渡邊建設株式会社 ‐ ローマ法王庁から叙勲を受けた建設会社
渡邊建設株式会社 ‐ ローマ法王庁から叙勲を受けた建設会社
◆取材:綿抜幹夫 /文:渡辺友樹 /撮影:鈴木愛子
渡邊建設株式会社 渡邊裕之(わたなべ・ひろゆき)氏…昭和37年(1962年)、東京都出身。上武大学を卒業後、アパレルメーカーへの就職を経て渡邊建設株式会社に入社。現在、同社代表取締役社長。
創業88年を迎える地元の雄
2015年1月号の『この経営者に注目!』で取り上げた渡邊建設株式会社(東京都豊島区)の渡邊裕之社長。前回は創業以来の渡邊家三代の物語をご紹介したが、今回は同社としての来年度以降の事業戦略について語っていただいた。2度目の登場ということもあり、日本経済の先行きや人口減少への危機感などについて踏み込んだ話を聞くことができたほか、ローマ法王庁からの叙勲など、思わぬこぼれ話も飛び出した。
ストック市場の建設業界
現在も新築住宅を多く手がけ、来年度以降の新築住宅建設も決まっているという同社だが、同氏は「私の持論としては、ストック市場だと思っています」と語る。既に同業者の中には新築の取り扱いを止め、リフォームに特化している企業もあるという。
これは東京全体で空室率が非常に高くなっている傾向にあるためで、同社の地元豊島区ではこれが特に顕著だ。豊島区には戦後焼け残った木造住宅が多く、東京都が木造住宅密集地域(木密地域)の改善を進める「木密地域不燃化10年プロジェクト」の「特定整備路線」に定めた都内23カ所の都市計画道路のうち、実に7路線が豊島区にある。行政としても建て替えを促しているわけだが、これらの木造住宅の持ち主は、その殆どが伴侶に先立たれた高齢者だという。彼らは施設に暮らしている場合が多く、子らも独立して別のところに自分の住宅を持っている。こうした木造住宅が空き家になっているというわけだ。
こうした木造の空き家に対して、同社をはじめ地域の不動産屋や設計業者は積極的に建て替えやリフォームを進めているが、同氏は「どう住まわせるか、それによって街をどう変えていくか」を重視している。昭和の香りの残る昔風の建物を、最低限の改修費用で現代風にアレンジして住みたいという若者が増えており、同氏ら建設業者としても、完全なリニューアルではなく、こうした昭和の香りを活かした改修を提案しているという。古い木造の空き家を安く手に入れ、アレンジして住む「ビンテージ住宅」という選択肢だ。
これまでの建設業は、古い建物を壊して新しく建てる「スクラップ・アンド・ビルド」を行ってきたが、これからは既にあるものをいかに再構築して新たな付加価値を創出するかがメインになる。地域をどう良くしていくかという街づくりの側面も含めて、同氏は業界の今後をこう捉えている。
日本経済の見通し
2020年の東京オリンピックに向けて、多くのエリアで都市の再生が行われていくことになるが、「2020年まで今日の景気感のムードが継続する可能性は極めて低い」(渡邊氏、以下同)。
アベノミクスの効果も二極化している上、来年度は今年度にも増して過去最高の予算を組むことが発表されたが、国の借金は莫大。企業に例えるなら、借金を減らしながら利益を上げる対応が必要な状況だが、この場合企業ならリストラを行うのが一般的だ。つまり国で言えば議員定数削減や行政改革であり、同氏は「増税も行うが自分たちの身も削るという姿勢を国内外に示して欲しい」と訴える。これらを行いながら経済の建て直しを図るという、両面での取り組みが必要との考えだ。
さらに、同氏はシンガポールを例に挙げ、優良な企業が日本に進出しやすくなるようルールを改正し、外資の力を借りて雇用を創出すべきと続ける。同時に一方では、安倍首相も行っているように、政府首脳が外国を訪問する際には日本企業のトップを同行し日本企業の力をアピールすることも必要と語る。現にトヨタなど業績の良い日本企業は、主に海外でその売上を伸ばしているのだ。
現在の日本が抱えるこうした問題は、突き詰めていけば人口問題である。「国内需要が上がらなければ、外資が来ても自分たちで稼いで自分たちの国へ持ち帰ってしまう」。外国企業に日本に留まるメリットを与えるべきだが、現在の法制度では日本でのビジネスには規制が大きく、これを改正すべきというのが同氏の主張だ。
新築からリニューアルへ
都心部の銀座や日本橋でも、以前はビルが立っていた場所に青々と空が広がっている。これまで誰も見たことのない光景だ。それだけ建て直しをしているわけだが、同氏は「いざ建て替えが終わって新しいビルが完成したところでテナントが埋まるかというと、それは厳しい」とみており、「特に、日本企業や日本の路面店だけで埋めるのは難しいでしょう」と続ける。
同社についても、新築住宅の顧客は、地元豊島区でも一定数あるとはいえ、主だっては城南エリアの世田谷や目黒、渋谷などに住む富裕層がメインだ。前項での同氏の見通しのように、景気が悪くなればこれら富裕層にもダメージがある。このため、同社は現在新築が8割、リニューアルが2割という業務内容から、リニューアルの割合を増やす方向にシフトしようとしている。
しかし、既に業界全体にこの動きがあり、競争も激しくなっているという。そこで同社としては、「カルテは当社にあるわけですから、自分たちで作ったところは自分たちで改修工事を掛けるのがお客さんにとっても最適なはず」と語るように、「自分たちで建てた建物は自分たちで手を入れる」ことに努めている。とはいえ、リニューアル業者も手をこまねいてはいない。彼らも日々、対象となる建物を物色しており、同社が建てた建物でも、気づくと他社によって改修されているケースもあるという。
人口の推移や経済状況など、社会全体の流れからみても、建築業界においてリニューアルが増加することは間違いないが、競争が激化していくこともまた確かだというわけだ。
人口減少への対応
既に何度か触れているが、同氏は将来に向けて「人口減少」を非常に問題視している。昨年、民間の研究機関である日本創成会議によって、豊島区は東京23区で唯一「消滅可能性都市」と指摘された。高齢者が多いことに加えて、「F1層」と呼ばれる20─34歳女性が少ないことが主な理由だ。
この傾向は程度の差はあれど他の区にもみられ、全体的には国として人口減少に向かっていることは言うまでもないが、豊島区や隣接する板橋区などでは、民間の幼稚園や保育園に補助金を出し、若い母親が働ける環境づくりを進めることで、居住を促す対策をしている。同社としても高齢者施設に加えてこうした幼稚園、保育園を手がける機会が増えているというが、同氏は「預かる施設を増やすことよりも、産むこと自体を促す補助をすべき」と訴える。
いずれにせよ、人口が減少すれば新築のマンションや住宅を建てたところで、住む人がいなくなる。既に、同社でマンションを新築しても、そこに入居するのは同社が過去に建てたマンションからの移り住みという例が増えているという。
同社施工案件(上:アパートメント惣/下:3×3 cube)
こうした状況を踏まえて、同社では駅から遠いなど不利な立地にマンション新築の希望があっても、積極的には薦めていない。代わりに、15~20年で建て替えや改修が可能なオフィスや店舗など、住居系以外の建築を提案しているという。マンション新築を薦め、顧客が金融機関から借金をして建てたとしても、空室ができて返済できず、最終的には売却となるような事態を避けるためだ。
同氏は「建てて終わりではなく、お客さまが健全に運営でき、融資を完済するまでが我々の責任」と捉えており、その上で現在マンションを新築することは不安が大きいというわけだ。
とはいえ、「やっぱり僕はお客さまの顔が見える住宅が好き。住宅はクレームも多いなど、建築の中でも大変ですが、最終的には住宅に特化していければいいなと思っています」という気持ちも覗かせる。
ローマ法王庁からの叙勲
建設業を続けてきた中では、得難い経験もしてきた。ローマ法王庁からの叙勲もそのひとつだ。
イタリア人の知人を介してローマ法王庁大使館へのエレベーター設置工事を手がけたことが縁で、築80年以上の歴史ある木造教会の改修を担当したことがきっかけだ。この改修工事は、2012年に世界文化大賞を受賞したイタリア人彫刻家兼建築家のチェッコ・ボナノッテ氏との共同作業で、ボナノッテ氏の設計を同社が設計者や職人などを集めて具現化した形だ。
チェッコ・ボナノッテ氏と共同で改修工事を行った木造教会。利益度外視の寄付という形で協力し、そのことへの感謝として2011年に叙勲を受けることとなった。
世界的な彫刻家であるボナノッテ氏ならではのデザインは、礼拝者を出迎える重厚な扉や特徴的な椅子など随所に表れており、祭壇の下にはボナノッテ氏の手による12使徒のブロンズ像、真っ白な壁には「十字架の道行」のキャンバス画が飾られている。白を基調に、青や茶色が印象的に使われた空間だ。
ボナノッテ氏との仕事を振り返り、「国が違っても、機微を感じる心は同じ。大変な仕事でしたが、やって良かったと思っています」と語る同氏。今でも、日本びいきのボナノッテ氏が来日すると食事を共にするなどの交流が続いているという。
この改修工事だが、当初は予算の都合で全体に手を入れるのが難しく、たとえば、壁はきれいにするが床は80年以上経つものをそのままにするといった予定で計画が進んでいた。しかし、同氏は建設業者としてこれを良しとせず、「一生に一度の名誉ある仕事だから」と利益度外視で臨み、寄付という形で協力する。こうして、2009年に終了した教会改修工事への感謝として、2011年にローマ法王庁から叙勲を受けたというわけだ。
現在でも、ローマ法王庁大使館とは花見などのイベントでテントを設営したり、また折ごとに手紙をやりとりしたりという関係が続いているという。2010年には、長崎・浦上天主堂の「被曝マリア像」が欧米で巡回展示され、帰国時の東京滞在に合わせて開催された「被曝マリア像を囲むコンサート」に招かれた。
このコンサートには美智子皇后も出席し、「皆でお出迎えしたときに数秒言葉を交わしただけで、お帰りの際には何十人といる参加者のひとりひとりを覚えた上で私には『渡邊さん、素晴らしい教会でしたね。大変でしたね』とお言葉をいただき、感激して涙が止まりませんでした。今までの人生でいちばん感激しました」と貴重な体験談を聞かせてくれた。
人口減少社会を生き抜くために
「20年後も建設を主体にしているか分からない」
名誉あるエピソードをご紹介したところで、改めて今後の抱負を語っていただき、本稿の締めとしよう。
「今は5年先、10年先のビジョンを組み立てるのが難しく、今年はどうするか、来年はどうするかと短いスパンで考える必要があります。1年、半年で見直しをかけて軌道修正していかなければ付いていけない、それほど世の中の流れは早くなっていますが、その潮目を感じ取れる企業が生き残っていくのだろうと思っています。創業以来88年、建設業を営んできましたが、たとえば15年、20年後の渡邊建設は建設を主体にしているか分からない、それぐらいの気持ちで模索を続けようと社員たちに言っています」
今ある材料から未来を予測し、決して現状に甘んじない。長く歴史を刻む企業の経営者に共通するのは、こうした姿勢であることは間違いないようだ。
ローマ法王庁大使館にて行われた授賞式の様子
授賞式後、ご家族と喜びを分かち合う渡邊社長
渡邊建設株式会社
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