柴沼醤油醸造株式会社 世界基準の万能調味料

◆取材・文:大高正以知

 

01_tanbou01ドアホンが鳴って妻に見に行かせると、先ごろ裏に引っ越してきたフランス人のピエールだと言うので、男はさっそく玄関に出て文句を言います。

「アンタ今度、町会長になったシュランネンの部下やな?」

「ハイ。ソノトオリデス」

「そやったらシュランネンにゆうとけ。日本の夏は音頭で燃えるんや。祭りの櫓を組むのはもったいないて何ごとや。アホンダラ」

「ハイハイ。日本ノ夏ノ〝温度〟ハ燃エテ暑イデスネ」

「おまけに葬式の香典も廃止するやて? 何ゆうとんねん。香典は日本の文化やで。日本に来たら日本の文化にちゃんと馴染まんかい」

「確カニ〝掃除機〟ニ、コードガナイト困リマスネ」

「ええーい、アカン。言葉が全然通じへんわ。ところでアンタ。今日は何しにウチきたんや」

「ハイ、醤油ヲ借リニ」──。

 

紙幅の関係で少々略させていただいたが、桂三枝(現・桂文枝)師匠得意の創作落語、「青い瞳をした会長さん」のサゲである。下町の〝貸し借り文化〟は置いておくとして、事ほど左様に、今や醤油は世界基準の万能調味料と言っていい。

 

 

伝統の技に新しい考え方と研究成果

これまでも幾度となくあったが、その万能調味料業界が、ここ数年、またもや重大な局面を迎えようとしている。いわゆるコモディティ化(カテゴリー自体の円熟化、均質化)によって、差別化が難しくなり、その結果、価格競争がより激化し、多くの中小メーカーが淘汰されるのではないかと危惧されているのだ。現に今や、500㎖入りの醤油が100円ショップに並ぶ時代である。企業努力と言えば企業努力だが、まさかこの歳になって小欄は、水より安い醤油が出てくることなど、夢にも思わなかったというのが率直な感想だ。

 

果たしてそんな醤油で、マグロの刺身を食したり、蕎麦をズルズルと啜って、相応の旨味や風味は得られるのだろうか。ま、こんな世の中だからそれはそれでも良しとする人はないではないが、問題は日本の食文化が衰退しかねないことである。

 

そこで元禄元年(1688年)創業という業界屈指の老舗醤油メーカー、柴沼醤油醸造(茨城県土浦市)の第18代柴沼庄左衛門(本名・秀篤)氏を訪ねて、今後の事業展開について訊いてみた。

 

ちなみに「なんで土浦で醤油なの?」と言う人のために申し添えておくが、土浦は銚子(千葉県)、野田(同)と並ぶ醤油の関東三大銘柄地として、江戸時代からとみに栄えた町である。醤油のブランド名によく使われる「キッコー」は、土浦城の別称(亀城)からきており、醤油のことを「むらさき」と呼ぶのも、土浦の人たちが誇る筑波山の雅称、「紫峰」に由来するとされる。とりわけ亀甲正(キッコーショー)のブランドで知られる同社は、その支柱的役割を果たしてきた蔵元で、市内に現存する唯一の醤油醸造業者だ。

 

「古くからウチのブランドを支持してくださる方が多いのには、たいへん感謝しております。しかしそれに甘えていたら、アッという間に淘汰されてしまいます。要は300年続いてきた伝統の技や旨味、風味を、現代のニーズとどうマッチさせるかですが、そのためには新しい考え方や研究成果などを積極的に取り入れ、心のこもった事業を展開していく必要があると考えています」(柴沼氏)

 

温故知新にとどまらず、更に上をいく「温故知〝心〟」というわけだ。

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プリント

【取材協力】 柴沼醤油醸造株式会社
TEL 029-821-2400

http://www.shibanuma.com