有限会社浅原皮漉所 |本当の職人の仕事を見せてやるっ
有限会社浅原皮漉所 本当の職人の仕事を見せてやるっ
◆取材・文:加藤俊
有限会社浅原皮漉所 浅原和男氏
一般的にはあまり耳慣れないが、〝皮漉(す)き〟という仕事がある。財布やカバンなど、革製品をつくるのに欠かせない工程で、原材料の皮を、加工に耐えられるよう薄く漉く作業である。その皮漉き職人、浅原和男氏(浅原皮漉所)を訪ねて話を聞いた。
モノマチには第2回から参加しており、生粋の職人としては、最古参のひとりだ。この職人の目に、果たしてモノマチはどう映っているのか。聞くと必ずしも〝良いことずくめ〟ではないようだ。今後の宿題も含めた、氏の複雑な胸の内を紹介しよう。
職人が発信しなければならない!
浅原氏がモノマチに参加したきっかけは、第1回のモノマチのイベントを見てきた奥さんの一言にあった。
「良い作品もあったけど、多くが高校の文化祭の延長線上だったよ。ああいったクリエイターの人たちが、この町の代表みたいに見られていいの?」
これを聞いて氏は、次の回からモノマチに参加することを即座に決めたという。突き動かしたのは、「本当の〝職人〟の仕事を見せてやるっ!」という義憤と矜持にほかならない。そもそも氏は、彼らの仕事に対し、以前から必ずしも良くは思っていなかったようだ。
「だってつくっている作品が幼稚なんですよ。私は俗にいう世の中全般の〝クリエイター〟と称する人たちに対しては、今もあまり快く思っていないんです。もちろんデザビレ(台東デザイナーズビレッジ)の中には、素晴らしい人もいますよ。でもクリエイターの多くは、それで〝プロ〟を名乗っていいのかと、愕然とするようなレベルの人たちが本当に多いんです」
それでも最初のうちは、かなりの部分で好もしく思い、応援したいという気持ちが強かったようだ。若い彼らが情報を発信することで、普段、あまり日の目を見ることのない下町の職人の世界にも、一躍スポットライトが当てられるようになったからだ。ところが、事態は氏の思わぬ方向に進んでいったという。
「彼らのレベルの低い安直な技術が、この地域に氾濫するようになってきたんですよ。これは危険なことだと感じましたね。なんせ、彼らのやっていることが当たり前になってしまったら、相対的にうちらのような職人仕事は、影が薄くなり、廃れてしまうことだってあるわけですよ」
とりわけ氏が憂慮しているのは、その安直さだという。 若いクリエイターの中には、革製品を扱う者なら、当然精通しているべき知識が頭に入っていない人が多いのだ。一昔前までは革製品の業界に携わる者ならば、皮漉きのなんたるかという、知って当たり前の常識があった。
ところが、多くのクリエイターはそれを知らないまま、自身の作品づくりを始めてしまう。
当然つくられたものは、幼稚な作品にならざるを得ないのだが、 「それで満足しているところが始末に負えない」 と、氏は怒りを隠さない。
これがまかり通ってしまったら、皮漉き職人の職人としてのプロ意識は、存在価値がなくなってしまうと言うのだ。
「だから私は、私自身が表に出て、自ら発信しようと決めたんです。この地域に根付いた素晴らしい技術を、多くの人に知ってもらいたいという一心でした。とは言っても地味な技術ですからね。実際に一般の人たちの前で皮を漉いて見せることが、どれだけインパクトがあるかなんて分からないし、まるっきり自信はありませんでしたけどね(笑い)」
ともあれ、モノマチに参加することで得たものは、けっして小さくないと氏は言う。
「うちらのような、日頃表に出ることのないOEMの仕事をしている人間がいることを、一般の方に認知してもらえたことが実感できました。それと、一部のデザビレのクリエイターの方にも皮漉きのなんたるかを少しずつ認知いただけているようです。そうでない方のつくるモノは相変わらずですが、徐々に良い方向に変わってきているように思います。
そういった意味では、モノマチは本当にいいイベントだと思っています。こうしたイベントを通して、メイドインジャパンの革製品には手がかかっているということを理解してもらえたなら、私たちが携わった商品を手に取ってもらった時、仮にそれが少々高かったとしても、お客さんのお財布の紐を緩ませることができるかもしれませんしね(笑い)」
モノマチをどう進化させるか
しかし、回を重ねるごとにモノマチの問題点も見えてきた。
「参加者が、売上に直結する小売や飲食の人ばかり増えているんです。彼らは客足がそのまま売上に比例するから参加する意味があることはわかります。でも、うちらみたいに、自身の商売に直結しない職人にとっては、現状では、〝自分たちの存在を知ってもらうことの先に何も望めない〟んです。だから職人の参加者があまり増えない。参加してほしい先輩は、まだたくさんいるんですが、皆なかなか首を縦に振りません。
ましてや、最近の拡大傾向の流れにはノーを突きつけたい。一部の人たちは、モノマチを全国いろんな開催地で行うイベントにしたいのでしょうが、うちらにしてみれば、なんでそんなことするの?との思いがあります。日本人は飽きっぽい性格です。流行りものばかり追いかけて、せっかくここまで育て上げた、この台東区のモノマチが、この先似たようなコンセプトのイベントが乱立していく過程で、廃れてしまう可能性があるじゃないですか」
もちろん氏は、この地域がもつ、モノづくりの多様性をよく知っている。実に様々な業種が一堂に集まっており、氏はこれをアドバンテージと見ているようだ。
「結局〝差別化〟なんですよね。台東区のこの地域だからこそ、というイベントにしていけば埋没しません。そのためにはもっと多くの職人が参加して、この地域の個性を今以上に打ち出していくことだと思います」
「朝から晩まで働いて、それなりに飯が食えて、子供があとを継ぎたいと思う仕事をしていければいいと、普段から思っています。そのためにも、子供が〝皮漉き職人の子供〟として誇りをもてるだけのいい仕事を、これからも続けていきたいですね」
今後おそらく、モノマチは今以上に根付き、進化を遂げ、広く認知されるに違いない。その暁には頼もしい新たな担い手が、数多く生まれている筈だ。
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●プロフィール あさはら・かずお氏…1971年生まれ。芝浦工業大学機械工学部卒。船のエンジンの設計会社に就職後、家業である浅原皮漉所に入り、現在に至る。
●有限会社 浅原皮漉所 〒111-0055 東京都台東区三筋1-3-19
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