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「非効率の中に効率を求める」「離島での渉外活動」
笠岡信用組合 – 業界トップクラスの業績を誇る〝かさしん〟の、地域密着型経営スタイルを追う

笠岡信用組合/理事長 山本國春

◆取材:綿祓幹夫

オビ 特集

笠岡信用組合/理事長 山本國春氏

笠岡信用組合(岡山県笠岡市)の理事長・山本國春氏は「本業は農家、趣味が漁師」と笑う。
しかし、その笑い声とは裏腹に同氏は徹底した地域密着型の経営スタイルを推進する。

同氏が2014年に理事長に就任して以来、同組は着実に業績を伸ばし、地方経済が疲弊するこの時代においてシェア拡大を目指し、新たな支店の開設を成功させている。

業界トップクラスの業績を誇る同組の取り組みを追う。

 

離島における渉外活動

岡山県笠岡市に本店を構える笠岡信用組合の業績は、ここ数年、顕著な伸びを示している。

信用組合は地域密着型の金融機関であるがゆえに、地方経済の疲弊とともに苦しい経営を強いられている組合が多い。

しかし、同組ではこの2年で預貸率を31%から37%に、不良債権比率を18%から6%台にまで回復させ、さらには新たな支店の開設も成功させている。

 

「非効率に見えるものの中から効率的なものを見つけ出す、それが私の経営方針です」

 

そう語るのは2014年に同組の理事長に就任した山本國春氏だ。

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離島で業務を行う笠岡信組の営業マン

同組では長年、預金残高増強に軸足を置いた営業活動を行い、多くの金融機関が「非効率」と見なして敬遠する定期積金の集金業務をはじめ、地道な渉外活動を推進してきた。その地道さを端的に表しているのが離島における渉外活動だ。

 

笠岡市は広島県福山市と隣接し、人口約5万人が住む瀬戸内海沿岸の港町で、大小31の島々から成る笠岡諸島を有す。

笠岡諸島には7つの有人島があり、比較的人口の多い北木島には週に2〜3回、そのほかの小さな島には1〜2週間に1回のペースで同組の職員が訪れ、金融業務を行っている。

 

「北木島は大阪城の石垣、靖国神社の大鳥居などに使われている北木石の産地として栄えた島で、多いときには7000人ほどの人口がありました。産出量の減少や安価な輸入石材の影響により徐々に石材産業は衰え、現在の人口は900人前後にまで落ち込んでいます」

 

飛び込み営業の禁止と真の地域密着スタイル

笠岡諸島全体でもピーク時に2万人いた人口は2000人に減少している。景気の良いころにはほかの金融機関も島内で営業をしていたが、現在、残っているのは同組だけだ。

 

「ATMもない島ですが、島民の生活のために我々のような金融機関が不可欠だと思っています。

最近、信組業界ではきめ細かな金融サービスを行う〝お金のホームドクター〟なんていう考え方がありますが、金融業務だけでなく、『あれを買って来て』と頼まれれば購入して家庭訪問をするなど、組合員との繋がりを大切にしています。

 

実は、当組合では飛び込み営業を禁止しているんです。新規顧客開拓は既存の取引先から紹介してもらうなど、人縁、地縁を重視することで短期間でも強い信頼関係を築けるようになります。

一見、非効率に思える業務であっても、信頼関係の構築に価値を見出し、口先だけではない、本当の意味での地域密着の営業スタイルを実践しています」

 

当然ながら笠岡諸島での貸出金、預金、年金の占有率は同組が圧倒的なシェアを誇る。とは言え、採算が合わないからこそ、ほかの金融機関は撤退したのである。

それでも営業を続ける理由を尋ねると「私は本職が百姓、趣味が漁師なんです」と同氏は笑う。

 

「職員には笠岡諸島の出身者が多く、私自身も北木島生まれ。今でも週末には島に戻って百姓をしたり、漁をしたりしています。

デコポンやユズを栽培し、この島の土壌や気候にはどんな農作物が合うのかを研究し、島への移住希望者がいれば、どんな商売が行えるかをアドバイスします。

地域社会に密着し、そうしたきめ細かなサポートをすることが信用組合の仕事だと思っています。そして、それはメガバンクや地方銀行には真似できない、我々の強みでもあります」

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笠岡市内の風景

 

従来のビジネスモデルからの脱却

2016年9月5日付の信用組合新聞によれば、同組の笠岡市における貸出金シェアは36%、預金シェアは53%、年金シェアは54%で、この数字は全国の信用組合の中でもトップレベルの業績である。

また、預金残高においても今年の9月の時点で約3700億円を計上し、こちらも信用組合業界ではベスト10に入る勢いだ。こうした業績のベースを支えているのは、先に挙げた地道な渉外活動である。

 

しかし、同組ではこれまで預金残高は順調に推移してきたものの、貸出金残高は長らく伸び悩み、預貸率も年を追うごとに低下する状態が続いていたという。

また、冒頭で述べたように同氏が理事長に就任するまでは不良債権比率も低くはなかった。

 

「以前は有価証券運用による収益確保に頼っているのが実情でした。しかし、有価証券市場は日銀の金融緩和策の影響などから過去にないほど低利な状況となり、将来的な金利上昇による多大なリスクを抱えるようになりました。

そこで理事長に着任したとき、貸出金増強による預貸率の改善と不良債権処理を進めて健全な財務体制を構築するという目標を掲げました。

従来のビジネスモデルから脱却し、金融機関の本質である貸出金による収益体質へとビジネスモデルを変革するには、当然リスクがともないますが、問題を先送りにするよりもリスクを負って前進することを選びました」

 

1社でも多く起業・創業の支援を

同氏が理事長として最初に着手した事業は若い経営者を集めた「かさしん経営塾」の開催であった。女性の参加者も多く、ビジネスマッチングの場としても活用され、3期目を迎えた今年は70名を超える若手経営者が参加している。

さらには、同組本店と隣接する商業施設に創業希望者向けの無料相談窓口および交流スペース「かさおか創業サロン」を開設した。

これは中小企業の創業支援を目的に同組が音頭を取り、笠岡市内に営業エリアを持つ金融機関、日本政策金融公庫、笠岡市、笠岡商工会議所と包括協定を締結して2013年より開始した「かさおか創業支援サポートセンター」の取り組みの一環である。

複数の金融機関、行政機関、経済団体が一丸となって創業支援をする取り組みは全国でも珍しい。

 

「このサロンには当組合のOB職員をセンター長として常駐させています。相談件数は1年間で150件を超え、創業に関するさまざまな相談相手として多くの方にご利用いただいています」

 

加えて、今年度から全15店舗に創業支援専担委員を設けるなど、創業支援推進のさらなる強化を図っている。

笠岡市は岡山県内でも人口・世帯数の増減が低水準であり、65歳以上の人口の割合を示す高齢化率も35%を超えている。そうした状況下で地域雇用の安定化は人口減少を緩和する有効な手段となる。

 

「創業支援は残高増加などへの効果が出にくい施策ではありますが、もっとも地域に貢献できる事業と位置づけています。当組合の営業エリアである笠岡市を含む井笠地域では生産年齢人口の減少や事業所数の減少が大きな問題となっていますが、1社でも多く起業・創業の支援をすることが私の目標でもあります」

 

地方創生を実現するため垣根を越えて

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本店外観

こうした創業支援への取り組みが奏功し、同組では貸出金残高をこの2年間で飛躍的に伸ばしている。その勢いを示すように昨年末、同組では岡山市内に新規店舗を開設させ、すでに黒字店舗として運営している。

また、広島県福山市での新規店舗開設も予定しているという。近年、低迷する信用組合業界において新たな支店を出店すること自体が珍しく、加えて営業エリアが限定される信用組合が県外に出店することも異例である。

こうした同組の噂を聞きつけ、東京に拠点を置く第一勧業信用組合の新田信行理事長が同氏に初めてアポイントを入れたのは今年6月のことだった。

 

昔は全国に500以上あった信組が今では153組合しかありません。ほかの金融機関に比べ認知度も低いため、信組業界が生き残るためにも信組同士の連携は欠かせません。

新田さんが推進する東京と地方の連携協力の趣旨にすぐさま賛同し、7月には協定を締結させました」

 

すでに同組の取引先である製麺機メーカーの商談会を東京で開催することや第一勧業信組の店舗を利用した入社試験の実施など、具体的な連携協力の準備が進んでいる。

 

「第一勧信さんの店舗を活用することで、来年度は東京圏の大学を卒業した岡山県出身の新卒者を5〜10名、採用したいと考えています」と同氏は抱負を語る。

同組では第一勧業信組以外にも岡山県、広島県、香川県の9つの信用組合と協力し、2015年11月に「第1回しんくみビジネスマッチング」を開催している。

132社が参加し、400件以上に上る有効商談を実現させ、今年の11月にも2回目を開催する予定だ。

 

「中小企業を本当の意味で支援できるのは信組です。このまま信組業界の低迷が続けば、日本経済は一層悪化するものと思います。地域社会と信組は運命共同体であり、地方創生を実現するためにも信組同士は垣根を越えて連携しなくてはいけません」

 

 

同氏は同組の近年の成功について「職員が素晴らしいから」と口にする。組織のトップとして大胆な舵取りをするいっぽうで、若い職員の提案を尊重しているという。

その姿勢は、融資増強店舗における融資推進業務全般の責任者を、次世代を担う職員から任命する「融資推進リーダー制度」にも表れている。

こうした硬軟織り交ぜた経営手腕こそが同組の興隆の秘密ではないだろうか。同組のさらなる飛躍が期待される。

 

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◉プロフィール

山本國春(やまもと・くにはる)氏…1948年、岡山県笠岡市生まれ。1966年、岡山県立笠岡商業高等学校を卒業後、笠岡信用組合に入組。常務理事などを経て、2012年6月、笠岡商工会議所副会頭。2014年、笠岡信用組合の理事長に就任、現在に至る。

 

◉笠岡信用組合

〒714-0081 岡山県笠岡市笠岡2388番地の40

TEL 0865-62-3100

http://www.kasaoka.shinkumi.jp/ 

 

 

 

◆2016年10月号の記事より◆

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