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学校と企業という二つの学び舎 

東京都立六郷工科高等学校 生徒と企業を繋げる理想形、デュアルシステム!

◆取材・文:加藤俊

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東京都立六郷工科高等学校/校長 石井末勝氏

 

世界に冠たる製造業の集積地大田区。この地で2004年4月に開校したのが、都立六郷工科高等学校。工業高校では珍しい単位制や長期就業訓練制度「デュアルシステム」など、他に類を見ない先進的な教育に取り組んでいる。

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本日は校長の石井末勝氏だけではなく、生徒の教育と指導に携わる先生方3名にも参加していただき、若年層の早期離職問題を解消するヒントを探ってみたい。生徒と企業とが理想的な形で繋がるデュアルシステムとは⁉。

 

企業の現場で育つ生徒たち

若年層の早期離職問題や雇用のミスマッチ。こういった諸問題を解消する期待を一心に集めて導入された「デュアルシステム」。簡単に言えば、学校の授業だけではなく、企業で実際に働くことも単位の修得になるという仕組み。生徒にとっては学校の校舎だけではなく、企業の現場がもう一つの学び舎になる。

 

石井末勝 校長(以下石井) 現在はデュアルシステムを採用する学校も増えていますが、企業での職業訓練を、2カ月という長期間にわたって行っているのは当校だけだと聞いています。もともとは、企業の即戦力となる人材を育てようという点に立脚したものですが、高校生という多感な時期に社会との接点を持たせることで、人間としての大きな成長を促し、社会性を獲得させるという目的もデュアルシステムにはあります。

 

主幹教諭/野澤 幸裕氏

野澤幸裕 デュアルシステム科主幹教諭(以下野澤) 長期間の職業訓練の利点は、生徒自身が自分の適性を見出すことができ、且つ現場での体験を通して、それまで漠然と考えていた得意・不得意の判断も的確にできるようになることです。また、受け入れてくださる企業にとっても、個々の生徒の適性・特性が見えてくることから、技能的にも性格的にも、安心して採用に結び付けることができると言えますね。

 

生徒には希望する企業に関して、業務内容や、どんな社長さんが経営しているのか、どんな社風なのか、細かい部分まで親身になって情報を提供します。そして、受け入れ企業に対しても、どのような生徒が、どんな目標を持って実習に臨もうとしているのか、その熱意も含めて紹介しています。

ミスマッチがないように、両者の間を丁寧に気長にとりもつことが私たち教師の使命です。とはいえ、あくまでも生徒の自主性や主体性が大事。それぞれの生徒の「この会社に行きたい!」という意思を一番大切に、できる限りの望みをかなえるべく教師たちが動いています。

 

―インターンシップとの違いはどういった点なのでしょうか?

 

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千葉政英 主任教諭(以下千葉) インターンシップとの違いは、現場での実習を前期と後期でそれぞれ1カ月間、合計2カ月間にわたって実施する長期就業訓練であるという点です。学校と企業が協力して、日本のモノづくりを担う人材を育てることと、その企業の即戦力となる人材を育成するという目的がありますが、実習そのものが卒業の単位になります。

 

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篠原義幸 進路指導部主任教諭(以下篠原)  もちろん当校ではインターンシップにも力を入れています。デュアルシステム科以外の生徒も、二年生の時に3日前後インターンに行かせます。ただ、どうしても科によって送り出せる人数にはばらつきがあります。

例えば、車の整備士育成を目指すオートモビル工学科は毎年全員インターンに行かせていますが、一方でポスターやパンフレットなどのデザインを学ぶデザイン工学科では、そもそもの企業数に限りがありますので、全員を参加させることは難しいのが現状です。

 

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オートモビル工学科の様子

 

野澤 デュアルシステムの受け入れ先企業としては、現在230社ほどの協力をいただいています。そのうちの多くが大田区内の中小企業です。地域柄、企業間の横の繋がりが強いので、情報の伝播が早いことが幸いする面も。最近は、企業で実習に臨んでいる生徒を見て、他社が「わが社にも来てほしい」と声を上げてくださるようになりました。

また、当校は地域の産業イベントや工業フェアなどに参加する機会を多く設けていますので、会場で経営者の方たちと直接お会いして、デュアルシステム科の紹介をさせていただくこともあります。

 

石井 地域の産業イベントでいえば、今年大田区で開催された「おおた商い(AKINAI)・観光展」に参加しました。地元名物に、江戸野菜・馬込大太(おおぶと)三寸ニンジンを使ったおまんじゅう「馬込三寸にんじんまんじゅう」があるのですが、店主さんからパッケージデザインの刷新の依頼を受けまして。

それを当校デザイン工学科の生徒がリニューアルしたデザインが大変好評で、発表会も賑わったと聞いております。

 

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  「馬込三寸にんじんまんじゅう」のデザイン

 

 

実習先の企業に就職する割合、驚愕の9割

千葉 デュアルシステムでは、生徒が一年生の段階で7社前後の企業を見学します。働く現場を見て、感じさせるというところからスタートするわけです。それで一週間企業で働かせるのですが、終えた後の生徒の感想は、まず「疲れた~!」と(笑い)。でも、それは当然です。朝から夕方まで働き続けるという経験がないのですから。

 

DSC_2543 (1280x853)ところが、2年時の長期実習参加後は、「もっと実習をやりたい」と訴えてくるようになります。実習が長期にわたると任される仕事も増えて、達成感を味わう機会も増えるんでしょう。それに、職場での自分の立ち位置もわかってきて、会社の一員になっているという実感も湧くのだと思います。

 

そういう背景もあって、実習に参加した生徒の8~9割が、そのまま受け入れ企業への就職を決めます。その後の離職率に関しては、他の工業高校と数字的にはそれほどの差がでていませんが、初期段階の雇用のミスマッチは防げるという結果が如実に表れています。

 

 

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野澤 そのほかにも、卒業後の就職先としての対応はできないけど、「どうしても、大田区のこの技術を若い人に伝えておきたい」という熱意で生徒を受け入れてくれるケースもあります。生徒には、就職先にはならないことを承知してもらって実習してもらいますが、他では経験できない技術に触れる絶好の機会なことは間違いありません。

 

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篠原 生徒を受け入れたいという企業の中には、社長さん一人の企業など、規模も小さく、社員も少なく、誇れるような福利厚生もなくてと、ためらわれる経営者さんもいますが、規模や福利厚生の内容ではなく、学校と企業が一緒になって生徒を育てることへの熱意を何よりも期待しています。

 

―これまでのお話だと、インターンでは把握しきれない深度で相互理解を深めることができるデュアルシステムは、まさに若年層の早期離職を防ぐ有効な手立てになるかと思うのですが、あえて問題点を上げるとしたら?

 

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野澤 現状ではデュアルシステムに対する認知度が低いことでしょうか。なかなか生徒が集まりません。これは本当に喫緊の課題です。当校の場合、東京の外れという立地的に弱い条件もさることながら、我々教員としてもデュアルシステムの良さを今まで以上に発信していく方法を考えないといけません。

 

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定時制の生徒達による六郷名物〝ねぶた〟

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デザイン工学科の生徒の作品。取材翌日が文化祭だったので、運よく展示作品を見させて頂く。

 

 

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Q 経営者がよく漏らす「最近の若者はわからない」という言葉。長年生徒を間近で見ている先生の視点でも、差異を感じることはあるのでしょうか?

 

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石井 性格云々の前に、昔と今とでは中学の学習指導要領が変わってしまったという外的要因が大きいと思います。一頃に比べて技術や家庭、工作など手を使う授業が大幅に削られています。そのため最近の子達はモノづくりに触れる時間がほとんどありません。この影響は大きいかと。モノづくりの楽しさに触れることなく、大人になってしまうわけですから。

 

野澤 その文脈で言うと、手先の器用な子が少なくなったように感じます。モノづくりをしたくて工業高校に来る生徒を見ていてもそう感じることがままあります。

 

千葉 私が思うのは、我々の世代は「嫌なことに対して嫌と声を上げるわかりやすさ」がありました。一概には言えませんが、最近の子はそういった感情を伝える表現力が乏しい傾向はあると言えるかもしれませんね。

 

篠原 同じように一部の生徒の話にはなりますが、「先生、これ何ですか? 」という質問が頻繁にぶつけられるようになりました。探求心が無くなったという言葉が適切かはわかりませんが、わからないことに対して「答えを直ぐに求めたがる」、考えることを億劫がる、そういう傾向は見受けられます。

 

Q では、そういった点を踏まえて、中小企業経営者はどのような視点・観点で若者と接するといいのでしょうか?

 

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千葉  「わかりやすさ」でしょうか。例えばWebサイトで業務内容の説明がされていても、専門用語が多くて、よほどその道の専門家でないとわからないなと感じるケースも。読んでわかりやすいWebサイトは、生徒にも好感が持てるはずです。画像や動画を活用して、わかりやすいWebサイトにすれば生徒だけではなく、誰にでもわかる企業の紹介となります。

 

Qでは、生徒の就職先で就職後の定着率が高い企業は、どのような特色があると感じますか?

 

千葉 見ていて思うのは、社内に目標となる人物がいるかどうかです。仕事のこなし方だけでなく、新入社員への接し方や指導の仕方も含めて、「あんな工場長のようになりたい」「目標は、あの製造課長だ」と励みになり、且つ将来の目標になるような先輩が存在する企業は離職率も低い傾向にあると言えそうです。

 

Qそれでは、就職した生徒の定着率を高めるために、どのようなことに留意してほしいですか?

 

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石井 私たち教師も含め大人にありがちなことですが、どうしても自分の目線を尺度にしてしまいがちなところがあります。でも高校を卒業した生徒がモノを見ている目線とは、高さが違います。彼等の、時には立ち止まったり、時には違った方向に踏み出したり、そうした遅々とした成長過程を温かく見守れる気概を企業として持つことは、結果として生徒が企業の輪に溶け込むことに於いて重要なのだと思います。

 

篠原 さらに、生徒から聞く話としては、忙しそうに働いている先輩たちや、何でもこなしてしまう熟練社員の間に入っていきにくいこともあると。聞きたいことやアドバイスがほしいことがあっても遠慮しがちな年頃でもありますから、ぜひ若い社員が先輩たちと交流しやすい雰囲気をつくっていただきたいですね。

 

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システム工学科の生徒によるバーサライタ。LEDを高速で回転させ残像現象を利用して映像を表示する装置。

 

Q 学校と企業、さらには地域との繋がりを強化することが、地域の活性化にも寄与することになるのだと思います。それが延いては日本経済の一端を担うことにもなると。地域連携という点で企業に求めることは何でしょうか?

 

石井 とくに地元企業の皆さんにお願いしたいのは、高校生が実習で試作している物の商品化ですね。いい物をつくっても、高校でそれを量産することはできないので、陽の目を見ることがないのが残念です。ぜひ、六郷工科で造っているものを見に来ていただきたいです。そして力を貸していただきたい。それから、地域の発展に結び付くような講演会も大歓迎です。生徒たちにとって、夢のある話、将来に希望が持てる話をしていだいて、若い力を大きく伸ばしていただきたいです。

 

具体的でわかりやすい提言を、どうもありがとうございました。

 

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プロダクト工学科の生徒の作品

 

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 プロダクト工学科の生徒が鋳型を作っている様子

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オートモビル工学科の生徒の作品

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システム工学科のLEDキューブ(1300個ほどのLEDが使われている)

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生徒作のポップコーン製造機。実際に、目の前でポップコーンを作って頂く。先生、ありがとうございました!

 

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表彰状1 (1280x853) 表彰2 (1280x853)

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(SCHOOL DATA)
東京都立六郷工科高等学校
東京都大田区東六郷2-18-2
TEL 03-3737-6565
http://www.rokugokoka-h.metro.tokyo.jp

 

 

 

町工場・中小企業を応援する雑誌BigLife21 2013年12月号の記事より

町工場・中小企業を応援する雑誌BigLife21 2013年12月号の記事より