健全性や支払い能力、経営効率性の高さなどが担保されてはじめて、正しいことを行っている銀行の存続が担保される。だから収益性を追い求めはしないが、銀行業界の平均値を超えるような値を目標とし、マーケットで認められることも重視する
5)顧客中心主義。といっても顧客の言うことは何でもやるという姿勢ではなく、顧客がやりたいこと、社会やコミュニティをよくしたい思いを真剣に聞き、ビジネスプランを行っていく
6)1〜5の要素が金融機関の文化に基づくこと。融資の仕方、営業のあり方、成果を出した人間の報酬の受け取り方などを含め、企業文化に5つの原理が組み込まれ、運営が徹底されているかということ
めざすは新ビジネスモデルの構築
「このような原則に基づく銀行運営なんて本当に可能なのか?」と思う人もいるかもしれない。けれど、GABVに加盟している銀行の財政的な強さは、利益重視の一般的な銀行に比べて決して見劣りするものではない。
その点については、ピーター氏が自身がCEOを務めるトリオドス銀行を例に紹介している。
同行は1980年の創設以来「利益より価値」を実践してきた銀行であり、もちろんGABVメンバーの一員だが、現在は行員1300人が所属、6カ国で150億ユーロを運用し、4万件近いプロジェクトに融資する規模。
自己資本率20%、預貸率約70%と高い資金流動性・短期支払い能力を維持し、長期的に見れば世界のトップ25%の金融機関と比べても見劣りしない利益水準にある。
利益より価値を重視する銀行が持続的に成長可能だということを、身をもって実証しているというわけだ。
しかし、いくら優れた成果を挙げても、1行、2行だけでは「特殊なもの」とされ、現在の主流を占める利益中心の銀行ビジネスモデルに代わる新しいモデルとは見なされない。
だが、同じように価値重視の経営を行い、持続的に高いパフォーマンスを発揮しているさまざまな金融機関の多様な例が集まれば、世の中に与えるインパクトは違ってくる。
それこそGABVの意義であり、めざすところでもある。
第一勧業信用組合が日本初のGABVメンバー入り
このようなGABVの活動は、残念ながら日本では金融関係者にもほぼ認知されておらず、メンバー55行の中に日本の金融機関は1つも入っていなかった。
だが、2018年7月、ついに日本の金融機関からも参加者が現れる。
実は今回のイベントのきっかけであるピーター氏とマルコス氏揃っての来日も、その新メンバー・第一勧業信用組合と詰めの協議を行うためだ。
第一勧業信用組合については本誌でも度々紹介してきたが、2013年の新田理事長就任以来、「人とコミュニティの金融」をモットーとし、徹底して人を大事にする金融を実践。
約350種のコミュニティそれぞれに向けたコミュニティローンの創設や女性・若者を応援する創業支援、未来の創造を手助けする「TOKYOアクセラレータ」、全国の信用組合や大学、ベンチャー企業などと連携しての地方創生プロジェクトなどに取組み、一方で財政的にも高いパフォーマンスを継続している金融機関だ。
約1年前に新田理事長がGABVの存在を知ったことから加盟に向けた準備が始まり、今回の申請につながった。
そこに込めた思いを、新田理事長は次のように語る。
「私どもの思いもありますが、こういう素晴らしい活動を、日本の当局関係者、銀行家のどちらもご存じない。今回の加盟申請は、その現状に対する私の危機感の表れです。私どもが一石を投じなければ、今世界で55行、これから更に増えていく中で、日本が1つも入っていないことになってしまう。
日本の協同組織金融機関の経営者としてそんなことは耐えられない、そんな思いで取り組むことにいたしました。
これを機会に、私どもの学びも含めて、当局関係者、業界関係者、協同組織金融機関の経営者に価値を重視する経営の道を一緒に歩んでいただくことを、切に希望する次第です」
価値重視の金融を実践するために必要なこと
利益重視の経営が主流の中、価値重視という新しいモデルを実践していくのに障害が多いことは想像に難くない。
そんな思いを反映してか、会場からパネリストへの質問では、価値重視の金融を実践する上でどんな困難があったのか、またそれをどう乗り越えたのかに興味が集まった。
この問いに対し、新田理事長は金融機関経営者の立場から「職員の意識、企業カルチャーをどう変えるか。就任から5年経ちましたがまだ途中ですし、これは忍耐というか絶対譲らない、経営者として軸をぶれさせないという信念しかないと思います。ただ経営者が本気になれば、少なくともうちのような従業員370人程度の小さな信用組合なら動くなというのが私の実感です」とコメント。
清水氏は草の根の市民活動家の立場から「〝温かいお金〟というのは概念的で、実感が湧きにくいので、〝こういう風にやりましょう〟と実例を重ねること。
またそもそもお金は卑しいもの、汚いものと思っている人も結構いらっしゃいますし、自分の預けたお金が、よくよく見ると自然破壊につながっていたり、子どもたちにとっていい世界を作ることにつながっていないことにすら気がついていない人も多いので、そこからですね。皆さん最初はびっくりするけれど、気がついたら早いので、色々な選択肢を提供しながら活動をしています」と話し、それぞれの貴重な経験を聴衆にシェアした。
困難を乗り越えるために〝why〟が一番大事
また、坂本氏は第一勧業信用組合のGABV参加申請にあたり、評価シート「スコアカード」のまとめに携わる中で「必ず〝why, how, what〟の構造になっており、どういう思いで何をするのかのうち、〝どういう思いで〟が注目されている所が非常に印象深かった」と指摘。
それを受けてマルコス氏から、「何と言っても私はwhy, how, whatのうちwhyが一番大事だと思います。
この運動に関わる経営トップの方々が持つ、より良いことをしたいという思いこそまさに〝why〟。
それを信じているからやろうとするわけですが、組織の中で展開していくためには、how, whatのレベルに落としていかなくてはいけません。
それがCEOにとって、本当に難しい変化をもたらすプロセスへの戦いではないかと考えます」と、リーダーに期待される役割が述べられる一幕もあった。
リーダーを支える強い思い
最後に、両氏とパネリストたちに「皆さんにとってのwhyは何ですか?」と、なぜ価値重視の金融に取り組むのかとの質問が投げかけられた。
既存の銀行のあり方とリアルエコノミーの乖離を感じたこと、貨幣だけで社会が測られていることへの違和感など、思いは人それぞれだが、中でも聴衆の心に一際鮮烈な印象を残した新田理事長の回答を最後に紹介しておこう。
「私は銀行に入り、不良債権とデリバティブの後処理を延々やり続けて35年です。その間、同期にも死んだのがいますし、お客さんも亡くなっている。そんな強烈な原体験を現場でし続けてきました。金は所詮、人が使うものであって人を害するものではない。
絶対に金より人の方が大事なはずです。今までの日本のバブルやリーマンショックで、いかに金の亡者が人をないがしろにし、そこに金融機関が加担し続けてきたか。人を大事にする金融、金融機関の人間が自分の職業に誇りを持てる金融は、それに対する強烈なアンチテーゼ。金融を志した後輩に、二度と私のような思いはさせたくないと思うのです」