創光 オビ 

株式会社ドリコムに聞く IT 時代の先端を行く企業には、未来の景色がどう見えているのか

◆取材・文:加藤俊

 

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親父(社長)たち、刮目せよ!

「この時代、出版はお終いだよ」

20年近く、東京神保町で紙媒体の雑誌を発刊してきた出版社の知人が、先日、倒産を機に、こう漏らした。ウィルスのように、情報が拡散されていくNETの特性を逆手に取り、「バイラルメディア」なんて言葉を頭に冠して、認知度を瞬く間にあげていくメディアが隆盛する昨今、愚直に不器用に紙媒体にしがみついている小誌も、彼の吐露した言葉に、溜息しか返すことができなかった。

 

いまや業態・分野を問わず欠かせなくなったIT技術。日進月歩する世界は、人々の働き方のみならず、その先にある生き方にまで大きな影響を与えつつある。数十年後、人々や企業の在り方はどう変わっているのか、紙媒体の出版に未来はあるのか、こうした点に興味は尽きないが、いかんせんIT技術に疎い小誌である。

 

ろくすっぽ方向感さえ掴めないで、同じように旧石器時代に取り残された工場の親父たちと明日を論じても、益ある見解は一向に捻り出せず、ただただ燎原の火を眺めるばかり。活路を求めて、誰かこれを聞くに適任はいないかと方々探していたところ、筒井・塩入・橘のいつもの面々から「適役がいるぞ」と連絡が入った。

 

DSC_1234 2001年に起業し業界の草分けとして、ソーシャルゲーム事業、ソーシャルラーニング事業、アドソリューション事業など幅広く手掛ける株式会社ドリコム長谷川敬起取締役である。生き残りの難しい業界に於いて、幾度も路線をピボット(!)させながら、経営を拡大させてきた、サバイバルに長けたその嗅覚。未来を遠望できる立ち位置にいる氏が見ているモノを教わってきた。

 

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 聞き手:創光技術事務所の筒井潔所長、塩入千春シニア・アナリスト、弁理士の橘祐史氏

ITはあらゆる業界に通ずる
ニュー・アディッド・バリュー

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筒井 まずは「第2の産業革命」としてのITについてお聞きしたいと思います。産業革命とは人の生活を変えるということ。それはつまり文化を変えるということです。その意味でITは働き方を含めた私たちの生活を変えたわけですが、長谷川さんはどのように感じていらっしゃいますか。

 

 

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長谷川 第2の産業革命であるという確信はありますが、まだ序の口という印象ですね。象徴的なのが「インターネット業界」という言葉です。これについては個人的にものすごく違和感がある。もはやネットと接点がない業界はありません。あらゆる業界に通ずるニュー・アディッド・バリューです。にもかかわらず、いまだ「業界」という縦割りで括られている。もちろんそこにはコスト面や構造的な理由から最初はネットとの親和性が高い、やりやすい領域から着手されていったという背景があるわけですが、今はもうそうしたフェーズではありません。

 

筒井 現在は新しい価値を生み出しながら、既存構造のリプレイスがどんどん進んでいます。

 

長谷川 そうですね。いわゆる「閉じた業界」でも変革は進んでいます。旅行先でホテルではなく現地に住む人の部屋を借りられる「Airbnb」、スマホから今いる場所にタクシーを呼べる「Uber」といったサービスも登場しました。既存企業にとっては秩序破壊ですが、消費者にとってみれば選択肢の幅が広がることに他なりません。

 

 教育もそのひとつですね。御社は2012年3月からソーシャルラーニング事業をスタートしています。これまでのEラーニングとはどう違うのでしょうか。

 

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長谷川 ユーザー同士が横のつながりをつくりながら学習に取り組めるというのが最大の特徴です。従来のEラーニングは学校に行かなくても勉強できるというメリットをもたらしました。ただ、これは閉じられた空間で完結していて、連帯感は持ちづらいものでした。継続は力なりという言葉があるように、どれだけ質の高い教材を提供できても、長続きしなれば身にはつきません。

 

その点、ソーシャルラーニングでは、たとえばユーザー同士が評価をしたり励ましあったりという要素を加えることで、生徒同士のつながりがある学校さながらの環境に近づけることができました。

 

筒井 ともに学ぶ仲間がいる、仲間をつくれるというのはとても大事ですね。

 

長谷川 私たちはユーザーが学習へのモチベーションをどうやったら保てるかを一番に考えています。えいぽんたん!」は英単語学習アプリですが、たとえばTOEICの点数を300点上げるといった結果にのみフォーカスしているわけではありません。そのためにユーザーに対しては難易度をパーソナライズして正答率を85%に設定しています。これは「継続」を一番に考えた上での仕掛けです。

 

おかげさまで3月5日には累計100万ダウンロードを達成しました。年齢層は30代を中心に20代~40代がメインです。1日の利用者数は3万人で、一人当たり1日約30分ご利用いただいております。

 

筒井 一人1日30分の滞在というのは事業としても非常に可能性を感じさせますね。

 

 ユーザーの年齢層が20~40代というのも特徴なのでしょうね。社会に出てある程度余力が出たところでその時間を使って学ぶという。

 

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塩入 今は教材も非常に進化していて、大人でも勉強したくなりますね。私は理系でしたので、学生時代は受験や進路のことを考えるとどうしても理系科目に勉強が偏ってしまいました。世の中も変わりますし、英語は必要に迫られて勉強しましたが、国語や社会科などの教科も必要に応じて、社会人になってからもう一度勉強し直すことができたら良いと思います。もしそこで同じように思っている仲間がいれば励みにもなりますね。

 

長谷川 ITでリプレイスできるところはリプレイスする。教育においては「知識の伝達」はそれが可能だと思います。むしろITを使った方が効率を上げることもできます。弊社社長の内藤は現在、IT技術の利活用の推進、政策提言などを行う新経済連盟の教育部門の分科会長を務めているのですが、そこでもできるところをITに置き換えることで教育の幅を広げられるのではないか、という議論をしています。

 

たとえば多くの戦国大名たちが群雄割拠していた戦国時代、この時代を教科書で覚えるのは大変ですが、ビジュアルを使って動きを見せてあげて、そこにゲーム的な要素を付け加えれば、理解を深めやすくなります。

 

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 ストーリーをつくるというのはビジネスでも大事だよね。単なる暗記よりも遥かに学習意欲が湧く。

 

長谷川 でも一方でリプレイスできないものもあると思います。知識の伝達は機械化できますが、学び方を教えるのはやはり先生の役目。

見方を変えれば、知識の伝達を機械化することで先生たちは他のもっと大事な部分に時間と力を使えるようになります。先生が何も言わずに教科書の内容を板書してそれを書き写すだけなら、タブレットを使って勉強した方が、自分から進んでという意味でも主体的に学ぶことができます。

 

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筒井 そこはすごく大事なところですよね。知識の仕入れは機械化でできたとしても、その後には人間学がある。どのようなスタイルであれ、仕事をしていく上では、その知識をどう使うか、周囲の人とどう力を合わせて物事に取り組んでいくか、という人間的な成長が絶対に欠かせない。

 

長谷川 同感です。機微を感じ取る力は、人と肌身で接しなければ身に付かないと思います。ネットではできません。スカイプの動画通信を使っても無理です。

 

筒井 ネットで人と人とのつながりはつくれる。でもそこからさらに一緒になって何かをしようと思えば、直接向かい合わないとだめ。ネットとリアルのバランスをどう取るかについては、ネット企業に課せられた社会的な使命といえるかもしれない。

 

長谷川 おっしゃるとおりです。私自身、大きな地平におけるゴールについてはまだ答えを得られていない状況です。先日、小中学生全員にタブレット端末を配布してソーシャル・ネットワークに取り組む武雄市(佐賀)に視察に行きましたが、ヒントになるようなものを見つけることができました。

 

 

1対1がしっかりできていれば
どんな働き方でもできる

塩入 最近はクラウド・ワーキングという形態も一般的になってきましたが、これについてはいかがですか。

 

長谷川 プロジェクト単位で離合集散を繰り返していくということも含めて、クラウド・ワーキングのシェアは今後も間違いなく増えていくでしょう。ただ、忘れてはならないのは、そのほとんどは「社内」など必ずリアルな枠組みの中で行われているということです。仕事の進め方、やり方はバーチャルでもどこかに必ずリアルがある。たとえば地域の中小企業が力を合わせてひとつの物をつくろうとするときも、集合する手段としてはネットが有効ですが、実際に動き出した後はやはりリアルの領域で動きが生まれるのではないでしょうか。

 

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少なくとも私自身はリアルがまったくないところで物をつくっていく自信はありません。別の視点からいえば、現在成功しているネットサービスは例外なくユーザーエクスペリエンスが高いのですが、これはリアルなしにバーチャルだけでつくろうとしても絶対にできない。感性に違和感があるという感じでしょうか。ロジックを積み上げるだけならバーチャルだけでもできるのですが、ユーザーエクスペリエンスはロジックだけではつくり出せないんです。ユーザーはその違和感をどこかで感じ取っているんだと思います。

 

筒井 なるほど。では、そういった面も含めて将来予測をしてみましょうか。

 

長谷川 働き方という観点では、20、30年後は現在のようなひとり一企業という形態ではないかもしれません。今でいう「独立」「フリーランス」とはまた違った意味で、ひとりの人が複数の企業でPJT単位で働くということが普通になっているかもしれません。

 

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筒井 確かに経営者になれるかどうかは別問題ですが、ITによるパーソナライズがさらに進めば自然とそういう流れになっていくのでしょうね。企業のファミリー感というのも確かに大事だけど、人間関係の基本は1対1。それがきちんとできていればどんな働き方でも構わない。

 

長谷川 そうですね。時間、場所を含めて働き手の選択肢の幅は間違いなく広がっていくと思います。

 

筒井 さらにいえば、その中で人間学に対する価値観自体も変化してくる。今後は確実にフェイスブック・ネイティブな人が出てくるわけだし。そうなると組織のあり方や人と人の関係がさらに変わってくる。

 

長谷川 最近はツイッター上で痴話げんかしているくらいですからね(笑い)。それはもう変わっていくと思いますよ。既存の仕事については仕事のやり方、働き方が変わると同時に、ITによる新しい職業や仕事もこれからは生まれてくるでしょう。そこに人間学の価値観多様化も重なってくれば、30年後の世界は今とは随分違ったものになっていると思います。

 

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将来予測の話に戻ると、ネット関連のテクノロジーとハードの融合が盛んな昨今、将来的には人間や生命の定義すら変わっていくのではないかと思っています。現在ロシアやアメリカでは、脳以外をアンドロイドに乗せて人が寿命に囚われずに生きていける研究も始まっていますし、ナノロボットを使って赤血球よりも酸素運搬能力を高めることで、水中に何十分も潜水可能な身体能力の拡張のような研究も進んでいます。知の獲得ももしかしたら瞬間的に完了する、ということすら夢物語ではなくなってきている気がします。

 

そのような、もっと自由に働く場を選べたり、好きな知識を得られたり、好みの身体能力を拡張できたり、ということが可能になった時に、人間として何が大事になってくるかというと、私は二つあると思っています。

 

どういう点なのでしょうか。

 

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長谷川    一つは、「自分は何をしたいのか」という興味や情熱そのものを自分の中でどう形成していくか、という点です。結局選ぶのは人ですから、Wantがなければ何も始まらないわけです。逆にWantさえあれば、持って生まれた能力が足りなくても、テクノロジーで補完できる可能性が高くなってくる。興味や情熱が今まで以上に重要になってくるのではないでしょうか。

 

二つめは、人間性そのものを磨くことだと思います。人間自身の能力を拡張できる可能性が高まってくるとすれば、善悪や倫理観、利己/利他といった価値観を正しく持っていないと危険性も伴う社会になるのでは、と思いますし、逆に世界を今以上の速度でよりよく導ける可能性も高くなると思うんです。

 

そういう意味では弊社のソーシャルラーニング事業も、ユーザー体験としての学びを提供することで、学びへの興味を自然と引きだせる可能性を十分有していると思っていますので、そのような方向に向けて引き続き価値を提供していけたらと思います。

 

筒井 今日はどうもありがとうございました。

 

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●写真右から二人目:長谷川 敬起(はせがわ・ひろき)氏

1977年生まれ。株式会社ドリコム取締役。慶応義塾大学大学院理工学研究科電子工学専攻修士課程を修了後、外資系コンサルティングファームを経て、2005年にドリコムに参画。現在に至る。

 

●株式会社ドリコム

〒153-0064

東京都目黒区下目黒1丁目8-1 アルコタワー17F

http://www.drecom.co.jp/

 

 

●インタビュアー プロフィール

写真左から二人目:筒井 (つつい・きよし)氏…経営&公共政策コンサルタント。1966年神奈川県生まれ。慶應義塾大学理工学部電気工学科博士課程修了後、外資系テスターメーカー、ベンチャー企業、財団法人等勤務を経て、合同会社創光技術事務所所長。

 

写真右端:橘 祐史(たちばな・ゆうし)氏…経営コンサルタント(筑波大学MBA)、弁理士。1956年福岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、旭化成(株)勤務を経て、NAV国際特許商標事務所所長、合同会社創光技術事務所の共同経営者として現在に至る。論文として、「設備投資計画の最適化に関する研究」、「特許侵害訴訟における特許無効の抗弁に関する研究」などがある。

 

写真左端:塩入 千春(しおいり・ちはる)氏…合同会社創光技術事務所シニア・アナリスト・理学博士。京都大学理学部卒。総合研究大学院大学博士課程修了。理化学研究所研究員等を歴任。2013年9月より現職。

 

◆2014年5月号より◆