有限会社瀬川工業所 – 業界を知ってもらうために受け入れた生徒がまさかの入社
学校と企業を行き来しながら、座学と実務訓練を長期に行う、ドイツ生まれの「デュアルシステム」が日本の専門高校に導入されてから12年。
もともと高卒者の就職率向上と、中小企業の人材不足を解消する目的で始まったが、いまやその効果も活用法も多様化し、地域全体を巻き込んだまちおこしにも活用されている。
そこで各地で定着しはじめた、デュアルシステムの活用の実際とポイントについて実例を挙げながら紹介していく。
業界を知ってもらうために受け入れた生徒がまさかの入社
◎都立田無工業高等学校編/有限会社瀬川工業所
◆取材・文:佐藤さとる
※都立田無工業高校の過去掲載記事はコチラ
東京都・西東京市にある有限会社瀬川工業所は、水道工事専事業を地場を中心に60余年にわたって行ってきた。
従業員わずか10名という同社がデュアルシステムを受け入れたのが5年前。
新卒の入社がずっとなかったなか、昨年初めて新卒が2名入社した。現在も2年生が実習に入っている。
代表取締役の加藤幸恵氏(写真)は、
「当初入社してもらうつもりはなく、業界のことを知ってもらおうと受け入れた」が、
入社したいと聞いて「驚いた」と語る。
新人入社に向けて就業規則や教育制度を見直し、加藤氏自身も後継者育成について改めて考えるようになったという。
加藤氏に伺った。
★代表取締役社長の加藤幸恵氏:コメント
「デュアルシステムの生徒さんを受け入れて、改めて会社の将来について考えるようになった」という。
「私は3代目で、ほかの業界から入って、自分で人間関係をつくって仕事を開拓して、ここまでやってきました。会社も60年ですしそろそろ若い世代のなかから後継者として継いでもらいたいとも思う」
60年にわたり、東京都や西東京市の公共水道工事などに実績
─御社の特長を聞かせてください。
加藤:当社は60年以上にわたって、本管工事からパッキン交換まで、上下水道に関わるいろいろな工事を手がけてきました。
水道工事は道路などに水道管を埋設する土木工事と、家や建物に配管する設備工事がありますが、両方バランス良くやっています。
昔は民間設備の水道工事がほとんどでしたが、私が社長となってからは、東京都や市の公共工事などを請けるようになり、仕事比率としては半々くらいになっています。
同社の施工例。公園や学校などの公共施設から一般住宅など、幅広く手がけている。写真は都立公園のトイレ新設(上)と都立高校の厨房改修工事(下)
公共工事は技術仕様が決まっていて、そのための資格もないと受注できません。
与えられた条件のなかで、最高のものを求められる。赤字になることもありますが、職人にとっては腕の見せどころ。
いい勉強になるので、ある程度必要だと思っています。
もう一つ公共工事にこだわるのは、我々が元請けになれるのは公共工事しかないから。
元請け工事をもてば、下請けに出せる。つまり職人が独立した時に仕事を回せるってことです。
下請けの仕事を回すこともできますが、孫請けになるので条件が悪くなります。
そういう職人のやる気を削ぐようなことはしたくないと思ってやっています。
─デュアルシステムの受け入れ企業となったきっかけは?
加藤:5年前、商工会の建設部会の役員を引き受けていた頃に、田無工業高校さんの先生から「やってもらえないか」と投げかけがあり、10社くらいの会社さんと一緒に受け入れ先として登録しました。
線節物には水道などの付帯工事が必ずある。ただあまりそういった付帯工事については学校で教えていないようですし、知らない生徒が多い。
本当にいい建築士を目指すなら、水道工事を知ってもらうことは、生徒のためになると考え、手を挙げました。
実習の様子を見て、この生徒は「設備向き」と判断
─実習生はすぐに来ましたか?
加藤:すぐに来ました。その生徒はインフラの仕事に興味があるということを言っていたようで、「だったら瀬川工業所という会社がある」と紹介していただいたようです。
ちょうど東日本大震災が起こって、インフラの重要性に注目が集まっていたこともあったと思います。
最初は2年生時の3日のインターンシップで、その後3年時の長期就労体験でも当社に来ました。
もともと入社してもらうつもりではなく、将来のために水道業界のことを知ってもらうつもりでしたから、まず現場をいろいろ見てもらうようにしました。
なので2年生の時は、適性は見ていませんでしたが、3年の時にまた来たいと言ってきたので、改めて適性を判断しました。
先にお話したように水道工事には設備型と土木型がありますが、その生徒は手先が器用で、黙々とやるタイプなので土木には向かない、設備型だと判断しました。
土木は管のつなぎ方を覚えれば割りと楽ですが、現場にはそれぞれ役割があって、連携しながら作業をするので、コミュニケーションが上手く取れないとちょっと難しい。
みんなで話しているとその生徒はすっと離れるタイプなのでダメだと思いました。
─実習ではどういったことをしたのですか?
加藤:2年生の時はできるだけ多くの現場を見てもらうようにしました。
反面、たくさんの場所を見ると何をやったか分からなくなるので、3年の時には、同じ現場の仕事が体験できるように配慮しました。
実際に仕事を覚えてもらう意図はないので、まずこうした建設現場での安全管理の考えについては徹底して伝えました。
周りのこともしっかり考えて動かないと、自分の不注意で人が傷つくこともあるので。
その後、少しずつ実際の配管工事などを体験してもらうようにしました。
今の子は「やって」というと青くなって手を出せなくなるので、最初は触ってもらい、徐々にやってみようという気にさせるように工夫しました。
現場教育については監督に一任しました。怒鳴りたくなることもあると思いますが、「とにかく抑えて、見守って」と言ってました。
そういう社員教育は結構大変でしたが、こういう経験は確実に会社全体のステップアップにつながります。
西東京市内の「レジデンス金剛」での実習の様子。見学させて、触れさせて、やる気にさせるのが瀬川工業所流。取り組んでいることが自分の将来の技術につながるので、いきいきとしている。
─社員の方への影響は何かありましたか?
加藤:現場にいい緊張感が出てきました。育ててやらなければならないという責任感も生まれたようです。
懸念したのは、仕事のサボり方など、妙な知恵を教えたりしまいかということでしたが、そういったことはなく、逆に仕事をスムーズに進めるための有給休暇の取り方など、現場ならではの工夫を伝えていたようです。
建設現場の手抜き工事が話題となっていますが、当社はそういったことは認めません。しっかりした仕事をするベテランがいるからこそ、公共工事が増えてきましたから。
そういうベテランの高いスキルや考え方が伝わればいいと思っています。
同時に、ベテランに刺激を与えてもらいたいと思っていましたし、そういう効果は出ていますね。会社全体の感度が上がってきたように思います。
今後増えるのはインフラの改修です。新規と違いどんどん難しい技術が求められる。材料や工法、診断方法の革新などにも対応していく必要があります。
それと意外と書類づくりが多いのがこの業界。現場だけでなくCAD、電子入札システムなど書類面の技術革新に対応していかないといけない。
当社ではITなどかなり先行して投資してきましたが、ベテランのなかにはまだ追いついていない人もいます。その点、工業高校の生徒さんはCADで図面を書けたりするので、すごいと思いますね。
ベテランのスキルにそういう新しい技術をどんどん取り込んでいってもらいたいと思っています。
「新卒は1回だけ。もっと大きい会社に行ったほうがいい」とアドバイス
─実習生は最終的に入社したのですか?
加藤:はい。「新卒は一生で一回だけだから、市役所とかもっと大きい会社を紹介するのでそっちを目指したほうがいい」とアドバイスしたのですが、
親御さんとしては逆にそう言ってくれたことが良かったようで、本人の意志も固く、当社に来ることになりました。
2年生のインターンシップの時、最初に「この仕事は資格が必要だ」と言ったことが響いたようですね。資格があれば、独立できますから。
ただ入社までは考えていなかったので「困った」と思いましたね。
水道工事は、3年実務経験があると独立のための国家資格が受験できます。だから彼らには「3年は我慢しなさい」と言いました。
結局その年は、そのデュアルシステム経験者と、家が自営で水道工事をやっている普通高校出身の生徒の2人の新卒が入りました。
2人入ったことで、お互いが話しやすく、かつ切磋琢磨し合う環境ができていると感じています。
卒業までに自動車免許取得を支援
─就労規則など、働く環境について見直したところはありますか?
加藤:当社の仕事の管理は現場に出ていった社員に任せていました。もう少し労務管理をしっかりしようとタイムカードと日報を導入しました。
ただタイムカードがあるからとダラダラ残業代を増やすようなことにならないよう、残業代は月15時間までとし、あとは賞与で払うようにしました。
また、仕事上自動車免許は必要なので、高校側と相談して卒業までに免許が取れるよう、10万円を補助して自動車学校に通ってもらいました。
入社後は、静岡県の富士宮にある「富士職業訓練センター」で1カ月合宿してもらっています。
ここの管工事技術の修得コースで学ぶと2つぐらいの資格が取れるので、本人のためにもなります。授業料と宿泊代で1カ月の給料分くらい飛びますが、出して良かった。
戻ってからは、別人のように積極性が出てきましたから。
─デュアルシステムに参加される企業さんにアドバイスすることはありますか?
加藤:就職希望者を紹介するシステムだと勘違いされている人が多い気がします。私は生徒にとって職業体験学習であり、社会貢献活動の一つだと思っています。
その結果、たまたま入社する生徒が出てきただけ。
生徒を受け入れることは大変だけど、受け入れれば、社員がいろいろなことに気づく。経営が必ずステップアップします。
私も改めて会社のあり方、これからについて考えさせられました。
西東京市内の「レジデンス金剛」での実習の様子
【有限会社瀬川工業所】
本社:〒202-0001 東京都西東京市ひばりが丘1-3-11
創業:1954年1月9日
TEL:042-421-0579
社員数:10名
事業内容:水道施設工事/給排水衛生設備工事/一般土木工事
◆2017年2月号の記事より◆
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