人材交流で組織を活性化 信用組合の原点「相互扶助」の精神に立ち返り中小零細企業を応援する 中ノ郷信用組合 × 第一勧業信用組合
酒井二三男中ノ郷信用組合理事長 人は「人生90年」だが、組織は新しい風が吹けば何度でも若返る。連携を新しい風として進化を続ける、中ノ郷信用組合のこれからに注目したい。
中ノ郷信用組合 × 第一勧業信用組合
全国の信用組合や公共団体、大学などとの連携を通し、各地の地方創生・地域活性化を後押しする第一勧業信用組合(本店:東京都新宿区)。その取り組みは、本誌でも度々お伝えしてきたが、2018年5月2日、新たに同組合と東京都墨田区に本店を置く中ノ郷信用組合との間で連携協定が締結され、両組合間の交流が始まった。地方の信用組合との連携とは又違った意味を持つ、東京の信用組合同士の連携。
連携に至るまでの経緯やその狙いについて、中ノ郷信用組合理事長・酒井二三男氏に伺った。
90年の歴史を持つ信用組合
中ノ郷信用組合の創立は1928年。関東大震災で甚大な被害を受けた東京の復興が進む中、社会運動家・賀川豊彦氏によって組織されたのが始まりだ。クリスチャンでもあった賀川氏が掲げた創業の精神「人と人との絆を大切にする、隣人愛による相互扶助」を活動の基本とし、誕生直後にはまず、焼け出された人たちに復興資金を貸し付ける公益質屋として復興に貢献。東京大空襲で再び焼け野原になった東京の再建に尽力し、戦後は、中小企業等協同組合法に基づき信用協同組合となった。
同組合の歴史を振り返る中で特筆すべきは、高度経済成長の時期にもいたずらに支店を増やしはしなかったことと、バブル期に多くの金融機関が不動産を担保に過剰融資に走り始めた時でも、「投機的資金の貸付は、隣人愛にも相互扶助にも当たらない」として健全な経営を続けてきたことだ。それが組合の本質を保ち、体力を高めることにつながった結果、バブル崩壊後は経営悪化に苦しむ他の信用組合から合併をお願いされる立場に。
合併するごとに営業エリアも拡大し、2009年に3回目となる城北信用組合と合併したことで、墨田区・葛飾区を中心に、都内23区に17店舗2出張所を持つ規模となった。
連携のきっかけは
理事長同士の出会い
そんな長い歴史のある同組合が第一勧業信用組合と連携するに至ったのは、酒井氏が第一勧業信用組合理事長の新田信行氏に出会い、その経営姿勢に感銘を受けたことがきっかけだ。
信用組合の大元にあるのは相互扶助の精神。今こそ、その原点に立ち帰り、地域に貢献していきたいと話す酒井理事長
「信用組合の大元にあるのは相互扶助の精神。我々にとっては創業理念でもあり、私自身、2010年の理事長就任以来、ずっとこの精神に則って経営し、組織として地域に貢献してきたつもりだったんです。しかし新田理事長にお会いしてその取り組みを聞くうちに、“我々がやってきた経営は本当に相互扶助に基づいていたのか?”と疑問を抱くようになって。大変失礼な言い方なのですが、元メガバンクの銀行マンである新田さんに“こんなに信用組合人らしい信用組合人は他にはいないな”と、驚きと衝撃を受けました」と、酒井氏はその時のことを振り返る。
「地域密着」の
あり方を見つめ直す
新田理事長が第一勧業信用組合の理事長に就任したのは2013年のこと。新体制下で始まったプロジェクトは、これまでに「地方創生プロジェクト」シリーズでお伝えしたような地方と東京を結ぶ取り組みの数々や地域の中小企業の事業拡大を支える「かんしん未来ファンド」や「かんしん未来ローン」、革新的なビジネスの共創をめざす「TOKYOアクセラレータプログラム」など多岐に渡り、同組合の特徴というと、ついそちらにばかり目がいきがちだ。だが、それらすべての核となる「信用組合とはどうあるべきか」の部分で学ぶことが最も多かった、というのが酒井氏の率直な感想だという。
「例えば、新田さんは職員に“セールスはするな”と指導していたんですよ。セールスしないでどうやって成績を伸ばすのか? と当然疑問に思うわけですが、その分地域の行事に積極的に参加しているんです。そうやって地域に溶け込み、寄せられた相談事に応じていくことが、地元の人々と一体となって地域を活性化させていくことにつながるわけで、メガバンクや地銀には真似できない信用組合の仕事とは本来そういうものであるべきです。しかしわが中ノ郷はといえば、地域の神社の祭礼や商店街のイベントも以前は積極的に参加していたはずなのに、今は直接参加せずにちょっと顔を出して、寄付金だけ置いて帰るのが普通の流れになってしまっている。地域密着といいつつも、知らず知らずのうちに表面的なものになってしまっていたことに気づかされたんです」
人でも組織でも、時間が経てば徐々に最初の理念は薄れ、本来あるべき姿とのズレが大きくなってしまうのは止められない。それを防ぐためには、常に新しいものを取り入れていくことが必要だ。そう考えた酒井氏は、新田氏のやり方を取り入れることを決意。新田氏に講演を依頼してその快諾を得、2016年末に役員・支店長約40人に向けて「信用組合のあるべき姿」というテーマの講演会を開催した。そこから少しずつ、地域クラウド交流会やシンジケートローン(協調融資)での連携も始まり、そんな関係性が発展して今回の提携に至ったというわけだ。
期待の大きい人事交流
酒井理事長自ら地域のイベントに率先して参加し、交流を深めているという
今回の協定の内容は、信用組合の理念たる相互扶助の精神に基づき、お互いに連携・協力して地域社会の発展や組合員の幸せへの貢献をめざすとするものだ。具体的には、組合員企業のビジネスマッチングや販路の拡大、利便性拡大、職員交流の促進が予定されており、シンジケートローンのようにすでに交流が始まっている分野もある。だが、中でも酒井氏が特に期待を寄せているのは人事交流の分野だという。
「2016年の講演会の後、両組合支店長同士の交流会を行ったんですが、うちの支店長たちがショックを受けて口々に“考え方が違う”と言うんですよ。うちは、目先の数字に追われているだけ。でも彼らは、目先の数字はどうでもいい。地域に貢献することが何より重要で、そうすれば数字は後から付いてくるという具合で、それだけ違っていたんですね。新田さんとお話してから、中ノ郷もなんとか変えていかないといけないという気持ちなんですが、私1人の力では90年の歴史を変えるのは難しい。人事交流で多くの職員に刺激を受けてほしいと思います」
一方、既にこの2年の間で、第一勧業信用組合のやり方を取り入れて改革が進んだ部分もあるという。その内の一つが、地域行事への参加を促す評価システムの導入だ。地域で行われる防犯運動や交通安全活動、夏祭りなどの地域行事への参加は、従来基準では評価の対象にならなかったが、新しい評価システムでは店舗業績として評価される。店舗業績が伸びれば人事評価も上がり、個人の賞与や給与のアップにもつながる仕組みで、職員の積極的な地域行事への参加を促す強力なツールだ。
「我々の営業時間は朝8時半から夕方6時頃までで、終わればバラバラに帰宅していく。本当に地域を守ってくれているのは住民の人たちであって、我々は地域に貢献しているのではなく、地域に助けられているのが現状です。それは少しおかしいんじゃないかということで、まずは地域の行事に参加することから始めました。これも新田さんを知らなければできなかったことです。連携することでそういった知恵や工夫をもっと深く教えてもらいたいですし、逆に我々の中で参考になることがあれば、どんどん持っていってほしいと思います」
「人」を大事にするのが
信用組合のあり方
平成28年個人企業経済調査(総務省統計局)によると、製造業、卸売業・小売業、宿泊業・飲食サービス業、サービス業を営む個人企業のうち、事業主が60歳以上の割合は72・9%に達しており、後継者がいない企業の割合は81・7%にも上っている。また信用調査会社・東京商工リサーチの調査によると、2017年に廃業・解散した企業2万8142件中、8割以上が企業の代表者の年齢が60代以上の企業だ。このような中小零細企業の後継者不足、後継者がいないことによる廃業は全国で問題になっているが、それは製造業の事業所が多くモノづくりの盛んな下町である墨田・葛飾エリアに多くの支店を持つ、同組合にとっても無論他人事ではない。後継者を見つけられずに廃業する企業も多く、信用組合が新しい融資先を見つけるにも苦労する時代が始まっている。
そんな中、中ノ郷信用組合は地域にとってどのような存在であろうとしているのか。その問いに酒井氏は「大それた考えはもっていない。信用組合というものの分をわきまえた中で、我々は何ができるのかを考え実行していくことが大事」だと語る。
「我々は中小零細企業専門の金融機関。社長や金庫番である奥さんと信頼関係を築き、何ができるのかを常に考えていくことが使命だ」と語る酒井理事長
「金融機関にも種類があり住み分けがある中で、我々は中小零細企業専門の金融機関というところ。“こんにちは、中ノ郷です”と訪ねていけばスッと入れてもらえ、社長の考えを聞くことができ、金庫番である奥様とも話ができる。地域の中小企業さんとは、そういう素晴らしい関係が築かれているわけです。その中で我々がやるべきは、何ができるのかを常に考え、困っている中小零細企業の相談に乗り、どうしたら活性化できるか考え、財務諸表ではなく人を見て融資すること。一つひとつの企業の積み重ねが地域を構成しているわけですから、それを地道にやっていくのが我々の使命だと思うんです」
事業継承や起業支援策が着実に浸透
事業継承支援の具体的な取り組みについては、連携先である東京商工会議所ビジネスサポートデスク(東東京)の協力のもと、中小零細事業所の現状と事業継承支援の重要性及び問題点(承継者不在や複雑な資産承継)等の研修会に参加し、喫緊に問題を抱えている取引先事業所について、東京商工会議所の専門診断員と共に同席し、現状分析から事業継承に向けた具体的支援プランまでの『企業健康診断書』の策定と指導を行っている。これまでの実績は平成28年度は6社が診断終了し、平成29年度は5社が現在進行中だ。
中ノ郷信用組合ではほかに起業支援にも力を注いでいる。起業希望者が一同に集まる第一勧業信用組合主催の「地域クラウド交流会」に、開催場所近隣店舗の支店長・支店職員の他、本部の役職員も常に参加し、起業者とそれを支援する中小企業診断士・行政書士・各区の起業支援職員との交流を深め、起業・創業者への積極的支援体制を構築している。
また、創業者向けの融資支援商品では平成27年8月に業務連携した日本政策金融公庫との協調融資商品、創業応援融資「チャレンジ」を平成29年3月より取り扱い開始しているほか、東京都「女性・若者・シニア創業サポート事業」融資にも積極的に取り組み、平成29年度には29件、約2億円を実行した。
「これらの取り組みを職員に浸透させようと、営業担当者に対し『創業・事業承継支援取組み実施報告書』を提出することで、個人業績評価項目に加点(1件提出で最大3ポイント付与)する仕組みを平成29年度より策定・実施しています」
酒井二三男(さかい・ふみお)
千葉県出身、1950年1月生まれ。1968年に千葉県立一宮商業高等学校卒業後、中ノ郷信用組合に入職。支店長、本店長、理事部長などを歴任し、2007年に専務理事本部長に就任。本部長兼総務部長、本部長兼検査部長を経て、2010年2月に理事長に就任。現在に至る。
中ノ郷信用組合(本店)
〒130-0005 墨田区東駒形4丁目5番4号
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