◆取材:加藤俊 /文:松村蘭

 

国の中枢をなす霞が関で、日本の未来を懸けた改革が静かに始まった。そこには、働き方改革を成功へと導くためのヒントが詰まっている。総務省で始動した働き方改革は、担当部署をまたいで有志を募ったという点で、「異例の取り組み」だったと言われている。音頭をとったのは小林史明総務大臣政務官(自由民主党所属衆議院議員)。今回は小林政務官及び現場で改革に奔走しているメンバー達へのインタビューを実施した。

 

小林史明(こばやし・ふみあき)自由民主党衆議院議員 総務大臣政務官兼内閣府大臣政務官 1983年4月8日生まれ。広島県福山市出身。上智大学理工学部卒業後、株式会社NTTドコモへ入社。29歳のときに衆院選に公募で出馬し、初当選する。以降、3期連続で当選を果たす。テクノロジーを社会実装することによる、フェアで効率的な日本社会を目指す

 

「人口減少が進む中でも生き残っていけるモデルに今転換しなければ、二度と日本にチャンスはこない。そのモデルを、中小企業の皆様と共につくっていきたい」と語る小林史明政務官。

その言葉には、巷間「働き方改革」なるものが叫ばれて久しいが、中堅中小各社の職場環境の改善及び労働生産性の向上が進んでいないことに対する焦りが見て取れる。それもそのはず。中小企業を中心とする後継者難や求人難など「人手不足」に関連した倒産が増えているのだ。

例えば、2018年7月の人手不足関連の倒産は前年同月比70.8%増の41件となっている。(出典:東京商工リサーチ 企業倒産)

そもそも日本の人口減少が全くもって歯止めが効かない状況だ。総務省が2018年7月に発表した情報によると、日本人の人口は1億2,520万9,603人(2018年1月1日時点)。9年連続減少傾向にあり、減少幅も過去最大の前年比−37万4,055人を記録している。(出典:総務省HP)

景気が回復傾向にある中で人手不足が深刻になっていることが露呈しているわけだが、とはいえ企業風土や文化、商習慣はなかなか簡単に変えられるものではない。

ただ、だからこそ今回の総務省の働き方改革の行方には企業風土のかたい会社も変わりうるか否かの試金石としての側面から大きな期待がかかっているのだ。

 

小林政務官インタビュー

 

―総務省が働き方改革に取り組むことになった理由は

総務省に限らず日本全体で言えることだが、今の働き方は「長時間働ける体力がある人」が前提になっているように思う。人口減少が避けられない日本の状況を踏まえると、短時間しか働けない人や子育て・介護のために出勤できない人なども含め、全員参加型で働けるような組織のルールを可及的速やかに整備していく必要がある。改革が遅れれば、近い将来、日本社会が人材不足で成り立たなくなることは明白だ。

この前提に立ったうえで、なぜ今総務省で働き方改革を行うのか。理由は2つある。

1つは、優秀な人材獲得のため。今のままでは、将来役所に優秀な人材が来なくなってしまうことが懸念される。というのも、国家公務員は特段給料が高いわけではない。それでも国のために働くことに志ややりがいを感じる人が集まっている環境だ。しかし、ここに胡坐をかくことはできず、給料で返しきれない分、働きやすくてやりがいのある環境で返す必要がある。

もう1つは、よりクリエイティブな仕事をしていくため。目の前の仕事で精一杯になっている状況では、5年後、10年後の未来を考える余裕はなくなる。両手いっぱいに仕事を握るのではなく、左手は既存の仕事に、右手は新しい仕事を掴み取ることに全力で取り組まなくてはならない。働き方改革を行うことで、役所で働く職員の右手を空け、よりクリエイティブな仕事をしてもらいたいと考えている。

 

─そのような背景を元に、実際にどのように改革の話が持ち上がってきたのか

若手職員の皆さんと一緒にお昼ご飯を食べながら、現場の生の声を都度聞かせてもらった。皆さんの話を聞いていくうちに、今変えなくてはいけないという意識が芽生えた。

 

─具体的に、職員の方からどんなお話が出たのか

例えば、会議室を取るのに都度かなりの時間と手間がかかるという話があった。これは非効率だ。他にも、ペットボトル1本を用意するためにはんこが5つも必要だという話があったり。どちらの話も、仕事をする上で本質的なものではない。システムと運用ルールを変えれば改善できる話だ。

 

─実際に取り掛かって感じた改革をスムーズに進める要諦は

何よりボトムアップで改革を進めることが1番のポイント。現場の職員が自由に議論できる場をつくり、そこからでてきたものを我々幹部が拾い上げコミットしていくという形が機能した。改革に取り組んでこの一連の流れがすごく重要だったと捉えている。

現場の意見を聞かずにトップダウンで「AIを使え」「残業を減らせ」などと指示をしたところで、その改革は失敗に終わる。そうではなく、あくまでボトムアップで現場で働く職員一人ひとりの意見を大切にしていく。言い換えれば、一人ひとりの方が主体的に取り組める環境を如何に仕掛けていくかが重要なのだろう。なぜなら、改革でやるべきことを一番よく知っているのは、現場なのだから。

つまり経営層の役割は現場が意見を出しやすい環境をつくること。さらに、現場から出てきた提案をしっかりと実現まで持っていくことだ。提案しても結局実現しないとなると、せっかくの現場のモチベーションが下がってしまう。

 

─これから働き方改革に取り組む中小企業の経営層へは

働き方改革は人材戦略に他ならない。これからの時代は、いかに働きやすい環境を経営サイドが整備できるか否かが重要で、優秀な人材を採用できるかどうかもこの点にかかっている。どんなに利益を上げたとしても、人が入ってこない企業は何れは潰れてしまう。

こうした文脈上で、働き方改革は組織のトップのマネジメント力が最大限求められる分野であるということを今一度意識してもらいたいと思う。これから改革に取り組まれる中小企業の皆様の良き見本となれるよう、我々自身も変わっていくつもりだ。

人口減少が進む中でも生き残っていけるモデルに今転換しなければ、二度と日本にチャンスはこない。そのモデルを、中小企業の皆様と共につくっていきたい。

 

働き方改革チーム座談会

写真左から 山本直樹室長(事務局)、松本浩典副管理官(チームメンバー)、田中佑典係長(チームメンバー)、高橋大輔係長(チームメンバー)、黒木香織係長(事務局)、飯田美保係長(事務局)

 

総務省は「自治省」「郵政省」「総務庁」の3省庁が中央省庁再編により統合された組織であるが今回の働き方改革においては、所属などは問わず、あえて公募によってチームメンバーを集めている。これが、”異例”と言われる所以である。

この点、働き方改革チーム事務局の山本直樹室長(以下、山本)は、やはり最初は不安な気持ちもあったという。

 

山本「公募でプロジェクトメンバーを集めるというやり方自体が秘書課として初めての試みでしたので、一体どれだけの職員が立候補してくれるだろうかと心配していました。ところが、ふたを開けてみれば25名もの職員の方が手を挙げてくださり、大変嬉しく思います。今回の改革では政務官という上の立場の方が、現場の職員の働き方に想いを寄せてリーダーシップを発揮してくださっている。そういう意味でも、非常に良い取り組みだと感じています」

 

働き方改革全体の体制としては、小林政務官をはじめとする3人の政務官を顧問とし、所属を問わず集まった中堅若手職員の有志が、働き方改革チームとして構成されている。働き方改革チームはさらに「意識改革班」「業務改革班」「働きやすさをサポートするインフラ整備班」の3班に分かれ、各テーマに特化して活動したという。

自発的に改革に参画したチームメンバーということは、それぞれ今の働き方に対して思うところがあるのだろう。所属もライフスタイルも異なる彼らから、現場の切実な想いを伺った。

 

現場のリアルな声

2年前から二地域居住をしているという田中佑典係長(以下、田中)は、自分の生き方を主体的にデザインしたいという想いを根底に持っている。

 

田中「実は、今朝も長野から直接新幹線で通勤してきました(取材日は月曜日)。平日は東京で過ごし、週末は妻と子どもがいる長野に帰るようにしています。私の場合はたまたま二地域居住という生き方を選択していますが、他にも様々な生き方をしたいと考えている人がいるかもしれません。生き方と仕事が対立軸にならないような組織を作りたいと考えています」

 

黒木香織係長(以下、黒木)は、自身が産休・育休などを取得したときの経験がきっかけで働き方改革への意識が芽生えたそうだ。

 

黒木「国家公務員ですので、両立支援制度そのものは充実しています。育児に関することで言えば、子供が3歳になるまで育児休業を取得できたり、勤務時間を短くすることができたりといったことです。一方で、そもそもどんな制度があるのか、どのように制度を使えばいいのかを知らない職員が多いという実情があります。私自身も産休・育休などの取得にあたり、制度について調べることに時間がかかり、やりにくさを感じたのがきっかけです。もっと情報の集約や周知がされていたら両立しやすいのにと思いました」

 

2017年の夏までワシントンの在米大使館で勤務していたという、松本浩典副管理官(以下、松本)。約3年間欧米の働き方をその目で見てきた彼は、日本に戻った際、環境の差に驚いたという。

 

松本「帰国して久しぶりに総務省や日本全体の働き方を見たとき、時間に対する余裕のなさというものを特に感じました。帰国前に娘が生まれ、私自身の生活リズムが大きく変わったことも影響しているかもしれません。自分の生活と仕事のやりくりに難しさを感じ始めたことが、チーム参加のきっかけです。米国勤務の経験を活かし、欧米と日本の働き方の違いについてチームに貢献できたらと思います」

 

総務省全体と接する機会がある大臣官房に所属していた高橋大輔係長(以下、高橋)は、まずは幹部層の意識を変えなければ、という想いに駆られたという。

 

高橋「総務省に限らず、役所は本当に残業が多いのが実態です。様々な省庁を見てきて感じたのは、それぞれの幹部層や職員一人ひとりの意識の中に長時間残業をつくってしまう一因があるのではないか、ということです。根付いている意識を変えることを通して今の環境を変えていきたいという想いがあり、働き方改革チームの中では意識改革班に所属しています」

 

事務局の飯田美保係長(以下、飯田)は、同期や尊敬していた先輩たちが離職していく姿を見たとき、強い危機感を抱いたそうだ。

 

飯田「辞めること自体は、必ずしも悪いことではないと思います。やりたいことを追い求めて転職されるなど、ポジティブな辞め方もありますから。けれども、少なからずポジティブではない辞め方をされる方もいらっしゃったのが事実です。国家公務員という職業に就く時点で、大なり小なり皆さん大志を抱いていたはずです。それにも関わらず、一部の方は辞めざるを得ない状況だったということになります。今の働き方では優秀な方は辞めてしまいますし、いずれは入ってきてもらえなくなってしまうでしょう。このままではもたないのではないか、という危機感がありました」

 

特に、若い層の離職理由に関して問題意識を持っているという意見もあった。

 

田中「『ワクワクしないから』という理由でやめていく後輩が、少しずつ増えている印象があるんです。これには、公務員の働き方が今の時代とズレてきていることが影響しているのではないかと思っています。

基本的に、公務員は40年スパンで物事を考えます。最初の10年間は見習い期間とされ、アウトプットよりもインプットすることが良しとされてきました。しかし、民間企業に勤める方は割と早い段階でアウトプットする側に回るため、同世代の者と比較することで焦りを感じる若い職員が増えているのかもしれません」

 

それぞれ置かれた環境は違っても、総務省をより働きやすい場所にしたいと願う想いは変わらない。果たして、彼らは一体どのように改革を進めていったのだろうか。

 

内と外、それぞれで得た気付き

改革を始めるにあたり、まずは現状把握と認識のすり合わせに時間を割いた。2018年1月に働き方改革チームが結成されて以降、半年をかけて6回の全体会議が開催された。

 

松本「会議を繰り返す中で、我々職員の中でも働き方に対する認識や現状が全く異なるということが初めてわかりました。これまで、すぐ隣の課で働いている人がどのように何を考えているのかすら把握しきれていないところがあったのです。この事実に気付けたことは、大きな収穫でした」

 

総務省の職員は、総勢約5,000人。同じ組織の中でも、部局が異なれば置かれる環境も全く違う。所属を問わず集まったチームメンバー間で行われた横の意見交換は、今回の改革において重要な役割を果たしたに違いない。

総務省の中で話し合いをするに留まらず、外部からも学ぶ姿勢で企業視察やヒアリングも積極的に行った。主な視察先は、ヤフー、マイクロソフト、NTTドコモ、コニカミノルタといった、先行して働き方改革に取り組む民間企業だ。

 

田中「私は単純作業を機械に覚えさせて自動で繰り返し行わせる技術RPAの技術を目の前で見せていただきました。PCのソフトウェア上で住所入力を自動で行うという作業だったのですが、実際に自分の目で見ると感動しますね。改革をしてもどうせ変わらないと思っているような人々には、こうして外部の世界の最先端の技術を体験してもらうことで、意識を変えることができるかもしれないとも思いました」

 

高橋「いくつかの民間企業を見学させていただくと、私たちが思い描く改革が既にそこでは実践されていました。大いに参考にできるような先行例がたくさんあったのです。民間企業だからこそできることもあるのでしょうが、勤怠管理やオフィス環境の整備など、役所でも取り入れられることもあるはずです」

 

話し合いを通して課題を洗い出し、民間企業から学び、改革に向けた準備は少しずつ、けれど着実に進んでいった。2018年6月、第1期の総務省働き方改革チームは、これから取り組む活動を「8つの方針と28の対応策」として掲げた。その中から既に取り組み始めている対応策について、具体的な内容を伺った。

 

「8つの方針と28の対応策」、始動

総務省 HPより

 

スムーズに改革を進めるためには、幹部職員の理解が必要不可欠だ。とは言え、いきなり働き方改革をするといっても、困惑する幹部職員も少なくない。そこで、総務省の働き方改革チームは対応策の1つ目に「幹部及び管理職の働き方宣言」を掲げた。これは幹部が自らの「働き方宣言」を作って部下に明示するという施策で、幹部の意識改革の一環にもなっている。

 

山本「「幹部及び管理職の働き方宣言」を実施するにあたり、働き方改革に関する意識を高めてもらうため、幹部職員には事前に研修を受けてもらいます。いきなり宣言を作ってくださいと言われても、0から作るのは難しいですからね。講師は外部から働き方改革に造詣の深い方をお呼びしますので、どんな研修になるのか楽しみです」

 

時間や場所にとらわれずに働けるテレワークや、出先機関のサテライトオフィス化も積極的に進めている。

 

松本「私の所属する課では、全員が丸1日テレワークをするという試みがありました。まずはやってみないと、どんな課題があるかわからないという問題意識からです。とにかくやってみて、そこから課題を見つけて改善していこうというわけです」

 

さらに、以前からあったテレワーク内部規程の改正も行われた。元々テレワークを行う際は、事前に利用者登録を行った上で原則、前日までに上司の承認を得ることが必須だった。今回の改正では利用者登録時に必要だった押印を不要とし、家族の急病や台風などのやむを得ない事情がある場合は、上司の許可さえ得られれば当日の申出でテレワークを行うことができるようになった。より多くの人に、より気軽にテレワークを取り入れてもらうため、手続きなどを緩和したのである。

既にあるルールが現状に即したものになっているかを見直し、必要であれば柔軟に変更していく。ちょっとしたことかもしれないが、制度の利便性の向上は一人ひとりの生産性向上にも繋がっていくに違いない。

 

見え始めた成果と課題

では、改革による環境の変化に対して、総務省で働く職員たちは実際にどんな反応を示しているのだろうか。

 

黒木「反応は、実に様々です。特に目立っていたのは、執務環境改善に対する好意的な反応ですね。総務省で働く職員へのアンケートを実施した際、『執務室が暑い』という意見が非常に多かったので、働き方改革チームの提案を受け、改めて空調の調節方法を周知しました。その結果、暑さが緩和され業務により集中できるようになったという感謝の声がたくさん聞こえてきたのです。

これは本当に些細なことかもしれません。けれども、一人ひとりが体感できる環境の変化でして、この件のおかげで『声をあげれば変えることができるんだ』ということを職員の皆さんに実感してもらえたことは、大きな成果だと思います」

 

幹部職員たちの反応も、決して悪くはないという。

 

松本「幹部職員の中にも、『現場にはこういう意見があるんだ、職員はこんなことを求めていたんだ、という気づきがあった』と言ってくださる方もいらっしゃいました。幹部からしてみれば、現場で行われている細かいことまで全てを把握することは難しいのが現状です。逆に、現場は上の幹部層が描く全体像を把握しているわけではありません。上と下とのコミュニケーションを、もっと密にしていかなくてはいけないなという気付きもありました」

 

ポジティブな反応がある一方、目の前の仕事に追われているが故に積極的に改革に関われていない職員も存在する。彼らをどのように改革に巻き込んでいくかが、今後の課題だ。

 

黒木「新しいことをやるときは、どうしても一時的に負荷がかかります。今既に忙しい部局が改革へのファーストステップを踏むことは、本当に大変だと思うんです。彼らの理解を得るために、根気強く丁寧に説明をしていくつもりです」

 

田中「仕事に追われて声を上げることすらできないけれど、実は問題意識を抱えていたり、改革に期待を抱いてくれたりしている人たちは少なからずいます。そういった方々の期待を裏切らないよう、引き続き努力していきたいですね」

 

総務省 HPより この先の行程表  きちんと取り組みを進めることができるのか、大きな期待がかかる

 

間違いなく、総務省は新しい時代への1歩を踏み出した。これは小さな1歩かもしれないが、いずれ国をも変える程の大きな1歩になるだろう。今後、第2期の働き方改革チームの立ち上げも予定されている。改革は、まだ始まったばかりだ。

多くの中小経営者をインタビューしていて想うことがある。この時代、会社と人との関係は劇的に変化している。ワークライフバランスが叫ばれるようになり、昔と比べると一人ひとりにとって会社の存在や「働く」ことの意識そのものが変節している。

少子高齢化を始め、社会の在り方がますます複雑化していく様相を呈するこれからの時代を想うと、社員一人ひとりの幸せに組織や会社という存在がきちんと応えていくことができるのか、その問いに向き合う会社でないと発展していくことはできないと危惧している。今回インタビューさせていただいた総務省職員の方達一人ひとりの真摯な想い、「職員が一丸となって働きやすい環境を作っていくんだ」というその想いが報われることを切に願う。(加藤)