リプロサポートメディカルリサーチセンター ‐ 12年間凍結の卵子で出産事例も。世界一の画期的不妊治療技術開発で、子供を持つ喜びを。
リプロサポートメディカルリサーチセンター ‐ 世界一の画期的不妊治療技術開発で、子供を持つ喜びを。
◆取材:綿抜幹夫 /文:渡辺友樹
リプロサポートメディカルリサーチセンター 代表取締役 生殖工学博士 桑山正成 (くわやま・まさしげ)氏…昭和37(1962)年、大阪府出身。北海道大学大学院獣医学研究科にて博士号を取得。昭和61(1986))年、農林水産省畜産試験場依頼研究員。平成11(1999)年、加藤レディスクリニック・先端生殖医学研究所代表就任。平成22(2010)年リプロサポートメディカルリサーチセンター設立。代表取締役。
12年間凍結の卵子で出産事例も
東京都新宿区のリプロサポートメディカルリサーチセンターは、優れた不妊治療技術で世界中の患者を救い続けている。昨年には、12年間凍結させた卵子で30歳の日本人女性が出産に成功、不妊治療に新たな一歩を刻んだ。ビジネス度外視で技術の普及に努める桑山代表に聞いた。
■生殖工学の研究者としてキャリアをスタート
桑山氏は昭和37年(1962年)生まれの53歳。北海道大学にて生殖工学の博士号を取得後、畜産業界の一般企業への就職を経て、農林水産省の畜産試験場の依頼研究員としてウシの卵子凍結保存の新手法『ガラス化法』を世界で初めて成功させるなど、動物分野での生殖工学において実績を残す。
この頃は「不妊、ヒトの卵については神の領域で、触れるものではないと思っていた」という同氏の、ヒトの生殖医療への転身には、あるきっかけがあった。
■生殖医療への転身
15年前の平成11年(1999年)、見学に行ったクリニックで、47歳になる不妊患者の心痛む場面に遭遇する。生活費を削って治療費を捻出し、一縷の希望とともに病院に行くが、毎回それが絶望に変わる、そうした生活を10年間も続けている女性だった。このとき、久しぶりに採取できた卵子が受精したものの発育に至らず、疲れ果てて泣いている場に立ち会ったのだ。
「分厚いカルテとともに10年間も不妊治療を続けて効果が出ず、それでもその女性は諦めずに治療を続けている。しかし、10年間成功しないということは、もうその方には治療方法はないということなんです。きっと次も、その次も失敗して、50歳になって、やがて自分に自信をなくしたまま閉経に至ってしまう。技師も『すみません、すみません』ともらい泣きしているその場面を見て、ウシをやってる暇はないなと」
家畜改良事業団に辞表を提出したのは、その明くる日だった。
■加藤レディスクリニックに入所
そんな同氏が入所したのが、不妊治療では国内トップクラスの加藤レディスクリニック(東京都新宿区)だった。年間2万7千件の体外受精を手がける同クリニック。国内全体では年間25万件、不妊治療を手がける医療機関は全国に700ほどであるから、そのシェアの高さからも同クリニックの信頼度が推し量れる。ちなみに2万7千件という数字は、カナダ全土で年間に行われている2万2千件よりも多い数字だ。
平成11年(1999年)に家畜改良事業団を辞した同氏は、『卵子凍結』と『卵子若返り』を研究テーマにこの加藤レディスクリニックで先端生殖医学研究所代表に就任、わずか1カ月で『ガラス化保存法』を用いたヒトの凍結卵子の実用化に成功する。知名度を上げた同氏に、2001年に名古屋の医師から「私が今から命を救うこの患者さんの、その先の人生を救ってあげて欲しい」と紹介されたのが、悪性リンパ腫を持つ当時16歳の女子高生だった。
■12年間凍結保存の卵子で出産
この女性の卵子を凍結保存するにあたり、同氏の技術はそれまでにない技術のため、学会で承認を得る必要があった。しかし、日本不妊学会(現・日本生殖医学会)に申請したところ、新技術のためリスクがあるとして承認が下りない。日本の医療界には『ドラッグラグ』と呼ばれる海外との時間差があり、海外で安全性が分かっている技術や薬でも、日本で使えるようになるまでに何年もかかってしまう。
海外で安全とされているものですらそうした『ドラッグラグ』があるのに、日本で世界初のものを開発してしまえば、海外で前例がないものなど到底許可できないという判断になることは目に見えている。このとき16歳の若き女性の将来を救おうとした同氏の技術も、この悪しき慣習の影響を被ってしまった。
しかし、当時の上司、加藤レディスクリニックの故・加藤修院長は、法律家とも相談した上で、学会のガイドラインは法的な拘束力を持つものではなく、あくまでも目の前の患者を救うことが自分たちの使命との考えから、「人として、やってあげよう」との判断を下す。こうして、女性から2個の卵子を採取。骨髄移植の結果、ガンを乗り越えた女性は12年後の平成26年(2014年)、この卵子を利用して体外受精に成功、30歳で第一子を出産する。
このニュースはメディアでも大々的に報じられ、生殖医療における歴史的な一歩が広く社会に知らしめられることとなった。ちなみに12年前に採取されたもうひとつの卵子も受精が成功し、第二子出産に備えて再び凍結保存されているという。
■リプロサポートメディカルリサーチセンター設立、世界を飛び回り普及に努める
不妊医療に関しては、既に各国に多くの病院があり、それぞれで凍結が行われている。しかし、その殆どで効果の低い古い技術が用いられているのが現状だ。たとえば『緩慢凍結法』では、半数の受精卵が死んでしまうのだという。現場ではより優れた新しい技術を常に求めており、同氏の技術を積極的に使いたがる。同氏としても普及に尽力しており、同氏の技術は既に40カ国以上に広まっている。目の前の日本人よりも、諸外国の方に先に広まっている状態だ。
平成22年(2010年)、自らの技術の開発普及に専念するため、リプロサポートメディカルリサーチセンターを立ち上げた同氏。つい先日も、イギリス国内に80ほどある不妊医療を手がける病院のうち、トップレベルの20の病院から35名の技師をロンドン大学に集め、2日間に渡っての技術講習会を行ってきたばかりだという。
理念を伝えることから始め、データを示し、プロトコルを教え、デモンストレーションを見せた上で、受講者たちに廃棄卵子を使って実際に凍結保存を行わせ、100%生存させられた技師だけが同氏の技術を使うことができる。100%生存することで初めて『最も効果のある技術を』という同氏の理念が完結する。開発者としてそこまで責任を持ちたいとの想いから、100%生存させられる技師にしか使用を認めないのだという。
同氏はこうした講習を、過去2年間で26カ国、延べ62回に渡って行ってきた。講習には複数の国から参加者が集まり、同氏の技術は現在40数カ国に普及している。同氏の移動距離は昨年1年で20万マイルに達し、時差ボケに苦しむ多忙な日々だが、そうしている間にも間に合わない患者が大勢いることを思えばこそのハイペースだ。
■特許を取らず、安く広く普及させたい
同氏の技術を再現できる凍結キット
実は、同氏の卵子凍結技術は特許を取得していない。特許を取って独占して儲けようという、ビジネス目的ではないからだ。同氏は、15年前に卵子保存を初めて成功させた時に、マスコミから『ゴッドハンド』と持ち上げられたという。しかし、自分ひとりしか扱えない技術では、救える患者数は知れている。誰にでも、自分と同じことをできるようにしなければならない。お金で子供ができるならいくらでも出す、と涙ながらに請い願う患者も多い中で、同氏は自らの技術を再現できる凍結キットを開発し、これを8000円という安価で販売している。
医学会には、ゴッドハンドとしてのステータスを守るために特許を取り、手術は半年待ち、一年待ちという状況をあえて作り、上手くビジネスをしている者も多い。当然、順番待ちの患者の多くが、手遅れになっていく。しかし同氏はそうではない。自分の技術を安く提供し、広く普及させることで公知の事実とし、誰も特許を取れない、誰でも使えるようにしたいのだという。加えて、特許などの権利ゲーム、医療ビジネスに費やす予算や時間があったら、研究に没頭したいという本音もあるようだ。
■『最も良いものを最も安く』
不妊に悩むカップルは、6組に1組の割合という。もとより不妊は地獄の苦しみだが、周囲の無理解や期待などの外的なプレッシャーが更なる苦痛となるケースも少なくない。先進医療が発達し、ガンなどの大病も克服できるものになってきたが、その分だけ、不妊患者も増えてしまう。辛い闘病の末にようやく病を乗り越えたときに、子供を持つ選択肢が残されていない女性が多くいるのだ。
また、病気治療による不妊への対策に限らず、卵子老化による高齢不妊を見越した卵子保存という観点もある。現在の社会では、卵子が元気な若いうちに出産に踏み切れる女性はむしろ少ない。社会人としてキャリアを重ね、いざ夫婦の視線の先が出産へと向いたときに元気な赤ちゃんを産めるよう、若いときの卵子を保存しておく選択肢も浸透しつつある。
体外受精という手段を使って子供を得ることについての是非は、「本人やその家庭内の問題」というのが同氏の立場だ。しかし、「いざ自分たちのお金で、自分たちのリスクで『体外受精』という手段を選択したときには、最も効果的かつ安全な方法で、最も安価に、技術が提供されなければなりません。趣味の世界ならば、Aもいい、Bもいいという好みもあるでしょうが、医療に関しては最も優れたものだけが提供されるべきなのです」と語る同氏。
「私にも二人の子供がいますが、子供なしの人生は考えられないほど幸せです。子供ができず苦しむ人に、なんとかして子供を持つことの喜びを味わせてあげたい」と続けてくれた。
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