書評でも要約でもない。SERENDIP(セレンディップ)は本のハイライトだけでなく感性も伝えるダイジェストである。
書評でも要約でもない。
SERENDIP(セレンディップ)は本のハイライトだけでなく感性も伝えるダイジェストである。
◆取材:加藤俊 /文:天野裕之
有能なビジネスパーソンが心待ちにするダイジェスト
ここ2年ほどで急激に購読者数を伸ばしているSERENDIP(セレンディップ)というサービスをご存知だろうか。厳選した良書のハイライトをおよそ3,000字(A4で3枚程度)のダイジェストにして、メールとウェブサイトで提供している。
運営しているのは2005年創業のベンチャー企業である株式会社情報工場(以下:情報工場)。2015年3月時点で購読者数は4万5000人超。価格形態には無料のサービスプランはなく、購読するためには個人なら月当たり2,500円、法人は10名12,500円~の有料会員になる必要がある。昨今、マネタイズが難しいと言われるウェブサービスにおいて、この購読者数は率直に凄いと言わざるを得ない。
「読みたい本はたくさんあるが、一冊の本を読み通すというのは、時間的にも効率的にも大変です。情報工場が行っている『3,000字程度のダイジェスト』は、重要なポイントを知ることができ、大変助かっています」
と、セレンディップからのメールを、毎回心待ちにしているのは株式会社セブン&アイ・ホールディングス名誉会長の伊藤雅俊氏。確かに有能なビジネスパーソンにとって、効率良く良書を知ることができるサービスには大きな利用価値があるだろう。
出版不況と言われながらも、ビジネス関連だけでも書店には次から次へと新刊が並び入れ替わっていく。読書慣れしていても、この膨大な書籍の中から良書だけを見つけ出すのは至難の業と言えるだろう。その点でセレンディップを上手に活用すれば、無駄な読書をしなくても済むようになるのかもしれない。
ただ、疑問は残る。ネットがこれだけ普及した現在。書評など調べようと思えばいくらでも出てくるし、いま売れている本のランキングを調べることも実に簡単だ。
たとえば少しやる気のある営業マンなら、売れ筋の本の名前を覚えたり、要約を頭に入れて訪問先での会話のネタにするなど珍しくもないだろう。誰もがタダで手に入れられるはずの情報が、なぜこれだけ支持されるのか。セレンディップのサービスについて、もう少し詳しく探ってみることにした。
お客さんが欲しい情報を送らないというサービス
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ネットの書評との差別化について、情報工場代表取締役社長の藤井徳久氏に疑問を率直にぶつけてみた。
「書評など書籍に関連するサービスはネットでもタダで見られます。そんな中、なぜ当社がお金を払って頂くことができるのか。当社は法人契約が多いですが、企業も今は経費削減に厳しく、今まで購読していた雑誌や新聞など解約するところも多い。そんな時代にタダで得られる情報にお金を出すところはありません。
セレンディップは、お客様が欲しいと思うニーズに合った情報を配信しているから、お金をいただけるのか? 実はそうではなく、セレンディップはお客様が欲しいと思った情報を配信しているわけではないのです。
例えば、マーケティングの書籍の情報が欲しい、ITについて書かれている本の情報が欲しいなど、ビジネスパーソンや企業はそれぞれ欲している情報がありますよね。でも、今の時代、ネットでも新聞でも欲しいと思っている情報は、自分の中にある“知りたいキーワード”で検索して入手することができます。
セレンディップはセレンディピティをもじって名付けたのですが、セレンディピティとは、ふとした偶然をきっかけにひらめきを得て、幸運をつかみ取る能力という意味です。よくノーベル賞受賞者のエピソードにある、間違った実験から思わぬ気づきがあり大発見につながったというものですね。
私たちは、お客様の中に既にある“知りたい”情報に合うものを提供するのではなく、“こんなことがあるんだ!もっと知りたい”と、お客様が気付いていない世界を気付かせるサービスでありたいと思っています。本業以外の新しい世界に触れて気づきを得て、それを本業の知識と組み合わせることで新しい発想、つまりセレンディピティが起きると考えています。」
知らない世界の情報を知りたい、お金を出してでも。そう思う層が確かな数でいるからこそ、購読者が増えていっている事実がある。
セレンディップを知れば、実に深いコンセプトが存在することに、これは凄いと思わず唸る。ただ、その凄さを理解するにつれ、創業当初の苦労が容易に想像できてしまった。このサービスをクライアントに、筆者に、出版社に理解してもらうのは相当に大変だったはずだ。そんな創業当初の苦労から今後の展望まで、藤井氏に語って頂いた。
社長インタビュー
-あらためて創業のコンセプトをお聞かせください。
藤井:もっと視野を広げましょうとか、本業以外のことでなにか気付くきっかけを提供できないかという考えです。人間は好奇心のあることなら勉強も前向きになれますし、ただ本を読めと言われてもなかなか積極的に読もうとは思えないですから。
-創業のきっかけは?
藤井:学生時代にインターンでアナリストの仕事を経験しました。様々な会社の経営者にヒアリングに行き、好奇心が大いに刺激されました。その後、新卒でプログラマーになったのですが、毎日忙しい中で会社と家を往復するばかり。本も読む時間がなく、友達にも会わず、テレビを見る余裕もなく、本業以外のインプットがなくなり視野が狭くなってしまった。良い悪いじゃないのは分かっているのですが、なんとかならないかと思っていました。
また一方、時間もあり本をたくさん読む方でも、本を選ぶときには、自分の興味の範囲内に落ち着きがちです。自分の経験から、発想力、想像力は、幅広い情報のインプットがあってこそ生まれるものだとわかったのですが、これらを得るのは忙しい毎日の中では本当に難しいです。それを提供できればと考え始めたのがきっかけですね。
-クライアントにサービスのコンセプトを理解してもらうのに苦労したのでは?
藤井:創業5年目(2011年ごろ)くらいでようやく好感触が得られるようになりましたが、浸透してきたのは、ここ2年くらいのことです。最近は、企業側も柔軟な発想でイノベーションを起こせるきっかけになるサービスには、お金を出そうという考えになりつつあると思います。
-初めての契約成立のことは覚えていますか。
藤井:はい。大手通信グループの子会社に5、6回通ってやっと契約してもらえたのです。嬉しかったのですが、その帰り道、これからはサービスを止められないんだ。本当にちゃんと継続してサービス提供出来るのかなと、逆に不安になったことを覚えています。それまではなんとか契約してもらおうと、良い面ばかりを強調していましたから(笑い)。
-そもそも、なぜダイジェストなんでしょうか?
藤井:映画で例えると書評は映画の評論、要約は粗筋。映画の粗筋を100本読めば、一応映画のストーリーは100本頭に入ったことになる。でも、それで映画を凄く観たくなるかというと疑問です。
我々のサービスは映画で言えば番宣です。映画の予告って中身全てを網羅してまとまっているものではありません。3秒のシーンを5つ繋げているだけだったりします。番宣を見ても映画の中身を全ては理解できないのですが、この映画観ようかなと前向きな好奇心が沸きます。それを本でやりたかった。
-出版社や著者の反応はどうでしたか?
藤井:ダイジェストは最初の“要旨”と最後の“コメント”という部分を除くと、すべて原文から抜粋しています。著者の言い回し、語尾、雰囲気まで伝わる、まさに映画の番宣です。もちろん映画の番宣と違って、ダイジェストはストーリーになっているので一つの完成した読み物としても楽しめます。
ダイジェストは全文引用ですから出版社の理解を得るのには時間が掛かりましたが、誠実に対応してきたこと、またお客様が増えたことで、セレンディップでダイジェストが配信されると、多くのビジネスパーソンに本を知ってもらえる、とご理解いただくようになって許諾を得るのもスムーズになりました。
今では宣伝になるからと協力してくれる方が多いです。とはいえ、出版社や著者との関係は大切ですから、今まで通り誠実に対応していきたいと思っています。
-反響の大きさで印象に残っているダイジェストは?
藤井:うーん、色々あって難しいのですが、1つあげるとすれば「シリアル・イノベーター」でしょうか。ある大手電気メーカーで流行っていた本でして、大企業の中でいかに何度もイノベーションを起こすかにフォーカスした内容です。普通なら書店でもなかなか手に取ることのないような、かなりマニアックな本です。クライアントの反応が非常に大きくて、こうした本を発掘する面白さがありますね。
-海外でも事業展開をされているようですが?
藤井:ここがいま激アツです!当社は新しい気付き・幅広い視野をコンセプトにしていますが、国内のコンテンツだけをダイジェストにしていたら、それは「幅広い視野」ではない。だから海外のコンテンツもセレンディップで配信することを始めました。例えば、日本では出版されていない中国やタイの現地で流行っている本や情報を知ることがビジネスで役立つ人達はたくさんいます。
-海外の情報はどうやって手に入れるのですか?
藤井:現地に乗り込んで、現地の出版社に直接アプローチします。まずは中国とタイで動いていますが、現地で魅力のある本をどうやって探すのか、出版社からダイジェストの制作・配信の許諾を取るとか、大変なことは多いです。
-相手の出版社にもメリットがある?
藤井:もちろん日本に版権が売れれば大きいです。我々は国内でまだ売られていない海外の書籍を日本語のダイジェストにして紹介しているわけですが、ダイジェストで紹介したあと、その半分以上が日本の出版社に無事に版権が売れています。というのも、日本の出版社は版権を買う前に、まずは我々が配信するダイジェストで潜在顧客であるセレンディップ購読者の反応を知ることができるからです。
-日本の出版社との繋がりがあり、コンテンツを欲しいクライアントも持っている。情報工場さんだからこそ可能なビジネスですね。
藤井:日本の出版社は、出版不況と言われる中で、市場にうけるかどうか確信の持てない海外のコンテンツを積極的に日本で展開するのは難しい状況です。我々はダイジェストでプレマーケティングまで終わらせているので、日本の出版社にとっては魅力があるはずだと思っています。
-海外展開、夢が広がりますね。
藤井:日本でもサービスを始めた当初は、「こんなことをやったら本が売れなくなる」と言う人もいましたが、うちで紹介すると本が売れるようになった。そうすると許諾が取れるようになるわけです。日本ではある程度のコンテンツ作りとクライアントの基盤が出来上がったので、今度は海外でこれをはじめようとしているところです。
藤井徳久(ふじい・とくひさ) 氏
慶應義塾大学経済学部経済学科卒
東京工科大学大学院バイオ・情報メディア研究科修士課程修了
株式会社情報工場代表取締役社長
学生時代のインターンで米系投資顧問会社の日本株アナリストを経験。大学卒業後、ソラン株式会社(現・TIS株式会社)ではプログラマーとしてクレジットシステムの開発に従事。ソラン退職後、東京工科大学大学院にて学ぶ。大学院と並行し、株式会社ダイヤモンド・フィナンシャル・リサーチで日本株担当アナリストとして企業調査、産業分析などの業務を担当。2005年に当社を創業し代表取締役社長に就任。
株式会社情報工場
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