やりたいことを将来、仕事としてやり続けるためには プロチェス棋士 岩崎 雄大 氏
学生にとって、好きなこと、やりたいことと、それで将来、実際に食べていけるのかどうかは、キャリア選択の悩みの一つだろう。そこで、やりたいことをやり続ける方法を東大卒のプロチェス棋士 岩崎氏を招き学生に語っていただいた。
意外と知られていないが、世界のボードゲームの中では、競技者が7億人もいて、ダントツの人気を誇るのがチェスである。世界150か国に連盟があり、地域的な裾野も広い。
しかし残念ながら、日本でレーティング(将棋の段のようなもの)を持っているプレイヤーはわずか150人しかいない。岩崎氏はその上位に位置するプロであり国際大会に出場しながら、チェスを広めるために日々奮闘している。
岩崎氏とのチェスとの出会いは、中学時代のチェス部にはじまる。負けず嫌いの氏はここでチェスにのめり込む。そして、対局を重ね、技術を磨き、国際大会に出場するようになると、ますますチェスで身を立てようと思うようになる。
ところがチェス人口も少ないわが国ではプロチェス棋士という職業だけでは生活できない。そこで、もともと数学が好きだったこともあり、個人事業主として、岩崎理学系教育研究所を設立。教員や塾講師をやりながら、あるいはチェスの教材を作りながら、最もやりたい仕事であるチェスプレイヤーを続けることにしたのだ。
チェスに限らず、学生がやりたいことを将来貫き、継続するにはどうしたらよいのか?岩崎氏のキャリア形成方法は一つの参考になるだろう。
チェス棋士への道
岩崎氏のもともとのボードゲームとの接点は将棋だった。小学校の頃から、父親とよく将棋を指していたのだが、いつもボロ負け。その後、名門麻布中学に進学すると、将棋に負け続けた悔しさもあり、父親を超える分野はないか、また人がやらない分野はないかと探し、あえてマイナーなチェス部に入部した。最初はあまりパッとしなかったが、徐々に勝てるようになってきて頭角を現していく。
麻布中学は中高一貫校なので、そのまま高校に進学すると、1年生の時に、いよいよ海外に遠征のメンバーに選ばれた。やはり国際大会には何とも言えない高揚感があり、各国を代表する同年代のプレイヤーたちも近づき難いほど、殺気立っていて真剣勝負になる。このような檜舞台を経験するうちに、氏はチェスを軸にして、食べていきたいなと思うようになった。
そこで高校生時代から、チェスと両立できる仕事は何かを考えはじめたのだ。「自分は、人に教えたりするのはそんなに嫌いじゃなかったし、数学も好きだし、教員になるのが最適」と思い至る。そこで、教員免許を取るために東大の数学科に進学した。「ぶっちゃけ、母校麻布で数学の先生になったら一生安泰。しかも、チェスに強い生徒を育て国際大会に引率で出れる」とその時の心境を明かす。
ところが、教員は終身雇用なので枠が空かないとなかなか雇われない。「その時は枠がなかった。ちょっとタイミングを逃してしまいました。」と岩崎氏は笑う。
それで、大学院に行くかどうするか悩んだ結果、チェスの最強国ロシアへ修行に行くための留学を決める。学費とかもろもろ計算したら考えたらかかるお金は同じ。しかも、全くコネクションが無い状態でもなく、チェスの先輩でロシア語を学んでいた人もいてロシアに留学することにしたのだ。
留学でさらに腕を上げ、帰国後は、日本代表として国際大会に3回出場を果たした。「もし、麻布の教員になっていたら今の自分はなかったですね」と氏は振り返る。
直感を重視する生き方
岩崎氏は予想に反して、計画を立てることが好きではない。授業でも教えるための予習をしないほうがうまくいくらしい。「大体ここまでやればいいなとざっくり決めておく程度。どうも自分は直感派だ」と岩崎氏は言う。きちんと予習した方が上手くいく人と、直感で話した方が上手くいく人がいるそうで、実際、氏は準備するとあまり上手くいったことがないらしい。
準備するとやる気が出ないし、こんな質問したら、こんな答えがかえってくる。「こう言われればこう答えると想定するわけだが、でも想定外の事態出るでしょって、結構自分の中で思ってしまう」。その場だとなぜかインスピレーションが湧いてくる。「人生、あまり深く考えないほうが良い結果が出る場合もある」と岩崎は言う。
直感を重視するようになったのはこうした性格面だけではなく、別の背景もあった。明日、自分が死ぬかもしれないという体験を経たからだ。
「明日の朝、自分が死ぬかも。明日、目が覚めなかったら、自分はどうなるのか。と本気で考えたことがありますか?」と岩崎は真顔で問いかける。「実は、27歳の時に、心臓の手術をしている。朝一番の手術で、普段めちゃくちゃ寝つきが良いのに、ほんとに生まれて初めて一睡もできなかった」。
医者は大丈夫ですよ。99%以上の成功率で、後遺症がある確率は1%以下ですという。「客観的な数字だけ見たらそうかもしれない。でも絶対ってない0コンマ何%があったらどうするのかと思いましたね」。
明日、死ぬかもしれないという体験を通して、岩崎氏は逆に吹っ切れたという。今後後悔しないためには、今、全力を出し切る生き方をしようと。それまで、ロシアに留学したのだって、チャレンジしているつもりになっていた。
でも留学などはあくまで、学生生活の延長にすぎない。「やってしまって失敗したことじゃなくて、やらなかったことに後悔するのは絶対に嫌だと思いましたね。その後は、何か言われたら、何でもyesと言うことにしました。後で、なんで引き受けてしまったのだろうと思っても、そこに学びがあり、得るものがある」。こうして、直感を重視し、今を全力で生きる岩崎流の生き方が生まれた。
チェス棋士に必要なスキル、先を読む力とはどんな力なのか?
チェスと言えば、相手の何手先を読めるかが重要なスキルだろうと素人目には思える。しかし、岩崎氏に言わせれば「先を読むっていうのは、ちょっと感覚が違っている」。こういった駒の配置が理想だという姿があって、今の状況がこうなっている。
だから、あるべき姿と、今とのギャップを埋める必要がある。それで理想の状態を実現するために手を打っていく。「実はチェスでいう読む力というのは、絵を描いた状態にどうもっていくかという力なんですよね」。
実際に、チェスの試合に出てくるような盤面は、すごく絵的にバランスが取れていて、ほぼ一瞬で覚えられるらしい。脳科学的にいうと、人間が人の顔を認識しているときと脳波の出方が同じだという。人の顔のように局面に顔があるとも言える。顔を覚えるように過去の盤面の資料を読み込んだりするのだ。
やりたいことができる個人事業主という選択肢
さて、岩崎氏を働く人として見ると、個人事業主つまり自身の事業の経営者になる。個人事業主はやりたいことをやるための事業形態ともいえる。「今、個人事業主含む経営者と、サラリーマンの比率でいうと経営者が1割強、サラリーマンが9割弱といった状況。実は、めちゃくちゃ異常なことです。」と岩崎氏は言う。
1960年代の前までは、5対5だった。当時は高度経済成長を確保するため、企業の福利厚生を充実させ、生涯雇用を保障するとして、たまたま特殊な事情で企業に人を呼び込んだ。これから働き方は変わって、終身雇用はなくなり、や経済成長が終わって、人口が減少していく。「雇用されるのが、もちろん悪いわけじゃないですが、そこにいれば一生安泰でもなくなった。その中で、どう稼ぐ力をつけるかが1番大事。そのうえで、やりたいことをどうやってやっていくか」。
チェスを続ける人とやめる人の違いでいうといろんな事情があって、一概には言えないが、チェスを辞める人って、要するに、完全主義の人。仕事が忙しければ空いた時間を使ってスキルアップし続ければよい。
「今や、個人が起業する制約は何もなくなった。例えば、you tube は個人のテレビ局を持っているようなもの。その気になれば稼ぐことは可能だ。とは言え、いきなり起業するのではなく、うまくいったらこっちに乗り換えようでよい。実際ビル・ゲイツも、ジェフ・ベゾスも最初はサラリーマンだったのですから」。
まず、できることからチャレンジして、完璧を目指さず着実にスキルアップしていく、うまく行ったら個人事業主になるというのが、やりたいことをやり続けるポイントのようだ。
【プロフィール】
岩崎 雄大(いわさき ゆうだい)
日本チェス協会棋士 五段
東京大学理学部数学科卒業
チェス以外の趣味はピアノ。
チェスと数学と音楽を統合した新しい形の教育活動を模索している。
2002年 ブレッドチェスオリンピアード代表
2003年・2004年 学生チャンピオン
2006年 全日本選手権3位、トリノオリンピアード代表
2006年から2007年にかけてロシアへチェス留学
2008年 第1回ワールドマインドゲームズチェス日本代表
2010年 『チェス錬磨之書 第壱巻 チェス入門』出版、チェス教則DVD『チェス道場 初級編』発売
2012年 イスタンブールオリンピアード日本代表
2013年 4月より半年間、毎日小学生新聞にてコラム『目指せチェックメイト』を連載
その他指導経験多数