東京都立田無工業高等学校 ‐ インターンシップレポ
東京都立田無工業高等学校
インターンシップレポ
◆取材:加藤俊 /文:坂東治朗
少子化の影響で学校の統廃合が顕在化しているなか、生き残りをかけて、各校はさまざまな取り組みを行っている。その流れは、工業という専門知識を教える工業高校へも及んでいる。2014年1月号で取り上げた東京都立田無工業高等学校(東京都西東京市、池上信幸校長)に再度お話をお聞きして同校が取り組むインターンシップの現状を見ていく。
▶ 2014年1月号記事 『田無工業高等学校 変換を迫られるモノづくり教育!』
■企業との連携の中で学生を育てるデュアルシステム
田無工業高等学校は昭和38年の開校で、50年以上の歴史を持つ。多摩地区としては唯一、建設系学科(建築科、都市工学科)を設置しており(ほかに機械科がある)、これまでに多くの人材を輩出してきた。
平成24年度から新たな取り組みとして、ものづくり即戦力人材育成プログラム「デュアルシステム」を導入している。デュアルシステムとは、学校と企業が一緒になって生徒を育成する新しい職業教育のシステムである。学校での授業のほかに、インターンシップよりも長い期間、生徒が企業で就業訓練を行う。これにより、企業が必要とする実践的な技能・技術を生徒が身に付けられる。
また、企業と生徒の合意があれば、卒業後に就業訓練を行った企業に就職することも可能で、より自分に合った職業(仕事)に就くことができるというものだ。
「工業高校の教育課程は昭和30年代から大きく変わっていないにもかかわらず、企業で必要な技術がどんどん変わっています。そのため、工業高校の教育課程との乖離(かいり)が生じてきており、工業高校の生徒を採らない企業も増えています。
いったん切れたパイプをつなぎ直すためには、企業がどういう専門性を求めているかについて学校側がきちんと認識を持ち、企業との連携の中で協力しながら生徒を育てていくシステムが必要。それができるのがデュアルシステムだと思います」
池上信幸校長は、デュアルシステム導入の理由をこう語る。
仕事や企業についての知識が不足していることで、早期退職する若者が増加している。また、転職を繰り返すことで仕事に対する意欲を失い、スキルを身に着けることができないため定職に就かない場合も出てきており、社会問題となっている。そうした企業と若者のミスマッチを減らす上でも、実際に企業で働く機会を得られるデュアルシステムは有効と考えられている。
■参加企業106社
同校では、デュアルシステム導入にあたり、平成23年度に校内に準備委員会を設置。以前からインターンシップの受け入れに興味を持つ企業リストを提供してくれていた西武信用金庫をはじめとするいくつかの企業・団体からの協力を得て、デュアルシステムでの長期就業訓練での生徒の受け入れ企業の開拓を始めた。
その結果、初年度(平成24年度)は30社ほど(次年度以降のインターンシップや長期就業訓練の受け入れを約束してくれた企業を含む)の企業との提携を確保した。
初年度のデュアルシステムの対象は、平成24年度に入学した1年生のみ。1年生全員(約170人)を10班に分けて地域の企業10社を見学させたり、企業から講師を招いて講演会を実施したりなどした。
平成25年度は、1年生に対しては初年度と同様。2年生は、全員を対象に企業研究(企業見学や講演会などを含む)を継続しつつ、夏休み期間中にはインターンシップ(3日間)を日程等の諸条件が合えば複数の企業での体験が可能。2学期末と学年末には長期就業訓練(7〜9日間)を実施。
平成26年度では、3年生は1学期の間、学校での授業(課題研究や実習など)の代替として週1日の割合で就業訓練を受ける。企業と生徒の希望があれば、2学期以降も継続することが可能。デュアルシステムで生徒を受け入れてくれる企業は、地道な開拓の成果が出ており、106社にまでなった。
■仕事の一連の流れを見せる
ただし、2・3年生のデュアルシステムへの参加は、他校では全員参加とする所が多いが、同校では希望者のみを対象としている。その理由は、同校が生徒の自主性を重んじているためである。デュアルシステム参加者は、自分たちで「これから来週1週間お願いします」などと電話したり、日誌を書いて企業の方々にコメントをもらったり、学校に出す報告書もあったり、終わった後にお礼状を出したりするなど、結構やらなければならないことがある。だからこそ、就職希望者で、参加意欲があり、受け入れ企業リストの中に自分が興味のある職種や企業があること、これらすべての条件が満たされた生徒のみが参加できることになっている。
平成25年度はのべ54人、平成26年度はのべ64名が夏休み期間中のインターンシップに参加した。デュアルシステム導入前までのインターンシップ参加者が平均20人ぐらいだったことを考えると、格段に増えていることは確かである。進路指導部・デュアルシステム担当主幹教諭の谷村浩規先生は次のように語る。
※インターンシップ派遣生徒実数は25年度38名、26年度61名
「デュアルシステムによって企業と生徒の相互理解が深まり、生徒はその企業でのやりがいを見つけ、企業は生徒の良い所を見つけてマッチングが図れ、同一企業でのデュアルシステムを継続して経験した結果、最終的に就職することができるのが望ましいと考えています」
長期就業訓練の期間に関して、デュアルシステム導入で先行している工業高校の多くは「週1日型」だが、同校では7〜9日間の「集中型」を多めに採用している。土木や建築の現場は数週間〜数カ月単位で変化していくので、企業としては週単位だと生徒を受け入れやすい、また同校としても仕事の一連の流れを生徒に見せることができる。そうした双方の利害が一致していることが理由である。
■生徒たちの変化を実感
デュアルシステム導入後、生徒たちに変化が起こっていることを、先生たちは実感しているようだ。実習などの開始前、整列するまでの時間が早くなり、しかもチャイムが鳴る前に並んでいたり、話しかけたときに、まず「はい」と返事をしたりするようになったという。
「デュアルシステムで身近に社会人と触れ合うことで、社会では礼儀や約束が大事だということを確認してくるので、今まで甘えた気持ちでいた生徒が少しずつ大人に近づいた状態になってきていることを感じます」(谷村先生)
同校は、この3月でデュアルシステムを導入して3年が経過し、デュアルシステムを丸3年間経験した生徒が卒業する。実際に同一企業でのデュアルシステムを経験し、最終的にその企業に就職したのは5人という結果だった。しかし、インターンシップだけ、もしくは一度だけの長期就業訓練の参加など、部分的に接した企業を就職先に選んだ生徒の数を合算すると、その数はもっと増えることになる。
「田無工業としては、デュアルシステムはまだ手繰り状態です。デュアルシステムを使って生徒に技術や技能をきちんと身に付けさせるためには、相当に計画的にやっていかないと難しい。例えば、異なる企業に行ったとしても、工事の進行具合が同じようなところに重なることもなくはない。せっかくの長期就業訓練でそのようなことになるのはもったいない。企業と綿密な打ち合わせを重ねて、生徒にとって有益な機会になるようなプログラムを組んでいきたいと考えています」(池上校長)
生徒一人ひとりは、さまざまな可能性を秘めている。自主性を重んじて強いることなく、彼らの資質や関心に丁寧に向き合いながらキャリア教育を実践する同校の取り組みはこれからも続く。
後日……
生徒がインターンシップに参加している様子を取材に行った。
訪れたのは株式会社シミズオクト。エンターテインメント業界の裏方企業だ。
高田馬場駅から歩くこと10分、新目白通りの裏路地にある、高田馬場スタジオへ。
田無工業高校建築科の2年生、杉山京(みやこ)さんが働いていた。仕事は……
イベント用ボードの作成。学校の図工の授業が、そのまま仕事になったような楽しそうな職場だ。
さらに、イベントで使用される幕にアイロンをかけて、シワをとる仕事に。
その仕事が終わった後、インターンシップの感想を聞かせて頂いた。
……ということで、
◆参加生徒・受け入れ企業に聞く!◆
インターンシップ・インタビュー
(写真左から 杉山京さん、株式会社シミズオクト人事部山野井由貴さん、山崎宏美さん)
杉山 モノづくりが好きだったのと、父が建築の仕事をしているのに影響を受けて、建築科に入りました。入学当初は、インターンシップにあまり関心はありませんでした。でも、講習会でいろいろな会社の方々から仕事や会社のことをお聞きしたり、先生と進路の話をするうちに、「会社の様子を知るためにインターンシップはいいかも?」と思うようになりました。
シミズオクトさんにお世話になった決め手は「大道具」に関係する職種であったこと。インターンシップの受け入れ先リストを見ていたら、以前から興味のあった舞台などの大道具を作っていると書いてありましたので、お願いしました。
1回目(昨年7月末の3日間)はイベント会場で使う幕の縫いしろを作る作業を、2回目(昨年12月中旬の5日間)はボードの作製を手伝わせていただきました。インターンシップはアルバイトの延長みたいなものかなと思っていましたが、アルバイトで味わう緊張感とは全然違いますね。大人の世界に入っているなぁと。でも、自分が手伝った小さなモノや、そのほかのいろいろなものが組み合わさって最後は大きな会場になっていくと思うと、すごく楽しかったです。
将来は、進学するという道もありますが、建築科の実習で学んだことを生かして、大道具を作る仕事に就きたいと思っています。
山野井 当社の業務は、舞台などの会場の設営および運営管理、警備、清掃などを行う、エンターテインメント業界の裏方の仕事です。
売り上げ300億円従業員数1000人以上(グループ会社を含む)の業界最大手で、2002年のFIFAワールドカップなども手掛けました。
山崎 インターンシップの受け入れは、大学や専門学校からの実績はありますが、高校生はここ数年になります。昨年、田無工業高校の卒業生が当社の大道具の部署に入社したのがご縁で、今後も若い人たちに就業経験の場をご提供していきたいと考えて受け入れました。
インターンシップはいろいろな部署で受け入れていますが、受け入れ実績が多く、危険な作業が少ないサイン・テキスタイル部に入ってもらいました。教えてもらうという受け身のスタンスの実習生が多い中、杉山さんは自分から聞かないとやることが見つけられないことをわかっているので、積極的に先輩に質問していました。
生徒さんの要望に近い部署に受け入れるように調整しています。でも、短い期間での仕事が多く、仕事を覚えるというよりも、現場の雰囲気に触れるという感じでしょう。その点、工業高校の生徒さんは、普通科の生徒さんよりも基礎的な知識を持っているので、現場の雰囲気に馴染みやすいと思います。インターンシップは今後も積極的に受け入れていく予定です。
続いて……、
建築科の2年生、小形和也さんが、工事現場で現場監督補佐としての仕事を体験中とのことで、練馬区に移動した。受け入れ企業は池田建設株式会社。
現場に着くと……、
工事自体は終わり、道幅を測定中だった(写真左:池田建設株式会社工事部 竹内健策さん、右:小形さん)。
そして、先ほどと同じように、インターンシップの感想を聞かせて頂く。
小形 今回、池田建設さんを志望した理由は、仕事内容が興味のある道路関係だったからです。実際の仕事の内容は現場監督のサポートでした。カメラで現場を撮影したり、工事の際に騒音が出るので、近所にチラシを配って事前に告知したり、色々な仕事を体験させてもらいました。
建設業は外で体を動かすので、ちょっと間違えば命にかかわる仕事で危ないかもしれません。でも、夏休みには父が働いている建設会社で手伝ってもいるので、自分には向いていると思います。
やりたかった仕事なので、池田建設さんでのインターンシップは本当に楽しかったです。先輩たちが土ならしの作業をしているのを見ていて、「ああ、いいなぁ。自分もやりたいなぁ」と思いました。体力とガッツには自信があるので、チャンスがあればやってみたいです。
卒業後は就職したいと思っていますが、どういう会社があって、どういう仕事があるのか、まだわからない状況です。就職までには、多くの会社を見てみたいと思っています。就職で今後の人生が決まるので、父と相談して決めたいと思っています。
竹内 インターンシップの受け入れは今回が初めてのことです。建設業はきつい仕事なので、あまり人気のある仕事ではないかもしれませんが、とてもやりがいがあると自負しています。インターンシップで仕事を肌で感じて、若い人たちに建設業に興味を持っていただければ嬉しい。
建設業は危険が伴う作業が多いので、重機に近寄らない仕事をと考え、小形君を現場監督補佐として受け入れさせてもらいました。現場監督がどういうことをするのかを近くて見ることで、建設業の仕事を知ってもらいたかったからという意図もあります。
小形君は、わからないことは何でも質問はしてくれ、とても意欲的でした。道路に興味があると言ってくれたのですが、そういう若い人とはなかなか出会わないので、非常に嬉しかったです。興味を持って仕事をするのはとてもいいことですから。インターンシップを通して建設業の素晴らしさを知り、小形君のように建設業に興味を持つ若い人たちがもっと増えてくれることを切に願っています。
◇
【取材後】
杉山さんと小形さんが、しっかりとした就職観を既に持っていることに驚いた。やはり、校舎の外に出なければ学べない勉強があるのだろう。剥き出しの個として、初めて実社会に触れる機会。そうした経験を早くに持つことで培われるものの大きさを感じた。
かつて、ある進学校の先生はこう言った。「高校生に社会勉強が必要なのもわかるが、そんな余裕が一時間でも有るならば、学校としては大学受験のための英語や国語を勉強させたい」、と。
有名大学への合格実績という評価方法を重視する社会の制度設計上、それもわかる。だが、大学に入った先に、目的意識を見出だせない子が多々いる現状(筆者加藤もそうだった)を想うと、高校の間に少しぐらい企業で学ばせる時間を設ければよいのに、と思う。ここで強調したいのは、高校という時期。早いうちに経験するインターンシップにこそ、勉強という観点で大きな意味がでる。なぜか。社会人になるまでに時間が有るから、体験したことを素直に受け止める余裕というか、混じり気のない学びや気付きを得やすいと思っている。逆に言えば、大学でのインターンシップは性質上、どうしても就職を意識したものになりがちだ。
実際、その子の人生という視座に立ったら、数時間、数日分の英語や国語より、ずっと益する点があるだろう。というのも、杉山さんと小形さんが本当に良い表情をしていたのだ。進学校の先生に、それこそ意地悪く聞いてみたい。貴校の生徒と見比べてどうですか?
東京都立田無工業高等学校
〒188-0013 東京都西東京市向台町1-9-1
℡:042-464-2225
http://www.tanashikougyo-h.metro.tokyo.jp/
株式会社シミズオクト
〒161-0033 東京都新宿区下落合1-4-1
℡:03-3360-0875
http://www.shimizu-group.co.jp/
池田建設株式会社
〒177-0033 東京都練馬区高野台2-24-7池田ビル2F
℡:03-5393-5566