著名タレントやミュージシャンが通う、東京・恵比寿のフィットネスジム「バンゲ」。代表を務めるのは元プロキックボクサーの新田明臣氏だ。新田氏は「セカンドキャリアに現役時代の実績は関係ない」と言い切る。キックボクシングフィットネスの先駆けとして現役選手時代からジム経営をスタートさせ、恵比寿に4店舗を構えるまで事業を成長させた新田氏に、これまでの歩みについて聞いた。

 

現役選手とジム経営者の二足のわらじ

――2003年に最初のジムを東京・中野に開設します。開業費用などはどうしたのでしょうか。

仕事のつながりのある先輩から物件を紹介してもらい、一室を間借りする形で「バンゲリングベイ」を始めました。マシンなどの設備は既存のものを使わせてもらえる形になり、初期費用はほぼかかりませんでした。2005年には水道橋にも2店舗目を出店します。ちなみにバンゲリングベイという名前はファミコンのゲームからとっており、子供時代にロールプレイングゲームの走りとなった「バンゲリングベイ」というゲームを見た時、新しい世界の始まりを予感した記憶が蘇り、直感でつけた名前です。同世代の方に当時を思い出して欲しいという事もあったのかな、と今は思います。

 

――練習時間確保の面などで周囲から反対されませんでしたか。

「ビジネスは引退後」が常識だったのでものすごく反対されました。分かってはいましたが、私は若い時に結婚して子どもがいて生活費を稼ぐ必要があったので、周囲を必死で説得し、選手を続けながらジムを経営できることになりました。

 

都心に出店、赤字からの浮上策は

――今の店舗がある恵比寿は都心で地価も高く、出店のハードルがあったと思います。どう成功させたのですか。

2008年に引退した当時は、江古田のジムの規模を広げるか都心に出店するかで悩みました。古くから私を支援してくれていた人から「もっと都会でやって成功しないと新しくジムを開く意味がない」とアドバイスを受け、家賃が高い恵比寿に店舗を出すことを決めました。

 

最初は支援者の方から2000万円の開業費用を支援していただきました。しかし、全くお客さまが集まらず、後ろめたい気持ちと、覚悟を決めるためにも2000万円を自分の借金にしました。恵比寿に店を開店して最初の1年は、売り上げの全てを賃料と従業員の給料に充て、利益は全く残りませんでした。2年目も事業環境は厳しく、周りからは恵比寿からの撤退を、開店当初から何年も勧められ続けていました。

 

――それでも恵比寿でのジム経営を継続します。転機は何だったのですか。

とてもシンプルです。選手を引退した時に『周りに惑わされずにもっと自分を信じれば良かった』と、感じていたので、創業した自分を信じる事、自分が高いモチベーションを保つことが何よりも重要だと考え、営業時間はジムの中で、お客さまやトレーナーの様子を観察し続けたのです。すると、これまで見えてこなかった細かい部分に目を向けることができるようになりました。ジムの小さな汚れを見つけ清掃したり、お客さまが撮影しSNSに投稿できるようジム内のディスプレイを工夫したりしました。地道な業務改善を続けていくうちに、開業3年目以降は売り上げが伸びていったのです。

 

高いモチベーションを保ち、業務改善を続けていたらチャンスは必ずやってくるものと確信しました。多くの人は道につまずくと、ノウハウ本を読む人が多いような気がします。でも、今の自分の感情が「何を引き寄せているか」、自分自身と向き合う事を知ることのほうが大事だと思います。

 

また、私は多くの人に助けられたと思います。経営が苦しい時期に現役時代から知っているライターが、雑誌で店舗を紹介してくれたり、私の対戦相手だった外国人ファイターにジムで働いてもらい彼のファンの外国人が増えたり、人に支えられました。

 

――選手と並行して開業するなど、珍しいセカンドキャリアだと思います。現役のアスリー
トに伝えたいことは何でしょうか。

競技に打ち込むアスリートは「引退後のことまで考えられない」という人も少なくないでしょう。その考えを否定はしません。ただ、私自身はもっと早くからセカンドキャリアについて考えたほうが経営もスムーズにできたのではと思うことがあります。プロの世界では、自分の意志に関わらず戦力外通告を受けることもあり、その時に次の道が描けていれば不安は少なくなると思います。引退後のビジョンを描く、計画を人に話し相談する事も並行して訓練していくとよいと思います。

 

また、現役のアスリートから聞かれることが多いのですが、現役時代の実績とセカンドキャリアの成功、失敗は関係ありません。輝かしい実績を納めた選手でもセカンドキャリアでつまずくケースもある。輝かしいキャリアを創った自分の誠実さ、純粋に頑張った努力を初心として選手時代のキャリアに奢らずに、新しいモチベーションを高く保ち続けることが最も重要だと考えています。

 

キックボクシングフィットネスはコミュニケーション

――現在は恵比寿を中心に4店舗を展開しています。フィットネスは大手も含め競争が激しいと思いますが、どう違いを出していますか。

恵比寿本店に加え、ハードなストロング店やキッズクラスなど幅広いコースがある中町・駒沢通り店などがあります。トレーナーとマンツーマンでトレーニングするスタイルを早くから取り入れてきました。特色はトレーナーのホスピタリティの高さです。もともと格闘家として活躍していた選手が多く在籍しているので、選手時代に感じた事を、今の社会やフィットネスとイメージをシンクロさせてお客様に指導をして欲しい、と各人に話をしています。トレーナーやお客さまという関係を超えて、第二、第三のファミリーに近い感覚になる。これが他者のキックボクシングジムと比較した時のバンゲの強みです。1セッションが45分間ですが、お客さまはトレーナーにいい意味でインスパイアされています。

 

――新田さんにとってキックボクシングフィットネスの魅力は何でしょうか。

キックボクシングフィットネスは上級の対人コミュニケーションスキルを磨くツールだと考えています。ビジネス上の会話一つを取っても、ジャブ的な挨拶や、様子見の会話をした後、いけると思ったら具体的に伝えたい事を様々なパンチ、キック、フェイントを入れたりしながら打っていくでしょう?キックボクシングはそれと同じだと考えており、トレーナーがいてミットに打ち込んでいくことで、責めることと守ること、お互いの瞬間的な判断力を養いながらその両方を学んでいくことができます。そして、お互いに自分自身に誠実である事で、目の前の人と尊敬心を持ち合える関係性を築いていく事が出来ると感じて貰えると思います。

 

バンゲには芸能界や経営者のお客さまも多いですが、全てのお客さまに「人生はいいことも悪いこともどちらも大事で、それが自分の軸をつくる」ということをレッスンを通してお伝えしています。また、大きな仕事の前にスイッチを入れるためにジムに来ている方も多数いらっしゃいます。

 

私自身も日々の当たり前の中にこそ真理が在ると日々自覚をしながら、高いモチベーションを保ち、ジム経営の課題を1つ1つ解決していきたいと思っています。