株式会社タイムドメイン|狂気!? 原音100%の音響装置に命を懸けた技術者魂
株式会社タイムドメイン 狂気!? 原音100%の音響装置に命を懸けた技術者魂
◆取材:綿抜 幹夫
吉田松陰像(山口県文書館蔵)
本当のリンゴの味はリンゴにしか出せない
思想を維持する精神は、狂気でなければならない──。
獄中に在った吉田松陰が、高杉晋作らに宛てた手紙の一節とされる。真に維新回天の大業を成し遂げんとするならば、いつでも常軌を超えて、狂奔する覚悟でなければならないという、何とも松陰らしい激烈なメッセージである。
その狂気にも似た〝技術者魂〟を、奇しくも幕末動乱の舞台となった京都でまざまざと見せつけられた。これまでの常識、理論を根本から覆した次世代型音響機器のファブレス企業、タイムドメイン社(京都府相楽郡)社長の由井啓之氏(77歳)だ。
原音の音圧波形を忠実に再生する
まずは同社が研究開発し、中国の工場でつくらせているという驚愕の音響装置について、簡単に紹介しておこう。
ひと言でいうと、CDであれDVDであれ、テレビであれパソコンであれ、記録された原音を〝100%素のまま忠実に〟再生する、これまでは考えられなかった超オーディオシステムである。
早い話が、イコライザーや高性能アンプで音を本物らしく加工するのではなく、スタジオならスタジオの、劇場なら劇場の、野外なら野外の音を本物通りに再生するということだ。当然、迫力がまるで違う。現に筆者も、CDのジャズ音楽を3曲ばかり聴かせてもらったが、圧倒的な臨場感に思わず言葉を失ったほどだ。
試しに同じCDを、某有名音響装置メーカーのプレーヤーで聴いてみたが、低音楽器の響きといい、高音の澄んだ伸びといい、言っちゃあ悪いが月とスッポンの差なのである。何がどうあってこれほどまで違うのか。これまたひと言でいうと、
「音を再生する理論と仕組みが、従来の装置とはまったく違うからです。従来の装置は基本的にフレケンシードメイン(周波数帯域)理論を基に音を再生しますが、こちらの装置は私が発見し、確立したタイムドメイン(時間領域)理論に基づいて再生しています」(由井氏、以下同)
少々説明が必要だろう。通常、人間の耳に聞こえる音の周波数は、20Hzから20000Hz(正弦波)とされる。したがってそれが音楽であれ、街のノイズであれ、結局は正弦波の集合体という考え方ができなくはない。仮にそうだとすると、その正弦波成分を分析し、電気的に処理してやれば音は再生できることになる。簡単にいうと、これがフレケンシードメイン理論に基づいたシステムである。
一方のタイムドメイン理論による装置はというと、音に対するアプローチからしてまったく違う。耳に入る音楽やノイズなど、すべての原音は瞬間瞬間の音の連続という捉え方をし、時間領域で考え、音圧波形を忠実に再生するというシステムだ。これによって何がどう変わるか。
一番はやはり、くどいようだが原音再生の可能性と精度である。フレケンシードメイン理論のオーディオ装置では、時間的領域に関する配慮がほとんどなされていないため、正弦波成分の時間が乱れがちで、これの補正、修復が容易でない。しかも機械的に補正すればするほど、音が崩れて、原音とはかけ離れて再生される傾向にある。
例えば女性ボーカルの歌を再生する場合、サ行がとくに強調され、低音域が不自然に響くほか、過渡的な音の再現性が極端に悪くなるといった按配だ。タイムドメイン理論は、それらの諸問題を一挙に解決したばかりか、例えばオーケストラの演奏などは、それぞれの楽器の位置による音の遠近まで、超リアルに再生するのだ。
「仮にリンゴの成分を分析し、クエン酸や甘味料など、それとまったく同じ成分を化学合成してつくったとしましょう。確かに今の科学技術をもってすれば、本物そっくりの形や味は出せると思いますよ。
でも実際に食べてみるとはっきり分かりますが、本当のリンゴの味は、やはりリンゴにしか出せないんですね。タイムドメイン理論は、まさしくその考え方から生まれた〝本物志向〟の理論ということです」
業界全体のイノベーションの呼び水にも
それにしても気になるのは、このタイムドメイン理論がどのような背景から生まれ、今後どのような波及効果が見込めるかという点だろう。
「背景を話すと少々長くなりますが、パリのオペラ座で本物の音楽を聴いたのが、そもそもの始まりです。それまでも音響に係わる仕事をし、音については一応以上の情報も見識も持っていたつもりですが、そんなものは木っ端微塵ですよ。とにかくたいへんなショックを受けたんです」
順を追って話そう。
氏の言うオペラ座ショックは1979年のことで、当時研究員として勤めていた国内屈指の音響機器メーカー、オンキヨー(本社/大阪市)から特別にもらったヨーロッパ音楽鑑賞旅行の途上である。前年に氏が一人で開発し、世に送り出した新型スピーカー、「SL─1」が予想以上にヒットしたことの〝ご褒美旅行〟だったという。
「2階正面の一番いい音が聴けるという席についたんですが、レベルが違うなんて話じゃないんですよ。これが本物の音楽というやつか、私の持つ音響技術なんて、これに比べれば小学生の工作みたいなものだと、つくづく思い知らされたものです」
とまれこのことが、氏の〝狂気〟にも似た、技術者魂に火を着けたことは間違いない。
「もっと素晴らしい音の出る音響システムを何としてもつくりたい、正真正銘、本物の音が再現できる画期的なオーディオを世に送り出したい、そんな思いがムクムクと湧き上がりましてね。それからは朝から晩まで、文字通り研究室に閉じ篭りの毎日ですよ」
ちなみに当時の氏は43歳。40歳のときに大病を患い、長期入院を経て何とか職場に復帰はしたものの、研究室に自分の机はなかったという。「SL─1」を開発したときもそうだったが、またしても太平洋ならぬ〝研究室ひとりぼっち〟である。
「最初に取り掛かったのは、これまで何一つ疑われることのなかった従来型理論の徹底した洗い出しです。とにかくオペラ座で聴いた音と余りに違いますから、何か理論上に問題があるのではないかと考えたわけです。それこそありとあらゆる可能性を視野に、何度も試作品をつくっては実験を重ねました。
しかしどうやっても、これだというものが見つからないんです。そこでもしかするとという疑念から、一度この従来型理論を捨てて、ゼロベースから様々な可能性を探ってみることにしたんですね。そしたら徐々にですが、ようやく見えてきたんですよ。時間領域という、それまで誰も振り向かなかった重要な音の要素が」
これが後(1984年)に日本のオーディオ三大賞を総ナメにしたばかりか、パリのハイファイショーでもグランプリを獲得した幻の名器、「GS─1」の開発につながる新機軸、タイムドメイン理論が生まれた瞬間だ。
たった一人で、しかも途中何度も病に倒れるなど、命を懸けて成し遂げた世紀の大発見である。吉田松陰も納得の、まさに〝狂気の沙汰〟と言っていい。
現在、氏はタイムドメイン理論に基づく次世代型音響機器のファブレス企業、タイムドメイン社の社長を務めている。フラッグシップは「Yoshii9」。その名の通り、氏が新会社を設立した後に開発した、何ともユニークなチューブ(筒)型スピーカーとアンプのシステム音響装置である。
ちなみにこれが世に出たことによって、今、音楽業界には小さからぬ揺れが生じているという。楽音再生以前の問題として、録音技術そのものが問われ始めているのだ。
「いい状態で録音された原音は、歌や楽器の音色だけでなく、表現者の位置関係や息遣い、周りの空気まで感じられるほどリアルに再生されます。これは逆に言うと、悪い状態で録音された原音も、そのままリアルに再生されるということです。要するに誤魔化しが利かないんです。その意味では私どもも含めてですが、業界全体のイノベーション(技術革新)の呼び水といいますか、後押しにもなるのではないかと、期待しているところです」
とまれ興味と関心のある読者は、是非とも一度、同社のホームページをお訪ねありたい。
プロフィール
由井啓之(よしい・ひろゆき)氏…1936年、奈良県生まれ。国立電気通信大学卒業。約2年間の電電公社勤務を経てオンキヨーに入社。従来のフレケンシードメイン理論に代わるタイムドメイン理論を構築し、「GS─1」の大ヒット(1984年)に繋げる。96年、経営再建に伴い、アスキー社長の西和彦氏の支援を得て設立された、アスキー総合研究所内・オーディオ研究所の事業部長に就任。翌97年、タイムドメイン社を設立し、代表取締役に就任する。
株式会社タイムドメイン
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