◆文:菰田将司

矢野一輝氏 教育図鑑株式会社 代表取締役

「自分に合った学校を自由に選んでほしい」

「学校には魅力的な『コンテンツ』が詰まっているのに、それが今は中を見ることができない『不誠実な商品』になってしまっている」。それゆえ、本当に行きたい学校を選べなくなっている。

授業の内容や教員・校内の環境・授業のノートまで、私立中学と塾に関する300以上の様々な項目を集め、他の学校データサイトに比べて20倍もの情報量を誇るサイト「中学図鑑」「塾図鑑」。運営する教育図鑑株式会社 代表取締役矢野一輝氏は学校を、人の好奇心を刺激し、成長させるコンテンツの宝庫と考えている。

 

「学校選びが不誠実になっている」

「1991年NTTに入社して以来、私は日本最初のHP立ち上げや検索エンジンの開発など、様々なネット事業の立ち上げに関わってきました。そんな時、京都造形芸術大学がネットを使った通信教育をスタートさせるのでそのコンサルティングをしてもらいたい、という話が舞い込んできた」(矢野代表)

現在、教育図鑑株式会社の代表取締役を務める矢野一輝氏は、当初3ヶ月という約束でこの指導に当たったが、しかしその僅かな期間では期待したほどの成果を上げることは難しかった。

「それがとても歯がゆく思った。このままここを離れてしまったら、何も成すことができないままになってしまう。……だから大学に残ることにしました。」

「それに」と矢野代表は続ける。「その3ヶ月の間に、学校という存在の魅力に改めて気づかされたのです」。

 

矢野代表がベンチャー企業みたいな大学だった、と評する京都造形芸術大学は、当時宗教学者・評論家として知られる山折哲雄氏が大学院長を勤め、現代思想家の浅田彰氏、日本画家の千住博氏や、歌舞伎役者二代目市川猿翁氏や作詞家秋元康氏など、そうそうたるメンバーが教員に名を連ねている大学だった。今もその学風は変わらず、学者・芸能人を問わず多用な識者たちが教鞭を振るっている。

「学生たちも、未来のアーティストを目指す気鋭たちが集まっていた。社会人として10年、企業の中で仕事をしてきた自分には、そんな学園の風景が強烈に刺激になった」

 

こんなにも大学には魅力的な「コンテンツ」が溢れている。それをもっと活かすことはできないか、と考えた矢野代表が注目したのが、自身が積み上げてきたネットの知識と技術の応用だった。

「学校の図書館、教員、そして授業などは全てコンテンツとして捉えることができます。しかし入学してくる人は、そこにどんなコンテンツがあるのか分からないまま入学してくる。高い学費を支払わされ、時には人生を左右することにもなりかねない選択であるはずなのに、それはあまりに不誠実です」

 

志向に即した情報を示し、選択を助ける

「その時、私は新しい検索エンジンを構想していました。普通は入力したワードに関わるものだけが結果に現れてきますが、そのもっと先、『あなたが求めている情報はこういうものではないですか』と示してくれる検索エンジンです。その人の性格・志向・興味などからレコメンドし、ビッグデータから必要なコンテンツデータを抽出し結びつけてくれる。二次的・三次的な、枝葉の先の情報にもたどり着くことができる検索エンジンです」

この概念を教育分野に応用すれば、今まで見えてこなかった様々な情報を顕在化できるのではないか。そして、それが学生たちが学校を選び、夢を実現していく手助けになればいい。

このテーマが文部科学省から評価され、5億円の助成金も得ることができた。

 

「人は幼稚園・保育園から始まって小中高、そして大学と人生の各ステージで教育を受ける場の選択を迫られます。人によってはその後も大学院や社会人大学、女性が出産などのために職を離れた後、再び復帰するためのリカーニング教育などもある。これら無数の学校から自分に適した学校を選ぶのは非常に至難です」

 

全国には私立・国公立を合わせて20095の小学校、10325の中学校、4907の高校、780の大学がある(平成30年度版、文科省『文部科学統計要覧』より)。ここに幼稚園・保育園、専門学校などの各種学校、そして大学院、さらには留学なども加わるが、これらの膨大な選択肢の中から、自分にベストの学校を取捨選択していかなければならず、しかもそれが人生を決めてしまうこともある。「ですからより多くの、そして本当に必要としている情報を集め比較できるようにしたかった」と、矢野代表は開発の動機について語る。

 

「弱い紐帯の強さ」という概念がある、と矢野代表は言う。これは1973年にスタンフォード大学社会学部マーク・グラノヴェター教授により提唱されたもので「家族や友人など、自分と社会的に強いつながりを持つ人より、単なる知人やそれほど濃い関係にない人から得た情報の方が価値を高く感じる」というものだ。人は自分と近い価値観の人ではなく、全く違う視点からの情報のほうに影響を受けやすい。特に教育というジャンルではそれが強い。

「○○学校は××が良いと言われている」などといった根拠に欠ける情報を信じた親がそこに入学しろ、と子供に強要する。「ですから、本当は親が子供の進学先を決めてはならないのです」と矢野代表は言う。

「まず本人が興味を持った学校を選ばないとならない。興味の有無によってモチベーションは10倍変わります。モチベーションを高めて入学してくるだけで、勉強の理解度は大きく変わる」

ネームバリューだけで開成高校を目指していたが、自分の興味関心、将来目指す道に照らし合わせて、もっと広く学校を探してみると、もっと別の新しい選択が見つかることもある。

「『中学図鑑』『塾図鑑』は本当にあなたの目指している道に進める学校はこちらだ、と指し示してくれる。名前や住所、偏差値などの表層上のデータだけでなく『どんな授業なのか』『どんなことを話してくれる先生がいるのか』という情報までも顕在化し、提供しています」

 

一度興味に火が付いたら夢中になる

中学一校の記事例

 

「ネット社会では知識はいくらでも手に入る。これを行動に活かせる『知恵』に変えていかなければならない。それができる人材を今、社会は求めている」

そう話す矢野代表に、自身の少年時代について伺った。

「いや、自分自身はそれほど勉強熱心ではありませんでした(笑い)。いたずら好きな子供でしたね。中学・高校では部活や音楽に熱中していて、成績も最低。けれど、自分が興味を持ったものには没頭してしまう、そんな少年時代でした」

高校では進級も危ぶまれるほどの成績だったが、3年生になって急に勉強に目覚める。

「一度火が付いたらあとは夢中になる。数学の先生に、自分が疑問を感じたことは授業中でも関係なく質問し続けて。自分が休みの日は『今日は矢野がいないから授業が進むな』と言われていたそうです」

その後東京大学大学院まで進み、法学から統計学、経営学、社会学までを学ぶ。そこでも自分の興味のままに突き進むのは変わらなかった。

 

「大学でインド雑貨の輸入販売のベンチャーをしたりしていました。ですからそのころから起業精神があったのかもしれませんね。しかし景気が悪化して。就職先は一転、硬いところを選びました(笑い)」

こうして入社したNTTだったが、配属されたのはネット事業の部署。硬い企業と思って入ったNTTだったが、与えられた仕事は時代の先駆けを行くものだった。

「新しいものがどんどん生まれていく瞬間を目の当たりにしていて、気づいたら10年、夢中になって仕事をしていました。そのまま仕事を続けても良かったのですが、ユニークな京都造形芸術大学の先生方を見て、自分も教育の仕事に携わりたいと思ったのです」

 

「自分の人生を自由にデザインできる」社会になる

「現在は首都圏を中心に私立・国公立中高一貫校と小学生向けの学習塾についてのサイト『中学図鑑』『(中学受験)塾図鑑』をリリースしていますが、2019年1月には『高校図鑑』『(高校受験)塾図鑑』をリリースします。今後は幼稚園や大学など様々な分野の学校・塾、さらには全国へと掲載範囲を拡大していくことを考えています。」

そして、それらの情報をデータベース化し、利用者が自分のライフデータログをとっていけるものにしていきたい、と矢野代表は話す。

 

そして「そうすることで人は、自分の人生を自由にデザインできるようになる」と言う。

「ネットが普及したことで、情報は一部の特権階級のものではなくなりました。しかし、それがあまりに拡大した結果、本当に必要な情報が埋没してしまっている。グーグルで検索をしても浮かんでくるのはまとめサイトや個人のSNSからの情報だけ。そうではなく、人の志向をレコメンドし、コンシェルジュしていくものが必要です。情報を求めている人に、本当に必要な情報を提供できるコンテンツを生み出してきたい」

「そうすればサラリーマンでも、50歳からでも自分のやりたい事、例えば起業をしたりなんてことも可能になるはず」と矢野代表は考えている。

理想的な人生は「好きなこと」と「できること」が合致する人生。そしてその「好きなこと」を増やすことができるのが教育だ。

「だから小学校や中学校のうちから自分の好奇心を刺激する教育に出会ってほしい」。矢野代表が考える、人が人生を謳歌できる社会がすぐそこまで迫っている。

 

 

矢野一輝……東京大学大学院総合文化研究科修了(社会学)、NTTに入社。本社企画部、人材開発部を経てマルチメディアビジネス開発部に。その後京都造形芸術大学准教授・東京大学研究員に転身。教授業とともに受験生獲得広報、文部科学省助成5億円を獲得、「知および伝達と理解の構造化」の研究開発を行う。「コンピュータとネットワーク技術を使って大量の情報を調べ、各要素の間の関係性を明らかにし、利用可能にする」ことを目指す。研究成果を基に2014年9月教育図鑑株式会社設立、代表取締役に。シリアルアントレプレナー。

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