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株式会社栄鋳造所 ‐ 「自他共栄」の精神で鋳物技術を世界へ発信!

◆取材:綿抜幹夫 /文:渡辺友樹

 

株式会社栄鋳造所01 鈴木隆史氏(すずき・たかし)氏…1974年1月5日生まれ。都立富士森高等学校を卒業後、サービス業の経験を経て、1996年、父の経営する栄鋳造所に入社。2001年、代表取締役就任。現職。株式会社栄鋳造所02

同社で働くスタッフの皆さん。鈴木社長を囲んで。 株式会社栄鋳造所 写真 (1)

同社の武器となっている「Vプロセス」(プラント全景)。 株式会社栄鋳造所04

米国企業との打ち合わせ風景。

株式会社栄鋳造所 写真 (2) 鋳物とパイプが一体化されており、そのパイプに水を流すことで鋳物全体が冷え、そこに半導体や発熱体を密着させて冷やすことができる「コールドプレート」

 

嫌々継いだ会社を救った「スーパーポジティブ」社長

柔道家・嘉納治五郎の言葉である「自他共栄」。自分の技を磨かせてくれた相手を敬い、感謝し合って共に栄えていくという意味のこの言葉を企業理念に定めているのが、東京都八王子市の株式会社栄鋳造所だ。理念が有名無実化している企業も多い中、「自他共栄」に忠実な経営を貫く鈴木隆史社長を取材した。

 

嫌々だった入社

 栄鋳造所は創業68年目。初代社長は同氏の祖父、二代目は伯父(父の兄)、三代目が父で、同氏は四代目だ。実は同氏は「(同社に)入る気は微塵もなかった」という。「汚い作業着が干してあるし、お爺さんばっかりだし、軍歌が流れているし。嫌だなと思っていました。モノづくりも嫌いでした」と語る同氏は、高校卒業後サービス業界に進み、サラリーマンとしての道を歩んでいた。およそ20年前のことだ。

その頃、同社を率いる先代は、現在も同社の武器となっている「Vプロセス」という設備を導入する。当時の同社は平均年齢が60代後半、先代も40代。先々を不安視し、職人育成には5~10年は要することから、半年から1年で使い方を覚えることができる「Vプロセス」を導入したのだ。

しかし、そんな「Vプロセス」は職人たちにとっては脅威である。手を貸してもらえず、孤軍奮闘する先代を見兼ねた母は、同氏に「父を助けてやってくれ」と懇願。半年間説得され続け、断り続けていた同氏も最後は折れる形で覚悟を決め、入社を決意。サラリーマンを4年間で終え、22歳での入社であった。

 

 入社初日は先代から「倅だ」と紹介されたきり現場に放り込まれ、立ち尽くしていたという。仕方なく箒を手にとって掃除をしようとすると、職人から「いいからお前は見てろ」と取り上げられ、「22にして俺の人生終わったな、と風呂で泣きました」と回想する。華々しいサービス業の世界から一転、「お爺さんばっかりで、会話もない。お昼にお弁当を食べるときにNHKのニュースが付いていて、それを聞いてようやく人の声が聞けたとホッとする」そんな職場で第二の人生がスタートした。

 

「スーパーポジティブ」で立ち向かった試練

 しかし、そのまま落ち込んではいなかった。自らの性格を「スーパーポジティブ」と表現する同氏は、その翌日から行動を開始する。ちょうど繁忙期だったこともあり、前職での先輩後輩など10人ほどの仲間をバイトとして招く。そして終業時、彼らにA4サイズの紙を渡して「次の出勤のときに当社の悪いところを書いてきてくれ」と頼んだのだ。すると、誰もが真っ黒になるまで記入して持って来たという。

 「汚れる仕事なのにシャワールームがないとか、そういうことがびっしり書いてあるんです。それらの問題点をひとつひとつ潰すところから始めました」

 22歳の同氏の次に若い社員は40代後半、主力は70歳近い職人たちという状況に危機感を抱き、「若い人が入社するにはどうすれば良いか。そのためにはまず若い人を呼んで改善点を洗い出す」ためのアイデアだった。

 

 入社後、最初の1年は現場でVプロセスを覚えた同氏は、2年目からは営業を担当する。1990年代半ばはいわゆるバブル崩壊後だが、同社は軽自動車の安全基準の改定や消費税増税による「買い替え需要」に湧いていたという。同氏ひとりで月3千万円という契約を取ることもあり、同社は1999年には社員数50名に拡大、年商も10億円に迫ろうかという好業績を残す。

 しかし「買い替え需要」の終焉とともに業績も急降下、翌2000年には月5、6千万円の売り上げが300万円まで落ち込み、社員数も3名まで減少する危機に陥ってしまう。この危機を受けて、同氏が2001年に社長に就任する。

今日まで68年間の長きに渡って「栄鋳造所」の名前が存続し、八王子の地にあり続けているのも、同氏の手腕によるものだ。当然その裏には、他人には分からない多くの苦労があった。2002年には母が癌でこの世を去り、2008年には先代も不慮の交通事故で急逝するなど、同社の歴史、そして同氏の人生は波乱や困難に溢れている。本稿では割愛せざるを得ないものも含めて、これまで同氏に降りかかった試練は誰にでも乗り越えられるような生易しいものではない。それらを越えてきた同氏の強さの理由に、持ち前のポジティブさがあるのは間違いないだろう。

 「ネガティブになってしまうと、なんで俺ばっかりこんな災難が降り注ぐんだという気持ちになってしまう。底なしじゃないかと思ってしまう。そこに無理やりにでも蓋をして、『これはお前だからクリアできる』という神様の思し召しなんだと思うようにしています。そうしてひとつクリアすると、また違う景色が見えてくるんです」

 

マーケティング重視

 本業である鋳物についての話も聞いてみよう。同社が手がける製品は、かつては自動車のシートの金型が9割だったが、自分の代で逆転し、今では8割が鋳物の一般製品だ。メディカル・医療関係のパーツが多いという。技術面で「Vプロセス」と並び同社の主力となっているのが、リーマンショック後に開発した「コールドプレート」だ。鋳物の中にパイプが一体化されており、そのパイプに水を流すことで鋳物全体が冷える。そこに半導体や発熱体を密着させて冷やすことができる仕組みだ。従来も、切削加工で掘った溝にパイプをセットするサンドイッチ式のものはあったが、「コールドプレート」のように鋳物として一体化されているものはあまりないという。

 画期的な「コールドプレート」だが、同氏はクリティカルな技術であるとは捉えていない。日本人の長所でもあり、短所でもあると前置きした上で、「(日本企業は)こんな技術があるよ、こんなサービスがあるよと発信するけど、自己満足でしかないんです。そうではなくて、相手がどういうところに困っているのか、その困りごとをキャッチして、自分たちの持っているソリューションでどうやって解決するかというところで、初めてマネタイズができる。要はマーケティングです」と語る。

 

海外戦略

 営業戦略としては、国内外を問わず販路を拡大していくことを重視している。現在その7割が海外メーカーへの輸出だというが、それら海外との取引は、すべて円建てで行っている。為替のリスクを回避する目的のほかに、「日本の企業が持つ日本の技術が良くて買っていただいているんだから、円で払ってくださいということです」と語る。日本で製造したモノを輸出することへのこだわりを社員全員に浸透させているという。

 そうした海外進出にも一役買っている取り組みが、難民の雇用だ。同社では、「特定活動」の在留資格を持った難民認定待ちの外国人を戦略的に雇っている。たとえば、カメルーン人の社員は英語とフランス語が堪能で、中東やアジア出身者と合わせると、現在同社として6カ国語に対応できるという。難民に対するサポートは自社での雇用だけではなく、特定活動が可能な外国人を集めて半年間、日本語と日本の企業文化を教えた上で、企業に斡旋するソーシャルビジネスも展開している。

 

経営者として

 同氏によって見事息を吹き返した同社だが、今後の目標はまず先代の急逝によるマイナスを清算すること、そして第二には、前期に過去最高益を上げ、今期も過去最高益を上げられる見込みであることから、貯蓄を増やしていくことだという。さらに、実務レベルでの目標として、「現在ようやく1年先まで仕事が埋まるようになった」状態から、「せめて2年先まで仕事が埋まり、営業や幹部が3年先を考えられる社内体質」を目指している。

 経営者としての自身については、「常に先々を、全体を見据えていたい。俯瞰できていなかったり、目先の問題に囚われて周りが見えていなかったりする自分に気づくと、ものすごくストレスに感じます」と語り、続けて「ゼロから1と10を設定するのは得意ですが、2、3、4、5、6……と埋めていくのが苦手です。苦手なのに、2、3、4……と埋めようとしている自分がいるとストレスになるのですが、今はそれを埋めていくことのプロフェッショナルがいてくれます。そうした社員がいることで、うまく回り始めました」と分析する。

 さらに、経営者として「私利私欲に走らない」ことを意識しているといい、「落ちていくときにはこれが原因というのがなんとなくわかるので、それを感じたら謙虚に、謙虚に。謙虚になるためにみんなと同じ視線で会話するとか、昔、俺にもこういう悩みあったよなっていう悩みを後輩たちが抱えていれば、聞いてやっています」と語る。

 同氏の最終的な目標は、栄鋳造所の企業価値を上げることであり、従業員数や売り上げという観点ではなく、少数精鋭であっても、少なくとも地域から、延いては日本から、そして世界から必要とされる企業にしたいという。

 同社は、マーケティング志向や海外戦略など、成果を上げたビジネスモデルを地元八王子はじめ日本中の中小企業に対して横方向にシェアしている。ポジティブさをベースに、身を以って自他共栄を実践する同氏。他者の力になること、他者から必要とされることは、辛い試練を何度も味わい、強度のある優しさを身につけた同氏の役目なのかも知れない。

 

オビ ヒューマンドキュメント

●株式会社栄鋳造所

〒192-0154東京都八王子市下恩方町350

TEL 042-651-9790

http://www.sakae-v.com

2015年1月号の記事より
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