株式会社星製作所 ‐ 設計もできる板金屋から、板金もできる設計屋へ。
株式会社星製作所 ‐ 設計もできる板金屋から、板金もできる設計屋へ。
◆取材:綿抜幹夫 /文:渡辺友樹
「エフェクターケース.com」でニッチな市場を開拓。
従業員数8名という小規模ながら、「板金ケース.com®」「自作ケース.com®」「エフェクターケース.com」とニッチな層にアピールするWeb戦略を展開し、マーケットを開拓している企業がある。東京都八王子市に株式会社星製作所を訪ね、星肇社長から話を聞いた。
※エフェクター…ギターやベースなどの音色を変化させる機器。
星製作所と同氏の歩み
精密板金加工業を営む同社の創業は昭和49年(1974年)。調布市佐須町にて、同氏の両親が借家の空き地に建てたバラック小屋からスタートした。3年後の昭和52年(1977年)に八王子市に移転し住宅兼工場を建て、やがて昭和59年(1984年)に同じ八王子市の四谷町に株式会社星製作所として法人化、同時に創業社長(現・会長)の個人名義で工場を建設する。
二代目社長である同氏は昭和40年(1965年)生まれ。日本大学農獣医学部(現・生物資源科学部)を卒業後、中外製薬株式会社に入社し、営業職MR(medical representative、医薬情報担当者)として7年間、大学病院など大きな病院を回る生活を送っていた。大学での専攻から就職先まで、現在の板金加工業とは全く異なる畑を歩んでいたことになる。もともと、30歳までに決断するつもりだったというが、結論として30歳のときにスピンアウトし、両親の会社を継ぐ選択をする。平成7年(1995年)の入社から12年後、42歳で代表取締役に就任。49歳の現在、社長職は7年目だ。
不況をかいくぐり順調に
両親を間近に見ていたとはいえ、他社に勤めていた同氏は製造業が高度成長期に湧いた時期も味わっておらず、入社したのはバブル崩壊からわずか数年後である。周りを見渡すと苦境に立たされている企業もあったが、同氏の入社直後に施行されたPL法(製造物責任法、1995年施行)によって金属探知機を手がけるクライアントが勢いに乗る幸運もあり、同社はさほどの落ち込みもなく順調に成長してきたという。小規模であるために困難をうまくかいくぐれたことに加え、先代からの古い付き合いのクライアントが3、4社あったことも大きかった。入社直後から、仕事がないどころか寝る間も惜しんで働かなければならない忙しさだったという。
また現在に目を移しても、その是非が問われているアベノミクスについて、同社は中小企業としては珍しくその恩恵に与ることができている。補助金によって新たな機械も購入するなど、同社には追い風の施策となったようだ。
マーケティングによって差別化を図る
これまで業績順調な同社だが、同氏の社長就任以降、小規模事業者として営業力を付けるために力を入れているのがマーケティングだ。加工技術にも当然ながら自信を持っているとはいえ、モノづくりにおいてもデジタル化が進む現代にあっては、遠目に目立つ差別化はし辛いのもまた実状である。そこで、加工技術やモノの差別化に加えてマーケティングを、というわけだ。自分たちの強みの加工技術をどんなマーケットに情報発信し、受注を獲得するかという視点であり、具体的な方法として行っているのがWebの活用だ。
Webを使ったマーケティングに力を入れるようになった背景には、現社屋である新工場の完成から間もないタイミングに起こったリーマンショック(2008年)がある。同氏には、危機にあっても社会や政治など、外的環境や他人のせいにしたくないという想いがある。小さい会社であればなおさら経営者の責任であり、自分でできることがあると考えているのだ。加工技術の追求もずっと行ってきたし、これからも行っていく。しかし、その上で差別化を図るためにはマーケティングが重要であるという方針も、リーマンショックが起こり、何かやらなくては、という危機感をきっかけに「自分でできること」を模索した結果のひとつだ。
「板金ケース.com®」「自作ケース.com®」
こうして立ち上げたのがウェブサイト「板金ケース.com®」だった。面倒な会員登録などの必要もなく、Web上で手軽に見積もりが取れる。外側の「ハコ」の部分は同社に丸投げし、中身のエンジニアリングに専念しませんか、というエンジニアに向けたアピールは好評を博している。
しかし、「板金ケース.com®」をスタートさせた同社は、ほどなく板金ケースへの意外なニーズの存在を知ることになる。オーディオマニアやギターマニアなど、個人の趣味での利用が一定数みられたのだ。嬉しい誤算であったわけだが、問題もあった。「板金ケース.com®」はもともとBtoB、いわば「玄人」であるエンジニアに向けたサイトである。しかし、楽器やオーディオマニアなど個人の利用者は、板金や図面に関しては言ってしまえば素人であり、専門的な知識を持つ利用者を想定した「板金ケース.com®」のシステムでは対応しきれない事例が出てくるようになったのだ。
同社の対応は早かった。そうしたニーズの受け皿とするべく第二の矢としてすぐさま「自作ケース.com®」を立ち上げたのだ。こちらはBtoC、個人向けに、ギターやベースといった楽器の周辺機器であるエフェクターや、オーディオアンプなどを自作するための板金ケースをカスタムできるサイトだ。
「エフェクターケース.com」、2014楽器フェアへの出展
さらに、昨年10月には、さらに狭い分野へのアピールとして第三の矢、「エフェクターケース.com」を立ち上げる。検索結果がモノを言うインターネットの世界にあって、「板金ケース」や「自作ケース」というビッグキーワードよりも更にニッチに、狭い領域に情報提供してマーケットを獲得していこうという方法論だ。
「エフェクターケース.com」公開から間もない11月には、東京ビッグサイトで開催された「2014楽器フェア」にも出展する。出展を申し込んだ際には、事務局から「金属加工業の板金屋さんが楽器フェアに何を出すの?」と疑問を持たれたという。確かに、楽器メーカーがずらりと並ぶ楽器フェアにあって同社は異色だ。しかし、「エフェクターケース.com」の運営を含むカスタム板金ケース事業について説明すると「他にいないし、面白い」と興味を示してもらえたという。実際、反響は大きかった。週末3日間の開催期間中に延べ6~700人がブースを訪れ、アンケートも300枚以上回収できるなど、確かな手応えを感じている。パソコン自作を趣味とするマニアがいるように、ギターやベースプレイヤーには、自分だけのサウンドを求めて楽器や周辺機器の自作へとその興味が向かう層は少なくないのだ。
驚くことに、同氏自身はギターなど楽器を全くプレイしないという。つまり、勝算もないまま趣味だから手を出したという動機ではなく、「板金ケース.com®」を運用するなかで芽吹いたビジネスチャンスを見逃さず、着実に駒を進めた結果が、エフェクターケースだったというわけだ。
「板金もできる設計屋」へ
今後は、クライアントから受け取った図面通りに加工する仕事が大半という業態から一歩踏み出し、設計自体に力を入れていくという。「設計もできる板金屋」から、「板金もできる設計屋」への転換を図ろうというのだ。筐体設計の段階から請け負おうとしているのは、少子高齢化の影響からか、クライアントの中に技術者やエンジニアが減っていることを同氏自身が肌で感じているからだ。クライアントから「設計も頼みたい」と依頼されることは多く、この傾向は中小企業に限らず、中堅大手も例外ではないという。
本業の板金加工については、IT化する社会にあって、製造業界にもデジタル化の波が押し寄せている中、同社でもデジタル化を積極的に進めている。同社ウェブサイトで主要設備を参照することができるが、最先端の板金展開の機械など、自慢の設備が揃っている。一方で、同氏は「板金にはモノづくりのセンスも求められます」とも語る。単にボタンを押し、ペダルを踏めば製品が出来上がるのではなく、心や気持ち、感性といった人間的な部分も重要との考えを持っているのだ。「その人の感覚によって、曲げ方や角度を見極めて数値制御したり、補正を入れて通り角度を出したり。また、デジタルの機械でも、ちょっとした紙を挟んで調整するなど、板金加工には人間の手によるアナログな要素も多いんです」と語るように、デジタルとアナログのどちらも活かした、いわばハイブリッドなモノづくりを心がけているという。
「企業は経営者の器以上には大きくならない」
「自分(経営者)の人間的な器以上に会社は大きくなりません。その意味では、(会社を)極端に大きくはできないでしょうし、自分の目の届く範囲での自然な成長を望んでいます。規模ありきではなく、お客さんから信頼されていくなかで客数が増えれば、当然設備や人も増えていくでしょう。今までもずっとそうでしたし、これからもそんな風に、自然増で拡大していけばいいのかなと思っています」
先代の時代からそうだったように、地元地域やクライアント、取引先に愛されながら、着実、堅実に歩んでいく同社の未来が見えるようだ。
●株式会社 星製作所
〒192-0152 東京都八王子市美山町2161-15
TEL 042-659-0808
http://www.hoshi-ss.co.jp/
・板金ケース.com
http://www.bankincase.com/
・自作ケース.com
http://www.jisakucase.com/
・エフェクターケース.com
http://www.effectorcase.com/