有限会社田中箔押所|〝田中社長〟から〝田中の兄貴〟へ モノマチが教えてくれた若手クリエイターと組む楽しさ
有限会社田中箔押所〝田中社長〟から〝田中の兄貴〟へ
モノマチが教えてくれた若手クリエイターと組む楽しさ
◆取材:加藤俊
有限会社田中箔押所 田中一夫氏
熱と圧力により、金や銀など色箔付きの文字や絵柄を入れる印刷加工を〝箔押し〟という。どんなものでも仕上がりに高級感が生まれ、とても美しくなるとして人気の加工技術だ。この箔押しの工房を台東区で3代に渡り構えているのが、有限会社田中箔押所。社長である田中一夫氏は、地域の若手クリエイターから〝田中の兄貴〟と慕われる職人で、モノマチに参加してクリエイターとの距離を縮めることができたと公言している人である。職人とクリエイターとが手を取り合う、その秘訣について伺った。
大手に見放されたからクリエイターと〝楽しく〟仕事をするんだ!
下町は古くは江戸時代から、町同士が連携してモノをつくってきた文化がある。その頃、職人を束ねていたのは、大店(おおだな)と呼ばれる問屋だった。昔はそんな大問屋が数多く存在し、「職人の手を空けるのは親方の恥」という言葉が活きていた。たとえ赤字であろうと職人には仕事を回さなければならないという、古き良き美学を表した言葉である。
「でも、いつからかそうした関係が崩れてしまいました。大手が中国や東南アジアに仕事を出したことで、国内の職人は見放されてしまったのです。大手が最近くれる仕事なんて、納期が間に合わないとか、難しい見本を作りたいといった突発的な仕事だけですよ。結局、僕たちは自分で何とかしなければならなくなったんです」(田中氏、以下同)
大手を頼りにできないのなら、どうするか。そこで田中氏が目を向けたのが、新進のクリエイターやデザイナーたちだった。
「彼らと組めば仕事は来るし、一緒に考えて仕事ができるといった楽しさもありますからね」
クリエイターからの注文は利益になりにくいが、彼ら自身お金がないのだから仕方がない。いやむしろ、お金がない分、安い費用で格好よく仕上げてほしいといった厳しい注文も多くなる。
「無理難題を切り出されて、それを中間くらいの値段でつくろうと、こちらも頭を捻るのが面白いんです。それに、できあがると本当に喜んでくれるんですよ。老舗からの定番の依頼とはまた違った〝勉強〟が、クリエイターとの仕事ではできるんです」
モノマチに参加したことで
そんな田中氏がモノマチに参加したのは、その無理難題を切り出すクリエイターに誘われたのがきっかけだった。
「参加すると決めても、はじめは、うちの作業場なんかに人なんて来ないだろうと思っていたんです。精々来ても10人ぐらいかなと。ところが、開けてびっくり、500人以上の人が押し寄せてきました。世の中、こんなに印刷おたくがいるとは知りませんでした(笑い)。もちろん、多くの人に来てもらっても、ただ見に来るだけだから、売上には繋がらないんですけどね。そこは、僕たちのやっていることを知ってもらえればいいと思っていました」
多くの職人と同じように、田中氏もはじめのうちは、クリエイターの多くはプロとして今一歩修行が足りないと思っていたそうだ。職人とクリエイターとの違いを、一般の人に解らせたいとも強く思っていた。しかし、モノマチが回を重ねていくうちに、そういった気持ちは次第に薄れていったという。
「僕は、箔押しという自分達の仕事に対しては絶対の自信がありますが、完成した製品として捉えたときに、自分のデザインや企画力、売り方に関しての知識はクリエイターに遠く及ばないことに気づいたんです。例えば、今回のイベントの〝職人見学ツアー〟の発案者も職人ではなく、クリエイターなんですよ。誰を見学したら面白いとかの話は、僕たち職人サイドで決めましたけど。そうやってお互いを補完し合い、やっていければ良いと思うようになりました」
もちろん、意見は戦わせる。でもそれをすり合わせて、うまく纏めあげることで、自分一人の力ではできない商売ができるようになる。そのことを田中氏に教えてくれたのが、モノマチだった。
そしてモノマチは更なる恩恵も生んだ。イベントに出たことをきっかけに田中氏の周りに人が集まるようになり、仕事の動きが良くなったそうだ。
「モノマチでクリエイターとの会合に出ていくうちに、新規のお客様も増えてきました。横のつながりができてきたんです。職人の中には否定的な人も多いですが、僕はクリエイターとの間に、ある種の仲間意識を感じるようになりました。垣根をなくして一緒にやっていこうと思えるようになったんです。こっちがそう思うようになったら、いつのまにかクリエイターの方も、〝田中社長〟から、〝田中の兄貴〟と呼んでくれるようになりました」
モノマチで発信したいこと
「職人の技術には、このままだと滅びてしまうものがたくさんあります。だから、モノマチで情報を発信していくことで後継者を見つけていきたいんです。別にこれからは、青年である必要もないと思いますし。日本は今後超高齢化社会になります。これを打破する手立ては二つ。一つは高齢者にも仕事をしてもらうこと。もう一つは女性に働いてもらうことです。僕は、これからの時代は町工場に女性の職人がいてもいいと思うんです。意外と芯がある人も多いし、骨太だったりしますからね」
若者と女性と高齢者が、均等に働ける環境づくりが大事だと、田中氏は力強く語る。これからもモノマチに参加して、仕事を増やしていき、あわよくば後継者になりたい人を見つけたいそうだ。
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●プロフィール
たなか・かずお氏…1961年東京生まれ。日本大学理工学部卒業後、登山にのめりこみ、しばらく自由を謳歌する。26歳の時に家業である田中箔押所に入社。2001年、代表取締役に就任。現在に至る。
●有限会社 田中箔押所
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