(写真=写真AC)

【1】買い手候補のリスト・アップ

買い手候補の情報を集めるには、以下の三つの方法がある。

 

買い手候補探しを行うためには、情報力が必要である。しかし、オーナー個人が自ら情報を集めることには限界がある。そこで、豊富な情報力を有する専門家の支援を受けることが効率的な進め方である。

 

第一の方法は、企業オーナーが自ら買い手候補をリスト・アップする方法である。

自社の属する業界の情報は、オーナー経営者自身が一番よく知っているはずである。経営者は、業界団体の交流関係を通じて他社の社長との付き合いがあることから、業界内を見渡してみれば、最適な買い手候補は直感的に思いつくことだろう。

M&A実務では、たとえ金融機関やM&A仲介会社に依頼して数多くの買い手候補を紹介してもらい交渉を進めた場合であっても、最終的に経営者が最初に思いついた買い手候補との取引を決定するケースが多い

 

買い手候補を検討する際、経営者がよく知っている同業者(競合他社)には提案したくないと考えるかもしれない。しかし、同業者こそ最適な買い手候補となる。

なぜなら、お互いの事業内容や経営戦略を熟知しているため、経営統合した際にシナジー効果を創造しやすいからである。

同業者は、統合後のコスト削減、市場での競争環境の緩和など、買収後の事業価値を創造することができるため、異業種の買い手候補と比べると、提示できる買収価格が高くなるはずである。

 

したがって、買い手候補として最初にリスト・アップすべきなのが同業者ということになる。

 

近年、金融機関がM&Aアドバイザリー業務に積極的に取り組んでいるが、そこに持ち込まれるM&Aニーズのほとんどは買収ニーズである。

買収ニーズと売却ニーズの比率は、9対1くらいの差があるだろう。金融機関は買収ニーズを大量に抱えているのであるが、そこにマッチングさせる売却ニーズが極端に少ないため、いつも売却案件が来るのを待ち構えている状況にある。

 

そこで、売却の相談を金融機関に持ち込むことが効果的な方法となる。

先に買収ニーズを抱える金融機関は、買い手側に対するM&Aアドバイザリー業務をビジネス・チャンスとして捉え、積極的に買い手を紹介してくるはずである。

 

 

【2】買い手候補の絞り込み

買い手候補を思いつくままリスト・アップできれば、実際に買収提案を持ち込む相手を以下の三つの観点から絞り込む。

  1. 買い手を国内企業に限定するか、外国企業まで広げるか
  2. 事業会社に限定するか、投資ファンドも含めるか
  3. 類似業種に絞るか、異業種にも対象を広げるか

 

通常は、自社の事業内容を熟知している得意先や仕入先など既存の取引先が買い手候補として最初に挙げられてくるはずである。複数の買い手候補との交渉を行ったとしても、結果的に既存の取引先が買い手として最終決定するケースが一番多い

しかし、同じ業界内の取引先に親族外承継(M&A)の提案を行うと、売りに出ている事実が広まり、信用不安を招く危険性が伴う。

 

また、十分な買い手候補がリスト・アップできた場合であっても、以下のような取引実現可能性の観点から、買収提案を持ち込む相手を絞り込む。

  1. 買収するための資金力があるか
  2. 自社と統合することによってシナジー効果が発揮されるか
  3. 買収に対して積極的な経営戦略を掲げているか
  4. 過去にM&Aを経験しているか
  5. 従業員の雇用を維持してもらえるかどうか、従業員に納得してもらえる会社かどうか

これらの選定基準を満たすことのできる買い手候補であれば、取引の実現可能性は高い。

 

 

【3】買い手探しは誰に担当させるか

オーナー経営者である自分は忙しいので、頼りになる部下(役員)に買い手探しを任したいがどうかという相談を受けることがある。

 

もちろん、買い手候補を探す際には、経営陣や営業部長が持っている業界の情報を採り入れることは重要である。

しかし、親族外承継(M&A)のための買い手候補探しは、基本的にオーナー経営者が自ら行い、サラリーマンである部下に任せてはいけない。

なぜなら、サラリーマン役員は、取引の当事者ではないので、オーナーが株式を売却することよりも、自分の雇用の確保や、報酬の維持を考えるからである。

例えば、高い価格で株式を買い取ってくれる買い手は、オーナーにとっては好ましいが、その代償として人件費を減らすために役員を解雇するならば最悪である。

 

サラリーマン役員は、自己の利益を図るための買い手候補探しを行うため、親族外承継(M&A)における買い手探しを任せるべきではないのである。

 

 

【4】買い手に提示する売却価格の決定

意思決定の段階では、正式な価値評価は必要なく、大体の株式価値を概算で把握した上で、売却可能性を検討するだけでよい。

 

そして、親族外承継(M&A)を決定し、その準備する期間においては、買い手候補に対する買収提案の最に提示する事業計画を作成する。

その際、対象会社の想定売却価格を算定し、取引を決定する際の希望価格、すなわち「これ以下の価格であれば売却することを中止する金額」を設定することが必要である。

 

売却プロセスにおいて、最も重要な要素は売却価格である。

 

買い手候補が提示する買収価格の提示を受けた際、売り手としてその価格が妥当であるのかを判断することが求められる。

そのときの判断材料として、売り手が自ら評価した公正価値や、価値評価の方法を頭の中に描いておく必要がある。

親族外承継(M&A)は、その事業から生み出される将来キャッシュ・フローを一時金として先取りすることであるから、将来キャッシュ・フローの割引現在価値よりも低い価格で親族外承継(M&A)することは、合理的ではない。

それゆえ、希望する売却価格を決めずに、買い手候補と交渉を進めてはならない。

 

希望売却価格の前提となる事業計画は、あくまでも現在の売り手の傘下で実現することができなかった会社経営を反映したものであり、そこから評価される希望売却価格は売却することで実現するものである。

思った以上に低い価格での売却しかできなくても、それが自社の実態なのであれば、その現実を受け入れるしかない。

 

親族外承継(M&A)によって、オーナーが自ら会社経営を続けるよりも多額の一時金を獲得できるのであれば、それは今すぐ売却するという意思決定を行うべきということになる。

 

 

岸田 康雄 (きしだ やすお)

事業承継コンサルティング株式会社 代表取締役

島津会計税理士法人東京事務所長

公認会計士、税理士、中小企業診断士、国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会検定会員)

一橋大学大学院商学研究科修了(経営学および会計学専攻)。 中央青山監査法人(PwC)にて事業会社、都市銀行、投資信託等の会計監査および財務デュー・ディリジェンス業務に従事。

その後、メリルリンチ日本証券、SMBC日興証券、みずほ証券に在籍し、中小企業経営者の相続対策から大企業のM&Aまで幅広い組織再編と事業承継をアドバイスした。

現在、相続税申告を中心とする税理士業務、富裕層に対する相続コンサルティング業務、中小企業経営者に対する事業承継コンサルティング業務を行っている。

日本公認会計士協会経営研究調査会「事業承継専門部会」委員。中小企業庁「事業承継ガイドライン」改訂小委員会委員。

 

著書には、「プライベート・バンキングの基本技術」(清文社)、「信託&一般社団法人を活用した相続対策ガイド」(中央経済社)、「資産タイプ別相続生前対策完全ガイド」(中央経済社)、「事業承継・相続における生命保険活用ガイド」(清文社)、「税理士・会計事務所のためのM&Aアドバイザリーガイド」(中央経済社)、「証券投資信託の開示実務」(中央経済社)などがある。