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田無工業高等学校 変換を迫られるモノづくり教育!

◆取材・文:加藤俊

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東京都立田無工業高等学校 校長/池上信幸氏

 学校と企業とが連携してモノづくり教育を変えていく!

田無工業_校歌 都立田無工業高校は、昨年度で創立50周年を迎えた西東京の工業高校だ。

「東京都西部の産業界に人材を送るのが本校の役割」と語る池上信幸校長に、インターンシップなどの産学連携、生徒に求める就職との向き合い方、企業と学校、生徒とのあるべき関係などについて話を聞いた。

 

■就職をとりまく状況とモノづくり教育のあり方とは

新卒で会社を3年以内に辞める若者が全体の30%にも及ぶ早期離職問題。 「働くということについてきちんと向き合ってこなかった子どもたちが多いことに起因している」と語る池上校長。

 

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「本校では、働くということがどういうことなのか、人生の中できちんと位置付けさせる教育を心掛けています。働くことが遠い世界のことのように思っている生徒に、実際に自分の目で仕事の現場を見て、感じて、社会に出るとはどういうことなのかを意識させることが、雇用のミスマッチを防ぐことに繋がります」

 

この点田無工業の取り組みは、企業経営者の話を生徒に聞かせる機会を頻繁に設けるなど積極的だ。さらに生徒に自己の人生の方向感を定めてもらうために、従来のインターンシップを越えたデュアルシステムという就労体験を用意している。

 

平たく言えば、インターンシップよりも長期に渡って行う就業訓練で、在学中に企業で実際に長期間働かせることで、雇用のミスマッチを防ぐのが目的だ。同校では現2年生が入学した昨年度から導入し、今年度の冬休み以降から3年生の前半にかけて、いよいよ企業での訓練が始まるという。 

そのためにも課題となっているのが企業との連携の強化であり、生徒を受け入れてくれる各企業についての理解を教員が深めることも求められているという。

 

「教員が企業を深く知らなければ、産学連携はうまくいくはずもありません。各生徒の適正にマッチした職場を把握することで、はじめて企業と生徒の橋渡しができるのだと思います」

 

 

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それでは池上校長の「直言」「直答」を。中小企業経営者は若者をどう捉えてどう接していけばよいのか、一番身近な距離で生徒を見ている先生の考えとは……。

 

Q・今の若者は昔から比べて変わったのか、それとも変わっていないのか、様々な意見がありますが、先生の考えをお聞かせください。

 

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者が変わったというよりは、社会の価値観が多様化したことによって、「若者」を一括りに捉えることが難しくなってきました。たとえば日々の学校生活の中で、挨拶について、また携帯電話やインターネット、ゲームなどについて、教職員の中でも方針や意見が一致しなくなりました。育ってきた家庭や教育の環境によって、挨拶の必要性を認識しない生徒や、コミュニケーションはメールだけで済ませば良いという考えの生徒もいます。

 

こうした多様な価値観がある前提に立って、あらためて企業が求めるコミュニケーション能力とはどういうものなのか、社会人としてのあるべき姿について考える視点が必要なのだと思います。どんな価値観を採っていくかというときに、先ほどの例ならば、社会に出て就職した先の企業でも挨拶は必要ないと考えるのかどうか、コミュニケーションはメールで済ませれば良いと考えるのかどうか、そういった視点に立って物事を考えさせる必要があるのではないでしょうか。

 

Q・工業高校としての課題は何でしょうか。

 

工業高校はモノを作ることに特化した教育が使命ですが、そもそも現在はモノを作ることに価値を見出していない大人が増えています。世の中にモノがありふれていることによって、作るよりも買う方が安いし早い、現代社会の利便性はそこまで到達しています。モノを作る必要性が無くなった社会では、工業高校の存在価値を世間に伝える難しさに直面せざるを得ません。

 

悲しい話ですが、あえてモノを作らせる必要はないという意見も聞こえてきます。現に生徒が実習するための機械を買う予算は年々減らされる傾向にあります。町工場や中小企業では、NC加工など最新設備を使えなくては、戦力にならない時代になっているのに、多くの工業高校でそうした最新設備を用意することができなくなっています。

 

Q・こうしたモノづくりが軽視される背景にはモノを作るよりも買う方が安くなった社会の必然というのはわかるのですが、それにしてもないがしろにされすぎている面があるかと。例えば、中学の学習指導要領の改訂によって、我々の時代は当たり前だった技術や工作の時間が、今の子供たちはほとんどない。モノづくり大国日本を謳いながら、これは無いだろと思うのですが。

 

だからといって往時と同じように学習指導要領の中で技術課程をもう一度増やせば、今の子どもたちがモノを作るようになるかというと、そうではないと私は思います。そこはパンドラの箱ではないですけど、不可逆なのだと。当時にしても、技術課程があるから、子供のころからモノを作っていたのではありません。教育課程の変更は一因でしかなく、社会的にモノを作る必要性がほとんどなくなっている中で、モノ作りを社会全体の問題と捉え直し、どうやって教え、経験させていくかという視点に切り替える必要があると思います。

 

Q・こうした喫緊の課題に対する糸口は見えているのでしょうか。

 

救いなのは、生徒の保護者は基本的に子供にモノづくりの経験をさせたいと思っている方が多いことです。数年前から東京都教育委員会が「夏休み工作スタジオ」として、都内の工業高校で小中学生を対象としたモノづくり教室を開催しています。これが大変な人気なのです。ようするに、生活する上で必要に迫られてモノを作ることがなくても経験をさせる、また教育課程以外の部分でも、たとえば部活動の中で興味のある子どもは小学校の高学年から放課後に残ってモノづくりをできるとか、そういった環境を用意することによる積み重ねが、モノを作るような感性や技術の習得に結びついていくと思います。

 

こんなもの作ってみたくない? と、うまいこと生徒が興味を持てるような提案をできるかどうか。例えば、ロボットはとても人気があり、開講すれば希望者が殺到します。そうした予算が少しでも付いて、興味がある生徒は放課後残ってモノづくりをできるような環境を学校が提供していければと思います。

 

Q・中小企業へのメッセージをお願いします。

 

 

様々な企業体験の場でもお願いしているのですが、教員のキャリア指導力を高めていく側面からもご協力をいただければと思います。色々な意味で子どもたちの教育に直結もしますし、教員が様々な企業のことを理解すれば子どもたちに伝わるメッセージも変わっていくと思いますので、教員とのコミュニケーションについても積極的にご協力を頂きたいなという思いがあります。 

実際のところ、教員の専門技術を高めていく手立てがほとんどありません。教員は教科書を見て学ぶことはできても、実際に技術を高められるような場はなかなかありません。これでは生徒に対して質の高い教育を行うのは困難です。 

モノづくり教育の再構築は、学校と企業など関係する大人たちが全員参加で、社会全体で取り組んでいかなければ成し得ないと思います。具体的には企業と学校との連携の強化です。現在は、企業との繋がりを強化していかないと、学校教育そのものが立ちいかない状況です。
生徒に様々な経験をさせていくためには企業の協力が本当に不可欠です。また教員の質を高めていく上でも企業の方々にご協力いただければ、工業高校の有り様も変わっていくでしょうし、また企業に送り出す子どもたちの質を変えていくことにも繋がっていきます。学校、企業双方の充実に繋がるような連携をぜひお願いできればと思います。

 

Q・一方で、採用される側の生徒に必要な意識とはどんなものでしょうか。

 

働くことと真剣に向き合って高校生活を送って欲しいと思います。働くことを避けた人生の積み重ねはありえず、自分がどういう仕事をして、どういうキャリアを重ねて、どういう人生を送っていくのかということを見据えない高校生活は人生の大切な時期を無駄に使ってしまうことに繋がります。15歳からの高校3年間は自分の就職、職業ということをキーワードに人生を見つめて欲しいと思います。

 

鋭い状況分析と、教員から率先して変わろうとする姿勢が印象深いお話でした。どうもありがとうございました。

 

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町工場・中小企業の応援団 BigLife21 2014年1月号の記事より

町工場・中小企業の応援団 BigLife21 2014年1月号の記事より