クレディ・スイス 大橋雅英氏・インタビュー『知られざるプライベート・バンクの世界』後編
◆取材・文:加藤俊 /撮影:寺尾公郊
株式会社ZUU 冨田和成氏(左) ✕ クレディ・スイス銀行東京支店・クレディ・スイス証券株式会社 マネージング・ディレクター兼プライベート・バンキング共同本部長 大橋雅英氏
前編より、プライベート・バンク業界のグローバル・リーダー「クレディ・スイス」大橋雅英氏(プライベート・バンキング共同本部長)のインタビュー。金融メディアZUU onlineの冨田和成氏とともに知られざるプライベート・バンクの世界を紹介する!
■プライベート・バンクはアントレプレナーズ・バンクである
冨田:考え方の部分に関してお聞きしたいのですが、お客様の中には自分の金融資産をきちんと把握できていない方もいると思います。特に経営者の資産は自社株が絡んでいることがありますから。こうした前提を考えると、お客様の資産を管理して“見える化”するのはとても時間のかかる作業だと思えるのですが。
大橋:おっしゃるとおり。ただ、そこに対する時間や労力は惜しみません。というよりも、そこを徹底せずにお客様の大切な財産を守ることはできませんから。
実際にお客様の大半は事業オーナーの方になります。私どもでも自分たちは「アントレプレナーズ・バンク」だと公言しています。事業オーナーとそのファミリーの方々のための銀行だと。
ただ、一口にオーナーといっても、事業のフェーズによってどんなソリューションを求められるかは異なります。正に今事業が拡大している方もいれば、成熟期の企業のオーナーの方もいます。あるいは事業承継を考えているオーナーの方もいます。ただ皆様に共通して言えることは、頭の中の8割9割が事業のことで占められているということです。
また、オーナーの方たちは法人個人が一心同体、個人の資産が会社と密接に関わっています。つまりプライベート・バンキングを展開するにあたっては、同時に事業上の課題に対するソリューションも求められるということなのです。
実際にインベストメント・バンキングとコラボする機会は多く、自社株式の流動化、資金調達やM&Aのアドバイザリー業務での支援も行っています。また、数百億円規模のサイズやクロスボーダーのM&A案件を主に扱う投資銀行部門に加え、10億円程度のサイズからのM&Aや、事業承継のコンサルティングを行う専門部署をプライベート・バンキング部門内に設けています。
冨田:それは経営者には助かりますね。よく金融機関で見受けられるのが、ある一定のサイズ以下のM&Aの案件は受けないで仲介業者を紹介されるというパターンです。事業拡大を考えていくときに、M&Aは避けては通れないポイントです。
よく上場企業の経営者たちと話すのですが、上場して資金調達を行っても結局それを全部投資してしまったら赤字になってしまうと。やはり企業はM&Aで戦略的に成長していくことが重要になるのだが、かといって数百億円の企業をおいそれと買うのは難しい。
これが数十億円サイズの企業であれば買っていきたいのに、という声が多いのです。しかし、こうしたサイズの企業をきちんと紹介してくれる金融機関はあまりありません。
■家族ぐるみでお付き合いすることも
大橋:お客様の多くはオーナーの方ですから、買いたいという方がいれば一方で売りたいという方もいらっしゃる。また、海外で大きく事業を展開されているビジネスオーナーや経営者を紹介し、最良の事業投資機会を提供することもしています。プライベート・バンキングを通じて、お客様同士をマッチングできることは高くご評価頂いています。
冨田:企業のオーナーと直接向き合っているクレディ・スイスさんだからこそ、そういった話も出てくるのでしょうね。
大橋:担当者もお客様とのお付き合いとなると長いですから。各担当者の大半は中途採用で、お客様とは前職からの間柄というケースも多いのです。
なかには十年単位でご家族ぐるみのお付き合いやそれこそ世代を跨いでアドバイスをさせて頂くことも珍しくありません。そうなると変な話ですが、メインバンクや幹事証券さんにはできない相談をお話し頂く機会もでてくるのです。
冨田:なるほど。メインバンクには何もかも赤裸々に語ることはしにくいですからね。下手な話をして、リスクがあると思われて借り入れ金利が高くなってしまう懸念もありそうですし(笑い)。
大橋:その点、心の裡に抱えた悩みを吐露して頂きやすいのでしょう。お客様の事業が大変なときや深夜にお電話を頂けると嬉しいものです。信頼されている証ですから。
■事業承継に対するソリューション
冨田:少し話を変えさせて下さい。日本でプライベート・バンキングを展開する上で事業承継というキーワードは外せないと思います。クレディ・スイスさんならではと言えるソリューションを教えてください。
大橋:まず先に言っておきたいのは、プラベート・バンキングというとお客様のためには法の目を潜るように色々な機能を使って税金を減らしましょうという提案をしていると思われることがいまだにあるようですが、これは大きな誤解です。もちろん法律で認められた対策は行えばよいと思います。
しかしもっと大切なのは、大切な自社株を売らなければならない状況に次の世代の方を追い込まないために、「今」の段階で払えるだけの金融資産をどうやって作っていくか、ここのアドバイスをさせて頂くことだと思っています。
悲しいのは、長いこと自社の事業価値を上げるために頑張ってきたのに、承継対策の段階では税金を減らすために自社株の評価を下げることに腐心する方がいることです。これは健全とは言えません。そうではなくて事業価値が上がりながらも、きちんと納税できる準備を行いましょうという正しいアプローチを取るべきです。
そのために私どもは全力でサポートします。同時にオーナーの方にも木を見て森を見ずにならないようにきちんとした時間軸を持って事業承継の在り方を考えて頂ければと思います。
■富裕層ご子弟同士のネットワーク
大橋:それからお金のこともそうですけど、私どもではお客様の資産を世代を越えて守り継いでいくために、ご子弟への教育プログラムにも注力しています。金融の知識やファミリーガバナンスのお話をさせて頂くのですが、ここで出来た参加者同士のネットワークがその後も続き大切な資産となっていきます。
皆様同じような境遇で育った方同士なので気兼ねのないお付き合いをされています。そして自分が事業を起こす時にも、ここでのネットワークを活用なさっています。
冨田:凄い。クレディ・スイスさんのスクリーニングをクリアした家同士ですから親御さんも安心ですね(笑い)。ハーバードとかスタンフォードのMBA 以上のコミュニティーになっている。これは日本の金融機関にはなかなかマネのできないところですね。
■海外進出支援
冨田:同じようにクレディ・スイスさんならではと言えるサービス、越境ビジネスの橋渡しの支援も行っているとお聞きしていますが。
大橋:はい。シンガポールと香港、スイスのチューリッヒ本店にジャパンデスクがあります。日本の窓口を通じて海外口座を開設頂くと現地の担当者がお客様のポートフォリオをどうするか、 さらには現地法人設立のお手伝いや移住をご希望の方にはお住まいを探すお手伝いをさせて頂くこともあります。
冨田:利用されるのはどういった方なのでしょうか?
大橋:一つは事業が海外展開していて移住することが選択肢になっている方。またご子弟が海外に居らっしゃる方。あるいは日本で顕在化している地震などのリスク等に対して、資産を置く場所を分散したいと考えるお客様もいます。金を買って保管するにしても、チューリッヒ本店に置いておきたいと。資産を安全なシェルターに置いておく感覚ですね。
地震がなく、世界中の富裕層のご子弟たちが学びに集まる、政治的にも経済的にも安定した場所ですから。
■資産分散意識は浸透している?
冨田:そうした考え方に沿うものだと思うのですが、リーマン・ショックや東日本大震災以降、資産を分散しようという大きな流れができています。お客様と接していてこの考え方は浸透していると実感できますか。
大橋:そうですね、まだ十分とは言えませんが。これは本当に大切なことです。今もってなお多くの方の資産が円に偏り過ぎています。
冨田:経営者ですから自社株も含めると保有資産の大半が円建てでしょうし、こればかりは難しい。
大橋:決して円のリスクを煽っている訳ではないのですが、さすがに円に80%、100%資産が偏るというのは、これからの国際情勢、デフレからインフレに移行しつつある日本の状況を考慮した際きちんと資産を守り切れるのですかという疑問はあります。
冨田:現実に円安になって円だけを持っていることのリスクが発生しているのですからね。そういった資産分散という点ではどういった商品があるのでしょうか。クレディ・スイスさんのオルタナティブインデックスを活用した商品は非常に評価が高いですが。
大橋:オルタナティブ投資の分野では、お客様の個別の運用ニーズに応えるべく独自の様々なインデックス、特にリスクが起きた時にヘッジとしてうまく機能するようなインデックスや、伝統的な資産とは別の動きをする保険戦略のファンドなどを組み合わせた運用手法が、他ではなかなか聞かない、多様でユニークだと評価を頂いています。
■改めてプライベート・バンキングとは?
冨田:最後にクレディ・スイスさんにとって、プライベート・バンキングとは何なのかと訊かれたらどうお答えになりますか。
大橋:非常に深いテーマです。プライベート・バンクとは何なのか。これは常に自問自答していることでもあります。一つ言えることは、クレディ・スイスにとってはそれがDNAそのものだということです。お客様が何を望まれるのか、きちんとニーズや心情を理解した上で資産を守り育てていくという考え方が大切だと思っています。
加えて、一人ひとりのお客様のライフ・サイクルの様々な局面に対して、例えば事業の成長に情熱を注ぐ際には事業に集中できるサポートを、ご子弟の幸せを願う際にはそのための教育プログラムをという風に、クレディ・スイスの多彩なリソースを活用しながら最適解を提供し続けていくこと。それがプライベート・バンクであり私どもの使命と考えています。
冨田:ありがとうございました。
大橋雅英(おおはし・まさひで)…クレディ・スイス銀行東京支店、クレディ・スイス証券株式会社マネージング・ディレクター兼プライベート・バンキング共同本部長。1960年愛知県生まれ。神戸大学卒業後日系・外資系金融機関でリテール・法人営業および20年以上のプライベート・バンキング業務経験を経て、現在に至る。
クレディ・スイス証券株式会社 クレディ・スイス銀行東京支店
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