(写真=写真AC)

 

【1】 事業承継のステップを考える

現在、事業承継が円滑に進まない原因の一つに、事業承継の準備を行われていないことが挙げられます。これは、そもそも事業承継に準備が必要であること、事業承継の準備に5年~10年の期間を要すること、事業承継の準備の巧拙がその成否を分けることが知られていないからでしょう。

 

事業承継を実行するまでには、親族内・従業員承継の場合は、事業承継計画を立案することが必要となりますし、M&A等の場合は、引継ぎ先を選定するためのマッチング(相手探し)が必要となります。いずれも手間と時間をかけて行わなければなりません。準備の必要性を認識するとともに、早めに着手することが求められるのです。

 

事業承継の円滑化のためには、早期に準備に着手し、公認会計士や中小企業診断士等の支援機関の協力を得ながら、事業承継の実行、さらには自社の事業の10年後をも見据えて、着実に行動を重ねていく必要があります。

どのような経営者であっても、まずは事業承継に向けた準備の必要性・重要 をしっかりと認識しなければ、準備に着手することはできません。

 

次に、経営状況や経営課題等を把握し、これを踏まえて事業承継に向けた経営改善に取り組む必要があります。ここまでで、事業承継に向けて中小企業の足腰を固めることができるでしょう。

その後、親族内・従業員承継の場合には、後継者とともに事業計画や資産の移転計画を含む事業承継計画を策定し、事業承継を実行に移すこととなります。他方、社外への引継ぎを行う場合には、引継ぎ先を選定するためのマッチングを実施し、合意に至ればM&A等を実行することとなります。

さらに、事業承継実行後(経営交代後の取組み=「ポスト事業承継」)には、後継者による中小企業の成長・発展に向けた新たな取組みの実行が期待されます。

 

【2】 ステップ1:事業承継に向けた準備の必要性の認識

経営者に対して事業承継を促すようなアドバイスをしてくれる人は、周りにほとんどいないでしょう。経営者個人は、何歳になってもいつまでも現役で働くことができると意気込んでいることが多く、60歳なんてまだまだ若いと思っているはずです。

一方、従業員にとってみれば、自分の雇い主であり、上司に対して、引退を促すことを進言できるはずがありません。そのため、経営者は、多忙な毎日の中で立ち止まって事業承継のことを考える機会がないのです。

 

公認会計士や中小企業診断士が、「事業承継診断」という簡易な質問リストを配布しています。ぜひ一度、その質問に回答してみてください。この「事業承継診断」を使い、一度立ち止まって事業承継のことを考えるきっかけとしていただきたいものです。

 

一般的に、事業承継問題は、家族内の課題として捉えられがちであり、気軽に外部に相談できないとする経営者がたくさんいらっしゃいます。このため、やっと事業承継の準備に着手し、専門家のもとを訪れた時には既に手遅れになっていたという事例が多いようです。

 

このため、後継者教育等の準備に要する期間を考慮し、経営者が概ね60歳に達した頃には事業承継の準備に取りかかることが望ましいと言えます。他方で、60歳を超えてなお経営に携わっている経営者も多数いらっしゃいますが、そのような場合は、すぐにでも身近な公認会計士や中小企業診断士に相談し、事業承継に向けた準備に着手すべきです。

 

他方、支援機関側にとっても、事業承継問題は、広範かつ専門的な知識・経 験を必要とすることに加え、プライベートな領域にも踏み込まざるを得ない側 面を有していることから、相談を待つといった受け身の姿勢になりがちです。

そこで、事業承継に向けた準備状況の確認や、次に行うべきことの提案等、事業承継に関する対話のきっかけとなる「事業承継診断」(事業承継に関する診断項目への回答を通じて、自社の将来や事業承継に向けた進め方・課題について経営者自ら検討するきっかけとする取組であり、事業承継に向けた早期かつ計画的な準備への着手を促すもの。)の実施が始まったのです。

 

 

<執筆者紹介>

岸田 康雄 (きしだ やすお)

事業承継コンサルティング株式会社 代表取締役

https://jigyohikitsugi.com/

島津会計税理士法人東京事務所長

公認会計士、税理士、中小企業診断士、国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会検定会員)

一橋大学大学院商学研究科修了(経営学および会計学専攻)。 中央青山監査法人(PwC)にて事業会社、都市銀行、投資信託等の会計監査および財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、メリルリンチ日本証券、SMBC日興証券、みずほ証券に在籍し、中小企業経営者の相続対策から大企業のM&Aまで幅広い組織再編と事業承継をアドバイスした。 現在、相続税申告を中心とする税理士業務、富裕層に対する相続コンサルティング業務、中小企業経営者に対する事業承継コンサルティング業務を行っている。 日本公認会計士協会経営研究調査会「事業承継専門部会」委員。中小企業庁「事業承継ガイドライン」改訂小委員会委員。

著書には、「プライベート・バンキングの基本技術」(清文社)、「信託&一般社団法人を活用した相続対策ガイド」(中央経済社)、「資産タイプ別相続生前対策完全ガイド」(中央経済社)、「事業承継・相続における生命保険活用ガイド」(清文社)、「税理士・会計事務所のためのM&Aアドバイザリーガイド」(中央経済社)、「証券投資信託の開示実務」(中央経済社)などがある。