上智社会福祉専門学校 三浦虎彦氏 – 深刻な介護人材不足に根本的な解決は可能か 眠れる人材に期待する介護の未来
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日本の労働人口が漸減していることもあり、業種を問わず人手不足が叫ばれる昨今。介護の現場では慢性的な人材不足ゆえに、来る人を選ばずに採用する現状が続いている。
実際、繰り返される不祥事や事件で介護従事者の印象は低下、介護職の3K「きつい」「きたない」「給料が低い」と言われ、新規採用はおろか離職率も増加の一途と、負のスパイラルは止まる気配がない。
この状況に、上智社会福祉専門学校専任教員・三浦虎彦氏は「なかなか打開する起爆剤がない状態」とその心境を語る。しかしその一方で、期待できる流れが現れ始めているともいう。
来るべき高齢者社会に待った無しの今日、社会を変える役目を担う者とは誰か。社会や国の動きと上智社会福祉専門学校の取り組みについて、同学教員三浦氏に話を聞いた。
解決しない人材不足
介護保険制度がスタートしたのは2000年4月。これに伴い、民間企業による介護サービス事業への参入が大幅に拡大した。介護市場は急成長を遂げ、高齢者人口の増加に伴い成長が続くかと思われた。
しかし、制度が進むにつれ介護保険と介護サービス事業の問題点が顕在化する。介護保険における介護報酬の設定は介護サービス事業者にとって必ずしも収益の拡大につながる水準とはいえず、コスト削減を余儀なくされたのだ。その矛先が給与の伸び悩みや人材不足へと向かってしまった。
介護サービス従事者における資格取得者の割合は不足しているにもかかわらず、その報酬は相対的に低い。低い上に「きつい」「きたない」「給料が低い」という印象が先行してさらに人材不足に拍車をかける。
あれだけ期待された介護市場は、人材不足が解決されないまま深刻化し、今日に至っている。
上智社会福祉専門学校専任教員の三浦虎彦氏は、
「今思えば、介護が10兆円ビジネスになると予測していた90年代は、介護保険制度の発足前夜です。このときにこれほどの介護人材不足となることを想定するのは難しかったかもしれません。さらに介護サービス利用者は急速に増えている現在、介護保険サービスだけで今後も拡大していく介護ニーズをまかなうことは厳しくなっています」という。
現行制度では、収益増はおろか現状維持も難しい状態の中、介護事業職員の報酬増や環境改善は厳しい。介護業界の人材不足は、この先も簡単に改善できるとは言い難い。
厚生労働省によると、2025年度には介護職員が約253万人必要となり、およそ38万人の介護職員が不足すると発表している。
介護の人材不足は、介護サービスの劣化や待機高齢者が増えるだけの問題では済まされない。まさに今、高齢者の問題だけではない、経済発展に影響する新たな問題が発生し始めているのだ。
福祉の制度が広げる格差
待機高齢者や待機要介護者が増えている昨今、介護施設は官民問わず増加している。介護保険の指定を受け、介護報酬を主たる収入源としている介護施設と、民間による保険適用外サービスを積極的に導入して、他の介護施設との差別化を狙った高所得者向けの介護施設だ。
高所得者向けの民間の介護施設は、介護保険施設の運営基準を上回る面積の居室やプライバシーが守られる空間を確保することができ、利用者の嗜好にあったメニューや栄養バランスが考えられた食事など、その待遇を求めて入居を選択する高齢者も多い。
「持ち家で家族と過ごしてきた人も、同居家族が家から出て行った場合、自身の、または配偶者等の介護がリアルな問題になってきます。そのタイミングで自宅を売却するなどして新たな住まいに移る資金を作り、可能な住み替えを行いながら、自分にあった介護サービスの導入を検討します。
こういった人は増えていますし、今後ますますそのような高齢期の住み替えパターンが浸透してくると思います」
しかし、民間の高額な介護施設に入居できない一般の要介護者は、自治体や社会福祉法人の介護保険施設を利用することを求める。まして、入居待機者の問題があるため、そう簡単に入居することはできない。ここで、高所得者とそうではない要介護者との間に「格差」が生まれる。
さらに、格差は利用できる支援の質にも関わってくる。人材不足の介護市場では、優秀な介護資格者は取り合いだ。当然、競争の原理が働き、職員を待遇の良さで確保しようとする。
「少なくとも小規模で運営が厳しい法人等が運営する施設・事業所よりも、大規模な社会福祉法人や医療法人またはある程度の資本に支えられた株式会社等が経営する高齢者施設等に就職した場合のほうが月収もかなり高くなってきます。
そして学生が卒業して就職するとき、特に一人暮らしを始めるなどの場合、まずはできるだけ給与の高い職場を選択することが多くなります。これは特に不思議なことではなく、他分野での学生の進路決定を考えてもごく当たり前のことだと言えます」
そうなると、ある程度高い水準の給与を必要とする有資格者は大規模な法人が経営する介護サービスや施設に集まりやすくなり、小規模な経営主体によるサービスや特に居宅系の事業所はその影響を受けて求人がさらに困難になってくる。
また、高所得者は手厚い介護とともに自費部分のアメニティを含めたサービスを利用することができる一方、一般の要介護者や非課税者、生活保護者は最低基準に準ずるサービスの部分は利用できるとしても、それに上乗せするようなアメニティ部分のサービスを求めることは難しい。
その人の所得によって利用できるサービスの種類や量における格差が発生するのだ。
この格差は、社会にも影響を与え始めている。
認知症など介護が常に必要な要介護者は、特別養護老人ホームへ入居することができるが、入居待機者は多く、簡単に入居することができない状態となっている。
高所得者は介護保険のサービスを基本としながらも、自費で自宅介護に介護保険の水準以上のサービスをさらに上乗せヘルパーを利用することができるが、平均的な年金収入のみで高齢期に介護サービスを利用しながら生活することを考えると、介護保険の1割負担を極力抑えつつ家族の支援も動員しながら生活を維持していくことがほとんどである。
場合によっては介護を担った家族は仕事を辞めなければならない場合もある。これが現在問題になっている「介護離職」だ。
働き盛りの年代が介護のために離職したり、フルタイムで働いていた人が非正規社員等のパートタイマーとなることは、他業種の人材不足をも加速させる。介護の格差が、社会経済の発展も失速させ始めているのだ。
「家族がメインとなって支えないと成り立たないような介護保険ではダメだとか、保険料を払った主体者としてこんな介護サービスの量は水準では満足できないという趣旨の発言を積極的にするような高齢者が増えてくれば、公的な介護サービスも少しは変わるのではないかと思っています。
しかしそれにしても、そのサービス水準を支える予算が今以上に必要となってきます」
もちろん、公的施設にも優秀な介護職は居る。しかし、「年収300万を超える水準だと、介護職の待遇は比較的良いほうだというのが一般的な見方です。加えて、昇給が少ない、給料が低いから介護職に就くと所帯が持てないなどの情報も、かなりマスコミによって報道されました。その結果、介護職は若者の進路として保護者などからも勧められなくなり、それが再び社会に認識され浸透していってしまいます。これに対抗する決定打がない状態なんです」と三浦氏は語る。
もはや日本の介護制度は、崩壊ぎりぎりのところまで来ているのだ。
従来の介護を変えていく試み
慢性的な人材不足の中、地域の介護に新しく影響を与えているのが、介護を変えたいという熱意を持ったパイオニアや、ボランティア精神で地域のネットワークづくりを率先して行う人々だ。この点については、政策としての課題とも関連しているという。
「有資格の介護職はある程度重度の要介護者向けとしてサービスに従事し、無資格ではあるが定年退職などをして時間的にも体力的にもまだまだ地域に貢献してくれる可能性のある人は軽度の要支援者を支える担い手として、それぞれが支え合いの精神でやっていきましょうというのが大雑把に言えば国の方針です。
極端に言えば、重度の要介護者に対するサービスに従事するには専門的だから給料を与え、そうではない助け合いの人々は専門性がないから無料もしくは謝礼金だけで生きがいのところを担っていく、というような考え方にもつながります。これまで、福祉や介護の仕事の中で、重要とされてきた生活全体を見てその人の個別性を発揮してもらうようなトータルな支援という考え方が次第に難しくなってきています」
もしそうであれば、いわゆる「やりがい搾取」になってしまう危険も孕んでいる。
しかし、こういった人々が社会を変える一助となっていることも三浦氏は指摘する。
「例えば、家族の介護で悩みや疑問を抱える人が集まるカフェを作って介護相談会を開くなど、地域住民に近いスタンスで具体的に貢献している人は増えてきています。そういった人はもともと福祉やコミュニティに対する主体としての意識が高く、多様な人々とのやりとりにおいても柔軟性が高いです。
そして何よりもその地域に対する愛着があるように感じます。このいわば『地域愛』は、高い月収よりも福祉の担い手としての高いモチベーションとなり得る場合があると思います。
そして、その人の周りに人が集まり、マスコミが取り上げ、住民主体の福祉に対する認識が高まるという好循環が始まります」
また、自治体や研究機関が率先して地域のキーパーソンとも協働しながらプロジェクトや事業を展開する動きが出始めている。
和光市では、地域で要介護前の高齢者に、介護予防のプロジェクトを早くから推進してきた。市全体で高齢者が外に出て活動できる施設を用意し、認知症などの要介護を未然に防ごうというものだ。
市の中に特別養護老人ホームは1軒のみ。市内にあるのは、喫茶やカジノ、ゴルフ場。ふれあいプラザは24時間随時対応、定期巡回のサービスを全地域で提供している。
行政と住民、専門職が一体となり、結果として高齢者が元気になっていくことは、介護事業者の収益のみを考える視点とは異なり、より広い意味で介護市場や事業を根本から変えるきっかけとなるだろう。
また、従来の介護サービスのあり方を変えることを追求する事業者も現れている。
認知症介護において「新しい介護の形」として注目されている神奈川県の「あおいケア」は、「認知症になっても住み慣れた環境のもと、穏やかに年を重ねたい。」「命ある限り自分らしく生き、一人の価値のある人間として存在したい」という、人として当たり前の希望に寄り添った介護を行う。
本来当たり前の介護のあるべき姿のはずだが、人手不足の上に十分な知識のない人材に頼らざるを得ない介護現場では、安全が最優先となりがちになる。開設した代表も、そんな介護現場にショックを受けたことがきっかけだという。
ひとりひとりの高齢者に寄り添い、その高齢者が明るく生きる意味を見いだす様子は、介護者のやりがいにも繋がる。仮に給与が少なくても、やりがいをもって介護にたずさわりたいという人材にとって、理想の職場となるはずだ。
「こうした新しいサービス提供のあり方を示し、介護の現場に影響を与えるような人物は、まだあまりその中身が明らかになっていないような“たな専門性”を持っているのではないでしょうか。自分が学校に勤めているからそんなことを思うのかもしれませんし、それが何なのかをうまく説明もできません。
資格等とは関係なく、人間として充実感のあることをしていきたいという自然体の表れのようにも感じます。そういった新しいタイプの介護の担い手、関係者が多くの人を惹きつけて、社会の起爆剤になればと思います」。
研修や介護実習が人材不足を後押ししている?
こういった取り組みが生まれても尚、介護職へ向かわせる決定打となり得ることは難しいのが現状だ。三浦氏が教員として所属する上智社会福祉専門学校でも、90年代のピーク時に比べると志願者が全国の養成校と同様に落ち込んでいる。
「介護福祉士の養成に関して政策が後手に回ってしまったという感じです。国としても、これまでと抜本的に異なる次元で人材不足と質の低下対策を考えなければならない時ではないでしょうか」。
官・民・学の意識改革を
このような悪循環を打開するため、同学や国が何もしていないかといえばそうではない。
例えば、EPA(経済連携協定)では、介護(看護)分野への外国人の受入れが特例的に行われている。
さらに、平成28年11月には「外国人技能実習制度」への介護職種の追加、そして「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律」による在留資格「介護」の新設がされている。
この、外国人向けの制度があったからこそ、介護分野の給与が下がったのではないかという見解もあるが、外国人の給与が抑えられているわけではない。
三浦氏は、「実は、現場の外国人の介護職への評判は必ずしも悪いものではありません。一生懸命に仕事に励み、挨拶などの礼儀も場合によっては日本人よりも丁寧であるなど、むしろ、日本人の介護職よりも良い面がたくさんあると評価する人もいるほどです」という。
彼らは純粋に介護で社会に貢献しようとしており、さらには母国に帰ったときに母国の福祉に役立てることも考えやってくる。
国内向けには、厚生労働省が平成27年度補正予算案・平成28年度当初予算案で、介護人材の確保のための3つの柱「離職した介護人材の呼び戻し」「新規参入促進」「離職防止・定着促進」の対策を打ち出している。
特に、様々な取り組みがなされているのは「新規参入促進」だ。
介護職を目指す学生に対しての学費の貸付や学費返済の免除の他に、介護ボランティアを行っている中高年齢者(50~64歳)に対しても介護業界への参入を推進している。
上智社会福祉専門学校でも、他業種から介護職への新規参入を推進する取り組みがあるが、中でも注目すべきなのは2012年から実施している職業訓練としての介護福祉士の養成だ。
職業訓練は離職者への支援でもあるが、離職者のこの先の生き方として、介護の道への転換という選択肢を増やしている。
もちろん、給付金をもらうことが目的の応募者がいるとすればそことの線引きは必要だが、介護の仕事を選択するきっかけになるのではないかと期待する。
「本校の学生でありながらも職業訓練としての扱いとなるので、そのための費用(学費)は無料ですし、在学中の2年間はじっくり勉強しながら資格を取って、安定的な介護職への就職を目指す期間となり、人生において貴重な時間だと思います。結果的に、これから福祉や介護を通じて社会の役に立ちたいと考えている、魅力的な人材も集まっています。この制度がなかったらおそらく来てくれなかった人たちです」
さらに、同学は実習にも特徴がある。
「本校の実習は、施設介護、在宅介護、障害者支援、高齢者介護、訪問介護、全ての介護や全ての支援形態を体験するために、通常よりも多くの施設で研修を行います。一箇所を長い期間かけて実習する方が良いという考え方もありますが、この2年間で将来の職場を選ぶのなら、なるべく多くの介護サービスを見ておいた方が良いのではないでしょうか」
自分の能力に合った福祉は何か、社会経験を経た人が改めて選択肢を増やすことができる仕組みとなっている。
「介護サービスを利用する人々やサービスの内容、職場の雰囲気をなるべくたくさん見ることによって、その人の視野が広がると考えています」
介護や支援を必要とする人々は、高齢者以外にも精神障害や身体障害など様々だ。原因も、認知症、事故や難病など様々あり、今健康だから未来も大丈夫とは限らない。先送りにしていてはならない問題なのだ。
そんな中、社会の認識を変え、介護の現場を変える声を上げることが必要となってくる。
例えば、介護実習などで学生が介護の現場に入った際に率直に感じた感想や課題は、それほど実習受け入れ先に伝わっているわけではない。仮にそのような学生から見た感想のフィードバックが行われれば、同じ介護実習を行うにしても、また展開が違ってくる。
場合によっては、学生と事業者、住民などを交えた公開ディスカッションなどの試みがあれば、介護サービスの中身も大きく変わってくる。
これまで、介護の現場はどちらかとえいば閉鎖的になりがちであり、外の情報が入りにくい。
社会福祉法人などに新卒で採用された場合、良かれ悪かれ、社会人としての実務経験が介護職のみとなり、福祉分野以外の一般企業やサービス業の考えが浸透しにくく、介護分野独自の常識のままサービスを継続していく傾向もある。
そういった中に、良い意味で「忖度がない」学生たちが入り、本当に受けたい介護とは何かを追求し、その結果が現場にフィードバックされ、将来的には自らがやりがいのある職場を作ることは、今の介護サービスを変えていく大きな影響力となるだろう。
「多少飛躍した意見かもしれませんが、もし実習生や学生が良い意味で“何もおそれずに”現職の介護職と話し合いができるような機会や場を作ることができるのなら、とても意味があることだと思います。
つまり、学生はまずは実習先の流れに沿って実習期間を乗り切ることが命題になっており、外部の人間としての見解を思い切って伝える状態ではないわけです。この状況を少しでも変えていければ面白いなと。むしろ積極的にそのような意見交換を行おうと感想を聞いてきてくれる施設の指導者も増えています。
今後、実習施設と連携するなどして、介護の今後を学生と現職、もしくは住民が一緒に意見交換できるような場を作っていけたら、もっと介護全体が活性化するし、学校もさらに楽しいところになる考えています」
今こそ介護や支援の現状の認識と必要性を社会全体で話し合い、抜本的な改革を推進する時ではないだろうか。
三浦 虎彦
上智社会福祉専門学校専任教員。介護総合演習, 生活と福祉, 老人福祉論等
1987年~(財)横浜市福祉サービス協会ホームヘルパー
1994年 放送大学教養学部卒業
1996年 上智大学大学院文学研究科社会学専攻
上智社会福祉専門学校
保育士科・社会福祉士・児童指導員科・介護福祉士科・精神保健福祉士通信教育課程(短期)から成り立つ。
上智大学と施設が共用・共有され、上智大学の科目が本学の卒業要件科目・単位に加算される授業がある。成績優秀者は上智大学総合人間科学部社会福祉学科への推薦編入学制度を利用することができる。
東京都の職業委託訓練「介護福祉士養成科」の指定校。2 年間の授業料が無料、且つ卒業と同時に介護福祉士の国家試験受験資格を取得が可能。