iHeart Japan株式会社 ‐ 重症心不全患者を救え!

心臓移植に代わる次世代医療「iPS細胞による再生医療」

◆取材・文:加藤俊

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2014年9月、理化学研究所などのチームが、目の難病患者である兵庫県在住の70歳代の女性に対して、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った網膜細胞移植手術を実施。2007年にヒトでiPS細胞が作製されてから、実際に患者の体に移植したのは世界で初めてのことだった。

いまや日本が世界を尻目に最先端を走っているiPS細胞のヒトへの実用化が目前に来ている。そうした波に乗って、長らく低迷していた日本のバイオベンチャー業界も活気を呈してきた。

 

■山下潤教授との出会いによって、運命が始動した

日本のバイオベンチャー業界が活気を呈してきた。2006年をピークに長らく低迷していたのだが、京都大学の山中伸弥教授がiPS細胞でノーベル賞を獲得したことを契機に、世間からの注目が集まるようになった。

さらに安倍政権が2013年の11月に施行した改正薬事法の影響が大きいという。この改正によって、開発期間の大幅な短縮が可能になり、これまで投資においてハードルの高かった開発のリスクが下がった。おかげで、バイオベンチャーに投資するベンチャーファンドに資金を出そうという金融企業の決裁も通りやすくなった。実際ベンチャーキャピタルで立ちあげるファンド、特にiPS細胞に投資すると思われるファンドも続々と準備されている。

2015年はそれらの発表が続々となされると思われる。資金投下は現実味を帯びてきているので、バイオベンチャーを取巻く社会情勢は大きく変化しつつある。

 

京都大学発のベンチャー企業として設立されたiHeart Japan株式会社はその先鋒を行く。京都大学iPS細胞研究所の山下潤教授の研究成果を産業に応用するために2013年に設立されたベンチャー企業だ。

様々な心疾患に対してヒトiPS細胞由来の心血管系細胞を用いた革新的次世代医療を実現することを目的としている。起業のきっかけは当時ベンチャーキャピタリストとして主に日米欧中で活躍していた角田健治氏(現同社社長)が、京都大学の山下潤教授に出会ったことだった。「先生の実証データも研究姿勢も素晴らしいと思いましたし、何よりもお互いに気が合いました」と角田氏(以下、同)。

iHeart Japan株式会社/代表取締役社長 角田健治

iHeart Japan株式会社 代表取締役社長角田健治氏

もともとバイオベンチャーを中心に投資していた角田氏は、今後伸びると思われる再生医療の中でも細胞医薬品といわれる分野に注目をしていた。ベルギーのPrometheraで取締役を務めていた頃に、普通1人のドナーから1人の患者しか治療できない肝臓移植と異なり、肝臓の前駆細胞を増やせば1人のドナーから40人の患者を治療できることを知り、いずれは臓器不足の問題を解決できる世の中になることを確信したという。

同社の研究開発の基礎にあるのは、iPS細胞から心筋細胞をはじめとする心血管系の細胞に効率よく分化させることに成功した山下教授の研究成果だ。京大が出願していた同教授の発明に関する特許出願の譲渡を受けて、今は臨床への応用を目指している。

 

■心臓移植を受けられる人は、ほんのわずかという現実

ここで心臓の病気とその治療方法について触れておこう。さまざまな原因はあるが、最終的に心臓の機能が低下している状態を心不全といい、心不全の患者は国内に100万~140万人いると言われ、そのうち重症心不全患者は20万~30万人と言われる。

厚労省の調査では、心不全を直接の死因として7万人が亡くなっており、心臓病全体では20万人が亡くなる。死因別ではがんに次いで2位の死亡率だ。現在のところ重症心不全の根本治療は心臓移植しかないが、移植は年に30件程度と、圧倒的にドナー不足となっている。

「ドナー不足のため、心臓移植待機資格が与えられるのは、心臓以外の臓器は健康である、年齢が65歳未満である、などいくつもの条件をクリアした患者さんだけで、そのような人はわずか300人弱」

待機リストとよばれるものに載ったとしても、長期におよぶ移植待機期間中に補助人工心臓による合併症のために命を落とす人も多い。いかに心臓移植を受けることが難しいか。

 

こうした現状の中で、一筋の光明となるのが再生医療だ。「心臓移植に替わる治療法ができれば、世の中は大きく変わるはず」と角田氏は期待する。

ただ、細胞シートの実用化を目指す研究は様々な研究機関でも行われている。同社が優れている点は何処にあるのだろうか。

 

■効果的で生着率の高い「細胞シート」の開発

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iPS細胞から心血管系細胞へ効率よく分化誘導

そのアプローチは、山下教授が確立したiPS細胞から心臓を構成する細胞の分化誘導方法により、心筋細胞、内皮細胞、壁細胞を分化させ、それらをブレンドした細胞シートを心臓に貼る方法。

ちなみに3種類の細胞を混ぜると何が良いかというと、細胞から分泌されるサイトカインというシグナル物質の発現量、特にVEGFという、分泌されると血管の周りに細胞が増える血管増殖因子などが、より多く分泌されるため。「単独で心筋細胞だけを移植するより効果が高い」とのこと。

 

さらに、山下教授の技術が確立している点がもう一つ。このシートを何枚も積層化する技術である。心臓は移植細胞の生着が難しいと言われている臓器のひとつ。従来は、移植した細胞シートが生着せず、消えてなくなってしまっていた。そこで同教授はシート自体を厚くすれば、生着する確率が高くなると考えた。

ただ、普通に細胞シートを積むと間に挟まれた細胞シートが酸素や栄養不足で壊死してしまうため、それを回避するための方法を編み出した。微細粒子を細胞シートと細胞シートの間に挟み込み、ほどよい隙間を確保する方法だ。

「この方法により細胞が自分の重さで潰れるまで積むことができるようになりました」

同社の細胞シートには、長期にわたって生着するというメリットに加え、3種類の細胞が混ざっていることによってサイトカインの分泌をよくするなどの相乗効果が生まれ、他の細胞シートとの差別化を明確にした。

 

実際、ラットの実験結果でも、細胞シートが長く生着しているとそこに血管が生えてきて、細胞シート内に新生した血管とラットの血管がつながることが確認されたという。

「血液の交流があり、酸素や栄養が巡ることが確認できた。細胞シートが、生涯に渡って生着することが期待できるところまで来ているのです。これを再生医療等製品という形で開発して行けば、心臓移植をある程度代替できるような治療法になるでしょう」

 

■いまや医薬品は「細胞医薬品」の時代へ

現在は同社での細胞シート実験は最終段階に入っており、2018年に臨床試験に入れる見通しで、2021年ごろからの実用化も目に見えてきた。

またもう一つのアプローチも進めている。完全に分化する前の前駆細胞を注入することで、患者の負担を軽減する医薬品としての治療法だ。数十年前、低分子医薬品から抗体医薬に代表される蛋白質医薬品に進化したように、医薬品は、今まさに、蛋白質医薬品から細胞医薬品に進化しつつあると言える。「iPS細胞による再生医療は今後さらに広がりを見せ、〝細胞医薬品〟と呼ばれるようになって普及すると思っています」と話す。

 

角田氏の視線の先には、ベンチャーキャピタリストとして培ってきたノウハウを生かした、世界へ打って出ていくための戦略図が描かれている。

類似の研究は他の機関でも行われているが、実用性の高さでは群を抜いている。この分野のパイオニアで膨大なノウハウをもつ阪大をはじめ、他研究機関ともお互いが優れている点をもって連携ができれば、次世代医療の到来は現実味を帯びてくる。期待がかかる。

 

オビ インタビュー

iPS細胞による心臓の再生に特化して起業した背景や事業化に向けての今後の展開に迫る!

 

-なぜこれまで日本のバイオベンチャーは低迷していたのか?

 

角田:本当に成功と呼べる事例が少ないからだろう。例えば、製品開発には成功したが投資家の持株比率が高すぎて起業家や従業員が報われなかったとか、上場はしたけれど株価が低くて投資家が報われなかったとか、投資家と起業家と従業員のそれぞれが取ったリスクにふさわしいリターンをきちんと得ていない事例が多い。

その背景には、バイオベンチャーの多くが大学発ベンチャーで、マネジメント人材の不在、ビジネスプランや知財戦略の甘さ、マーケティングや製品開発経験の不足、業態に対する株式市場の理解不足などが挙げられる。単一の原因というよりは、それら全てが悪く循環した結果、業界の低迷を招き、起業家も投資家も激減してしまったと思う。

いまの日本にはバイオベンチャーだけを専門に投資していたベンチャーキャピタリストは殆ど残っていないし、バイオベンチャーを興そうという人も、バイオベンチャーで働こうという人も、とても少ない。

 

-では、今後のバイオベンチャーの展望は?

 

角田:改正薬事法が施行されたことで、新しく設けられたカテゴリーである再生医療等製品として、早速、JCRファーマの間葉系幹細胞、テルモの骨格筋芽細胞シートなどに対して製造販売承認が下りる可能性がある。その意味で、2015年は時代の変化を実感できる年になると思う。

iPS細胞に関しては言えば、世界に対して日本が圧倒的に有利といえる。なぜなら、京都大学のiPS細胞研究所が持っている最新の情報と世間に発表されているiPS細胞関連の情報には2,3年のズレがある。それを見聞きできる点で、我々のような日本のベンチャーの方が有利な立ち位置にいるのだ。世界に打って出て、勝てる可能性は充分にある。業界の将来は明るいと期待したい。

 

-国の施策に対して意見は?

 

角田:iPS細胞を筆頭に再生医療分野に関しては、厚労省、文科省、経産省がよく連携し、精力的に後押ししてくれていて、大変に心強い。しかし、限られた資金を有効活用するために集中と選択の戦略をとっているようで、一つの技術分野に一社を選んで集中させるような徹底ぶりに対しては、もう少し間口を広げて、一つの技術分野に数社程度を選んでも良いのではないかとも思う。

 

-事業のもうひとつの柱、リサーチ・ツールでタカラバイオ株式会社と提携すると発表があったが?

 

角田:医薬品の開発をする上で、注意しなければならないことの一つに、不整脈を起こす副作用がある薬は販売できないことがある。このような副作用を心毒性と呼ぶ。臨床試験段階や販売開始後に、心毒性があることがわかり、開発も発売も中止され、それまでかけた費用がムダになるというケースが極稀にだがある。今までは心毒性を検出するのにヒトの癌細胞や動物の心筋細胞を使っていたが、ヒトの心筋細胞ではないため、検出精度が悪かった。

そこでヒトのiPS細胞から分化誘導した心筋細胞などの心血管系細胞群を用いる方が、より適しているだろうと期待されており、当社はタカラバイオ株式会社と提携し、心毒性評価試験等に用いるリサーチ・ツールとして事業展開している。

 

-御社の中でのリサーチ部門の位置づけは?

 

角田:この部門の市場は細胞医薬品に比べて、10分の1程度だろうが、資金調達をする上でも、会社の足元を支える力には充分になる。なおNEDOイノベーション実用化ベンチャー支援事業に採択されてもいる。

 

-御社の抱えている課題とは?

 

角田:優秀な人材の確保、これにつきるかと。バイオベンチャーではITベンチャーと違ってリスクとリターンが見合わないと思われている。安定した高収入が得られる製薬企業を辞めてバイオベンチャーに行こうという人もあまりいない。研究員になる人は大学などの研究機関にいるが、ビジネスの才能を持った人となると、非常に難しい。

 

-具体的にはどんな人材か?

 

角田:ひとつの専門性だけでなく、複数の物事に対応できることが重要。特許を例にとると、弁理士のような専門家が欲しいのではなく、専門家と話ができてどういう特許戦略をやるべきかをビジネスの観点で考えて決められ、ライセンス・ビジネスにおいて何が重要であるかという要点が分かっていて事業提携交渉ができる人が望ましい。

 

-既存企業に望むことは?

 

角田:大手企業に対しては細胞医薬品自体の共同開発とすることで大型資金投下を期待するし、中小企業には、細胞医薬品の製造工程や輸送工程で必要な周辺技術の共同開発を期待したい。iPS細胞など先端医療の分野では、いま、日本が強い。ハンデがなく革新的なことができるのだから、中小企業も参入しやすいチャンスだ。

 

-その際、中小企業側が注意することは?

 

角田:当然ながら全然知らない分野に参入するにあたって、水先案内人みたいな人は必要だと思う。それがバイオ分野に詳しいベンチャー企業だったりするのかもしれないが。もう一つアイデアとして言えることは、「座組み」を作ること。映画の製作委員会のようなもので、製造するところ、動物実験するところ、試験管実験するところなどバラバラではなく「座組み」をしっかり組んでいくことで、成功率もあがるだろう。

 

オビ インタビュー

◉プロフィール

角田健治(かくた・けんじ)氏…2000年京都大学農学部卒、2002年京都大学大学院農学研究科修士課程修了。米国P&Gで製品開発を担当、その後ベンチャーキャピタル業界へ転身。以来、一貫してバイオベンチャー専門のベンチャー投資を担当。アント・キャピタル・パートナーズ在籍時の約4年間には主に日本で、三井物産グローバル投資在籍時の約4年間には欧州、米国を中心に中国、ブラジル、イスラエル、シンガポールで広範に活動し、通算で24社のベンチャー投資経験を持つ。再生医療、細胞治療分野では、ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング、セルシード、Promethera Biosciencesへの投資を実行、ベルギーのPrometheraではベンチャー企業側の要請を受け、取締役を務めた。2013年4月、京都大学CiRAの山下潤教授とiHeart Japan株式会社を設立。

iHeart Japan株式会社

〈本店所在地〉

〒606-8507 京都市左京区聖護院川原町53

京都大学メディカルイノベーションセンター

http://www.iheartjapan.jp/

〈京都御車研究室〉

〒602-0841 京都市上京区梶井町448-5

クリエイション・コア京都御車313

〈東京事務所〉

〒110-0005 東京都台東区上野3-2-2

アイオス秋葉原505

 

2015年4月号の記事より
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