株式会社マグエバー – コラボでビジネスを引き寄せる!
コラボでビジネスを引き寄せる!
株式会社マグエバー 代表取締役 澤渡紀子氏
◆取材:綿抜幹夫 /文:渡辺友樹
〈この経営者に注目!〉
「磁石」の可能性を見出し、メーカーへと独立
部品の下請け業者が多い磁石業界で、確固たるメーカー志向を持って立ち上げられたのが、東京都渋谷区の株式会社マグエバー。独立から7年、コラボ製品でヒットを飛ばし、伝統工芸とのコラボにも積極的だ。「営業が大好き」「すべては演劇」と語る澤渡紀子社長に聞いた。
父の会社で仕事に目覚め、独立
同社は、同氏の父である澤渡要氏が経営する株式会社マグナから同氏が独立して立ち上げた会社だ。株式会社マグナは昭和59年(1984年)に、要氏によって磁石の「よろず屋」として設立された。それまで国内の工場で生産されていた磁石だが、ちょうどその頃に生産の9割以上が中国に移っていたことから、要氏も毎月の様に中国に赴き、現地の工場と提携して事業を行っていた。通訳を頼りに次々と工場を訪問し、商談を進めていくアクティブな父の姿に、学生時代に中国へ同行した同氏はワクワクし、胸躍らせていたという。
同氏は成蹊大学法学部を卒業後、他業種への就職などを経て26歳のときに株式会社マグナに入社、経理を担当していた母の下に付いて仕事を始める。やがて、横浜にあった工場で、1時間おきに休憩してタバコを吸いに外に出たり、携帯電話で通話をしながら作業を行ったりしているなど、従業員の勤務態度が悪化していることが表面化し、この解決を同氏が手がけることになる。長年勤める高齢の従業員も多く、「荒れ放題だった」という工場を改革すべく、同氏はまず工場を本社から近い杉並区久我山に移転し、工場長に就任。従業員の勤務態度の改善はもちろんのこと、在庫管理なども含めて工場の業務を総合的に見直し、イニシアチブをとったところ、業績が目に見えて上がっていく。同氏は「仕事って面白い」と、母の下で経理を担当していたときには得られなかった喜びを感じたという。
こうして仕事の楽しさを見出した同氏は、工場長としての務めのみならず、営業など社全体の様々な業務に積極的に関わり始め、父の会社に対して盛んに意見も行うようになる。そのうちに、父の会社の社員という身分では物足りなさを感じ、自分の会社で自由にビジネスをしてみたいとの思いが嵩じたことから、株式会社マグナ入社からおよそ10年後の平成21年(2009年)、株式会社マグエバーを立ち上げる。独立当初から「娘だから」「親の名前で商売しているんだろう」という目で見られ、内外から陰湿な嫌がらせなども多かったというが、同氏はそれを跳ね返すことをモチベーションに繋げ、今日の同社を築いてきた。
同社製品の一部。写真中央は、約110gのハンディタイプのテスラメーター「GV-400」(磁束密度計)
オリジナル商品を持つメーカーとして
同氏の独立は、「磁石(のビジネス)はもっと面白くなるはず」と可能性を感じ、磁石を用いた応用製品のメーカーを志したことも大きな理由だ。「部品屋」「単品屋」と呼ばれる下請け業者は、単価も安く、元請けから買い叩かれてしまう弱い立場であり、国内の同業他社との競合はもちろん、中国などからより安い業者が参入すれば、いつ仕事を失ってもおかしくない。この業態に危機感を抱いていたという同氏は、株式会社マグエバーでは他社には作れないオリジナル製品の開発に努め、特許を取得した上で販売している。他業種とのコラボレーションによる製品開発にも積極的で、予想以上の大ヒットとなったコラボ製品もあるという。また、同氏は磁石製品には今後デザイン性が重要になると考え、気鋭のデザイナーとタッグを組んで製品を開発している。デザイン性に優れたオリジナル商品を持つメーカーであることが同社の明確な立ち位置であり、強みなのだ。
伝統工芸との提携
このように、磁石製品のメーカーとしてモノづくりを行う同社は、伝統工芸とのコラボにも力を入れている。たとえば、木曽のヒノキ工芸や、富山県高岡市の銅器、福井県の越前漆器などとの商品開発だ。
現在、伝統工芸の世界では、昔と変わらぬ伝統工芸品の製造販売で伸び悩んでいながら、その状況を打破できずにいる業者が殆どだ。一部には、海外に進出し世界的な評価を得ている業者や、新分野の商品開発に成功した業者も存在するが、大半は旧来の商売から脱するきっかけを掴めずに手をこまねいている。同氏が磁石と名刺を手に「一緒にやりませんか」と訪問すると、「待ってました」とばかりの反応とともに、ぜひやりたいと手を挙げる業者は多いという。
同氏は自らが「行商」と呼ぶこうした地域への訪問だけでなく、都内で行われる展示会などへも頻繁に顔を出し営業活動を行っているため、木曽や高山の伝統工芸業者の間では今や「マグエバー」の名は知られた存在になっている。同氏のこうした姿勢は、日本が誇るモノづくり職人の技術や伝統工芸を現代に通用するビジネスへとバージョンアップさせ、衰退しつつある文化を保護することにも繋がっていると言えるだろう。
中国工場と提携、生産拠点に
一方で、同社は今年、生産拠点として中国の寧波にある工場と提携を結んだ。物価や人件費が安いことに加えて、磁石の原料となるレアメタルの95%が中国で採れることもあり、たとえば日本では100万円かかる同社製品の金型が、中国では10万円という安価で作れるという。そんな中、同社は中国でも高い技術力を持った企業と提携。一時の中国進出ブームを経て、現在では中国から撤退する企業も多いが、磁石生産の中心地は今なお中国だ。同氏は中国工場の開拓にあたり、学生時代に目に焼きついた父の姿と同じように、縁故や紹介に頼らず自ら中国に渡って歩き回り、満足できる工場と出会うことができたという。
こうして、ロット生産など大量生産に近いものは中国で製造しながら、前述のような国内の他業者と提携した新しいモノづくりを進めている。
いろいろな形状のネオジム磁石
営業が好き、「すべては演劇」
現在の同社は、ある1社とのコラボ製品が爆発的に売れ、全体の売上の中でかなりのバランスを占めている状態だという。そこで、同社ではこの偏ったバランスの是正を目指し、営業に力を入れている。磁石を使用していそうな業態の企業をインターネットで検索して100社単位でメールを送り、反応があればカタログを送付、さらにサンプルを持って訪問するという、いわゆるテレアポでの営業活動を日夜、行っているのだ。
実は同氏は、飛び込み営業も含め、「営業が大好き」だという。決まり切ったルート営業ならいざ知らず、テレアポ然り、飛び込み然り、「営業」という単語に胃の痛みを覚える営業マンは少なくないだろう。そんな営業を「大好き」と語る同氏には、自身が「私は商人(あきんど)の娘。父に似ている」という父譲りの素質のほかにも大きな下地がある。それが「演劇」の経験だ。自らを「演劇人」と名乗る同氏は、高校時代には全国大会に出場したほか、大学卒業後最初の就職先を退職した後にも再び演劇の道に戻り、劇団に加入して2年間ほど芝居に打ち込んだ過去を持つ。「すべては演劇」という哲学の下、営業のセールストークから、心をこめた謝罪、また来客に対する座布団の置き方や、おいしいお茶を出すといった点に至るまで、あらゆるシーンを「演劇」「芝居」と捉えているのだ。演技をして相手を騙すということではなく、常に自分たちにできる最高の演出をするという意味のこの価値観を全社で共有しているという同氏は、「だから楽しいし、社員も楽しんでくれています」と語り、「磁石は『黒子』なんです。目に見えないところで役に立っているのが磁石ですから。だから社員にも、われわれ人間も黒子でいい、ちゃんとお芝居をしよう、いい芝居をしようと話しているんです」と続けてくれた。
規模優先ではなく、自然な拡大を
現在は同氏を入れて4名という体制の同社。屋台骨を支える70歳の技術職は、キャリア40年超の熟練の職人だ。同氏は、営業や経理職の社員についても、個人的にガラス細工を長年続けていたり、プロ顔負けの料理の腕前を持っていたりと、採用にあたって「モノづくりが好きなこと」を条件に選考したという。オリジナル製品を製造販売するメーカーとして「モノづくり」の視点が必須との考えからだ。また、たまたまだというが、ある社員は観劇を趣味とし、また別のある社員は演劇部の出身という。「演劇人」同士、ものの見方や感性に共通する部分があり、惹かれ合った結果だろう。
こうした少数精鋭で設立7年目を迎える同社だが、今後については規模ありきでの拡大は望んでおらず、目指すビジネスを堅実に行った結果、自然に大きくなっていけばいいというのが同氏の考えだ。
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「磁石は目に見えない様々な場所で使われ、活躍しています。世の中に磁石をもっと認知してほしい。そのための黒子として支えていきたいです」と語る同氏。先端科学から生活用品、伝統工芸品に至るまで、磁石が活躍する舞台は幅広い。磁石を手にした同氏が引き寄せるビジネスから、今後も目が離せない。
◉澤渡紀子(さわど・のりこ)氏…昭和44年(1969年)、東京都杉並区出身。成蹊大学法学部卒業。平成7年(1995年)、株式会社マグナ入社。平成21年(2009年)、株式会社マグエバー設立。代表取締役。
◉株式会社マグエバー
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