株式会社ツクノ ‐ その町工場は、いかにして若返ったのか
株式会社ツクノ ‐ その町工場は、いかにして若返ったのか
◆取材:加藤俊 /文:野村美穂
技術提案から加工・組み立てまでを一貫して行う頭脳集団
75年続く町工場と聞けば、年配のベテラン職人が請負案件を黙々とこなす現場をイメージする方が少なくないだろう。株式会社ツクノも例外ではなく、数年前の従業員の平均年齢は58歳だった。しかし、あることを実行するようになってから、若者たちが続々と入社。現在は、提案力や開発能力をもって「頭脳集団」として活躍している。
「モノづくりの価値は、社員一人ひとりの価値」というツクノの基本方針や人材採用について、新生ツクノを牽引する成田副社長にうかがった。
■曽祖父により運営されていたツクノ
株式会社ツクノは、昭和14年に設立された、現在75年の歴史を有する町工場だ。現在の副社長である成田大輔氏(以下、成田氏)の曽祖父・成田釼治(けんじ)氏が、会社設立から自身が亡くなる日まで、機械加工から組み立て、板金塗装、大手エレベーターの下請けなどを行った。現在でもドアの開閉装置や遮断機関係、さらには航空機の部品までさまざまなものを作っている。
そんな同社に成田氏が入社したのは27歳の頃。現社長である父・成田幸一氏から「一緒に会社をやらないか」と誘いをうけてのことだった。軽い気持ちで継ぐことを決めたというが、その後に「従業員の平均年齢が58歳であることを知りました」(成田氏、以下同)。
■平均年齢58歳という環境
平均年齢58歳─どんなに素晴らしい企業も、事業を承継できなければ、そこで終わる。ツクノも数年後には、殆どの社員が定年を迎える危機的な状況だった。
「何がなんでも若返りを図らないといけない状況でした。前職が営業だったこともあり、企業の生命線は営業力との思いが強かった。だからすぐにでも、営業を採用するべく活動したかったのですが、それさえ儘ならず、まずは技術者を2名採用することになりました」
さて、このツクノという会社、現在では平均年齢30代と若返りに成功している。さらに営業職は20代前半の社員が目立つ。多くの経営者が、頭を抱える事業承継問題に、同社は如何なる答えを見つけたのか。成田氏の戦略はこうだった。
■ツクノのトイレはピッカピカ
まず、経営戦略など多岐にわたる本を読破したそうだ。そのなかで、『朝30分の掃除で儲かる会社に変わる』など企業の仕組みづくりや人材育成に関する著書の多い、株式会社武蔵野(東京都小金井市)の小山昇氏の本に辿り付き、師事したという。
小山昇氏といえば、最近では迷える中小企業の伝道者といった趣きさえあり、多くの経営者が指導を受けるが、成田氏ほどその教えを徹底できている人はあまりいない。実際、掃除の徹底を行っているツクノの床はピカピカで、事務所も、雑然としたイメージの町工場のそれではない。
「他人が町工場と聞いて連想する環境は、小汚い。自分もそんな環境には身を置きたくない。まずはそこから改めました」
当時の汚かった頃の床も1マス分残している。「初心を忘れないため。これを見てもらうと、どれだけ変わったのかが一目瞭然かと」
曰く、掃除というのは、実際には環境整備であり、「仕事をする環境を整えて、備えること」「ただ綺麗にするというよりも、断捨離に通じるものがある」とのこと。そして、身の回りの無駄をなくすことで、業務もスムーズになるのだという。ツクノが成功した点はこの教えが一過性で終わることなく、「今」も徹底されている点。それにより、実際に若い技術者を採用できるようになったそうだ。
■両親へのお願い
「大切に育てられてきた社員をお預かりするからには、『本気で育てます』」。これが、同社が若返りに成功した最大の理由ともいえる(写真は同社で活躍中の若手社員たち)
そしてもう一つ。「若い社員を預かる」ということに対して、ある行動をとっているのだが、これこそが若返り成功の最大の理由と思える。
「採用が決まった段階で、社員の実家へご挨拶することにしています。社員本人が新しい環境に入ることへの不安を抱えているのと同じように、その親御さんや御家族も、子供がどういった会社へ入るのか、同じだけの不安を抱えています。僕のような若造が説明に伺うことで、それが解消されるとも思えませんが、それでも自分の思いを精一杯お伝えするようにしています」
ここで実際にあったエピソードを紹介しよう。現在も同社で活躍中の、ある女性社員の実家は長野県の山村地域だそうだが、そこを訪問したときのことだ。
その日は雨が土砂降りで、成田氏が家を訪れると、雨脚の強い中、彼女のお父さんは家の外で傘をさして待っていたそうだ。
「その姿を見ただけで、これから受け入れる社員がどんな環境で育ってきたか、どれだけ大切に育てられてきたかが分かるじゃないですか。だから親御さんには、『当社に来て頂いた以上は、本気で育てます』とお伝えします」
さらに、そういった話の後、社員同席の上で、「1年以内に絶対に辞めたくなります」と伝えるのだという。
「どんな仕事でも、思い描いたものとのズレは生じるものです。そんなとき、『お子さんが辞めたいと言い出したら、お父さんお母さんで絶対に止めてください』と、そのようにもお伝えするんです」
仕事は3年続けないとわからないとはよく聞く話で、ビジネス環境が激変する昨今、賛否両論あるが、少なくとも「1年以内で辞めたら得るものが残らない」ということには、多くの人が同意できるだろう。事実、成田氏がこの話をすると「親御さんは必ず賛同してくださいます」とのこと。
成田氏がこうした話をするのには、実は自身の経験が関係しているのだという。
■「人力車の車夫になりたいです!」
成田氏は大学において製図などを学んだ後、今後はコンピュータの知識や経験が必要と考えて、大手システム会社でシステムエンジニアとして勤務する。ところが、
「良い人がいれば今すぐにでも採用したい。ただ、当社と価値観の合う人しか採用するつもりはない。そこはぶれないようにして、常に若い人を採用し、社内の活気を保って行く必要があると思っています」
「社会人1年目は、仕事が嫌いで転職サイトを頻繁に見ていました。あるときなんか、もう限界だと思って、先輩に『俺、鎌倉の人力車の車夫に転職しようかな』と言ったんです。そうしたら、『良いじゃん。向いてそう』って。おい、止めてくれないのかよと(笑い)。でも、かえって辞めてなるものかと、奮起できたわけですが。ただ、そんな環境も2年目になったら仕事の面白さが見えてきた。
そして、システムエンジニア時代の経験は現在のツクノの経営にも活きています。仕様書などを読めますから、そこらの生産管理ソフトの営業マンより詳しかったりする。おかげで無駄なパッケージソフトを購入することがありません。プログラムの上から下に流れるという考え方が、クレーム対応などにも活きている。原因は何かと仮説を立てて、検証し、対策を打つPDCAサイクルを回すことが自然にできるのです」
自身がこうした〝成長〟をしてきたからこそ、従業員にも、「仕事の面白さが見えるまでは続けて欲しい」と、本人のキャリアのためにも願うのだという。
実際のところ、過去に、曽祖父である釼治氏を慕った人たち同様に、現在の従業員は成田氏を慕っている。社員に話を聞くとそのことが伝わってくる。「副社長の話を聞いているとワクワクできる」「なんかこの人についていくと、凄いことになりそうだなって」。
そして、成田氏もこう話す。
「本当に良い人材がきてくれているなと思います。僕は人が好きなので、人を元気にする仕事がしたい。まずは社員に元気になってもらって、その次は世の中の人を元気にしたいですね」
◇
本稿のテーマである「町工場が若返った理由」。はたして腑に落ちただろうか。ツクノはオンリーワンの技術が有るわけではない。将来性のある業界の企業でもない。キャッシュ・フローも贅沢ではなさそうだ。
それでも若い人があつまる。色々と理由は語ってみた。でも一番の理由は、明確だ。あたり前すぎると言われればそれまでだが、やはりリーダーがパワフルなこと。従業員が夢を見られる環境にあること。これに尽きるのだと思う。
さて、社員を惹きつけるエネルギッシュさを、あなたはお持ちだろうか?
■別掲:今後のテーマは「ツクノにおまかせ」
今後については、製造業にこだわらない営業力のアップと新規事業の開発をして行きたいと、成田氏は語る。
「多くの製造業の会社は新しい設備を導入していますが、僕は必要な設備以外は持たないで良いと考えています。設備は、設備投資をしている会社を頼れば良い。当社は営業力、事業開発能力、製品開発能力を高めて頭で勝負しようと。どんな仕事も断らず、スピードをもって短納期で対応します。お客様に喜んでいただけることがあれば、既存の事業を大事にしながらも新たな事業の柱を開発して行きたい」
全ての事業に言えることは、ツクノの基本方針「お客様第一主義」。お客様をただ大切にするではなく、お客様の要求に合わせて混乱し、混乱の中から常に新しい体制を築いて行くことこそがお客様の喜びにつながるという考えだ。端的な例がある。
「お客様のところに設計書を作って持参するのです。こういう設計にするとより安価に短納期でできますよと。そうすると、そこまでやってくれるんだったら見積もりをくださいと言ってくださることが多い」
これからもお客様のために、問い合わせがくる仕組みを作って行きたい。頭脳集団に生まれ変わった新生ツクノから目が離せない。
プロフィール
成田大輔(なりた・だいすけ)氏…明治大学卒業後、航空会社に入社。入社直後より米国最大手のデータベース会社が手がける最大のプロジェクトに参画し、システムエンジニアとして結果を出す。その後もERP・SCMソフトを大手メーカー向けに開発し実績を上げる。その後、大手半導体メーカーで車載向けのルート営業を担当。3年目で営業成績トップとなり、成果を上げる。8年前に株式会社ツクノへ入社し、現在に至る。
株式会社ツクノ
〒257-0031 神奈川県秦野市曽屋989-6
TEL 0463-85-4111
資本金:2,160万円
http://www.tsukuno.co.jp/index.html