林総事株式会社×東京都立六郷工科高校|時間をかけて人を見るデュアルシステムは、企業と生徒本人にとって一番いいシステム
次世代エンジニアは学校と企業が一緒に育てる!モノづくり人材育成の産学連携!
◆取材:加藤 俊/文:佐藤 さとる
林総事株式会社で長期の職業訓練を積む六郷工科高校のデュアルシステム科の生徒たちと野澤幸裕教諭
若い人が入って来ない。入っても定着しない。育たない。
多くの中小企業が直面する課題に、町工場が集積する東京都大田区では、学校と企業が協力して取り組んでいる。中小企業に若い人材を如何におくるか。東京都立六郷工科高等学校の先進的な取り組みを紹介しよう。
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林総事株式会社 × 東京都立六郷工科高校 時間をかけて人を見るデュアルシステムは、企業と生徒本人にとって一番いいシステム
林総事株式会社専務取締役の林秀子氏。「仕事の苦労は当たり前だけど、人間関係の苦労はさせたくない」と語る。若い人にとって働きやすい環境づくりに取り組んできた。「若い人が結婚して安心して子育てできる環境をつくっていきたい」。
会社の雰囲気はいまが一番いいかもしれない
「先週は結構大変だったんですよ」と言いながらも笑顔を見せるのは、林総事株式会社の専務取締役・林秀子氏。
「若い社員が土曜日に出て、結局日曜の朝4時まで仕事をしていました。取引先さんからの技術課題をクリアすることが目標で、結構ハードルが高かった。でも、そういう大変な時に自然とそれぞれの力を出し合うんですね。『とにかく世の中にないものをつくりたい』との一心で、クリアしたんです。感動しました」
林総事は、踏切の遮断機や分岐器など鉄道の保安装置をつくるので有名な企業。いわゆる典型的なモノづくりの中小企業だ。デュアルシステム科の生徒を4期生から受け入れており、すでに卒業生2名を入社させている。現在3人が同社で研修授業を受けている。
同社の正社員で最も多いのが20代。現場には常に若さと活気が溢れている。林氏自身「現場はとてもいい雰囲気。いまが一番いい」と言い切るほど。「若い人がなかなか寄り付かない」と悩む中小企業経営者からすれば、羨ましい限りだろう。
人気の背景には若い世代に拡大している鉄道ファンの存在があるのかもしれない。実際、同社には鉄道好きの生徒が多く入っている。だが林氏はやんわり否定する。
「いまの職場をつくるまでは本当に大変で、相当苦労したんですよ」
「採用しては辞める」の繰り返しに悩んだ日々
かつては年季の入った職人が多く、若い人が入社してもすぐ辞めていった。
「理由は失敗すると背景も聞かずに、ガンガン怒鳴るから」
叱責を恐れるあまり、失敗した製作品をずっと機械の裏に隠していたこともあったという。
定着しない理由はほかにもあった。性格や価値観が合わない社員が混じることだ。
「モノづくりの人って人が良い人が多いんです。だから意地の悪い人が1人いるだけで、現場は荒れてしまう」
性格の悪い社員に職場を荒らされ、生産性が下がったこともある。若い社員が知らずにいじめられて退社したこともあった。
「若い人が辞めると、辞めていく人だけでなく、辞められるほうも傷つくんです。みんな一所懸命、面倒を見てるから。私が企業として一番悲しいと考えるのは社員と会社のミスマッチなんです」
いいモノづくりは、いい人間関係から生まれる
若手社員が辞めない、ベテランも若手も生き生きと働く職場とはどのような職場なのか。試行錯誤の末、林氏はある原則を見出す。
「モノづくりは、関わる人が手を合わせてつくりあげる仕事。従って人間関係が良くないと良いチームワークも生まれないし、良いものはできない。つまり優れたモノづくりの基本は、いい人間関係づくりが基本だということ」
同社が採用時に最も重視するのは、「いい性格かどうか」。まさに人物本位の採用だ。
「やはり性格のいい人じゃないとお互いやっていけない。会社は、人生の壮年期の大半の時間をずっと過ごすわけだから。とくに(取引先の)鉄道業界はしのぎを削る下克上のような世界ではない。みなさんいい方ばかりなので」
だが肝心の人間性は、書類やちょっとした面接だけでは分からない。
「その点からも時間をかけて見ることができる六郷工科高校のデュアルシステムは、企業にとっても本人にとっても一番いいシステムだと思います」
1年の時はほとんど何も分からないが、2年、3年生になると期間も長くなり、生徒も会社側もお互いの性格や考えが分ってくる。
「お互いをさらけ出すから、人物の見定めに間違いがないんです。それに生徒さんはよく会社を見ている」
社長1人しかいない会社に希望する生徒もいる
同社では入社を希望する生徒に、作文として将来の仕事観を書いてもらうが、「本当に良く会社のことを見ているし、気付かされることも多い」という。何より「2年3年と、成長が目に見えるのが嬉しい」という。
「最初挨拶もできない子が、2年、3年と来るたびに成長している。技術や言葉遣い、生活態度もそうですが、顔つきが変わってくる。とくに3年になるとガラッと変わります。3年生になるともう、戦力として見れる」 と断言するほどだ。
都立六郷工科高校デュアルシステム科主任教諭の野澤幸裕氏。「(デュアルシステムに参加すると、)生徒は本当に変わる。それは仕事だけでなく学校に戻ってからも。大丈夫か?って思っていた生徒が、率先して学校行事をまとめていくようになったりします。企業さんには感謝してます」
六郷工科高校のデュアルシステム科主幹教諭の野澤幸裕氏は、「林総事さんは、生徒の性格や能力の引き出し方が上手い」と唸る。
「他社さんの場合、ほぼカリキュラムが決まっていて、どの生徒にも一律にやらせる。でも林さんは、その子のレベルに合わせてくれる。それに若い社員が多いので、『こいつ大丈夫かな』という生徒でも、周りがうまく“いじって〟くれる」
現在六郷工科高校に登録している企業は230社ほどだが、「生徒が行きたがる企業は1〜2割。林総事はそのなかでも人気が高く、毎年抽選になる」(野澤氏)というのも頷ける。
「いまの生徒は、大きな企業に行きたいという志向はあまりないんです。親が行かせたがってるだけ。重要なのは、林総事さんのように自分の居場所があるかどうか。構ってもらえる会社だと続くんです。逆に放っておかれると行きたくないとなる。生徒は最初に企業を回った時にそこを敏感に感じ取っています」
となるとベテラン社員ばかりの企業が不利になりそうだが、野澤氏は「必ずしもそうではない」という。
「実際に社長一人しかいない会社でも、その会社に入りたいっていう生徒もいますから」
その点、林氏も言う。
「他社のことは分かりませんが、弊社では環境整備を意識してから、若い人が長く働いてくれるようになりました。規模は小さくても大企業に負けない福利厚生にしたいと、かなり無理をしてきた面もありますが」
制度をつくるだけでなく、利用しやすい雰囲気づくりにも力を注いできた。たとえばユニークな「誕生日休暇」。
「誰にも誕生日があるわけだから、その日は大威張りで休めるわけです。どうしても忙しい時には前後に調整してもらうこともありますが、しっかり休めるような文化を持つことが大事。でないと将来社員が結婚して子育てをする時期に、子育てに参加できないようなことになる。忙しくてもしっかり休めるような制度と文化が必要なのです。仕事の苦労は当たり前。だけど人間関係の苦労はさせたくないと思ってます」
社員と生徒が語るデュアルシステム
〈社員の方からの感想〉
・製造部 土田祐司さん
「ウチに来る生徒さんにはとにかく、ありのままをさらけ出してほしいですね。ありのままであれば、僕らもコミュニケーションを取りやすいし、それでいい関係ができる。モノづくりに限らず、本音で言い合える関係がいい職場をつくっていくし、いい仕事ができると思うので」
・製造部 木村茂樹さん
「僕は大学卒で入ったんですが、六郷工科高校デュアルシステム科の生徒さんは高校生なのにしっかりしているという印象ですね。とくに高校生だからと特別扱いはしてません。社員と同じように気さくに接していますよ」
・瀧本高行さん
「就職して2年目です。ここの仕事はつくったものが日常の生活で見えるのが嬉しいですね。デュアルシステムは社会に揉まれる学科なので、忍耐力がつくと思う。高校時代を思い出すと、別の学校に行った友だちとも途中から社会に出ることへの意識が違っていきましたし。仕事はやはり我慢ができないといけない。でも仕事じたいは楽しいほうがいい。楽しい仕事を選ぶといいと思う」
・林拓也さん
「入社1年目です。長期就業訓練からやらせてもらっているので、もともと乗り物が好きだということで、入りました。ウチの製品は多くが線路の下に入ってしまうのであまり見えないんです。だから実際電車にのって、それがちらりとでも見えたときは嬉しい。ああ、作ったやつだって感動しますね。
デュアルシステム科では、1年次のインターンシップの前に名刺交換などのマナー講座をやっています。他の高校に比べて社会に出ることを早くから意識させてもらえる。そこが大きく違います。他校ではだいたい3年の就職前にやりますから。デュアルで学んだことはいろいろな場面で使えると感じています。インターンシップに入ったばかりの時は、何もできませんが、努力をしていれば、回りの人はちゃんと見ていてくれます。まず挨拶とか服装とかをきちんとできるようにしたほうがいいですね」
〈参加している生徒の感想〉
・3年 奥澤光成さん
「いま3年で、来年の春からこの会社にお世話になります。デュアルシステムは仕事に直結しているところがいいと思う。社会人の先輩の仕事を目の当たりにできるから、仕事の考え方とかも他の高校生よりは大人に近くなると思います。会社の先輩は、みなさん気さくですごく仕事がやりやすい。でも切り替えるときはぱっと切り替える。安全に対する意識が高くて、プライドを持ってやっている。そこが凄いなって思ってます。来年は一人暮らしになるのでちょっと不安ですが、先輩の皆さんと協力しながらいい製品をつくっていきたいと思ってます」
・2年 島田勇利さん
「ここに決めたのは、なんか雰囲気が良さそうで、一番楽しそうだったから。実際来たら社員さんの雰囲気もいいし、楽しい。仕事はとにかく部品の数が多いので覚えるのが大変ですね。就職はここにしたいので、いましっかり頑張りたいと思ってます」
・1年 工藤優之介さん
「ここを選んだのは、電車が好きだったのが理由ですが、最初見学した時はそれほど来たいと思わなかった。部品が重そうだし、実際重いんですが(笑い)、でもやってみると面白い。自分で部品をつくるっていうことが楽しい。ここに来るようになってからは、電車の中で騒いでいる高校生を見たりすると、なんか、もっと静かにしないかなって思うようになりましたね。ちょっと意識が変わりました」
◆2014年1月号の記事より◆
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