秋山鉄工株式会社|奇人、変人、然れど武士──。経営者道というは、磨くこととみつけたり。子供の教育は天から与えられた使命
奇人、変人、然れど武士──。
秋山鉄工株式会社 経営者道というは、磨くこととみつけたり
子供の教育は天から与えられた使命
◆取材:主幹 綿抜 幹夫 / 撮影:寺尾 公郊
創業92年 東北屈指の真空装置及び各種機械メーカー 秋山鉄工株式会社/社長 秋山周三氏
総論(公共に資する話)では我先に賛同しながら、いざ各論(個々の負担の話)となると途端に口を閉じる。洋の東西を問わず、悲しいかなこれが大方の人間の性ってやつだ。しかし希にはこんな人物もいるから、この国もまだまだ捨てたものじゃない。
子供たちのため、地域のため、国のためになることなら、喜んでとばかり真っ先に負担を買って出ることから、ときとして〝奇人変人〟とも評されるサムライ経営者である。間もなく創業100周年を迎える秋山鉄工(山形県鶴岡市)の3代目当主、秋山周三氏(63歳)だ。現代人が久しく忘れていた武士道の精神と、超然とした孤高のリーダーシップに、しばし酔っていただこう。
私財投じて子供たちのための私設公民館
詳しくは後述するが、正真正銘の愛国者と言っていい。その意味ではこれも、何かの因縁かも知れない。同社工場所在地の正式な地名が、なんと〝日本国(鶴岡市大宝寺日本国)〟なのだ。
「日本人に生まれたことを常々誇りに思っている」(秋山氏、以下同) 氏が、この天啓を活かさない手はない。15年前の入居時からずっと、工場の外壁に〝ここは鶴岡市日本国です〟と、誇らしげに大書(上記写真参照)しているのだ。もちろん道行く人や車が、注目しないわけがない。大きな宣伝になるだけでなく、近所の工場や事務所が電話で道案内するときの格好の目印にもなるなど、今やこの地域のランドマーク的存在だ。
しかしそのランドマークから、直線で700mほど離れた別の場所に、間もなく新工場を建てる予定だという。理由はもちろん、それだけの需要(新たな大口の受注)を見込んでのことだが、実は、「はっきり言っちゃうと、ちょっとフライング気味なんですけどね」と、氏は苦笑しながら頭を掻いた。まだ受注が確定したわけではないからだ。
「でも決めたことですからね、新工場は増設しますよ」
ということでまずは、その新工場の話から詳しく見ていきたい。驚くなかれ。新工場には私財を投じて、私設公民館を建てるというのだ。
「建てる目的は幾つかありますが、一番の目的は、現在、鶴岡市中央公民館にある少年少女発明クラブのフランチャイズ(本拠地)を、こちらへ移し、専用の施設として常設することです。というのも、あちらはいろんな団体の行事や催しにも使われますから、子供たち専用というわけにはいかないんですよ。何かある度に設備や道具を動かしたり、持ち出したりと、見ているとけっこうたいへんな思いをしているんですね。その点、ここだったら子供たちも気兼ねなく発明やモノづくりに打ち込めますし、我々も相談があればすぐに乗ってやれるじゃないですか」
見学者の体験の様子:金属を削る
物静かに、ひと言ひと言噛み締めるように話すその表情からは、何の衒いも気負いも感じられない。まったくの自然体である。
とまれ少年少女発明クラブとは、公益社団法人・発明協会の下部組織で、全国208カ所に網羅されており、子供たちの創意とモノづくり力の向上を目的に活動している。いわば地域の同志会であり、鶴岡少年少女発明クラブもそのひとつだ。言うまでもないが、秋山氏はその数少ない支援メンバーのひとりである。
「子供っていうのはですね、使い古された言葉ですが、本当に国の宝なんですよ。この国の将来をどうするかっていうことは、その宝をどう磨くかっていう、そのひと言に尽きると思うんです」
という考え方から生まれたのが、今回の私設公民館構想というわけだ。
余談ながら、2016年には山形県で技能オリンピックが開かれる。しかしこれについては、氏は何の興味も示さない。それどころか、県からきた出場依頼を丁重にお断りしているほどだ。何故か。
「技術技能を競い合うことは、技術力をより高めるという意味で、もちろん大切なことだとは思いますよ。ですからそれについて文句を言うことはひとつもありません。でも私にとってもっともっと大切なのは、その技術や技能を承継すべき子供たちを、しっかりと育てることなんです。独り合点かも知れませんが、それが天が私に与えた使命だと思っています。私の仕事はそれを全うすることなんですよ。
したがって、子供たちの工場見学とか、モノづくり体験といった依頼があれば、どんなに忙しくても必ず引き受けることにしています。それがやがて地域の発信力や活性化に繋がり、延いてはこの国の繁栄に繋がると、固く信じているからです」
見学者の体験の様子:溶接
これから順を追って読んでいただくと分かるが、おそらくこの人が見詰める視線の先には、子供たちと地域、そして国しかないと言って過言ではあるまい。
有言実行、率先垂範、信義と礼節
とまれ氏の人物像を語るときに欠かせない重要なファクターは、そのリーダーシップにある。すべてにおいて有言実行、率先垂範、信義、礼節といった武士道にも通じる日本型経営者としての精神を、頑なに貫いてきた意志の強さと言っていい。(そんなたわいもないことを……)と思う人もいるかも知れないが、例えば工場のバックヤードや周辺道路の掃除、草むしりである。
これを氏は、雨が降ろうが槍が飛んでこようが、ここ数年に亘り、休日を含めて1日も欠かさず続けているのである。もちろん通常の出社日は、社員もいっしょになってやる。
工業団地内の草刈りには毎日のように出動
この掃除と草むしりについては、山形放送も番組(やまがたZIP!=9月21日OA)の中で取り上げており、たいへん興味深いやり取りがあったので、ここでも紹介しておきたい。タイトルは「社長インターンシップ」。東北公益文科大学と山形放送がタイアップして昨年からスタートした、その名の通り社長付き実習生に密着した、ノンフィクション番組である。
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秋山氏「なぜこんなふうに毎日、キレイにするか分かりますか?」
実習生「……(困惑顔)」
秋山氏「工場の前は、毎日多くの人が通るでしょ? その人たちはウチが何をやっているかも、どんな技術を持っているかも知らないわけですよ。じゃあ何で判断するかっていうと、これは外観しかないじゃないですか。その外観が汚れていたり、草がボウボウだったりすると、人はどう判断します? 中で働く人の人間性まで疑われてしまうんですよ。分かります?」
実習生「(大きく頷きながら)フム、フム」
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これが何を意味するかというと、今の若い人たちは、大学生にもなってまだそんなことも知らないだけでなく、そんな考えすら及ばないというのが実情だということだ。案の定この実習生は、その期間中(6日間)に何度も悔し涙を流すことになる。
しかし掃除や草むしりをする本当の狙いは、単に外観を磨くことではない。先に書いた〝子供は宝〟と同じで、若い人に対する教育、〝人磨き〟だと氏は強調するのだ。
「私からすると人磨きですが、本人からすると自分磨きですね。トイレもそう。お客さまの車もそう。その都度、手の空いた者が率先してそれらをピカピカに磨き上げるのがウチのカルチャーですが、それはすべて、自分を磨いていることに他ならないんです。そのことに気が付けば、誰だって、何だって、苦もなくできちゃうんですよ。そのことをきちんと教えるのが、私はもとより、ベテランと呼ばれる人たちの役割じゃないでしょうか」
経営者道というは、磨くこととみつけたり――。
山形から日本の将来を担う若者を送り出す
秋山鉄工の工場内の様子。
余談ながら氏は、地元財界のある有力者から声が掛かり、山形県行財政改革推進委員会の委員になるべく手を挙げたことがあるという。
「ものの見事に落とされましたけどね(笑い)」
言うまでもないが、この種の委員会とか審議会なんていうのは、県民に対するお上のアリバイづくりに設置されるもの、というのが通り相場だ。おそらくは、(こんなサムライが入ったら、うるさいことばかり言って収拾がつかなくなる)と案じて落としたに違いない、ともっぱらの評判だそうだ。
最後に、今後はどのような形で社会と関わっていく考えかと聞いたところ、氏は間髪入れずにこう答えている。
「やはり教育ですよ。私の使命であり、ライフワークですからね。最終的にはこの鶴岡に学校(塾)をつくりたいと考えています。山形から情報を発信し、山形を大いに盛り上げ、発展させてくれる若者たち、延いては日本の将来を担う逞しい若者たちが、次から次へと巣立っていく。そんな学校ができたら素晴らしいじゃないですか」
なるほど。ということならまだまだ当分、我々もこの人から目を離すわけにはいくまい。
●2013年6月号 「急がば磨け!? ─最後にモノを言う人間力&人間性─先端技術だからって万能ではない」
(本文より一部抜粋)ちなみに追い討ちを掛けるようで恐縮だが、その三日後に今度は、ホテルのオーナーが驚くことになる。その節はたいへんお世話になりましたと丁寧に認められた礼状が、60通余りも届くのである。筆者もこれまで、来客向けに取って付けたような掃除や挨拶を社員に強制する会社はゴマンと見てきたが、ここまで徹底してできるようになればもはや本物である。異を唱えようにも、唱えようがあるまい。顧客の信頼が集まるのも理の当然、というわけだ。
●2014年9月号秋山鉄工株式会社 慶応の先端研にちなんで末端研!? 子供たちのモノづくり拠点、日本国末端技術研究所完成!
「実は鶴岡には有名な『慶應義塾大学先端生命科学研究所』というのがありまして。近所に『先端研』があるなら『末端研』があっても面白いじゃないか。それが命名のきっかけです」
●2014年9月号日本国末端技術研究所 こけら落とし
今回訪ねたのは山形県鶴岡市の秋山鉄工株式会社『日本国末端技術研究所』こけら落とし。だが、一介の町工場のオープニングセレモニーとはその趣はぜんぜん違っていた……。
プロフィール
秋山周三(あきやま・しゅうぞう)氏…1950年、山形県鶴岡市生まれ。72年、芝浦工大卒業。都内の工作機械メーカーに入社。74年、同社を退職し、秋山鉄工に入社。この頃から経営危機に陥り、持ち直すまでの約10年間は、「塗炭の苦しみを味わった」という。91年、創業70周年を機に同社3代目社長に就任。庄内工業技術振興会会長、福祉法人「道形保育園」理事長、鶴岡中央工業団地管理組合副理事長。
秋山鉄工 株式会社
〒997-0011 山形県鶴岡市宝田1-10-1
TEL 0235-22-1850
http://handrey.com/akiyamatekkou/
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