鶴雅グル―プ 株式会社阿寒グランドホテル|どん底から日本一へ。旅館再生に見る経営のヒント
鶴雅グル―プ 株式会社阿寒グランドホテル
どん底から日本一へ。旅館再生に見る経営のヒント
◆取材・文:加藤 俊
鶴雅グループ 株式会社阿寒グランドホテル 代表取締役社長 大西雅之(おおにし・まさゆき)氏…1955年北海道釧路市生まれ。東京大学経済学部卒業。1979年三井信託銀行入行。1981年阿寒グランドホテル入社。1989年社長就任。
地域をまとめる無私厚情の心構え
1987年、その宿に激震が走った。大手旅行代理店JTBの顧客満足度評価が最低ランクになり、「これからは送客出来ない」という送客停止の最後通告を受けたのだ。インターネットのなかった当時、大手旅行代理店のもっていた力は絶大で、この通告は宿にとっての死刑宣告ともいえた。
危急存亡の渦中に立たされる中、宿の経営者と従業員たちは一致団結して経営改革に取り組み、その弛まぬ努力は、やがて映画さながらの物語を生み出すこととなる。
15年後の2002年、「JTBサービス最優秀旅館ホテル」の全国一位に、なんとその宿が選ばれたのだ。送客停止処分を受けた宿が、一躍日本の頂点に立ったのである。
宿の名は、〝あかん湖鶴雅リゾートスパ 鶴雅ウイングス〟。
そして、この十数年間に渡る旅館再生プロジェクトの陣頭指揮に立ったのが、社長の大西雅之氏だ。幾多の試練を乗り越えながら築き上げた日本一の旅館。話を聞いているうちに、成功の理由は大西氏の〝心構え〟にあると小誌は踏んだ。多くの企業を成功へと導く大きなヒントにも成り得るであろう同社のケースを詳しく紹介しよう。
おもてなしを根底で支える自社開発システム
具体的な話に入る前に、アイヌ語で「こんにちは」という言葉を紹介したい。「イ・ラン・カラプ・テ」。直訳すると、〝あなたの心にそっと触れさせてください〟という意味になる。この言葉のもつ暖かさや謙虚な心遣いを、おもてなしの心として、鶴雅グループは大切にしている。そこでまずは、この〝心〟を獲得していった経緯を大西氏に尋ねてみた。
「送客停止を受けた当時は、とにかく旅館を満室にすることを重視していました。料金を安くし、如何に多くのお客様に泊まっていただくか。そのことばかりに目を向け、ややもすると、お客様に満足してもらうというホスピタリティの面までは行き届いていなかった節があります。
改革に乗り出した際、まずはここの意識を改めました。宿泊費を値下げするのではなく、逆に値上げに踏み切ったのです。そして値上げした分はすべて、サービスの質の向上にあてました。
更に、従業員同士が情報を共有化して、迅速な対応を可能にするために、自社でシステムを作りました。というのも、従業員の力量には当然ながら個人差があり、サービスにばらつきがでてしまいます。これを如何に高い水準で均一化していけるかが、大きな課題だったからです」
そして試行錯誤を続ける中で開発されたシステムが、「コミュニケーションカメラ」と「アンケート評価システム」だった。
「コミュニケーションカメラ」とは、人員の最適配置を追求するために、館内に50台のテレビカメラを設置して、そこから上がってくる画像をコントロールルームで一括管理するというシステムである。これにより、人手が足りていないところにはインカムで指示を出して、持ち場に余裕のある従業員を応援に向かわせることが可能となった。
「アンケート評価システム」とは、フロントから厨房までの全宿、全セクションが、宿泊客の記入したアンケートによって評価されるシステムのこと。毎朝の全体朝礼で、前日はどのセクションがどういう点数だったかを発表している。
「このアンケートの肝は〝毎日〟上がってくることで、一つ一つのサービスに対するお客様の反応を、リアルタイムで知ることができます。どのセクションが頑張っているのか、あるいは足を引っ張っているのか、従業員同士で把握できるというわけです」
今ではこのアンケートのおかげで、各セクション同士が良い形で競い合える関係を築けているという。
こうした改革が功を奏し、成果が見えはじめた1999年。大西氏は宿づくりだけではなく、地元阿寒の町づくりにも本格的に関わることになる。きっかけは「阿寒の地域はこのままでいいのか?」という提言だった。
阿寒とは何なのか? 根源的な問いの先に見つけた個性
「ある時、大手旅行会社のトップの方が来て、観光パンフレットから〝阿寒〟の存在が減ってきていると言われたんです。そして『そもそも阿寒って何なんですか?』という根源的な問いをぶつけられました。
それからもう一名、観光のシンクタンクの先生に、『あなたたちは、いったい何人のお客に来てもらおうと思っているんですか? 数を追えば追うほど、大切なものを失いますよ。より多くの人数を呼ぼうとするのではなく、現状の100万人よりも少ない80万人でやっていける地域づくりをすべきです』と言われたことも重なりました。
少ない人数で、より多くのお金をこの地域に落としてもらうには、当然ながら、長いこと滞在してもらえるようにしなければなりません。そのためには、宿作りもさることながら、地域の個性を研き、それを発信していく必要がありました」
幸いにも、阿寒には阿寒湖のマリモや雄大な大自然、そして、北海道内最大級のアイヌコタン(集落)といった魅力的な〝個性〟があった。
アイヌコタンに関して言えば、アイヌの人々は和人(アイヌの立場から見た、アイヌ以外の日本人)と一緒に商売をすることは少ないが、阿寒は例外で、一緒になって地域づくりに取り組んでいた。こうした点からも、阿寒には、アイヌ文化の発信地になれる要素がはじめから備わっていたのである。
マリモ、大自然、アイヌコタン。これら三点を地域づくりの柱にし、「阿寒」を百年続くブランドにするべく「阿寒湖温泉再生プラン2010」が策定された。
近年では、この取り組みが徐々に実を結び始めているという。町づくりは道半ばではあるのだが、「地域経済の苦しい道東の中で、一番元気のよい観光地はどこか」と尋ねると、阿寒と答える人が多くなってきたそうだ。
地域が一つにまとまるために
しかし、こういった地域のブランディングを成功させるのは難しい。ましてや、阿寒のように旅館という一つの同業組合が多く参加した地域づくりとなると、大概はうまくいかないものである。
これには、はっきりとした理由がある。悲しいかな、人の性が絡んでいるのだ。皆、個々の企業経営が優先で、ある意味、利害も対立しやすい。派閥争いも起きてくる。こういったケースはどの地域でも非常に多く見られるのだが、阿寒の場合は、温泉街が一体となっている。なぜか。
ある経営者によると、鶴雅グループが地域のトップリーダーたる所以は、地域に活力があって、各企業が成り立つことを率先して実践していることだと話してくれた。地域トップ企業の自覚を持ち、行事や町づくり財源拠出にも常に先頭に立つ。企業ノウハウも惜しまずにオープンにする。こういった姿勢が地域に認められない筈はない。しかし、何故ここまで思い切ったことができるのだろうか。
「地域の役に立ちたい、ただそれだけです。観光業界に生かしてもらっているのだから、手前どもで役に立つものがあるのであれば、それがどんなに大事なものであろうと、すべてオープンにして貢献しなければと考えています」
大西氏のこの心構えが、周囲の人々を惹き付け、阿寒が一つにまとまることを可能にしたのかも知れない。筆者が最後にそう口にすると、
「阿寒は、アイヌと和人が手を取り合い共生している稀有な地域です。一つにまとまる力が郷土として強いからですよ」 と言下に否定された。それでもやはり、無私厚情の精神で、地域に本気で貢献している旗振り役の存在は小さくないだろう。それぞれの地域での取り組みを数多く見てきた小誌は、今回の取材を終え、そのように感じた。
というわけで、「いまいち一つになれない」という地域や同業組合の方、そして企業の経営者である読者諸兄。地域を一つにまとめたいのであれば、まずは大西氏の無私厚情の精神を見習い、クローズしている自社の資産を思い切って公開してみるのもひとつの手かも知れませんよ。
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