新田信行理事長

 

 

金融機関とのつき合い方で経営が変わる?中小企業だから目指せる、オンリーワンへの道

若者の創業支援や地方創生事業で注目される第一勧業信用組合(東京都新宿区)が、中小企業支援のための次なる一手を打ち出した。中小企業経営者のコミュニティ「かんしんビジネスクラブ」の発足である。

会員の条件の1つは「現役」であること。同信組の新田信行理事長は「現役で活躍する方々が繋がることで、新たな価値ある事業が展開されることを期待しています」と語る。

 

10月12日に行われた発足式の模様をレポートする。

 

持つべきメインバンクとは?

 「メインバンクはどこですか?」この問いには2つの回答がある。1つはメガバンクを挙げること。もう1つは自社の事業内容を把握している金融機関を挙げること。

 

1つ目の回答は対外的には正しい。誰もが知る大きな銀行のほうが社会的な信用に繋がるだろう。

 しかし、その金融機関は自社のニーズにどれだけ応えているだろうか。実は、会社の経営にとって大切になるのが後者の回答である。では、それはどんな金融機関なのか。

 

 

10月12日、都内にて、中小企業経営者のコミュニティ「かんしんビジネスクラブ」の発足式が開かれた。「一所懸命に仕事に取り組む現役経営者を応援すること」を目的に設立された同クラブでは、山口義行氏といった著名な経済学者をはじめ、各業界で活躍する24名のアドバイザーを迎え、実務や経営をテーマにしたセミナーを実施。定例交流会などを通じてビジネスマッチングもサポートする。

 

主宰するのは本誌で度々紹介している第一勧業信用組合(東京新宿区)。同信組は若者の創業支援に意欲的に取り組むほか、無担保・無保証のコミュニティ・ローンなど独自の事業で注目される協同組織金融機関である。同信組が主宰していること、ここにこのビジネスクラブの最大の特徴がある。

 

元みずほ銀行常務である同信組の新田信行理事長は発足式で行われた「金融機関とのつき合い方」と題した講演の中で「メインバンク」について、次のように解説する。「大事なのは、『自社がメインバンクだと思っている金融機関は、自社をメインと考えていますか』ということなんです。例えば、1億円の不動産の担保融資をしていたとしても、銀行は残念ながら中小企業のことをメインだと認識していません」。

 

地域密着型の金融機関だからこそ

 

同氏が銀行に勤めていたころ、こんなことがあった。取引先のある中小企業のことが気にかかり、部下に事業内容を尋ねると、「その他卸売業です」という言葉が返ってきたという。

 

「つまり、銀行は中小企業の事業内容を日銀の業種コード程度にしか把握していないのです。これでは本当に自社が困ったときに逃げずに向き合ってくれるわけがありません。

 

例えば、当組合は地域密着型の小さな金融機関ですが、その分、私でも専務でも支店長でも、決裁権限のある人間とコミュニケーションが取れ、一緒にお酒を飲みながら愚痴をこぼしたり、相談をしたりすることができます。そうしたつき合いから生まれた信頼や縁はなかなか切れるものではありません。だから、取引先が困っていれば、一緒になって真剣に考えます。もちろん、私どもにできることは限られていますし、会社経営にはメガバンクとのおつき合いが必要です。だけど、小さくとも自社の事業内容を把握してくれる金融機関をメインバンクの1つとして作っておかれてはいかがでしょうかと私はお勧めしています」

 

 同氏は協同組織金融機関だけが優れていると主張しているわけではない。金融機関にはさまざまな形態があり、それぞれに特色がある。そのことを理解し、「ケースバイケースでつき合って欲しい」と強調する。金融機関には3種類ある では、金融機関にはどんな種類があるのだろうか。同氏いわく、「格付け金融を行う銀行、担保保証金融を行うノンバンク、定性判断による金融を行う協同組織金融機関の3種類に大別できる」という。

 

 

 

銀行は株式会社であるため、優先されるのは株主であり、主な取引先は大企業や中堅企業となる。決算書や財務分析をベースに倒産確率に応じた評価、いわゆる格付けによって貸出を行う。消費者金融やクレジット会社に代表されるノンバンクは、担保・保証が十分な先に貸出を行うが、審査は比較的緩く、融資が迅速である分、金利が高めに設定されている。信組や信用金庫のような協同組織金融機関は定量的に数字で判断するのではなく、定性的に質を見て貸出を行う。

 

「人と事業で貸出の判断をするのが協同組織金融機関です。それを実践するには経営者の話をよく聞き、工場などを見学するプロセスが必要です。手間も時間もかかるため、初めての方にはすぐに貸出できないこともあります。しかし、決算書が悪い、担保がないという理由だけで貸出を断ることはありません。非営利組織である信組は本来、こうした定性判断による金融を行っていました。ところが、多くの信組がメガバンクに追いつけ追い越せと格付け金融や担保保証金融に走ってしまいました。当組合は協同組織金融機関としての本義を忘れず、人間関係や事業性評価を大切にしたいと思っています」

 

さらに同氏は、金融機関を選ぶ際のポイントとして回収時の対応が大切であると話す。業績が悪くなったとき、どういう金融機関とつき合っていたかで再生する会社と倒産する会社の明暗が分かれることがあります。

 

例えば、金融機関から会社の物件を抑えられ、倒産に追い込まれてしまうケースがあるいっぽうで、なんとか助けようと再生支援を行う金融機関もあります。それぞれのスタンスや特色の違いを調べ、自社にとってどういう金融機関が必要なのか。決済機能や利便性などを考慮しながら、さまざまな金融機関を組み合わせておつき合いされてみるのもいいのではないでしょうか」。

 

オンリーワンを目指す時代

 

 講演の結びとして、同氏は同クラブの展望を、そして、今後の中小企業が目指すべき方向性について語った。同氏いわく、「今は中小企業や創業者にとってチャンスの時代」だという。

 

 「昔は物がなかったけれど、今は物が飽和している時代です。人々の趣味趣向は多様化し、日々、新たなニーズが生まれています。ただ、そのニーズはけっして大きくはありません。小さなマーケットがいくつも生まれ、それは例えば、高度成長時代に1000億円かけるシェアという捉え方だったマーケットが、1億円かける1000種類になったような状況です。こうした時代には量ではなく『質の豊かさ』、物や金ではなく『人を大切にするサービス』が求められます。

 

つまり、ナンバーワンではなく、オンリーワンを目指す時代だと言えます。実は、これができるのはマスを追わなければ成り立たない大企業ではなく、中小企業なんです。だから、今は中小企業や創業者にとってチャンスの時代です。今日、お集りいただいた皆さんは、勤勉に働いている現役の経営者の方々です。当クラブでの交流が新たな付加価値を生み出し、新たな事業を動かす、そうしたきっかけになればと思っています。そして、皆さんと一緒に成長する、そうした会にしていけたらと思います」

 

中小企業が輝く社会に

 

アドバイザー・山口義行氏

発足式ではアドバイザーを代表し、山口義行氏も式辞を述べた。NHK総合テレビ「クローズアップ現代+」などのコメンテーターとしても知られる同氏は、アドバイザーを引き受ける際、新田氏に古巣のみずほ銀行やメガバンクに戻るつもりはあるかどうかを尋ねたという。

すると、新田氏は「ここに骨を埋めるつもりです」と答えたそうだ。

 

 

「私は『スモールサン』という中小企業支援ネットワークを主宰しています。中小企業の経営者はもちろん、そこで働く人たちも、大企業で働く者より誇りを持てる社会にしたい、しなければいけないと考えています。だから、もしも、新田さんがいずれメガバンクに戻るつもりがあるのなら、アドバイザーの話はお断りしようと思っていました。ところが、新田さんは本気で中小企業を支援していくという。それならば、『私も本気でつき合いたい』とお伝えしました。今後、どんなことができるのか、それはまだ分かりません。手探りで、しかし、本気で、皆さんと一緒にこのクラブを育てていきたいと思います」

 

 

 昨年11月、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)はドイツ政府が申請した「協同組合の思想と実践」を無形文化遺産に登録することを決定した。ユネスコは協同組合を共通の利益と価値を通じてコミュニティづくりを行うことができる組織であり、(中略)さまざまな社会的な問題への創意工夫あふれる解決策を編み出している」と評価している。

 

 

 信組は日本にいくつもある協同組合のうちの1つである。そして、全国のどの信組よりも協同組合の本義を実践しているのが第一勧業信組だ。同クラブからこれからどんなオンリーワンのビジネスが生まれてくるのか。そして、それがこれからの日本で、どんな価値をもたらすのか。本誌ではその動向を追っていきたい。

 

新田信行(にった・のぶゆき)氏

1956年千葉県生まれ。

1981年一橋大学卒業。

第一勧業銀行(現・みずほ銀行)入行。

2013年第一勧業信用組合理事長。

●第一勧業信用組合

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