アメリカン・エキスプレス 日本100周年記念「Social Entrepreneur Gathering」 レポート
10月20日。ベルサール六本木コンフェレンスセンターに、社会起業家たち130人が一堂に集まった。主催はNPO法人ETIC.。
社会起業家を育成しているETIC.が「100人の社会起業家を集めて、100年先の未来を考える」をコンセプトとした非常に面白い試みだ。主軸となるテーマは最近注目が集まっている「コレクティブ・インパクト」について。
背景にあるのは、人口減少や、それに伴う高齢化社会・低成長時代の到来、IT化の進展など社会の変革期を迎えた現在、社会課題は複雑化し、一企業や行政ではカバーしきれなくなっていることだ。
ETIC.代表理事の宮城治男さんは会の冒頭で言う。
「個別の団体が、これまでの延長線上で努力を重ねるだけでは追い付かない現状に対してこの会が、高い視座や新しいアイデアとともに自分たちの活動を見直し、新しいアクションや協働を生み出すことで、より大きなインパクトを実現していくための機会になれば幸いです」。
コレクティブ・インパクトによる社会変革の可能性
基調講演には、Philippe Sion氏 (米国FSG社, マネージング・ディレクター)が来日して登壇。このFSG社は、企業の社会貢献の在り方としてCSVを提唱した、かのマイケル・ポーター ハーバード大学教授とマーク・クラマー氏が共同設立した非営利コンサルティングファーム。
さて、今回のテーマである「コレクティブ・インパクト」とは、行政、企業、NPO、財団など異なるセクターの様々な主体が、共通のゴールを掲げ、お互いの強みを出し合いながら社会課題の解決を目指すことを指す、このための手法のことだ。
この米国FSG社が提唱した「コレクティブ・インパクト」と呼ばれるアプローチが日本でも注目を集め始めている。
Philippe Sion氏は国内外の様々な実践事例の共有、そして全体でのディスカッションから、日本における実践の可能性について話を行った。
その後、既に成果を上げている事例の紹介として高 亜希 氏(一般社団法人Collective for Children 共同代表/認定NPO法人ノーベル 代表理事)、本木 恵介 氏(認定NPO法人かものはしプロジェクト 共同代表)、矢田 明子 氏(Community Nurse Company株式会社 代表取締役/NPO法人おっちラボ 代表理事)の講演があり、そして須藤 靖洋 氏(アメリカン・エキスプレス・インターナショナル, Inc. 法人事業部門 ジェネラル・マネージャー副社長)をコメンテーターとするトークセッションが行われ、社会課題に対する各々のアプローチなどが話し合われた。
高亜 希氏は、家庭の事情で学校に通えない子供達を地域の各団体・組織で援助し、社会に巣立っていくまで見守るセーフティネットワーク活動を行っている。
本木 恵介氏はインドの性産業で搾取される子供達を、そこに関連する様々な人々をコーディネーションすることで救うという活動を行い効果を上げている。
矢田 明子氏は島根県で老人の訪問看護活動に取り組んでいる。「長年過ごした家を離れ、見知らぬ病院で最期の時を迎える老人たちを助けたい」という気持ちで始めた活動が結実し、地域で老人を見守るというプロジェクトが全国各地に波及しつつある。
さてこのイベントSocial Entrepreneur Gathering Collective Action for the Next 100 yearsは、実はクレジットカード事業を中心に様々なサービスを提供している、アメリカン・エキスプレス社が協賛している(正確には、アメリカン・エキスプレス財団)。
なぜアメリカン・エキスプレス社が、社会起業家たちが社会問題の解決に取り組もうとするこのイベントを支援しているのか。
今年米国で創業167年、日本で100周年を迎えた同社が、このイベントにかけている思いを同社副社長のエディ 操 氏に伺った。
次の百年に向けてアメリカン・エキスプレスの考える「サービス」の精神
サービスの会社
日本ではクレジットカードのブランドとして有名なアメリカン・エキスプレス(以下、アメックス)社だが、その他にも旅行代理事業など様々サービスに関する事業を、世界130ヵ国で展開している。創業時より100%保証を掲げ、長年に渡り世界中で信頼されるブランドを築いてきたアメリカン・エキスプレスの古代ローマの兵士の横顔を象ったシンボルマークは、所有する人間に信頼と安心を提供している。
「どうしてもクレジットカードの会社としてのイメージは強いと思いますが、私たちは自社を『サービス・ブランド』だと考えています」と話すのは、同社副社長のエディ 操 氏。
「アメリカン・エキスプレス社が創業したのは、まだまだ西部開拓時代の只中にあった1850年のアメリカ。その前年カリフォルニアでゴールドラッシュが始まり、『49ers』と呼ばれる人々が大挙してアメリカ西海岸へと向かい始めました。その時に彼等の大量の荷物を運ぶ荷馬車を手配する業者として、東海岸のニューヨーク州バッファローでスタートしたのが始まりです」
当時アメリカには東海岸にしか大都市が無かった。それがゴールドラッシュの結果人が移動し、そして大陸横断鉄道が敷設され「国の形」が変わるまでになった。その下支えをしていたのがアメックス社のような運送業者だった。
「しかし当社はヒトやモノの運送だけではなく、よりお客様に喜ばれるサービスを提供できないだろうかと考え、金融業に着目したのです。運送のネットワークが順調に各地に広がっていく中で、モノだけでなく金も安心して運ぼう。そう考えて送金為替を開始しました。これは世界初の試みでした」
19世紀の末に差し掛かると、アメリカ人の海外旅行も盛んになった。そこでアメックス社は旅行者のサポートのために1895年にパリ、翌1896年にはロンドンに事務所を開設する。
「当時はまだ海外で情報を集めるのが難しい時代だったので、パリのオフィスなどはアメリカからの旅行者が集うサロンのような様相だったそうです」
ヘミングウェイやフィッツジェラルドのような著名人たちもパリのオフィスによく姿を現したという。
20世紀に入ると、旅行者の興味はアジアにも広がり、それに合わせてアメックス社もアジア地域に進出を始めた。1916年に香港とマニラに、そして翌1917年横浜にオフィスを開設している。
「開港から50年を経、国際港として賑わっていた横浜は、第一次世界大戦で混乱しているヨーロッパと比べて旅行者から魅力的に見えたと思います。また日露戦争に勝利し、一等国として急速に発展している日本への外国人の興味も高まっていた時期でした。それが日本でのアメックス社の事業の始まりです」
以後第二次世界大戦勃発による撤退などの一時期を除き、アメックス社は日本で100年の歴史を刻んでいる。その間、アメリカ人旅行客へのサービスだけでなく、日本人顧客に対してのサービスも向上させてきた。
1974年には日本円トラベラーズチェックを、そして1980年にはゴールド・カードの発行をスタートさせた。
同社の顧客サービスに対する思いは、特に緊急事態での対応に見ることができる。1989年の天安門事件の際、在中アメリカ人の脱出を手助けしたり、東日本大震災では会員全員の安否確認と物資の支援を行っている。それらは「カード会社・旅行会社の枠を超えたサービスの提供」と称賛された。
社会問題に立ち向かうリーダーを育てる
「こういったサービスを考え実行しているのも、まず第一にサービスを考える会社だからです。金融・旅行という業種のワクで考えてはいません。企業の社会貢献に関しても、米国にあるアメリカン・エキスプレス財団より、文化遺産の修復・保全そして非営利団体を対象にリーダーシップ教育を行っています。
行った旅先で見かけた世界遺産がボロボロに荒廃していたら悲しいでしょう?そんな思いから文化遺産の保全や修復といった活動もしているんです」
アメリカン・エキスプレスの文化は cause related marketing(コーズ・リレーテッド・マーケティング)の成功例と評価されている。cause related marketingは単なる慈善事業とは異なり、商品の購入によって文化遺産や環境保護、慈善活動に貢献でき、同時に企業の利益・イメージアップにもなるという販促活動だ。
「1983年にアメックス社が展開した自由の女神の修復キャンペーンはその嚆矢として有名です。これはニューヨークから見える自由の女神が汚れているのを綺麗にしたいと考えたNPO団体の活動に共感したアメックス社が、カードを使うとその金額の一部をアメックス社から団体に寄付する、というキャンペーンで、このおかげで僅かな短期間で多額の寄付金を集めることができました」
こういった活動は、意識が高く社会貢献活動に携わりたいという要望が強いアメックスの会員の特長にも結び付いている。
同社 WEBサイトより
アメリカン・エキスプレスでは、社会貢献型のマーケティング・プログラムを1983年に初めて実施しました。米国で行われた「自由の女神修復プロジェクト」は、カードの発行1枚あたりや、カードの利用1回ごとにアメリカン・エキスプレスが寄付を行い、自由の女神修復基金として、170万ドルを寄付しました。以来、世界各国で社会貢献型のマーケティング・プログラムを実施しています。(同社の社会貢献の取り組みについてはこちらを参照。)
アメリカ本国ではこの十年、第二次世界大戦後に生まれたベビーブーマーが社会の第一線から退きつつあり、特に非営利組織のセクターにおいて次世代のリーダーの不足が懸念されていた。
「そこでアメックス財団では次世代のリーダーを育成し、特に社会問題の解決を図るNPO・NGO活動の発展を促す活動を行っています。日本でも2009年からスタートし、来年で10年目を迎えるアメリカン・エキスプレス・リーダーシップ・アカデミーでは、次世代のリーダーを育成するセミナーを開催しています。参加者は現在、組織のナンバー2の方やトップが退陣した後に指導する立場になる人が多く、大変盛況です。」
もう一つ2011年からスタートしたアメリカン・エキスプレス・サービス・アカデミーでは、より優れたサービスの開発・提供をする目的でセミナーを開催している。
「アメックスのサービスの精神を広くNPO・NGOの方々に理解して頂き、よりインパクトのある社会貢献活動を進めてもらいたいという気持ちで開催しています。両方の活動を合わせると現在まで600人以上の方々に参加していただいています」
インパクトを生み出す若者たち
今回のイベントも、このアメックス財団によるサービス・アカデミーの一環として行われたものだ。
イベントの冒頭、アメリカン・エキスプレス・インターナショナル,Inc. の日本社長 清原 正治 氏はオープニングセッションの中で「日本の社会が構造的に抱えている様々な問題。これら社会問題へのインパクトを与えていくために、業種などの領域を越えて協力していくという意識が今、高まっている。
官・民・学などの組織が垣根なく横で手をつないでやっていくこと、そこに化学反応が生まれる可能性がある。日本は他の国に比べると、プラットフォームを大きく広げ、そこに多くの人を呼び込もうという意識がまだ少ない。だからここから新しい大きなインパクトを生み出すことが大事だ」と述べている。
最後に、エディ 操氏にアメックスの考える今後のテーマについて伺った。
「これからはアカデミーのテーマにもあるように社会課題を解決していく人の育成を考えています。ただ、文化遺産の修復などを支援することもおろそかにはしていません。今も震災で倒壊してしまった建物の修復などにも支援を行っています。しかし人に投資することは、今後どうなるのか分からないという可能性にとても期待が持てるんです。そのための援助を惜しむようなことはしないです」
アメックスが二世紀にわたって培ってきたサービスの精神が、今、社会問題に取り組む若者たちに普及し、新たな相乗効果を生み出しつつある。
◇
オープニングセッションで清原正治氏はこうも話された。
「社会に対して貢献していこう。大企業、私企業の原点は同じ。よりよい社会の実現を目指してやってきた。それを再認識したい。皆さんの活動がありふれたものになること。社会起業家の活動が周囲から賞賛されているうちはダメ。誰に誉められるでもない、ありふれたものにならないと」。
非常に熱量の多いイベントであった。この場所から始まるものに期待したい。