医療法人における事業承継(持分ありの医療法人から持分なしの医療法人へ) ‐ 大坪洋一 日本経営ウィル税理士法人
◆文:大坪洋一 日本経営ウィル税理士法人(日本経営グループ)
今回は、一般企業ではなく医療法人の承継に着目してみたいと思います。
出資金の特徴
医療法人の出資金は、一般企業にいうところの株式に相当するものです。この出資金は、出資者の財産であるため、出資者に相続が発生すれば、相続税の課税の対象となってきます。
医療法人は、一般企業と以下の点で違いを持っています。
① 配当が禁止されている
② 出資者に議決権がない。
医療法では配当が禁止されているため、医療法人に出資をしても配当はなく、議決権もありません。議決権は社員という地位に帰属するものであり、出資者でありかつ社員であれば、社員としての地位に基づいて議決権を有することとなりますが、出資者であっても社員でなければ、議決権は有しないこととなります。
よって、財産権はあるため相続税が課税されるだけという特徴があります。
また、医療法人では、一般企業のような金庫株(自己株式の買取り)は認められないため、出資金を換金する方法としては、M&Aで売却するか、医療法人に対して持分の払戻請求をするか、医療法人が解散し残余財産が分配されるくらいしかありません。
持分のない医療法人という選択肢
医療法人において配当が禁止されていることから、内部留保がたまり易い法人であり、一般企業と比べ利益率も高いことからすれば、出資金の評価も高くなりやすい傾向にあるのではないかと思われます。
そのため、医療法人の出資金を相続する場合、後継者が多額の相続税を負担しなければならないことになりますが、医療法人においては、一般企業と違い、持分を放棄するという手法を選択することができます。
出資金を有する医療法人を「持分のある医療法人」といい、出資金という財産権を放棄した医療法人を「持分のない医療法人」といいます。
持分のない医療法人は、個人が財産権を有しないため、後継者などに対して相続税が課税されるということがなくなります。よって、今後の事業承継は、役員の交代だけで行われ、財産権の承継は不要となります。
持分のある医療法人が、持分のない医療法人に移行するには、定款変更が必要となりますが、その時に、医療法人に対して、みなし贈与税が課税されることとなります。
持分のある医療法人・・・後継者個人に相続税が課税される
持分のない医療法人・・・医療法人にみなし贈与税が課税される
(単純に移行した場合)
相続税か贈与税の違いはありますが、いずれにしても多額の納税が発生することとなります。ただ、持分のある医療法人の場合には、出資金を引継いだ相続人である後継者に相続税が課税され、次の代も、またその次の代も相続税が課税され続けるわけですが、持分のない医療法人に移行した場合には、移行時に、(相続人である後継者でなく)医療法人がみなし贈与税を1回負担するだけで、その後においては相続税の課税はなくなることになります。
なお、同じ税負担を負うとした場合、後継者(個人)が負担するのと、医療法人が負担するのを比較すると、医療法人で負担する方が払い易さがあると考えられます。
認定医療法人という選択肢
さらに、公益性の高い医療法人を目指される場合には、持分のない医療法人に移行したときのみなし贈与税の負担が免除されることがあります。
その方法としては、
① 社会医療法人になること
② 特定医療法人になること
③ 認定医療法人になること(その後、持分放棄すること)
本稿では、上記③についてのみ簡単に触れることとします。
認定医療法人になるには、厚生労働省への申請が必要であり、その申請ができる期間が、2017年10月1日から2020年9月30日までの3年間となります。
認定医療法人になるための要件としては、以下の8要件があり、かつ、認定医療法人になった後も、その要件を6年間は満たし続けなければなりません。
① 社員、理事、監事、使用人その他の関係者に対し特別の利益を与えるものでないこと
② 理事及び監事に対する報酬等について、民間の役員報酬及び従業員の給与、経営状況を考慮して、不当に高額なものとならないような支給基準を定めていること。
③ 株式会社等の営利事業を行う法人又は個人に対し、寄附その他の特別の利益を与える行為を行わないこと。
④ 会計年度の末日における遊休財産額は、損益計算書に計上する事業に係る費用の額をこえてはならない。
⑤ 法令に違反する事実、帳簿書類に取引の全部又は一部の隠蔽や仮装の記載があうが愛をさします。公益に反する事実がないこと。
⑥ 保険診療収入割合が全収入金額の80/100を超えること
⑦ 自費患者に対する請求金額が、社会保険診療報酬と同一であること
⑧ 医療による収入金額が、医師等の給与、医療の提供に要する費用等、直接要する経費の額に150/100を乗じた金額の範囲内であること。
上記8要件を、満たせない場合には、医療法人に対してみなし贈与税が課税されることとなります。
これまでは、みなし贈与税の負担なしで、持分のない医療法人に移行する場合、役員に占める親族の割合が1/3以下でなければない等の要件がありましたが、認定医療法人制度においてはこの要件が排除されているため、オーナーシップを維持しながら、相続税及び贈与税の負担もないということになります。
上記8要件を満たさない場合には、満たすための改善も必要であり、改善に時間も要するため、申請期限を考えるとあまり時間がない状況になってきたと言えます。
持分のある医療法人に関しては、出資金の評価額や将来の相続税の負担がどれほどのものであるか、納税資金で賄えるのか、賄えないのか、単純放棄をした場合のみなし贈与税の負担がどの程度のものかなど現状を確認した上で、認定医療法人を目指すとした場合の改善項目と、効果などを確認することをオススメします。
大坪洋一
日本経営ウィル税理士法人(日本経営グループ)社員税理士
大学卒業後、会計事務所の勤務を通じ幅広く税務会計業務に従事。
2006年11月、税理士法人関西合同事務所(現:日本経営ウィル税理士法人)入所、
相続対策と土地の有効利用、事業承継等の税務会計の研究と実践に注力。
テーマ関連著書は「弁護士・税理士が教える中小企業のための事業承継」(共著)など。
日本経営ウィル税理士法人 社員税理士 大坪洋一