株式会社小笠原プレシジョンラボラトリー|より完全な歯車を追い求め、たどり着いた世界一の精度
株式会社小笠原プレシジョンラボラトリー より完全な歯車を追い求め、たどり着いた世界一の精度!
◆取材:綿抜幹夫
株式会社小笠原プレシジョンラボラトリー/代表取締役社長 小笠原宏臣氏
モノづくり立国 日本を支える小さな巨人!
昨今隆盛を極めるITにとって基盤をなすのが半導体なら、機械産業のモノづくりの基盤は『歯車』だと言っても過言ではない。まさに歯車は『産業のコメ』だ。その歯車製造において画期的な技術を次々開発し、世界にその名を轟かせるのが株式会社小笠原プレシジョンラボラトリー。霊峰・富士を望む足柄の地で、開発にまい進する小笠原社長を訪ねた。
歯車こそ『産業のコメ』だ!
世間でしばしば耳にする『会社の歯車』とか『組織の歯車』という言葉。『会社の歯車にはなりたくない』などと否定形で使われることがもっぱらで、間違いなくネガティブな意味合いが込められている。
だが、本来『歯車』はあらゆる機械や装置に広く使用される大切な要素部品だ。絶対になくてはならないものだ。
現在発行されている硬貨で、最も古いデザインなのが5円硬貨だが、その穴の部分を見ると歯車の模様が施されている。当時の日本の主な産業として、稲穂が農業を、水が水産業を、そして歯車が工業を表しているからだ。つまり工業の象徴的存在こそ歯車なのである。
歯車はマイクロマシン用の微細なものから、船舶用などの巨大なものまで、その使用範囲は実に幅広い。目的に応じ、その都度設計・製作されることが多く、規格外の用途が多いとされている。もはや成熟産業であることは聞達いないのだが、素材や機能などあらゆる点で、研究・開発の余地が精度と耐久性の面に大いに残されている業界だ。
「我が社ではホブ(歯車の歯切用の工具)及びカッター類の製造技術の確立に始まり、超精密歯車の加工技術やその測定に必要な機器の開発など、独自の技術を積み上げてきました。現在では超精密機械分野においても設計、加工、測定にわたる総合技術力を持った企業として、国内の大企業様はもとより、海外からも高く評価されています」
と、小笠原社長は胸を張る。
「次々と進んでいく機械や装置の高精度化、小型化、高付加価値化などのニーズに応えるためには、歯車自体の高精度化、軽量化はもちろん、高度な歯面修正なども要求されています。弊社にはそれにお応えする世界一の技術があるのです」
歯車に対する要求は、高精度、高耐久性、軽量化、短納期化、低コスト化などと多種多様。それを実現するための工作機械や測定機械の分野で、国内外から一目置かれているのが株式会社小笠原プレシジョンラボラトリーなのだ。
歯車業界は好調な生産が長期間続いたものの、2008年秋のリーマンショック以降は厳しい状況に陥った。日本歯車工業会の『歯車及び歯車装置の生産統計』によると、歯車の生産額は2008年度が前年比88・8%、2009年度が同82・2%だった。2010年度以降、順調な回復はしたものの、昨年はまた落ち込みを見せている。
そういう業界環境にあっても、堅実に成長を続け、その経営に揺るぎはない。
戦中から歯車一筋!
創業は1942年。戦中である。
「父である先代社長は身体が弱くて兵役に値わず、軍関係の工員として徴用されました。歯車の技術を持っていたからです。戦争が終わると、戦死した仲間に対し、この国がいい国になったと言える国づくりに貢献したいという強い思いがあったそうです。もちろん、私もその遺志を継いでこの会社を守っているのです」
創業以来70余年の間、『より完全な歯車を追求する』ためだけに、他社に真似の出来ない世界一の精度を目指して技術を開発し、技能を磨き、それらに関連する製造装置、測定装置を自ら開発し、改良を進め、成長し続けてきた小笠原プレシジョンラボラトリー。
「会社の規模など問題ではありません。大切なのは一隅を照らすと言うか、世の中で必要とされるが容易に他所様ができない仕事ということです。他所様から買った機械では達成できない仕事をする。そのためにホブ及び歯車を製造する機械から作り、測定機器も理屈から構築する。そうやってここまで到達してきたんですよ、我が社は」
これこそ職人の矜持というものだろう。
「優秀な学問を修めて学位を取り、立派な論文は書けたとしても、国宝級の『モノ』は作れるのか。人間の五感を頼りとする『腕』をもって、哲学や宗教の領域まで到達するような機械を作れるのかが最も大事なんです。先生方は、我が社は『モノ』が作れても、理論があるのかとおっしゃるが、理論なくして精緻なモノづくりはできません。ただ、世の中にその理論を発表していないだけ。特許を申請していないだけのことです。理論とそれを実現する職人技が揃ってこそ、今日の我が社があるわけです」
一心に道を究めてきたからこそ到達した世界一の精度!
会社は世界最高精度の歯車を作ることを目標に発展を遂げてきた。広い世界の中でオンリーワンの超高精度精密機械メーカーの高地を占領した源泉は何であったか。
「より高い精度を目指す過程で、外から機械を導入したこともありました。でも、限界があることを知った。だからこそ自分たちで一から作るしかないと悟ったわけです。私がそれに携わって約10年、35歳くらいの時には日本最高レベルの歯車が作れるようになっていました。その後も社内で研鑽を重ねて、今では世界一の精度のものを作れるようになっています」
だが、世界最高の歯車を製造できるに至ったのは、先代の苦労の賜物なのだそうだ。
「父の頃には、すでに世界最高精度のホブを作っていたんです。それは欧州などにも輸出していました。そういう海外とのお付き合いの中で、世界のレベルを知り、これなら我が社の技術で世界最高になれると実感できたんです」
世界レベルで見ても技術的なアドバンテージはあった。しかし、それだけでは世界一には到達出来ない。
「理論的にも、機械の精度的にも可能であったとしても、最終的には人間の、職人の技、及び技能がなければ仕上がらないことがあるんですよ。機械にも固有のくせみたいな誤差発生要因があって、それを補正するのは人間の持つ技能や感性だからです。もはやそれは芸術の領域のようなもので、そういうことは学問的な理屈とは必ずしも相容れない。我々は理論と技能、その両方を心得ているからこそ作り上げられるんです」
学者さんのような理論的裏付けと、それを実現できる職人の感性。両者を併せ持つことは容易ではなかったはずだ。小笠原社長は一見すると学究肌にもお見受けするが、生まれ育った環境が職人のDNAを注入してくれたのかもしれない。
「やがて必要とされる技術は何なのか、それを先読みしてやってきました。だからこそ世間の常識の上を行くレベルでの製品化に成功しているんです。基礎技術をとことん極めると次のステージが見えてくる。そういう裏付けの上に、職人の技術や勘が乗っかることで、高いレベルの仕事が可能になってくる。私にしてみれば、何も不思議なことをしているわけではないんです。ただただ一生懸命考えて努力してきただけ。どうせやるなら最高のものを作りたい。その一心がいい仕事の原動力ですから」
技術者として、経営者として…
世界一の技術を獲得したのは、技術者としての技はもちろん、経営者としての腕も見逃せない。
「一応社長という経営者の立場ではありますが、もっぱら技術者としての仕事にまい進してきました。ただ、常に先を読んで技術を磨いてきたので、世の中のオーダーに対して二つ返事で自信を持ってやりますと言える会社にしたかった。それが相手の想定よりもさらに優れていたので、信用を掴んでいけたのでしょう」
経営を技術的優位性で安定させる方法は、まさに技術者ならではの考え方やり方と言えるだろう。しかし、会社を揺るがすようなピンチもあった。ここまで来るのに小さな曲折がなかったわけではない。
「リーマンショックは青天の霹靂でした。まさに世界中の生産が止まるような勢いだったわけですからね。さすがに、この時ばかりは然るべき援助を初めて受けましたが、それまでずっと黒字経営を続けてきただけに会社始まって以来の衝撃でした」
そんな時でも、いわゆる『リストラ』に手を染めることはなかったと言う。
「何があってもリストラを考えたことはありません。アメリカに子会社があって、赤字に転落したことがありましたが閉めようと思ったことは一度もなかった。一緒にやっていこうという仲間を見捨てることは断じてしないのが社是です」
大きなピンチも切り抜けた。今や経営は回復基調を順調に推移している。だが、それでも堅実経営はぶれることがない。
「私は美田を継ぎました。無借金経営の会社を受け継いだんですから。ですが、やれ多角経営だとか、投資だとかは考えません。それが我が社の流儀です。そして現在は、きっちり社内の技術と資金の留保を積み立てて、次代に手渡すのが私の努めなんです」
そうなると、最後の難題、それは事業継承だろう。
「よほどのことがない限り、10年先まで食っていける技術のネタはすでに仕込んできました。だから、もう一つくらい困難な技術を克服してからこの地位を譲りたいと思っています。我が社は存続しなければならない社会的使命を帯びています。それだけの技術的な責任があると言ってもいい。幸い、息子がその意識を持って経営にあたってくれていますが、まだ経験が足りないかなぁ」
高性能歯車で世界を席巻する。極限の精度が要求される歯車で世界一になる。果てしない野望を見据えて小笠原社長の挑戦は続く……。2014年の新春、世界に冠たる「モノづくり立国日本」の曙光を浴びた思いである。
プロフィール
おがさわら・ひろおみ氏…昭和17年東京都蒲田生まれ。日本大学理工学部卒業。株式会社小笠原プレシジョンラボラトリーで開発設計技術者として、高精度機械、高精度測定機器の開発に尽力する。無線式電気測微器で精機学会賞、超高精度歯車測定機で精密工学会沼田記念論文賞受賞。精密工学会フェローに認定される。
株式会社小笠原プレシジョンラボラトリー
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