◆取材・文:加藤 俊

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浜中町農業協同組合(JA浜中町)

浜中町農業協同組合(JA浜中町)組合長 石橋榮紀氏(中小企業家同友会釧路支部 支部長)

北海道は厚岸郡浜中町にあるJA浜中町。全国の酪農家が厳しい状況に置かれている昨今、ここだけはめざましい成果をあげている農協である。いったいなぜ、JA浜中町の酪農だけが元気なのか。他の酪農とどこが違うのか。組合長の石橋榮紀氏にお話を伺った。

ハーゲンダッツの原料に選ばれた理由

JA浜中は、酪農専門の農業地帯にある農協だ。生産組合員戸数は186戸と小規模だが、その186戸の年間生産額が95億円というから驚かされる。なによりもここの牛乳は、ハーゲンダッツの原料に使われていることで有名だ。

「日本でハーゲンダッツアイスクリームを発売するにあたり、当時アメリカから技術者が来日しました。原料探しのため、各地でいろいろな牛乳を見て回ったものの、彼等はどれも満足しなかったんです。ところが、ウチを見てもらったら、一発OK」

 

アメリカの技術者がOKを出したのにはわけがある。他の農協にはない、JA浜中独自の〝酪農技術センター〟の存在だ。このセンターでは、土の分析ができ、肥料設計書を書くことができた。それだけではない。草の分析を通して、その草の栄養素から、この牛は1日30キログラム絞れるとしたら、この草だけでは何と何の栄養分が足りないから、そのためには購入した配合飼料を何キロやればいい、と、そういう計算まで行えるセンターなのだ。

石橋3

「アメリカではこうしたトレーサビリティー(生産履歴)を明確にするやり方が当たり前でしたから、その点を評価されたのだと思います」

 

当時、他の農協では考えられないような先進性を、北海道の小規模なJA浜中が有していたことには驚きだが、何を隠そう、このセンターの設立に奮闘したのが、若き日の石橋氏だった。

「ある時期から私は確信したんです。勘に頼る酪農ではダメだ。これからはきちんとデータを積み上げて牛乳を作っていかなければダメだ、と」

 

しかし当時は周囲に理解者は少なく、「農協がそんなものを作ってどうする?」と反対の声ばかりだったという。それでも石橋氏は「これからの酪農には絶対に必要だ」との強い信念で道庁に通いつめ、総資金の半分にあたる補助金を獲得した。そうして1981年、同センターの設立にこぎつけたのだ。JA浜中が先進的な農協と言われるようになった、これがその源である。

 

 

メガソーラー設備、酪農王国など、他に類を見ない意欲的な試み 

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JA浜中町で牛乳が生産される様子

JA浜中の「強さ」の秘密は、他にもある。例えば、世界で初めて、メガソーラー設備による自然エネルギー酪農を確立したのである。

 

「浜中の牛乳は、いつでもクリーンな環境で生産されていることをアピールするため、酪農家105戸に合計1.05MWの太陽光発電システムを導入しました。このような大規模な太陽光発電システム導入は、他に類を見ません」

 

1990年には就農者研修牧場を設立、新規就農者育成システムも作り上げている。

「全国から酪農をやりたい若手を呼び込んで、育て、地元で就農させました。186戸のうち2割は新規就農の方々です。彼らが下支えして浜中の生産基盤を維持してきました。

 

牛 (1)

更に石橋氏は企業にも目を向けた。それが企業との共同出資会社による牧場経営である、全国初の農協出資型酪農生産法人「酪農王国」だ。農協が企業の農業参入を促し、酪農を教えている。

 

「ウチが生き残るだけでなく、みんなも生き残らなかったら、地域コミュニティが壊れますでしょう? 酪農が生き残れば、牛のエサを作る工場、そこで働く方々を支える商店、機械屋さん、運送業者や車のディーラーさんだって一緒に生き残れる。農村地帯の農協は、地域のコーディネーターの役割を果たすべきなんです」

 

 

低温殺菌でTPP時代を乗りきれ
大切なのは地域みんなで生き延びること

酪農技術センターだけでも画期的な試みだったが、メガソーラー設備に研修牧場、酪農王国と、次々に新たなカードを切っていくJA浜中。石橋さんの頭の中身は、いったいどんな構造になっているのだろうか?

 

「私は実は工業大学の出身で、父の跡を継ぐ気はなかったんです。父も後継者には弟を考えていたようです。しかし、私が大学4年生の時、父が病気で倒れてしまった。当時弟は、ようやく高校を受験するような年齢で、さすがに高校も行かせないのは不憫に思ったので、〝オレが帰って継ぐよ〟と腹を括りました。
そこからはひたすら酪農についての猛勉強。人生であんなに勉強した時期は他にないですよ(笑い)。アメリカの酪農雑誌なども読み込みましたから、日本でも科学的に酪農を追及する施設の必要性に気付くことができたんです」

 

JA浜中のみならず、北海道全体、いや、いまや日本の酪農全体を牽引していると言っても過言ではない石橋氏。農業関係者の目下最大の関心事であるTPPについての考えをうかがってみた。

 

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「参加が既定路線になっている現状に対して、仮に参加したら、ということで理解して欲しいのですが、国はおそらく今後、バターや脱脂粉乳の原料になる乳価について補填してくるでしょう。しかしそれに頼っていてはダメなんです。やっぱり大切なのは、本当においしい飲用牛乳を作ることですよ。そのためには、〝低温殺菌化〟して売ればいいんです。牛乳というものは、低温殺菌でないと牛乳本来の味を残せないんです。今の牛乳の殺菌温度では、中に含まれているビタミンなども壊されてしまいます。

この低温殺菌化した牛乳を学校給食に使うことができたら、その味を覚えた子供たちは、彼らが親になった時、そのまた子供たちに同じ牛乳を飲ませたいと思うでしょう。ただ低温殺菌するぶん、流通の際に日持ちしない製品になるでしょうから、そこのコストは国がしっかりバックアップしてほしいですね」

 

TPP怖るるに足らず──。石橋氏は力強く、そう言い切る。

「私はいつも言うんです。ムダに不安がるより、根拠のない自信を持ってみろと(笑い)。背伸びをする必要はありません。やれることを一つひとつやっていけば、活路はどこかに開けるはずです」

 

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プロフィール
石橋 榮紀(イシバシ・シゲノリ)氏
1940年北海道根室市生まれ。90年に浜中町農協の組合長に就任。酪農技術センターや研修牧場の開設、農協出資型酪農生産法人「酪農王国」など数々の新事業の仕掛け人。中小企業家同友会釧路支部 支部長兼任。

(情報)
浜中町農業協同組合(JA浜中町)
〒088-1363 北海道厚岸郡浜中町茶内栄61番地
TEL 0153-65-2121
http://www.ja-hamanaka.or.jp

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町工場・中小企業を応援する雑誌 BigLife21 2013年6月号の記事より

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