オビ 企業物語1 (2)

『絞れないんじゃない、絞るんだ』 10ミクロンの差も感じ取る職人育成の哲学とは? ‐ 株式会社北嶋絞製作所

◆取材:加藤俊・鈴木優 /文:菰田将司

オビ ヒューマンドキュメント

株式会社北嶋絞製作所 (9)

 

大田区京浜島。日本の産業を担ってきた数々の工場の中に、株式会社北嶋絞製作所はある。同社は、ヘラ絞りの分野では知らぬ者はいない超有名企業だ。H2ロケットのノーズコーンや直径4mを超える大型パラボラアンテナなど、耐久性・精度を求められる製品を生み出してきたこの会社の国内外からの評価は高い。

今までにも数多く取材を受けてきた北嶋絞製作所だが、代表取締役社長の北嶋貴弘氏は、「特別なことをやっている意識はない」という。また「一度受けた仕事は、必ずやり遂げる」とも話す。これらの言葉から溢れ出る自信と、それを裏打ちする技術力の淵源は一体どこにあるのか。

 

100分の1㎜の誤差も許さない精度

株式会社北嶋絞製作所 (7)工場内の様子

そもそもヘラ絞りとは何か。金属の成形には鍛造や鋳造などの方法があるが、中でも最も精密な造形に適しているのがヘラ絞りだ。金属には弾性があり、力を加えて形を変えても元に戻ろうとする特性がある。故に、金型を用いてプレス成形しても誤差が発生してしまう。だが、ロクロとヘラを用いて徐々に形を変えていくヘラ絞りは、100分の1㎜単位での成形を可能にする。それが人工衛星や航空機、半導体装置といった高い精密さを要求される部品に用いられる所以である。

しかし、その反面プレス成形のように大量生産できるわけではなく、また職人個人の技量に頼る部分が大きいため、試作品などの少数生産に向いている技法といえる。

このように、そもそも個数が稼げない業種でありながら「営業はしません」と北嶋氏は言う。昨今の情勢下、各社がコスト削減や売り込みなどの営業努力に躍起になっている中で、その言葉を耳にするとやはり驚きを感じる。

 

株式会社北嶋絞製作所 北嶋貴弘株式会社北嶋絞製作所/代表取締役社長
北嶋貴弘

「有名になりたかったからやっているわけではありません。お客様の要望に応えてきただけです。元々我が社は鍋や釜を作るところから始まりました。それが要望に応えているうちに、自動車部品、航空機部品、そして先端機器へとなっていたんです。先代は『できない』と言わない人で、とにかくやってみる。そういった姿勢が人づてに伝わって、他では無理と断られたものを頼まれるようになりました。ウチで作ったモノが営業をしてくれている、ということです。だから営業担当は置かないんです

 

どんな無理難題にも、北嶋氏は自ら先頭に立ってアイデアを出し合い成し遂げてきた。

「ですから、商談が成立しないのは技術的な問題ではなく、ほとんど金銭的な問題です。安い仕事はやりません。『他では3000円で請け負ってもらえた仕事だが、ここでは1万円請求される』と言われたこともあります。けれど、その時は受け入れてもらいましたよ。安いところで大量の不良品を出されるより高くても精度の良いモノが求められる、そういうことではないでしょうか。『安い仕事をやってしまうと、それが安い仕事を連れてくる』。これも先代の教えです」

 

 

10年以上かかる職人育成

しかし、熟練の技術を必要とする仕事である。一人前になるには10年以上かかるともいう。

「ヘラ絞りにマニュアルというものはありません。まずは先輩の姿を見て学ぶ。あと、我が社は新人にもどんどん仕事をやらせています。最初は丸切りから。これは絞る前の材料を切る仕事です。そこでまず金属というものに触れてもらう。それから先輩について毎日ヘラを握る。ですから、18歳くらいの若い人が来てくれるといいですね。覚えが早いですから」

 

北嶋氏はそう話すが、今日一人前になるのに10年もかかるような仕事についてくるような意識のある若者はいるのだろうか?

「もちろん辞めてしまうのもいますよ。それでも残っていくのは、やはりモノを作るのが好きな子ですね。今の子はプラモデルも作らないみたいなんですが、けれど不器用なわけじゃない。やり方を知らないだけなんです。だから、やらせてみるとすぐに覚えてくれる。そしてもっとやってみたい、と挑戦してくる。失敗もしますが、失敗するからこそ学ぶんです。そういう時に私は『自分なら1時間で出来るよ』と言うんです。そうすると、『それなら自分は40分でやってやる』と意気込んでくれるんですよ」

 

先輩の背中を見ながら、その技を体得していくことができる。そして得た技をすぐに実践できる場所も与えてくれる。若い職人にとって最良の修業の場ではないだろうか。

同社では、四十年来の大ベテランが先ごろ定年退職し、社員は現在18名。しかし、培われた技術は確実に伝承されている。

 

 

「金属ある限り、無くならない仕事」

「リーマンショックの後、売上は三分の一まで減りました」。この言葉とは裏腹に、北嶋氏の表情に曇りはない。同業者の廃業が続き、状況は決して明るくないというのにだ。

「我が社は、他から『仕事の内容が違う』と言われます。大量の製品を生み出すことはしないが、唯一無二の仕事をやっている」

故に、世間がどう動こうとやるべきことをやっていく。北嶋氏は厳しい状況に理解を示しつつもそう述べる。

 

オビ インタビュー

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-話題になっている3Dプリンタについては?

「敵じゃないです。先代は『人間が最高のコンピュータ』と話していました。ミクロン単位の僅かな違いまで感じ取ることができるのは人間だけ。機械ができないものを作っているという自負はあります。もちろん、上手くいかないことだって多いですよ。だからこそ考え、アイデアを生み出している。今まで色々な取材を受けましたが、私たちには企業秘密はありません。どうぞ見てくださいって感じです。あなたがたがそれをマネする頃には、私たちはもっと先に行っているぞ、と」

 

-モノづくりの技術を守り育てるには?

「正直なところ、日本国内の大手企業が自分たちの足元にある国内の下請けに仕事を回してくれない、という不満はありますね。仕事がなければ技術を守り育てていくこともできません」

 

-モノづくりとは?

「子供達が見学に来たときにはこう言うんです。『この皿は100均に行けば100円で買える。100円の皿だったら割れたら買い換える。けれど、ここで君が作った皿ならどうする?』と。そう聞くと皆『直して使う』って言うんです。愛着があるから。これが自分の考えるモノづくりです」

 

-ヘラ絞り産業の未来は?

「金属がある限り無くなりはしない仕事だと思っています。だからこれからもやるしかない」

 

-思い出深い難しい仕事は?

「毎回毎回、苦労の連続ですよ。……こういう言葉がありましてね。『絞れないんじゃない、絞るんだ』」

……北嶋絞製作所のホームページに、一つの古びたモーターの写真が載っている。創業者である先々代が上京した時、その背に担いで来た産業用モーターだ。これが動力源となり、ロクロが動き出し、北嶋絞製作所の歴史が生み出されていった。ホームページに掲げられるこのモーターに、北嶋氏のヘラ絞りへの、そしてモノづくりへの気概が現れているように感じられた。

 

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金属を叩いた時の音や体に伝わる振動といった感覚を駆使し、金属板の状態を見極めていく。ヘラ絞りとは、職人の熟練度がモノを言うまさに「匠の技」。

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写真は同社が手掛けた製品の一部・高い技術力で複雑な形状へと仕上げていく。お寺の鈴やブランド品など。

オビ ヒューマンドキュメント

株式会社北嶋絞製作所 (2)株式会社 北嶋絞製作所

〒143-0003 東京都大田区京浜島2-3-10

TEL 03-3790-2300

http://www.kitajimashibori.co.jp/

従業員数:18名(2015年3月現在)

 

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